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藤田湘子「死ぬ朝は野にあかがねの鐘ならむ」(『ささやかながら[藤田湘子の俳句をめぐって]』より)・・

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   津髙里永子『ささやかながら』(霞草文庫)、著者「あとがき」に、  福神規子主宰の「雛」に令和五年(二〇二三年)七月号から二年間、連載させていただいた文章をこのたび、一冊の本にまとめました。この文を書くことになったきっかけになった母は連載中に亡くなりましたが、彼女を通して、私はずいぶんと湘子の教えを学んできました。  介護施設に入所した母と会話したいと思って、会いに行くたびに俳句のことを話しかけ、殊に湘子先生の話をすると、表情も和らいで笑顔も見られるようなりました。この連載のおかげで、母の中で俳句がよみがえり、思いもよらぬ母の句集づくりへと話がすすんでいkみました。句集感性は間に合いませんでしたが、句集名『霞草双手に抱けば』は母が決め、小川軽舟氏が書いて下さった序文にも目を通すことができ、試作した表紙も見せることが叶いました。   とあった。集中の「掌握」の項には、   母の遺品に、参加したすべての句会の投句と当日受けた批評を清書した「句会整理帖」なるものが七冊ほどある。 (中略) 当人に無断で叱られるかもしれないが、幾つか例を示せば、湘子先生の俳句観も見えてくるかと思う。 ・母の句〈立春大吉畦を啄む鴉あり〉    (平成八年)   湘子→「啄む」は当り前。「歩ける」とする。「歩く」で「啄む」ことも連想される。  と、ある。また、面白いエピソードが記されていたので、それは「勇気」の項で、 (前略) 平成八年~十年頃であったと思うが、湘子が、何かの話のついでに「日本は三つも俳句の協会(伝統俳句協会・俳人協会・現代俳句協会)があるのは如何なものか。俺はフリーの立場になったから、将来、これを統一できたらと思うんだが。」と漏らしたことがあった。ただし、この意向は、その後(管見の限り)湘子自身の文字としては残っていないように思われる。  とあった。ともあれ、以下に、本書中から、いくつか湘子の句を挙げておこう。     枯山に鳥突きあたる夢の後          湘子    音楽を降らしめよ夥しき蝶に    雪だるま無用の礫くらひけり   雪形を天にあそばせ花林檎   ひぐらしのうしろさみしき白地かな    蛍火 (けいか) 忌と呼ばむか晴子逝きたる日   一塊のででむし動くああさうか     口で紐解けば日暮や西行忌   真青な中より実梅落にけり   月...