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穴井太「消える椅子ゆうひまみれのわがカスバ」(「ペガサス」第25号より)・・

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 「ペガサス」第25号(代表 羽村美和子)、瀬戸優理子のエッセイ「『女流』考」に、  「女流」は男目線の差別ワード。だから使わない.それが今の世の多数派であり〈常識〉。でも私はそもそも「女流」は差別語ではなく〈称号〉ではなかったか?と考えている。作家生活40周年を機に山田詠美が執筆・刊行した『三頭の蝶の道』を読み、さらにその思いを深くした。 (中略) 「女流」と呼ばれた先輩達が土壌を固めてくれたから今がある。俳句の世界も同じ。道を切り拓いた証として「女流」は称号なのだ。   とあり、きなこ「雑考つれづれ/原郷樹林・・・穴井太の俳句③」を興味深く読んでいるが、惜しむらくは、当時の俳人の句のあとに名しかなく、現在では、苗字がないとよくわからないのではないか(錚々たるメンバーだが・・・)。愚生にとっては、とりわけ、懐かしい増田連、山福康政(娘さんは絵本作家としてもご活躍中)、瀧春樹、国武十六夜、岩尾美義、岸本マチ子、本田幸信、野間口千佳以外は、苗字が思い出せないでいる。  ともあれ、以下に本誌より、いくつかの句を挙げておこう。    蕗の薹黒電話から呼び出され       篠田京子    薔薇芽吹く毒素を少し足しておく    瀬戸優理子    流氷は青です白です 独白        高畠葉子    お彼岸の戦に勝つという祈り       田中 勲    風花と同じ余白を共有す         中村冬美    陽炎の中に戦火が紛れ込み       羽村美和子    掃除機のときどき春の闇を吸う      水口圭子    声になりそびれた思い飛花落花      陸野良美    冬たんぽぽ這いつくばって明日を抱く  本吉万千子   人の死も人の輪のなか天高し      山﨑加津子    まんまるい日本裸木の側頭部       浅野文子    あなたにはフリーズドライの七草粥    東 國人    葱の香のおんぼろ電車やってくる     石井恭平    ふらんすに行きたい春のそぞろ神     石井美髯    水晶に不確かな明日たびらゆき     伊藤左知子    初御籤指に絡まることばかり      F よしと    風花のまた空耳という無音        及川和弘   デコネイルちょっと触って春立てり     きなこ    重力の無となるふたり涅槃雪       木下小...

正岡子規「柿くはゞや鬼の泣く詩を作らばや」(『新選 正岡子規俳句集』より)・・

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  復本一郎選『新選 正岡子規俳句集』(岩波文庫)、「はじめに」には、 (前略) 「花鳥諷詠真骨頂漢」(川端茅舎『華厳』序)との言葉を残している高浜虚子は、岩波文庫の一冊として『子規句集』を編み、二万句の中から二三〇六句を選んでいる。「花鳥諷詠」を唱えた虚子の選句眼が隅々まで窺 (うかが) える句集である。が、為に、もう一人の子規の愛弟子佐藤紅緑が「余の初めて俳句を学ぶに第一に注入せられたのは滑稽思想」だというところの「滑稽」俳句をはじめとして、子規俳句の持っている多様な面白さが十全に伝えられていない憾 (うら) みがあるようにも思われる。 (中略)  虚子は、四季、季題ということに着目しての配列、構成によって一書にまとめているが、本書では一五八三句を、「女性」「新事物」「生活」「写生」の五つの視点によって分類してみた。それによって、四季、季題別の視点では見えなかった子規句の別種の魅力が自ずから浮かび上がってくるのではないかと思われる。 (中略)  これも子規庵保存会によってニ〇二四年(令和六年)に報告された一八九九年(明治三十年)の「歳旦帳」の中に、   はひおりて病床の側の御慶哉 の新出句が見えることが報告された。   また、最近では、謡曲「班女」を踏まえての   狂女持つ冬の扇や桜の画 (え)    の句が書かれた子規自筆短冊の存在も報告されている。  (中略)  その子規に、なぜ今日尚、折りに触れて新出句が出現するのであろうか。右に示しただけでも九句。『なじみ 集』は別として、他はあるいは「歳旦帳」に、あるいは短冊に記されたものであった。ということは、いずれもが即興的であり、待った無しで臨機応変に作られたものであり、俳句帳に転記する遑 (いとま) もないうちについつい失念してしまったということだったのではなかろうか。   とあった。ともぁれ、本書より、いくつかの句を挙げておこう。    馬土 (まど) 一人人馬にひかるゝかれ野哉 (かな)  子規    しににいくためにめしくふこじき哉   寝後れて新年の鐘を聞きにけり   初夢や巨燵ぶとんの暖まり      古白の女人形に題す   汗かゝぬ女の肌の涼しさよ      傾城の文書くかたに   夏瘦を見せまゐらせ度 (たく) 候かしく   女にも生れて見たき踊哉 (かな)    青梅や妾孕みし上根岸   二階に...

