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 原満三寿「夕野分 老鬼の肋をくぐりぬけ」(『また逢える』)・・

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   原満三寿第14句集(私家版Ⅲ)、「お手元へ」の便りには、  前句集では、烏瓜の花の妖しい美しさに触れましたが、本句集では、ナニワイバラを発見したことをお伝えしたい。  いつもの散策路に、白磁の花の群がどっと現れたのです。蘂が黄色で花びらがまっ白なナニワイバラというバラ科らしく、その可憐な姿にすっかり魅了されました。  むかし「白い花が好きだ」というと、「年寄りみたいだ」と冷やかされた事がありました。若い時から、白い花が冷める老いや死への意識が潜在しているのかもしれません。  本句集は、主体を露わにした句と私情をそぎ落とした句とが混在して、徹底さに欠けます。老骨のヨロケとかわらずご笑覧いただければ、老骨が悦びますです。                             二〇二六年 秋   集名に因む句は、巻頭の、   冬銀河いのちにいればまた逢える       満三寿  で あろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。   春の宵なにやら毛むくじゃらみたい   流亡の夜を金継ぐ流れ星   傘嬢に言い寄る春の雨滴たち   ガクアジサイ鬼籍の女 (ひと) は薄化粧   ありったけ晩夏を曳くずる蟻の影   陽をのんだ木の芽にキリン首ったけ   逃げ水も逃げ切れるかな“通りゃんせ   旅の雨かえる道なき雨の旅   庄内に即身仏六体 紅の花   おにぎりのお一人様へ遠い雷   末黒野や風の尻尾が焦げ臭い   行く秋や鬼の乱声 (らんじょう)  小火ひとつ  原満三寿(はら・まさじ) 1940年、北海道夕張市生まれ。 ★閑話休題・・新宅秀則「ご飯よと散る子の影や秋夕焼」(第58回「きすげ句会」)・・  10月15日(木)は、第58回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「友」。以下に一人一句を挙げておこう。    「また来る」に一抹の影秋の夕         寺地千穂       大串章氏追悼   俳壇に秋風吹いて串が抜け           清水正之     スキキライどっち?ススキの穂波揺れ      濱 筆治    「ねないこだれだ」しがみつく子や神無月    久保田和代    赤とんぼとまり直して二度三度         井上芳子   追うやんま竹一本の村の子ら          杦森松一    亡友 ...

前塚かいち「バッハとは小川の意なり小鳥来る」(『眼張島』)・・

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  前塚かいち第一句集『眼張島』(香天文庫)、装画も著者。序は岡田耕治「母なる島」、それには、  (前略) かいちさんは大学在学中にキリスト者学生会に誘われ、聖書と出会った。阿倍野のプールで洗礼を受け、一時は激しく信仰の火を燃やした。その後、大阪市内の島之内教会で説教を聞いたことを機に、社会に開かれたキリスト教のあり方を深く考えるようになる。   読み初めの聖書荒野に身を置きぬ   わが罪もダビデの咎も受難節   ルカ伝の時空を超えるクリスマス  これらの句には、聖書の言葉を自らの肉体的な痛みや、人間の根源的な「罪」のあり方、そして、社会の不条理へと重ね合わせる誠実な眼差しが息づいている。 (中略)  この句集『眼張島』に収められた数々の句は、小豆島と大阪という二つの故郷を往還し、キリスト教の信仰と社会の痛みに眼を開いて向き合ってきた、一人の人間の魂のクロニクル(年代記)である。読者はこれらの句を通じて、瀬戸内海の凪いだ海のように穏やかでありながら、その深底に人間の罪と救い、そして家族への不変の愛を湛えた、前塚かいちという表現者の、静かなる祈りに触れることになるだろう。  とあり、著者「あとがき」には、  (前略) 句集のタイトルとした「眼張島 (めばるじま)」 。私にとって、小豆島は単なる故郷ではない。戦火の記憶、母との別れ、そして再会。物心つく前の記憶を形作るのは、この島の海と山、そして岩石に宿る精霊たちのささやきだ。若き日にキリスト教という一神教の教えに触れながらも、心の奥底では、あらゆるものに命が宿ると説くアニミズムの感覚が消えることはなかった。この二つの精神の間で揺れ動き、その狭間にこそ、私の俳句の核があるように思う。 (中略)   この二十年、世界史的にも個人史的にも、決して平穏な日々ばかりではなかった。しかし、だからこそ見えてくる景色がある。折々の季節の移ろい、猫の寝息、教え子たちの面影、そして島に帰れば変わらずにまっていてくれる空と水。それらを手繰り寄せ、俳句という形にしてきたことは、私のささやかな抵抗であり、祈りでもあった。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。    三度目の招集の父敗戦日        かいち    死者生者差別なき世の盆踊   心耳もて胸に手を置く秋の声   ほっこり...

