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筑紫磐井「吾(あ)と無」(「現代俳句」8月号より)・・

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   「現代俳句」8月号・通巻733号(現代俳句協会)、巻頭エッセイ「直線曲線」に松王かをり「スポーツする俳句」、大崎紀夫「追悼/つげ義春の旅の一句」。論考に飯田冬眞「日野草城のオフィス俳句——戦火想望俳句へ至る妄想俳句の源流」、その中に、  (前略) 便 (たより) 来ぬ片山桃史生きてゐたり      桃史死ぬ勿れ俳句は出来ずともよし     (愚生注:日野草城)   昭和十三年九月、火野葦平『麦と兵隊』を題材に「戦火想望」五十六句を「俳句研究」誌に発表した。以降、妄想戦争俳句は「戦火想望俳句」と呼称され、俳壇史に名を刻んだのである。  だが、これら戦火想望俳句も作り方や焦点の当て方はオフィス俳句と何ら変わらない。電話やハサミといった「物」を通して無機質な事務室という限定された「空間」を描いたように、バケツや機関銃が「戦場」の空気を伝えているだけだ。 (中略) こうした「他者」を通して「場の空気」を描く技法をオフィス連作で実践していたからこそ、戦火想望俳句は成立したと言えるだろう。現実の制約を飛び越え、定型の中でイメージを大きく飛躍させる草城の手法は、オフィスという日常の中で鍛えられた想像力によるところが大きい。それが妄想連作を支えたのだ。  草城のオフィス俳句は、「懐にボーナスありて談笑す」を除くと俳句史では長らく顧みられなかった。だが、無機質な都会人の生活のなかに他者の気配を組み込み、季節の着物をまとわせてユーモアと温かみをもたらしたその試みは、没後七十年を経た今もなお、我々に鮮やかな生の実感を伝えている。   とあった。ろもあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    ああ暗い煮詰まっているぎゅうとねぎ    金原まさ子    戦後ながしどくだみの白闇に泛き       酒井弘司    夏怒濤目の前にふいに抱き合う        瀬間陽子    太陽系ながこがね蜘蛛の巣が揺れる      大石雄介    エンジョイの形になりきれず白薔薇       近 恵    夏の夢よく燃えていて父の貌        加那屋こあ    枯草の下幾千のいのちの香          宮原青佳    母さんはおこりんぼうです作り雨      前田未来子    人魚みな首だして見る流れ星         仲 寒蟬    勇気ときに山女に似たり泳ぎたり      ...

大木あまり「生きること死ぬこと風のねこじやらし」(「雲」第92巻)・・

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 「雲」第92巻(編集・発行人 伊藤眠)、連載に伊藤眠「味読十二ヶ月(第10回)ー今こそじっくり味わいたい名句たち」。ともあれ、一人一句を以下に挙げておこう。       病人を励ますごとく月上る         大木あまり    裏山は異界くちなわ誘える          大西健司    蠟梅や純粋令を発しける           坂間恒子    おひさまを絵のまんなかにつくしんぼ     望月英男    右手上ぐ合図も父似春がすみ         剱物剱二    経師屋の開け放つ戸や燕来る         仁上廣子    母とゐるこの世この時養花天         柳堀悦子    更年期更衣して幸年期            平田有那    夏近し土動くかに草の出づ          石田 眞    行商の魚捌きをり花の昼          川嶌ますみ    朧夜を吸えば手足も曖昧に         鋒山あき子    花水木愛のみを掌に生まれし子        伊藤 眠 ★閑話休題・・来る8月21日(金)19時開演・春風亭昇吉独演会「乾坤一席」ーゲストは全身落語家・立川志らくー(於:渋谷区文化総合センター伝承ホール6F)・・  愚生にとっては、かつて「遊句会」、TVプレバトの特待生であり、今は「ことごと句会」の仲間である春風亭昇吉の独演会「乾坤一席」、ゲストに立川志らく。御用とお急ぎでない方は、是非、独演会へ!!!     撮影・中西ひろ美「てのひらというやわらかを頬にあて」 ↑