中島進「かぎりなく今のまぶしき雪やなぎ」(「詭激時代つうしん」23/栞版より)・・

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  「詭激時代つうしん」23*栞版(詭激時代社)、同時刊行に『中島進 論考抄』(詭激時代セレクション袖珍新書)、いずれも各務麗至の手作り冊子(限定非売版)である。目次には、「 中島進/悼『中島進 遺稿句抄』から・攝津幸彦研究⓵・俳句の思想とは何だろうか 」とある。そして、各務麗至「覚書にかえて……」には、   中島進、の、追悼の栞つうしんになる。亡くなったと聞いて、暫らく茫然とした。  一年前に妻を亡くしてその途方に暮れていた日々…‥‥。出会って二年ほどなのに、長年の知己のごと時々お電話してくれて、途轍もない救いになっていた。そんな頃、 私と同じような失意の友人がいて、元気づけるかに手作りの冊子を作っていたのだった。 そして、私のことである。小冊子小部数とはいえ急遽遺稿句抄を作成したのは言うまでもなかった。仏前に供えていただいていると聞いている。思いが届けば……。   とあった。本冊子から、いくつかの句を挙げておこう。    どの夢も生き急ぐかに冬の星         大井恒行     大井様から/追悼句をいただきました       改めて 本人句集の巻頭に       「真実を語り犀の角のように歩め」            ——スッタニパータ 中村元 訳       あの世でもただ独り歩むのでしょうか   中島百百代    たましひの絶えざる声や冬木霊        各務麗至    ひのまるをせにとぶやつたばんざあい      〃     *TAMA市民塾講座「現代俳句入門」宿題は「ひらがなで作る俳句」五輪テレビから                                ー20256・2・9     *立川シルバー大学「俳句講座」宿題は「カタカナだけで句を作る」「カタカナと漢字まじりで句をつくる」が先にあって、  ー2026・2・4 ひらがな句 何か戦中的で、それならと逆のカタカナに、    イアザンバ タツヤブトニセ ヲルマノヒ     *どちらもどちらで漢字は……、と、挑戦   己乎惨場立野豊途偽居魔廼日  ——己に惨場かな 野に立てば豊かな道は偽りで 魔の日に廼る居る    たましひは真冬をこえて還りゆく          *きすげ句会に、「卒業」との宿題を見て、三鬼が……。    人間てふ卒業のなき成就かな      嘘だけど妻来て春や嘘でない  ...