谷川治「除染土の山は動かず鳥雲に」(第44回「東京多摩地区現代俳句協会俳句大会賞」)・・

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                                                堀田季何氏↑   第44回「東京多摩地区現代俳句協会俳句大会」(於:府中市郷土の森博物館会議室)、記念講演は堀田季何氏「世界の戦争俳句」。盛会だった。  以下に、大会選者の特選作品のいくつかと愚生の選句を挙げておこう。    街白夜サラダのような姉といる    なつはづき(堀田季何・大石雄鬼選)    八月のどこ歩いても白い影       冬木 喬(山本敏倖選)    縁側にだあれもいない終戦日      三浦文子(木之下みゆき選)    寛解の一語を胸に白木槿      亀津ひのとり(伊藤 眠選)    ジャングルになほ遺骨あり天の川    満田光生(三池 泉選)    変身を祈る少年かぶと虫        白石正人(江中真弓選)    いつまでの白紙の余生籠枕       稲吉 豊(水野星闇選)    もう伸びをしたくなくなる頃だんご虫  尾崎竹詩(根岸敏三選)    断層に届かぬ人智震災忌        青木 隆(永井 潮選)    広島忌5Bで書いておく一句       小山健介(石橋いろり・津久井紀代選)    冷奴無心に崩す施餓鬼かな        安西 篤(小山健介選)    八月の重き昭和百一年        木之下みゆき(根岸 操選)    端居して風と語らふ今日のこと      松井彰子(佐々木克子選)    人間にもどる途中で水を打つ      佐々木克子(宮崎斗士選)    「せんそうはたのしいの」と訊く水鉄砲  木之下みゆき(赤野四羽選)    脚は蚊の刺し跡だらけ太鼓の子       田上嫌夏(石川春兎選)    蓮開くパンダが居てもても         稲吉 豊(大森敦夫選)    除染土の山は動かず鳥雲に         谷川 治(以下は大井恒行選)    戦死者に余生なかりき柿落葉        坂本君江   鈴の音や柩の上の夏帽子          新宅秀則    世の果ては無数の蛍湧くところ       尾崎太郎    カレード夏...

今井聖「『仮に』が口癖サングラスの教授」(「街」No.181/創刊三十周年記念号)・・

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 「街」No.181/創刊三十周年記念号(街発行所)、今井聖「街三十周年記念号巻頭言」には、     愚の如く道転 (うたた) 寛 (ひろ)し    国仙和尚 良寛の師である曹洞宗円通寺の国仙和尚が「良寛庵主に附す」との前書を置いて良寛に贈った「偈 (げ) 」(漢詩)の冒頭の一行。「愚」の前には「良也 (りょうや) 」の二文字があり、「良寛という人物は」という書き出しである。禅宗に於いて「愚」とは世俗の「賢」を求める方向に囚われず恬淡としていること。「(だからこそ)あなたの道はいよいよ奥深く広がっていくであろう」六十八歳で遷化する国仙がその前年に三十三歳の良寛に与えた「今のまま行け」という「遺言」であった。  とある。特集Ⅰの対談は池田澄子・今井聖「自分の感受性の変化・師との距離」、特集Ⅱ特別寄稿「外側から見た街」には、大塚凱「街ならぬ村」、阪西敦子「聖さん閑居して」。特集Ⅲは、座談会「内側から見た街」には、太田うさぎ・黒岩徳将・髙勢祥子・谷村行海「今井聖、お前もか――類型への帰着」、特集Ⅳには「街作家自選十句」。その池田澄子と今井聖の対談の中に、 (前略) 今井 「幽霊が写って通るステンレス」というのは、幽霊は季語なんだっていうふうに思ってらっしゃるわけじゃないんでしょ。 池田 思ってるよ。思ってなくはないわよ。冬じゃ幽霊も寒くて出てこれないから。 今井 ステンレスを亡霊が通る。まあ亡霊でもいいのか。幽霊が季語だから使うっていうのは不思議だな。 池田 気持悪いわけじゃなくて、幽霊と同居してるみたいな気分ね。 今井 一応意識なさるんですね。 池田 しますよ。だってほら、暑いとか寒いとか、例えばそれってすっごく身近な感覚でしょ。暑いなと思ったら季語だもんね。暑い。だけど、なんか足は冷たいわ。季語よね。だから日本にいたらもう季語っていうより季物、季のものの中で生きてるわけだから。 今井 まあそうはおっしゃるけど、「人類の旬」の句なんかは入っていないと。 池田 どうしても入らない場合もあるよね。 今井 そこがすごいところだな。 池田 だからそれ入れちゃうと、その季節のことになっちゃうでしょ。どうしたって。季節を限ることが出来ないことってあるでしょ。 今井 自分の好きなように作って、入ったら入れていいし、入らなかったらそれでもいいっていう作り方ではないんですね。 池...