江里昭彦「父の忌や遠(おち)の山脈(やまなみ)みな無帽」(SONUS)第2号より)・・

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  「SONUS」第2号(編集・発行人 古田嘉彦)、その「後書」に、 (前略) なお誌名の SONUS の読み方は、Googleの翻訳の機械読上げでは「ソノス」と聞こえるが、古典ラテン語の教科書的読み方で「ソヌス」と読むことにする。  とある。 また、古田嘉彦「工房ノート Ⅲ—2」の中に、  (前略) 66/抽象は私が想像に頼るときに生まれ、虚構を前提としてゐる具体的な出来事に縛られて自由を失うことから救いだし、次の展開を可能にしてくれる。俳句においてもし世界の具体的な事物、感覚的な要素を完全に省略すれば魅惑から遠い世界になってしまうので、そのようなやり方による抽象を試みるつもりは無いが、夢見るのはそのような自由な世界である。ミシェル・アンリはすべての絵画は抽象画だと言い、その上で情念(パトス)として「内部」が絵画作品より現実化されるのだと言うが、抽象俳句の論理もそれに似ている。 (中略)  68/「芸術家であってしかも病気でないというのは不可能であるとニーチェは言う。」(ハイデッガー「ニーチェ」)俳句は病気のように強いられて現われるときのみ存在してようのだろう。ただし詩・俳句には読むものを突き動かすという使命があるが、作者がそれを意識いているわけではない。  とあった。ともあれ、第2号より句を紹介しておこう。    寒暁の旗なり私語も咳もなく        江里昭彦     到達したところより先へ、乗り越え、どこまでも超越していこうとする。その結果たとえ醜くなることがあっても、破滅が見えてきても、それをやめられない。そうでなく無限の他者であるところの「現在」に今の時分を差し出すのか。    発芽 そして痛い所を数える        古田嘉彦  そして   、「 SONUS第」 第2号別冊の「後書」には、  この第2号別冊は俳句同人誌「LOTUS」第52号~56号及び「飢餓陣営」57号、59号、60号に掲載した作品の一部を、一部修正の上再掲載した。  とあった。ともあれ、以下いくつかの句を挙げておこう。      何十年も叫んだことが無かった    操縦は青切子を割るだけでいい          嘉彦      唯一残る問いは、「私はどこに派遣されているのか」だ。しかし、細い一筋の道以外に私がいるべき場所は無いようだ。    ともる豆電球増え続ける...

西東三鬼「湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ」(『三鬼』より)・・

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 小林恭二著『三鬼』(講談社)、帯の惹句、帯文に、   大戦前夜の日本と南洋を疾駆する、天才俳人の流転のい運命。  史実とフィクションを融合させた、ノンストップ・歴史エンターテイメント!  異能の俳人・西東三鬼が、戦争のさなか、国家と言葉のせめぎ合いの中で、とんでもない経験をしたことは有名だ。でも、それをこんなふうにスゴい小説にしちまうなんて、読んでて震えたぜ。っていうか、おれが書きたかったんだけど・・・・・・。   高橋源一郎  戦争に雪崩込んでゆく最悪の時代にも、きらきらと夢を見続けてしまう。不屈のトリックスター魂に痺れました。                        穂村 弘  『ゼウスガーデン衰亡史』を読んで以来、この小説を待っていました。  円城 搭 また、表紙裏側の帯には、   国家はなぜ、俳句を危険視したのか?  昭和15年、「京大俳句弾圧事件」発生。  治安維持法違反で同人が一斉検挙されるなか、新興俳句のカリスマ・西東三鬼は、思わぬ運命に巻き込まれていく。「特高警察」×「日本陸軍」、「インド独立運動」×「シンガポール華僑」×「イギリス軍事情報部」、「東南アジア盛衰史」×「俳句王国の興亡」…… 戦争の影が迫る日本と国際都市シンガポールを舞台に、弾圧を強める特高警察と南方進出をもくろむ陸軍の間で、前代未聞の逃亡劇が幕を開ける――! 〈時代の転換点〉を描く、著者17年ぶりの新作小説  とあった。ともあれ「第十七章 ムーンライト・セレナード」の最後のごく一部と本書の中で引用された俳句をいくつか挙げておこう。  (前略) 「みなさん、なんでもかんでも禁止のこのご時世、十一月にはついにダンスも禁止だそうです。戦地の兵隊を思って、銃後の者は誰一人楽しむべからずというのが当局の言い分なのでしょう。随分勝手な言い草ですが、ならばせめてそれまでは当局の嫌いな敵性音楽を流して、敵性ダンスを楽しもうではありませんか。我と思わん方はどうぞ前に出て、素敵な敵性ダンスをご披露ください。皮切りは不肖中年ドンファンこと西東三鬼があいつとめましょう」 (中略)   「刑事さん、敬直に煙草をすわせてあげてもいい」/「だめだ」/「そう、だったら」  市子は三鬼に駆け寄って唇にキスをした。/「貴様」/若い刑事が市子をひきはがした。  「敬直、生きて帰らないと...

加藤国子「宇宙への旅始まりぬ雲の峰」(『ビーズの指輪』)・・

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  加藤国子第二句集『ビーズの指輪』(ふらんす堂)、跋文は加藤哲也「加藤国子句集『ビーズの指輪』を読む」、その中に、  (前略)  葉桜の影は無数の子を包む  「葉桜」は花が散って若葉が出始めた頃の桜を指す。艶のある葉が美しい。 (中略) 「葉桜}の句としては、星野立子にこんな句がある。「葉桜の影ひろがり来深まり来」、「葉桜の影」までは同じだが、それ以下はまったく異なると言っていい。また有名な篠原梵の句だが、「葉桜の中の無数の空さわぐ」というのがある。この句では「葉桜」と「無数」が同じで、雰囲気的に似ているところもあるのだが、「空さわぐ」という把握と「子を包む」では着眼が違うから類想というには当らないだろう。ちょうど、立子と梵の句を合わせたような形になっているが、新しい情趣を醸し出すことに成功していると言っていいだろう。  とあり、著者「あとがき」には、   本書は私の第二句集です。二〇一四年から二〇二三年までの十年間の作品より三百二十五句を選びました。約四十年間の俳句歴、県立高等学校の教員としての四十二年間のしめくくりとして句集を上梓することにしました。私のちちであり、俳句の師でもあった故寺島初巳、夫の加藤哲也に深く感謝します。  とあった。集名に因む句は、    向日葵のごときビーズの指輪かな       国子  であろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    盲導犬侘助の道避けにけり    秋暑し大仏の手に祈り紐   照紅葉曇りなき世をのぞみけり   折紙につつみ社へ針供養   目で語る役者に見入る秋の夜   人力車蜻蛉の止まる京の果て   菜の花や静かに語る元兵士   陶狸猫お気に入り冬ぬくし   親知らずめつぽう晴れて初便り   さくら湯の花びら浮き世流れたる   菫すみれ生まれかはりてなほ菫   春の灯の中より響くピアノの音   囀の山また山を越えて来る   削氷 (けづりひ) の納屋の奥にて横たはり    月まつる壺にあまたの花をさし    加藤国子(かとう・くにこ) 1960年、愛知県生まれ。 ★閑話休題‥高野ムツオ「夏の雨うるさくひびく夜の寺」(「週刊文春」7・30号「新家の履歴書987より」)・・  「週刊文春」7.30/3372(文藝春秋)、「新家の履歴書987」は高野ムツオ(俳人・現代俳句協会会長)である。...

