林ひとみ「まくなぎと時間つぶしてゐたりけり」(第79回「ことごと句会」)・・


 5月16日(土)は第79回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「足」。以下に一人一句を挙げておこう。

  餓死未だ死語に非ずや春惜しむ      石原友夫
  葉桜すでに足音になっている      杉本青三郎
  籐椅子に祖父の凹み父凹み        村上直樹 
  青時雨きょうのでじたるでどっくす    渡邉樹音
  ⑤のボタンジャスミン香る赤い爪     杦森松一
  海老の透く生春巻きの薄暑かな     春風亭昇吉
  知りすぎてしまつた噴水の悲鳴      林ひとみ
  陽炎のシンコペーションなる踊り     江良純雄
  葱坊主揺れて見送る霊柩車        武藤 幹
  すれきれし春光に晒す俺の足       照井三余
  汝来るも汝去る時も絹ごころ       渡辺信子  
  卯月とは数多草木のいのちなり      金田一剛
  継ぎ足しのたれは腐らず麦の秋      宮澤順子
  象が飛び込む古池水音だれも聞いていまい 大井恒行


 ★閑話休題・・各務麗至「此の世なぜ此処に私は日向ぼこ」(「詭激時代つうしん」24より)・・


 「詭激時代つうしん」24(詭激時代社)、中に、句篇と合わせて「秋桜」という掌編が収められている。そして各務麗至「覚書にかえて……」には、


(前略)扨——「秋桜」は、平成二十六年の作品で、息子の同級生が亡くなって、見返しに、

 和宏くんへ

 ありがとう 天国から愛をこめて

 無論自筆署名入りで、双子のもう一人の「岳志くんへ」もその遺作集が届いて、

 母が亡くなったり、知己麻生知子もすでに亡くなっていて、突然そんな衝撃的な言葉を見せられて、何が何でもその子らしい女の子が書きたくなったのだった。

 白血病で、嘘のように早く逝ってしまったのだけは聞かされて知っていた。闘病生活の日常は妻佐代子を見ていたし、白血病との少しの知識は安土忠久(吹き硝子工芸作家 麻生知子の夫)さんからの無菌室から電話があったり、(中略)

当時——「年老いた母親の話かと思ったら…‥、読後何か違和感がないではなかった:と、近隣のからそんな葉書が届いた。 そうもあるが、それでもその後、純文学誌『季刊文科』に掲載されて……、今回、老母の部分を妻佐代子にして新しく書き直した。「しーかちゃん」の部分は変わっていないが、母の時と違って、「しーかちゃん」と「佐代子」が、私には何だか重なって見えて来る不思議があった。というのも、

私たちの日常生活がそのままが写生されていたのかも知れない。「しーかちゃん」は、その頃の佐代子の姿・闘病生活や二人の思い出話も参考になっていたのだった。


 とあった。ともあれ、 句篇の「日向ぼこ」「——附 人生」から、いくつかの句を以下に挙げておこう(各務麗至は、愚生のブログを見ての折、句会での「兼題」を種に作句しているらしい)。


    *ことごと句会 兼題「如」

  たましひの見えざるかたち如月よ        麗至

    *しあわせな喧嘩不動の滝なりけり

  蠟梅のしづかに吐息したためる

    *今までがあったればこそ

  日向ぼこ此処で出て来た戦争が

    *やさしくゆっくり……

  此の世とはかなしみ色の日向ぼこ

  日向ぼこぼこぼこぼこ道ぼこぼこ

  居ないのはやつぱり淋し日向ぼこ

    *完全完璧である訳もなく……

  生きても死んでも人間日向ぼこ 


      撮影・中西ひろ美「いんげんは莢の内からもの申す」↑

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