酒井弘司「水は詩神十月の水透きとおり」(『靑蟬抄』)・・

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  酒井弘司第10句集『靑蟬抄』(ふらんす堂)、帯の句は、    直立すジャコメッティのような秋      弘司       その「あとがき」には、  句集『靑蟬 (せいせん) 抄』は、『地気』につづく第十句集である。  令和三年から令和七年までの五年間の三五四句を収載、八十代前半よりの作品である。 (中略)   句集名の「靑蟬 (せいせん)」 は、中国の詩人、李賀の作品、「南園十三首」の「靑蟬獨噪日光斜」からの引用に拠る。「靑蟬」は、ひぐらしを指す言葉。  谷戸にある茅屋は、七月に入るとひぐらしが、こんもりとした森のほうから朝夕に哀愁をおびた声で鳴く。  薄明の早暁は、彼岸からの声のようにも聞こえ、夕暮れは、ひぐらしが鳴き止むと、あたりの家々に明かりが灯される。  そのような晴耕雨読の日常を「靑蟬抄」としてまとめた。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    山の神見えずに辛夷どっと咲く         弘司    星涼しどの子もおなじ星に生き      安井浩司さん逝く    安井浩司よいまどこをゆく寒の星       清水哲男さん逝く   きぶし揺れ揺れる光のわかれかな   戦火止まず辛夷は地平まで白し         峯の薬師   えごの花白しだれもが還る土   兵士という言葉は消えず長き雨季   草のこころで咲いている赤のまま   人は歩き木は立って待つ冬の星   白梅やきょうあるものはあすはなし   八十八夜寅年の夕美、杏子、悦子亡し       秦夕美、黒田杏子、大石悦子さん   父を嗅ぐ深き青空修司の忌   朝から蟬声のかぎりの敗戦日   大岡頌司・安井浩司亡し秋の暮   八月六日水を両手に顔洗う   八月九日大の字に寝る誕生日   開戦日ノーモアヒロシマ・ナガサキ   きのうより濃く生きよと茄子の花   どの子にも地球の幸を星祭      種田山頭火の小郡   雨の日は雨でまたよししぐれ聴く   冬青空永遠というひびきあり   酒井弘司(さかい・こうじ) 昭和13年、長野県生まれ。        撮影・鈴木純一「神の留守たのむから一人にさせて」↑       ムハンマド・アター   没 ( 1 96 8 ~ 2001 )テロリスト