  山本敏倖「くらげくらげくろろふぉるむのくーでたー」(第175回「豈」東京句会)・・

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   7月25日(土)は第175回「豈」東京句会(於;白金台いきいきプラザ)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    とおくより虻の貌して来し 友よ        凌    白猫が二匹三匹白雨来る          羽村美和子    ひくひくと皮膚呼吸する走馬燈        山本敏倖    八月の水をハサミで切る遊戯         川崎果連    針箱の身元を探す銀河かな         小湊こぎく    すてちまをか暑熱季語            早瀬恵子    シャンパンの首切り落す巴里祭       伊藤左知子    二重虹指してやさしさ組織せよ        大井恒行 次回は、9月26日(土)。白金台いきいきプラザで午後1時から。   ★閑話休題・・植松圀夫「ブナ・ダケカンバ・オオシラビソ・ナナカマド道険し」(『昼も夜も空見て暮らす』)・・  植松圀夫『昼も夜も空見て暮らす』・『黒姫断章』(私家版)、前著の「あとがき」に、  最初の〈句集〉『黒姫断章』(平成十年八月末)を出して早、三年と三ヶ月が過ぎ、今度は〈句歌集〉『昼も夜も空見て暮らす』を出すことになった。  前回は黒姫という場を得て、十日で六十七句が成り、今回は三年余りかかって、俳句百一句、短歌十三首、詩一篇を得た。句と短歌の大部分は今年詠んだものである。 (中略)  私は、俳句という伝統的な短詩形式を試みることを通して、遅まきながら、改めて、日本語が日本の自然と密接に結びついて発達し、磨かれて来た言語であるということを噛みしめている。そして、何と詩語の多いことかも。  とあった。ともあれ、本著ニ集より、いくつか句を以下に挙げておこう。    春の陽の下 (もと) 焚火守 (ひもり) して暮れぬ    國夫    山上の至福や夏の星の海    六月の山明るくて舞台ごと    湖上のわれら浮きつ虚空を   二十年幾百ひとの萌 (もえぎ) 山荘     (以下『黒姫断章』より)    大雨やそは太古より地を削り   酒飲んで食らって死ぬもっと笑いを       撮影・芽夢野うのき「きっと君のホームにのうぜん燃え迫る」↑

村上さら「宛名なき縁切寺の落とし文」(第199回「吾亦紅句会」)・・

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  7月24日(金)は、第199回「吾亦紅句会」(於:立川市女性総合センター アイム)だった。兼題は「虹」。以下に一人一句を挙げておこう。    かき氷ブルー・ハワイやプレスリー       関根幸子    チェーホフ忌六号室から見るロシア       齋木和俊   よいとまけ語り部逝きて青蜥蜴        吉村自然坊    三代の無口が虹を見上げをり          田村明通    来て見てと虹の架け橋指さされ         武田道代    介護師の民族衣装やまつり髪         折原ミチ子    炎帝やファン付きベストの誘導員        渡邉弘子    先生も生徒もこどもの海開き          奥村和子        虹が立つ五風十雨と祈り込め          村上さら    万緑や命あふるる初曾孫            須崎武尚    梅雨明けや今が一番若いとき          松谷栄喜      半夏生木々の間に控えめに           高橋 昭    二重虹指し国旗損壊の罪いかに         大井恒行  次回は、8月28日(金)、兼題は「朝顔」。 ★閑話休題・・岡田千晶 絵本「ぼく、いいたいことがあるの」原画展(国立・ギャラリー・ビブリオ/8月4日・火まで11時~19時・29日・水は休館)・・   絵本「ぼく、いいたいことがあるの」(ジャン=フランソワ・セネシャル文/小川仁央 やく、/岡田千晶 絵」評論社)原画とオリジナル作品の展示(於:国立ギャラリー・ビブリオ)に、吾亦紅句会(立川)が早めに終わったので、帰路立ち寄ったのだ。愚生の孫の土産に一冊求めたら、在廊されていた岡田千晶さんが、名入れでサインをして下さった(深謝!)。  撮影・中西ひろ美「梅の実落つほどの静かな町に」↑

