林ひとみ「まくなぎと時間つぶしてゐたりけり」(第79回「ことごと句会」)・・
★閑話休題・・各務麗至「此の世なぜ此処に私は日向ぼこ」(「詭激時代つうしん」24より)・・
「詭激時代つうしん」24(詭激時代社)、中に、句篇と合わせて「秋桜」という掌編が収められている。そして各務麗至「覚書にかえて……」には、
(前略)扨——「秋桜」は、平成二十六年の作品で、息子の同級生が亡くなって、見返しに、
和宏くんへ
ありがとう 天国から愛をこめて
無論自筆署名入りで、双子のもう一人の「岳志くんへ」もその遺作集が届いて、
母が亡くなったり、知己麻生知子もすでに亡くなっていて、突然そんな衝撃的な言葉を見せられて、何が何でもその子らしい女の子が書きたくなったのだった。
白血病で、嘘のように早く逝ってしまったのだけは聞かされて知っていた。闘病生活の日常は妻佐代子を見ていたし、白血病との少しの知識は安土忠久(吹き硝子工芸作家 麻生知子の夫)さんからの無菌室から電話があったり、(中略)
当時——「年老いた母親の話かと思ったら…‥、読後何か違和感がないではなかった:と、近隣のからそんな葉書が届いた。 そうもあるが、それでもその後、純文学誌『季刊文科』に掲載されて……、今回、老母の部分を妻佐代子にして新しく書き直した。「しーかちゃん」の部分は変わっていないが、母の時と違って、「しーかちゃん」と「佐代子」が、私には何だか重なって見えて来る不思議があった。というのも、
私たちの日常生活がそのままが写生されていたのかも知れない。「しーかちゃん」は、その頃の佐代子の姿・闘病生活や二人の思い出話も参考になっていたのだった。
とあった。ともあれ、 句篇の「日向ぼこ」「——附 人生」から、いくつかの句を以下に挙げておこう(各務麗至は、愚生のブログを見ての折、句会での「兼題」を種に作句しているらしい)。
*ことごと句会 兼題「如」
たましひの見えざるかたち如月よ 麗至
*しあわせな喧嘩不動の滝なりけり
蠟梅のしづかに吐息したためる
*今までがあったればこそ
日向ぼこ此処で出て来た戦争が
*やさしくゆっくり……
此の世とはかなしみ色の日向ぼこ
日向ぼこぼこぼこぼこ道ぼこぼこ
居ないのはやつぱり淋し日向ぼこ
*完全完璧である訳もなく……
生きても死んでも人間日向ぼこ
撮影・中西ひろ美「いんげんは莢の内からもの申す」↑


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