長岡裕一郎「ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち」(『百人一首バトル』より)・・

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 栗木京子・穂村弘・佐藤弓生・千葉聡・石川美南編著『百人一首バトル』(書肆侃侃房)、その「はじめに」には、 (前略) 短歌のバトルは、不穏な争いではなく、不毛な戦いではなく、よい歌をめざして、作者たちが互いを高め合う場でした。  この『百人一首バトル』は、私たち五人が、それぞれ設けたテーマのもと、原則として一九〇〇年以降に生まれた作者の歌集から秀歌を選び、百人一首としてまとめたものです。最初にそれぞれのテーマを披露し合い、それから歌を選びました。   それぞれの歌人のテーマは、 栗木京子選「意味としらべのマリアージュ」、穂村弘選「アヴァンギャルドの夢」、佐藤弓生選「遠い年、遠い地図」、千葉聡選「失われた名歌を求めて」、石川美南選「加速する時間/膨らむ時間」。  ともあれ、ここでは、本書より、愚生に少しでも係わりのあった方の歌をアトランダムになるが、いくつかを挙げておきたい。  連山を持つ幸福を思わせて蛇笏あり龍太あり甲斐の国あり         三枝昂之  母を知らぬわれに母なき五十年湖 (うみ) に降る雪ふりながら消ゆ     永田和宏   ついに近江を見ざる歌人として果てんこの夕暮のメガロポリスに     藤原龍一郎   そして秋、空もひとつの武蔵野に早馬 (はゆま) のごとき風の音する   小島ゆかり   鵙の声が日暮を統べてことのほか名古屋の人は小さく群れる        荻原裕幸  好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ     東 直子   日の暮れは子供も不安になるものかタソガレーナちゃんと呼びて抱き上ぐ  永田 紅   熱の児が眠りゆきつつしがみつくわれはいかなる渡海の筏         黒瀬珂瀾   思うひとなければ雪はこんなにも空のとおくを見せて降るんだ       小島なお   夕光る鏡の上のチョコレートのうすき歯のあと夏はきたりぬ        吉岡 実  帆船は若く眩しく流れゆき我は水夫の顔を忘れき             中井英夫   掌 (て) のなかへ降 (ふ) る精液の迅きかなアレキサンドリア種の曙に   岡井 隆   その日からきみみあたらぬ仏文の 二月の花といえヒヤシンス       福島泰樹   警官はされど若き警官は猛き海豚 (イルカ) かジャムプせよ死へ      石井辰彦  闇を脱ぐ闇姫を身...

山﨑十生「除染まだ済まぬが螢舞っていた」(「紫」10月号/紫創立85周年記念号)・・

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 「紫」10月号/ 紫創立85周年記念号(紫の会)、巻頭作品、山﨑十生「丙午10」の下段エッセイに、   本年、十月をもちまして「紫」は創立八十五周年を迎えました。創刊者関口比良男師の後継を受け二十七年経ちました。 (中略)  思い起こせば「紫」には、優秀な先輩方が多く所属されていました。長い年月が流れ、先師を始めとし、その作家魂に報いるべく精進してまいりました。  来年十月には創刊一〇〇〇号に達します。 (中略) 先師の「婆娑羅ぶり」の精神を守りつつ新しい伝統の構築のために今後も紫内外の同志と共に活動を続けて参る所存ですので宜しくお願いします。  とあった。ともあれ、本誌本号より、以下にいくつかの句を上げておこう。    見えるより見えぬ青葉が恐ろしい      山﨑十生    すっぴんになればなるほど冷奴      渡辺まさる    青ぶだう袋はづして欲しいとさ       浅野 都    沈黙はあらがふ祈り夾竹桃        福島ときみ    明滅の滅こそ要なる螢           渡辺智恵    山からの風はおおらか夏座敷        金子和美    万緑もまた水音に抱かるる       かみのみずほ    賞味期限のながい牛乳水中花        日下晴美    旅立ちという停留所夏の雲         後藤宣代    今という時を生きやう蝉しぐれ       斎藤久子   多情多恨表に出さず星月夜        早乙女文子    バイト急募髪色自由夏近し         島田良江    ほうたるの息の伝はるたなごころ      鈴木千鶴    微かなる波音混じる江戸風鈴        西本明未    きりがない程の傷あり夏木立        藤澤晴美   遠い海鳴り空鳴りを休まず         細井美人    煩悩の数を力と蛍とぶ           依田壽子    星空の沈黙闇の音のする          新井史子    夜の地震相次ぐ線状降水帯         岩切雅人    数多なる解を導く泉あり          上田洋子    夜干梅星のしずくを舐めてみる      折原野歩留    噴水はありとあらゆる機首である      宮澤順子 ★閑話休題・・川村恵子「かけはぎ屋傾く引き戸萩の風」(「立川こぶし句会」)・・  10月9日(金)は、...