上田玄「銃後の街に/尾鰭は泳ぐ//水枕」(「門」7月号・第466号より)・・

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 「門」7月号・第466号(門発行所)、桐野晃「玲玲抄」の三冊の内の一冊に『上田玄全句集』(鬣の会)の句を取り上げ、鑑賞が付されている。それには、   銃後の街に  尾鰭は泳ぐ    水枕        上田 玄   多行形式句。昭和二十年を境とした日本における戦後も、地球上のどこかで今日に至るまで「銃前」であるという意味では、昭和十年代後半から「街」を泳ぎ始めた「尾鰭」は、今なお泳ぎ続けており、自身もまた「発熱」し続けているのだろう。〈星流れ/父の/背負ひし/薄き痣〉。戦争を実際に経験した父の「痣」の重さ。〈バンザイノ/海ヲ/今生/水母カナ〉。文節で改行された一行一行の意味が深く、またそれぞれの言葉の奥から、隠された無数の怒りや悲しみの叫びが溢れ来るようで、立ち止まりながらでなければ読み進めることが、できない。  とあった。ともあれ、本誌より、アトランダムになるが、いくつかの句を挙げておこう。    戦前や朝の裸の汗あつぱれ           鳥居真里子    過去帳を開くや軍靴麦の秋           野村東央留   月に置く椿は屍置くごとし            成田清子    恋猫となりて抜け出しそれつきり        石山ヨシエ    木々磔刑永遠のこゑあり霏霏と雪         村木節子    見えぬ道の一つを進むしやぼん玉         島 雅子    オルガンを漕ぐやつぎつぎ湧く朧        中島悠美子   恐竜の骨を見てゐる花の雨            泡 水織    さへづりのひかり憑きたるままねむる       上野龍子    ひとでひとで海星は指をどう使ふ         田中洋子    水馬水輪水玉彌生の赤              大熊峰子    春浅し三日みづかき甕のぞき           加藤 閑    目を閉ぢるとき逃水にたどりつく         佐々木歩    麗日のわたしの小鳥わたしの巣          中澤美佳    蛇穴を出て性別を消す人間           三上隆太郎    海馬より生まるる戦 (いくさ) 藍微塵       岡本紗矢    雲消しの術よく効いて山笑ふ           上田三味    桃は太宰の花あなたとともにゑがく花だ      垂水文弥      三月のありやうとして蹈...

出口善子「現世(うつしよ)の囚獄(ひとや)に戻る昼寝覚」(『出口善子全句集』より)・・

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 『出口善子全句集』(角川書店)、その「あとが き」に、   人の命には限りがありますが、文字の生命力は永遠です。  私たちが、千年前の書物を読めるように、この全集も、ひょっとすると、百年、千年後の誰かが読んでくれるかもかもしれないなどと夢想すると、心が豊かになります。  俳句という表現形式に親しんだ優に半世紀を超える歳月は、常に満たされていました。 (中略)    残された時間があと僅かになった今、自分の後始末は自分でつけねばと、全集に纏める決心を致しました。   とある。本書は、既刊句集『瞬』『亂聲』『貝の華』『刺茨牡丹』『わしりまい』『羽化』『沙羅』そして、2019年以降の「拾遺」で成り立っているが、集成のうち第一句集『瞬』と第二句集『亂聲』のみは、愚生未見であった。しかも『瞬』(1981年・七星俳句会)の著者の俳号は由利白萩。序文は、「七星」主宰・武田白楊「『瞬』上梓を喜ぶ」と鷲谷七菜子 「期待の人」。第二句集『亂聲』(1985年・牧羊社)からが、文字通り出口善子の旅立ち集で、序は鈴木六林男「身体と精神」。飛んで第四句集『刺茨牡丹』(1999年・角川書店)の栞文は倉橋健一「十七年前のこと」、宇多喜代子「イギの思想」、坪内稔典「青空に捧ぐ」である。ともあれ、本集より、いくつか句を挙げておくが、「拾遺」の句を多く挙げておきたい。    神父痩身アカシアの白踏みて来し     由利白萩『瞬』   花びらが眩しき宙をもてあそぶ        〃    夕ぐれの受話器をおいて発情す      出口善子『亂聲』    春の昼嬰児と乳房湯に泛べ          〃    冬の国女のマグマ持ち歩き         〃 『貝の華』    人の日の半旗と反旗雨のなか         〃    右と左に手がある祈らねばならぬ      〃『刺茨牡丹』    青空に繋ぎとめたり父の凧          〃    終わる日のありて美しカレンダー      〃『わしりまい』     十二月十二日 鈴木六林男師没    六林男亡し忍び返しに冬夕焼け          〃    空港に女の羽化のはじまれり         〃 『羽化』    棘ごとに梅雨ためてこのさびしい木        〃     大道寺将司を悼む    文学の冥さを分かち獺祭忌          〃 『沙羅』...