関根かな「人間に触れたき枝垂桜かな」(「小熊座」4月号より)・・

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 「小熊座」4月号(小熊座俳句会)、特集は、「豈」同人でもあった関根かなの「追悼 関根かな」。執筆陣は、成田一子「血のつながらぬ寒雀ー関根かなさんを悼む(「滝」2月号より転載)」、渡辺誠一郎「淋しげな眼差しの彼方ー思い出すままに」、佐藤成之「永遠にあなたのいない初景色」、鎌倉道彦「木犀へ」、千倉由穂「鍵束の音」、他に及川真梨子「関根かな二十句抄」。その成田一子は、 (前略) 三月のけふもあしたも空低し     いつまでが戦後桜の咲き続く     地震の日の雪降る以後の記憶なく  三・一一や戦争、彼女の大きなテーマだ。毎月の「小熊座」誌の作品でもそうだが、彼女は常に「ここにいる人」以上に「ここにはいない人」に心を通わせようとする。     夏の星死んでも会へぬ人のゐて     打水や戦中の子の走る音  表現は平易だが、奥に重く深いものが横たわっている。難解さがなく、するりと入ってくるが、読者にじわじわと内省をうながす作りとも言える。   と記している。 合掌! 他の記事で、小田島渚「俳句時評/詩歌の球体」の、結び近くに、  ここから筆者は、石牟礼の世界観から詩歌の歴史を別のかたちで想像してみたい。詩歌は、時間軸の上で敗者を生みながら批判的にはってんするものというもより、むしろ球体状に広がるものではないだろうか。石牟礼が女性の詩歌を再興したとしても、額田王も柿本人麻呂も敗者となって消失はしない。球体には様々な可能性が消えずに呑み込まれていく。石牟礼の俳句もまた、この球体の外にあるのではない。その意味でいえば、昭和三十年代に隆盛し、その後勢いを失ったかに見える前衛俳句もまた、排除されることなく未来へと繋がっていく。さらにこの球体は権威となる中心を持たず、おsの拡大の先に、目指すべきただ一つの俳句像もない。球面の至るところで、ざわざわと俳句が生まれ続ける。一切が取りこぼされず、球体そのもが詩歌であり俳句である。  とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    牡丹雪雪天の横隔膜動き         高野ムツオ    天上に人生きられぬ室の花        渡辺誠一郎    あの世より逃れてきたる鶴の声      津髙里永子    月光は降りしきるけど積らない      丸山千代子    いちめんのみどりごいちめんの春の星    川口真理    存へば...

豊里友行「鍬を振る/血潮の虹の/旋律よ」(『赤(あか)ん坊(ぐゎ)オーケストラ』)・・

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  豊里友行第7句集『赤(あか)ん坊(ぐゎ)のオーケストラ』(沖縄書房)、著者「あとがき」に、 (前略) 何故に私は、沖縄戦や米軍基地、自衛隊基地についてこれまで取材し続けてきたのか。私の生まれ育った沖縄で誰もがより良く生きられるような俳句と写真活動をしていきたいう。その私の“うむい“(思い)は、沖縄に突き付けられた不条理から眼を背けられなかったからだ。俳句と写真、文章を書くことで全力を振り絞って沖縄に向き合ってきた。それは私なりの“島うむい“(島思い)であり、郷土愛が根幹をなす。この敗戦八〇年目に私は、沖縄戦を追体験する試みのための沖縄戦の経路を『沖縄線六〇年沖縄新聞』(琉球新報社、ニ〇〇五年)などを基に辿る。  私の句集『母よ』のあとがきでも触れたが、沖縄戦時に母は赤ん坊だった。その赤ん坊である母は、「この戦争が終わったらどんな良い時代が来るかもしれないから赤子(だった母)の命を生かしておきなさい」という祖父(赤子の父)の運命の言葉に導かれていく。その生命の奇跡によって今の私がいる。それは沖縄戦を生き延びた誰もが感じたであろう共通意識ではなかったのか。また戦に巻き込まれた赤ん坊たちの悲劇も多くある。戦争をしていない世代なりの沖縄戦継承について私なりに思いを馳せている。私自身を含めた命について尊ぶことにも気づかせてくれた。そういえば、友人の赤ん坊の感触は、やわらかな血潮がこの世界と繋がり合って生きていけるような希望に満ちた感覚を覚えた。そんな敗戦八〇年目と私の写真人生三〇年目は、誰かの犠牲の基に成り立つ豊かな世界よりも誰もがより良く生きれる世界への対話と人類のたゆまない努力を自らの俳句や写真によって結実し続けたい。それが世界の戦争に抗う私なりの抵抗だ。私たちは、もっと命の話をしよう。   とあった。集名に因む句は、    天体が弾む赤 (あか) ん坊 (ぐゎ) オーケストラ      友行  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みの句に偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    戦争まっしぐら拒む海蛇 (いらぶー) の笛   爆音のパントマイムの家族なり   廃墟ちっくな銀天街の花きりん   煩悩まみれの螺子を巻く 凍蝶   迷彩服も潜むクリスマスツリー   戦争の全貌捲る蝶の翅   うりずんに愛されるための蕾よ      蠟涙の      嗚咽の      風...

