島田輝子「平和ながかれ朝のみみずに野の弾力」(「KENOBI」vol,4)・・
「KENOBI」vol.4(小川楓子・黒岩徳将・寺沢かの)。特集は「生誕100年/島田輝子の世界」。その小川楓子と黒岩徳将の対談の中に、 (前略)黒岩 ほかに特にこれを語りたいというのはある? 小川 彼女が長崎で被爆した経験として「厚葉夜は垂れて爆土のアマリリス」(第四回長崎原爆忌俳句大会より)がある。でも、私が取り上げたいのは「梨など見えて私の骨壺ウフフ満月」。 黒岩 未来を見ているような感じで、自分の死を予測している。 小川 お兄さんを介護していて、現実的に死と隣り合わせであるって感じはあったんだろうなって。若さゆえのフェティシズムみたいなものもありつつ「ウフフ」って躱していくんですね。 (中略) 黒岩 たとえば、同じ平和を詠んだ句を比較してみる。島田「平和ながかれ朝のみみずに野の弾力」、池田「前へススメ前へススミテ還ラザル」では、ストレートな主張という点では一部共通していて、相違点は池田さんはアイロニーを込めた意味性で通していて、島田さんは切れの断絶で「みみず」の物質感がいきなり出てくるところなのかな。あと、「何が分かったら輝子さんの俳句をより楽しく面白いと感じられるのか」で言うと、リズム感ですか。 小川 リズム感と言葉の斡旋かな。単純にいわゆる「俳句」として読まないでほしい。 黒岩 一行詩、みたいな? 小川 「魂の一行詩」みたいなものとも違うかな。俳句というのは季語が必要でこういう単語しか使っちゃいけない、という先入観なしで島田輝子俳句を読んでもらえたら嬉しい。(中略) お汁粉匂う鎌倉紅葉してたよね 黒岩 お汁粉の色とか匂いを感じながら、紅葉を思い出している。ついさっき行った鎌倉かもしれないし、一年前かもしれないけど、「してたよね」って相手に届けるような言葉っていうのが情が滲み出てていい。景色がポンと飛ぶ魅力。 小川 一緒に鎌倉吟行したときの句だと思う。でも一緒に吟行していなくても、記憶を共有しているあたたかさが、お汁粉の匂いにつながっているということは読者に伝わるんじゃないかな。さっき見たものを私たちに手渡すような「してたよね」。 とあった。島田輝子(結婚後は成田輝子)、1926年(大正15年)横浜市生まれ。2020年没とある。ともあれ、以下に本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。 八月十五日なんで...