山本左門「爆音に近づいて行く日傘かな」(『星暦』)・・

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 山本左門第5句集『星暦(せいれき)』(ふらんす堂)、その「後記」には、   本書は『星餐』に続く第五句集である。二〇一四年ぁら二〇二四年の間に、同人誌、新聞、雑誌等に発表した作品の中から三百八十余句を抽出して収録した。  私は世に言う「全共闘世代」「団塊の世代」に属するが、句集をまとめていると、もの凄いスピードで私の周囲を擦過していった時間の影法師に些か茫然とする。特に今回は公的にも私的にも、非日常が日常化したような劇的ともいえるさまざまの出来事があったので、一層その感が強い。  とあった。扉には次の献辞がある。   からす麦しげった中の立ち話し。/夜よりほかに聞くものもなし                  ヴェルレーヌ「わびしい対話」  ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    春の山声を殺してゐたりけり         左門    春の昼大きな箱を燃やしけり   緑蔭に入り緑蔭の消えてをり   降り積る時間と記憶蝸牛   立葵浸す茎に捧げらる   夏草や線路は忘れられてゐる   カルネアデスの板流れ着く青岬   戦争を待つてゐるやうな青バナナ   敗戦忌沖にあつめしちぎれ雲   蓼の花昏れオルガンの片手弾き   白桃の夜のくれなゐ夜の豪雨   露草は人影にさへ露零し   仲秋のからだの裏と表かな   木の間より月見え明日の淋しさ見ゆ   鳥渡るプラットホームだけの駅   引き寄せて天のふかさよ烏瓜   無花果や未生の悲鳴縷々として   冬麗や皿砕かれて彩を出す   雪雲に夕日の血いろ滲み消ゆ  白鳥の群れ啼く声にまたも雪 山本左門(やまもと・さもん) 1950年、大阪生まれ。     撮影・鈴木純一「シャバダバヤ浮人形はドゥビドゥビドゥ」↑            7 月 21 日   弘田三枝子   没 ( 1947 ~ 2020 )

坂原八津「甘やかな伝説ひとつこしらえて壊したまちを抱きしめている」(『波』)・・

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   坂原八津第四歌集『波』(北冬舎)、その帯には、   はるか来て、帰ってゆく/わたしは/わたしを知らない  晒されながら、染められながら、時間であり、空間である世界を表現する、  独行の第四歌集! とある。著者「あとがき」には、  (前略) 歌をまとめながら、「水」に関連したものが多いと思いました。歌集名の「波」はそこからきています。ただ、波は水に起こるものだけではありません。波は、振動が周囲に伝わる様子をいいます。空気中や宇宙においても波は存在します。  伝わる波も、伝わらない波も、感じられない波もあるでしょう。歌集名を決めてからいろいろ考えると楽しくなりました。  これらの波はどんな波になっていくのでしょうか。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの歌を挙げておこう。  木製の戦闘機模型を燃やす 寓話でも歴史でもなく忘却として     八津  物語の生まれる場所にたっている呪いの言葉呪縛の言葉  虫ピンで留められている虫の死骸 虫ピンだけを残しくずれる  耳の奥に宿る瀧音 水系をいくつたどれば行きつくだろう  オナモミは絶滅危惧種 墓山でいまくっついてくるのはやめろ  切り傷の深さではなく擦傷の面積だけを見せあうのだな  たわむれに白木の橋を渡るとき白い衣を着てはいけない    どの辺りで迷いましたか  オオカミはとうに滅んで笑う山並み  神蛇と名付けるこの山のざわざわとした山肌に居て  手を合わす無言の時を抱くためいだく空虚を内に持つため  眼前のこの現象もようするに身体の中カギと鍵穴  うつむいて立つ人ばかりおそらくは視線の刃を抜かないために  それぞれのざわつく水面に投げる石 分断という字をけすための  ストレスをかけないように釣り上げてころしたうをは美味しいらしい  自らの罪など知らぬ石つぶて言葉の石を投げあう街で     坂原八津(さかはら・やつ) 1958年、愛媛県生まれ。       撮影・芽夢野うのき「夢の道づたいにしづか花むくげ」↑

花尻万博「ブーゲンビレア純愛いつも死を以て」(『俱拙』)・・

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  花尻万博句集『俱拙』(RANGAI文庫)、著者の「あとがき」などは全く無し。帯文も表4側に、「第5回RANGAI文庫賞選評より」として、   映像として強くイメージの広がる句。読んだ瞬間、背筋の伸びる思い。  次々と凍星沈む泥の中  燃え続く観光列車に夜短か  人生きて数多をこぼす海老の網  (早坂類)  作品の道具立てが特殊でわかりやすくはないが、イメージの抽出に成功しており、従来の俳句で描けなかったものが描かれており一句目から楽しめる読者は幸せです。 (今田久士)      とあり、表1側帯には、  第5回RANGAI文庫賞受賞作品「南紀」含む句集  北風や終はりの全て死摺曲    燃え続く観光列車に夜短か      花待てよ次は終点天王寺  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、幾つかの句を以下に挙げておこう。    しものふるあしたちとせもいちをへて      万博    ほつとけやんほんまやにこい鯨やさか    木の国や骨を転がす北の風     乳岩。奥州藤原氏の当主秀衡が、妻の懐妊祝いと安産祈願を兼ね熊野詣に出立した     際、妻がにわかに産気づいた所だという。    古道 (ふるみち) やおかめひよつとこほたえずに               ほたえる=地言葉「騒ぐ」     (助産婦は)女性とは限らず、むしろ地域によっては、年配の男性の帆がうが頼りにされることも多くて、それをとりあげ爺(・・・・・)と呼んだ。    佛手柑や何はなくとも湯をようけ      和深・リアス   ほつとけやんほんまやに こい鯨やさか             やにこい=地言葉(もにおすごい)     富田・大ウナギ    涸川を上るてきやら棒 (けん) を手に            てきやら(tekyara)=地言葉「あいつら」    星荒く全ての生に抗へる            荒ぶりて     空に詩充つる     斧よ鉈よ   虎斑木菟神楽歌には隠れなし            井の中も蛙見えなくなりにけり  『鹿々集』   虎落笛 かく泛子 (うき) の羽と化けしかな      放蕩やビルに前世の落花生  『與野情話』   皿の絵に黄泉沈みけり花椰菜      枯木灘   祀りなき神樹を信じ枯蔓も   花尻万博(はなじり・かずひろ) 1970年、和歌山...

