筑紫磐井「吾(あ)と無」(「現代俳句」8月号より)・・
「現代俳句」8月号・通巻733号(現代俳句協会)、巻頭エッセイ「直線曲線」に松王かをり「スポーツする俳句」、大崎紀夫「追悼/つげ義春の旅の一句」。論考に飯田冬眞「日野草城のオフィス俳句——戦火想望俳句へ至る妄想俳句の源流」、その中に、 (前略) 便 (たより) 来ぬ片山桃史生きてゐたり 桃史死ぬ勿れ俳句は出来ずともよし (愚生注:日野草城) 昭和十三年九月、火野葦平『麦と兵隊』を題材に「戦火想望」五十六句を「俳句研究」誌に発表した。以降、妄想戦争俳句は「戦火想望俳句」と呼称され、俳壇史に名を刻んだのである。 だが、これら戦火想望俳句も作り方や焦点の当て方はオフィス俳句と何ら変わらない。電話やハサミといった「物」を通して無機質な事務室という限定された「空間」を描いたように、バケツや機関銃が「戦場」の空気を伝えているだけだ。 (中略) こうした「他者」を通して「場の空気」を描く技法をオフィス連作で実践していたからこそ、戦火想望俳句は成立したと言えるだろう。現実の制約を飛び越え、定型の中でイメージを大きく飛躍させる草城の手法は、オフィスという日常の中で鍛えられた想像力によるところが大きい。それが妄想連作を支えたのだ。 草城のオフィス俳句は、「懐にボーナスありて談笑す」を除くと俳句史では長らく顧みられなかった。だが、無機質な都会人の生活のなかに他者の気配を組み込み、季節の着物をまとわせてユーモアと温かみをもたらしたその試みは、没後七十年を経た今もなお、我々に鮮やかな生の実感を伝えている。 とあった。ろもあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。 ああ暗い煮詰まっているぎゅうとねぎ 金原まさ子 戦後ながしどくだみの白闇に泛き 酒井弘司 夏怒濤目の前にふいに抱き合う 瀬間陽子 太陽系ながこがね蜘蛛の巣が揺れる 大石雄介 エンジョイの形になりきれず白薔薇 近 恵 夏の夢よく燃えていて父の貌 加那屋こあ 枯草の下幾千のいのちの香 宮原青佳 母さんはおこりんぼうです作り雨 前田未来子 人魚みな首だして見る流れ星 仲 寒蟬 勇気ときに山女に似たり泳ぎたり ...