和田信行「昼ラジオふるさと桜八分咲き」(「立川こぶし句会」)・・

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  4月10日(金)は、「立川こぶし句会」(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    給水塔脇の草地のつくし摘む         山蔭典子    ひとひらの君を待ちつつ花筏         伊藤康次    小綬鶏の森の招きに誘われし         和田信行    甲州路藤は桃花を抱きおり          大澤千里    天覆う奏でる桜駅ピアノ           髙橋桂子    逆光の金縷梅林 (まんさくはやし) 弥彦山   井澤勝代    九条や最後のとりで草若葉          川村恵子    音たてて花の重さや椿落つ          三橋米子    ためらい傷の春や過ぎゆく晩年は       大井恒行 ★閑話休題・・山内将史「お早うは鸚鵡のことば春霞」(「山猫便り/2026年4月8日」)・・  「山猫便り」は山内将史の葉書通信。その中に、  (前略)  冥婚の兵ぞ直立あんず咲き  江里昭彦「左庭」五八号  ほの白い花の反射でますます蒼白な顔の直立不動の兵士。冥界の婚礼写真のようだ。小さな羞恥心と幸福感が伝わってくる。  椎名麟三が好きだった。好きな小説はと聞かれた時「自由の彼方で」と答えた。五十年振りに読み返した。昔の自分を思い出す。  とあった。        撮影・鈴木純一「相手にはしない相手にアッ痛テテ」↑                  4 月 5 日   蒋介石   没   (1887 ~ 1975)

中尾壽美子「天元に白桃ひとつ泛びゐる」(「風琴」第5号よるい)・・

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 「風琴」第5号(風琴の会)、皆川燈「第五句集『老虎灘』の天元/中尾壽美子ノート 最終回」の中に、   生前最後の句集となったのが第五句集『老虎灘』である。〈老虎灘〉は、壽美子が終戦の日を迎えた関東州大連市の郊外にある海の名前である。あとがきには「『ろおこたん』というまろやかな音感に惹かれ、苦い思い出よりも懐かしいはるかな地名をこの集に冠しました」と記されている。刊行は昭和六一(一九八六)年、壽美子七二歳(昭和六四年、七五歳で逝去)。 (中略) 人生のコク、そのダイゴ味こそが壽美子の俳句、『老虎灘)の美味の世界である。  巻頭は   夢の世やとりあへず桃一個置く  そして掉尾は   天元に白桃ひとつ泛びゐる  「夢の世」はもちろん耕衣の「夢の世に葱を作りて寂しさよ」を踏まえているだろう。葱に対するに桃とは、なんとも大胆な壽美子の告白、いや言挙げではないか。 (中略) 「天元」とはあまり聞き慣れない言葉だが、耕衣は跋文の中で、「天元」は「存在の根源」であり、「存在即エロチシズム」と換言することもできるだろうと述べる。 (中略)     年よりになりつつありぬ煮凝りぬ    閑けさもつまめば凹む厚氷   (中略)    ふつつかな胡瓜の時間曲がりをる    まったく、媼の位とはいうものの、煮凝りつつ、凹みつつ、曲がりくねったふつつかな晩年であることよと笑いがこぼれる。そして、ようやく掉尾の「天元に白桃ひとつ泛かびゐる」にたどり着くのだ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    傾いた私にそそぐ花あかり        関根順子     悼句    幽霊と見ている最後の花吹雪        月 犬    ワタクシを焼き尽くすまで寒夕焼     西谷裕子    オロという新種の色はうすみどり     三池 泉    地上ボタン押せばたちまちげんげ原    皆川 燈     秋の鳥舌 (べろ) が発光して居りし    矢田 鏃   ロージナハフルサトナリキ桃子ノ忌    結城 万    この日差し届くのかわが死後も      五十嵐進    トンネルに足跡響く敗戦日         M・M    わが胸の泣いて泣かれて虎落笛      柴田獨鬼      撮影・芽夢野うのき「いっぽんの道みどりなす父の道」↑