林ひとみ「うらごゑで歩けばうすばかげらふに」(第81回「ことごと句会」)・・

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  7月19日(土)は、第81回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「大」。以下に一人一句を挙げておこう。    向日葵や横顔だけになった父      春風亭昇吉    蚊帳を吊るほどよき父の釘一本      照井三余    かなかなお喋りとかげは無口かな     村上直樹    心太ダークマターの貌をする       江良純雄    いつの世も踏み絵と知らず更衣      杦森松一    あまた蟻王位継承権は無い        渡邉樹音    青梅や国旗損壊罪 おろか        武藤 幹    いつそ傘とぢてかへらう大夕立      林ひとみ    河骨の孤独と孤高脊椎植物        金田一剛   伏し目がちに黴は補足を続ける      宮澤順子    急いで通り過ぎていって夏 大っ嫌ひ   石原友夫    薄暗闇のねむりくまなく水母      杉本青三郎    雷一撃 怪光一閃 梅雨至る       渡辺信子    大いなる祖父を撃てとや仏法僧      大井恒行 ★閑話休題・・八田木枯「我を置き去りに我去る墓参かな」(江東区芭蕉記念館開館45周年記念トークショー「江東区ゆかりの俳人・八田木枯」より)・・  7月18日(土)は、江東区芭蕉記念館開館45周年記念トークショー「江東区ゆかりの俳人・八田木枯」(於:江東区芭蕉記念館)だった。登壇者は、鳥居真里子l・藺草慶子・西村麒麟。トークのなかで、藺草慶子が、今日の参加者のなかで、毎年市ヶ谷の土手で行われていた花見会「花筵雨情(かえんうじょう)」に参加しことがある人はいますか?と言われたので、愚生は手を挙げたが、愚生一人だけだった(愚生は自分勝手に「ハナムシロ・ウジョウ」と言っていた)。ニ三度参加した記憶がある。たぶん、25年くらい前のことだ。一度は、終わってから、木枯氏、亀田虎童子さんら3,4人で銀座のスナックに連れて行っていただいた(あまり、酒は飲めないのに・・)。ともあれ、登壇者の方々は、「八田木枯さんに関する自作」を5句ずつ発表されていたので、その中から以下に・・・。   昼顔と昼月しづかなるからだ    鳥居真里子   人形にゆびきりの指は無し雨月     〃   木枯に研がれし鏡かと思ふ      藺草慶子   亡き人に待たれてゐたる花の山     〃   浅草に風の吹く...

藤田湘子「愛されずして沖遠く泳ぐなり」(『藤田湘子の世界/超克の軌跡』より)・・

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  大石香代子著『藤田湘子の世界/超克の軌跡』(ウエップ)、著者「あとがき」には、   私が「鷹」に入会し、藤田湘子先生にはじめて見(まみ)えたのは、二十六歳のときであった。その頃先生あh、俳句専業になられてたばかりの壮年の活力に満ちていた。体力維持のために週に何度か自宅に近い横浜の美しが丘のスポーツクラブに通い、一日に二千メートル位は軽く流して泳ぐという二の腕の筋肉を誇らしげに示されたことも懐かしい。 (中略)  終戦直後の日本の混乱は、先生をも筆舌に尽くし難い労苦に巻き込み、当時のことはあまり語られなかったが、先生の人生に少なからず影を落としている。だが、苦学生の頃からの国鉄勤務は、日本各地を巡り、旅をするのに都合よく、戦後、俳人湘子を大いに育くみ、援けたと思う。新幹線開通と同時代に「鷹」が創刊されたことは象徴的である。  平成の時代に入って放送の分野で始まったNHKBS吟行は、各地の文化と文芸が結びついた質の高い教養娯楽番組として大衆文化向上に資するもので会ったろう。第一回から出演している。まさに、時代に求められた時代の申し子なのであった。(中略)  挑戦の軌跡は十一冊の句集に見てきた通りであるが、一冊一冊の句集にくっきりとした相貌と変化を見せ、戦後俳句のムーブメントを吸収しながら自分自身の俳句を希求した軌跡が瞭かである。 とあった。ともあれ、以下に本書より、いくつかの湘子の句を挙げておこう。    雁ゆきてまた夕空をしたたらす        湘子    音楽を降らしめよ夥しき蝶に   口笛ひゆうとゴッホ死にたるは夏か   枯山に鳥突きあたる夢の後   日のみちを月まあゆむ朴の花   湯豆腐や死後に褒められようと思ふ   あめんぼと雨とあめんぼと雨と   寒泉や定型といふ無尽蔵   蛍火忌と呼ば無晴子逝きたる日   ちゆと吸へば土用蜆もちゆと応ふ   死ぬ朝は野にあかがねの鐘ならむ  大石香代子(おおいし・かよこ) 1955年、東京都生まれ。       撮影・中西ひろ美「蔓の先梅雨明けを指示するように」↑

柴田多鶴子「紙風船つけば空よりつきかへす」(現代俳句文庫『柴田多鶴子句集』より)・・

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 現代俳句文庫Ⅱー7『柴田多鶴子句集』(ふらんす堂)、解説は山西雅子「苗札から桐箱へ――俳句を支えるもの」。 それには、  柴田多鶴子は昭和六十二年、四十歳で俳句を始めた。NHKテレビ講座の「俳句入門」で鷹羽狩行の講義に魅了され「狩」に入会、平成二年に檜紀代主宰の「遠矢」にも創刊に伴って入会。平成七年、四十八歳で第一句集『苗札』を上梓した。初学からほぼ七年間の句を収めるこの句集で私がまず惹かれたのは、育ちゆくお子さん三人の句である。数は多くないが印象深い。   兄弟の両耳のぞく冬帽子   ひらがなを積木で数へ春炬燵   夜話や兄のまねしてあぐらかき     (中略)    石庭の石のあはひの淑気かな   津の国の川ゆつたりと初景色  多鶴子はあるインタビューで「小さく叩けば、小さく返ってきて、全身で叩けば全身の力で返してきてくれるのが俳句だと思います」と語っているが、これらの句からは、初学から様々に修練を重ね続けた俳句が返してくれる美しい響きが、渾然一体となって聞こえてくる。   とあり、また、著者「あとがき」には、  令和八年六月に俳誌「鳰の子」は創刊からまる十五年になります。この記念となる年に『現代俳句文庫Ⅱ』へのお誘いを頂きましたこと、とても嬉しく有り難く思います。  本書には既刊句集『苗札』『恵方』『花種』『桐箱』から百句ずつ四百句を選んでおさめました。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、以下に、いくつかの句を挙げておきたい。    落ちてゆくところは知らず恋螢        多鶴子    まづ逃ぐることをおおぼえて地虫出づ   涅槃図の嘆きに風の加はりて   みんみんの鳴きやみ森のしぼみけり   山の気のゆるみしときに霧生れ   勝独楽の紐の汚れに汚れたる   遠き灯と同じ暗さの梅雨の月   病む者も看取る者にも秋立てり   鳰の子のつねに遅るる一羽かな   もう閉ぢる気のなくなりしチューリップ   菱採女実のあるかぎり休まれず   みどり子は水の重さや梅雨来たる   支へ木をされくつろげぬ牡丹かな   花野とは風抱くところ揺れやまず   違ふ虫鳴き出す別の闇のあり   小六月陽に鞣されて海の面   鼻をつけおでこをつけて花氷   風なくて散り風来れば花吹雪  柴田多鶴子(しばた・たづこ) 1949年、三重県生まれ。        撮影・...

新宅秀則「鈴(りん)の音や柩の上の夏帽子」(第55回「きすげ句会」)・・

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  7月16日(木)は、第55回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「雲」。以下に一人一句を挙げておこう。    道幅に伸びきつてをり青大将        久保田和代    紅の蕊 (しべ) 透ける奥能登合歓の花     濱 筆治    またの名の琉球恋し真夏の日         杉森松一    赫赫 (かくかく) の日輪喰むや雲の峰     新宅秀則    夏帽子深くかぶりてちさき声         高野芳一    人世の坂登りきり雲光る           清水正之    心太君は好きだと谷中にて          井上芳子    抱きしめてゴール許さじ盛夏なり       寺地千穂      吟行のふっくら甘き野枇杷かな        山川桂子    いま少し雲よ、風の詩を聴かせてよ      大井恒行  次回は、8月27日(木)、兼題は「新」。         撮影・鈴木純一 「ご破産で願いましては丸裸」↑            7 月 16 日   トニー 谷   没( 1917 - 1987 )

岩田奎「蟻地獄蟻がはこびしものも落ち」(『敵』)・・

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   岩田奎第二句集『敵』(書肆侃侃房)、帯の惹句には、 デビュー句集『膚』で田中裕明賞と俳人協会新人賞をW受賞した俊英、待望の第二句集。   叫ぶおやすみとか氷るおやすみ  とあり、帯文の服部真里子は、    挽肉のあらければ咲く辛夷かな  辛夷が咲くのは、この挽肉が粗いからだったのだ。ひとつの死である挽肉が、粒の粗さのために口の中で弾ける逆説的な生命感。辛夷が咲くことはまさにそのような現象ではないか。私たちの世界の、思いもよらないきらきらした残酷さを、『敵』はこうして取り出してみせるのである。  とあった。そして、著者「あとがき」には、    題は敵にした。自分はつくづくやさしさがたりないと思う。この句集を編むことを通じてすこしばかりやさしくなれたような気もするが、もっとやさしくなっていきたい。くわえて、これからも敵にめぐまれ、敵にしたしんでありたい。日日共同制作者と呼ぶべき句敵 (くがたき) の皆さまに感謝しつつ筆を擱く。  とあった。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい(ちなみにページ下段に句の読みがローマ字で表記されているが、それは省略した)。    えいゑんの中をゑんそくしてゐたり       奎    歌が止みシャワーの音の止みにけり   星祭われら虚業のビル灯す   発明をなさぬ掌水澄めり   公にならぬ氷の上のこと   山東京伝本名醒都鳥   水鳥の心それぞれ敵をもち   ぜんまいはさうせぬこともできるなり   陸にてはくもりてありぬ箱眼鏡   新社員配属血沼海ぞひに   花石榴拳固くらはずくらはせず   運動会すみたることは塗りつぶされ   青写真この世の鳥は遊ぶなり   戦闘機もミツビシがよく寒卵   仏罰としてものの芽のひらくなり   雪ぶかくなるまでこの時速でゆく   金亀子言葉ひらめききらずあり   欅枯れながらながるる水の熱  岩田奎(いわた・けい) 1999年、京都生まれ。       撮影・中西ひろ美「やんちゃだったあの子の夏の昔歌」↑

小野初江「かわらのぎくよ疾く万巻の花火せよ」(「LOTUS」第56号)・・

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   「LOTUS」第56号(発行人:無時空映)、特集に「小野初江追悼号」とある。特集の扉に、 小野初江さんは弊誌第五四号小野初江誌上句集『花降る日』のひとこと(あとがき)に九五歳と記されてあるので享年は推定九六 逆算するとお生れは昭和四年と思しい「戦中戦後の長い克己の時代があり やっと解放されたのはすでに晩年になってから」(ひとこと)とご自身記すように 六〇歳を過ぎてから地元川崎の句会に参加 やがて「山河」から豊口陽子の導きにより「未定」同人に「LOTUS」の創刊同人 一時退会後第四八号より復会 前の第五四号収載の「草いきれ」 二十句が遺稿となった「かわらのぎくよ疾く万巻の花火せよ」 小野さんは私たちLOTUSの連衆にとって特別な存在であり 俳句への尽きせぬ情熱を誰よりも強く持ち続けてをられました 我々の憧れでもあり目標でもありました  とあった。 そして、挟み込まれた便りには、  (前略) この度、発行人交代に伴い同人一同で協議のうえ、LOTUSは新しい発行体制に移行することとなりました。  これまで弊誌は紙媒体を中心に発行し、関係各位へ郵送にてお届けしてまいりましたが、57号以降はPDF版を中心とした発行形態へ移行いたします。(中略) PDF版への移行により、遠方にお住まいの方、海外在住の日本語ネイティブの方にも、より速やかに弊誌をお届けできる体制を整えて参ります。 PDF版のLOTUS誌をご希望の方は、下記Email までご連絡ください。 従来どおり、無料にてお届けいたします。  とあった。ともあれ、本誌本号より、いくかの句を以下に挙げておきたい。    体内の星さわぎだす麦畑       表健太郎    内実のまだ濡れているかき氷     曾根 毅       線刻の菫   わらう   弔いの雨               三上 泉    屋根裏で生きるに慣れて偽日記    熊谷陽一       こそあどの   ことばかくあれ   ちからぐさ             酒巻英一郎    百合を埋め夜の霧なる棺かな      無時空映                  撮影・後藤章氏↑ ★閑話休題‥埼玉県芸術文化祭2026協賛事業「第48回埼玉俳句大会」の講演・大井恒行「俳句とは何か〈有季と無季〉・・     7月12日(日)、さいたま文学館・文学ホー...

早川ひろ美「いつからか捩花(ねじばな)も吾(あ)も螺旋なり」(「多摩塾句会」)・・

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 7月13日(月)は多摩塾句会(於:府中市市民活動センタープラッツ)だった。兼題は「彫」。以下に一人一句を挙げておきたい。     陽を透かす一日 (ひとひ) の衣夏椿       上阪則子    浮き彫の龍の眼玉や風涼し           富山 勉    百歳の希みを記す笹飾り            小川幸子    時鳥山雨一過の御岳山             吉田久美    虚をついて通り抜けたる夏燕かな       早川ひろ美    鬼神 (おにがみ) に泣く子もいての夏神楽    森 和子    分断の世界見つめる女神像           花見育子    出番前動悸いやます絹ごろも          中西雅子    一服の涼風渡る氷菓かな            篠木裕子    水滴の衰えのよう草螢             大井恒行  次回は、8月10日(月)、兼題は「宿」。  ★閑話休題・・もりさわてい「小説の山場の中へ初蚊来る」(「ちょっと立ちどまって」2026・6)・・ 「ちょっと立ちどまって」は、森澤程と津髙里永子の二人の葉書通信である。今回の葉書のお二人の名前は平仮名できされているので、そうした。    河鹿鳴く黒き姿を隠しつつ       つたかりえこ       撮影・芽夢野うのき「会い別る夏の花々愛でながら」↑