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小池正博「風媒花不信の風に特化する」(「川柳スパイラル」第27号)・・

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 「川柳スパイラル」第27号(編集発行人 小池正博)、「編集後記」に、 (前略) 特集の「現代川柳と私」には、かつて本誌に投句していた詩人の水城鉄茶、本誌会員の野に咲くお花・下野みかも・森砂季、前号のゲスト作品に招待した桜庭紀子に執筆依頼。これまで会員作品のやりとりだけだった方もエッセイを書いていただくと作品の背景がよくわかる。  とあった。その執筆タイトルは、水城鉄茶「 若干あやふやな思い出——私の現代川柳備忘録 」、野に咲くお花「 現代川柳は楽しい! 」、下野みかも「 現代川柳と生活と私」、桜庭紀子「やわらかなソファ」 、森砂季「 現代川柳ボカロPのススメ 」。また、巻頭のエッセイは、小池正博「 現代川柳の再構築 」。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの作を以下に挙げておこう。    御旗に飛ばすケチャップソース        南雲ゆゆ    絶版の周波数に女雀の・V・O・I・C・E    水埜青磁    地球語は解読してもしょうがない      空野つみき    兵器工場に近すぎる遠足          加那屋こあ    初雪寂しい東京都のおもてうら降る      馬場叶羽    蒸しあがる 話を逸らす順番に        小沢 史    捏造のほとんどはある馬を焼く        林 やは    アガリの悔恨                湊 圭伍    羽つき甕棺そら見上げてくしゃみ     性懲りもなく野鳥通信         宮井いずみ    此の世に罰おおし紫陽花を手折る       川合大祐    あの時は仕方なかっただけを拭く     まつりぺきん    香水の事情を知らぬふりをする        小池正博    陰謀論イヌは他人の口で「はい」       猫田千恵子    立つ笑うそして誰かになっていく       畑 美樹    青梅なチャメクタラファで毒を盛る      石川 聡    俎板の鯉(あたくし)ににてる国       西脇祥貴    たましいが液状なので泳げない       清水かおり    ご注文承ってから呪文            兵頭全郎         撮影・中西ひろ美「烈日の恋しくもあり狐花」↑

山田耕司「草の芽や男泣きなら四ツん這い」(「We」第22号)・・

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  俳句短歌誌「We(うい)」第22号(俳句短歌We社)、本号の招待作家は山田耕司15句「殴れよ今」。表紙に「竹岡一郎句集『人類を薙ぐ』刊行記念とあり、まつわる記事は、関悦史「竹岡一郎句集『人類を薙ぐ』逍遥」、故竹岡一郎再録「豊里友行句集『地球の音符』を読む/赤ン坊(アカングワ)のために」。他の論考には斎藤秀雄「短詩グラマトロジー 第16回:撞着語法」。その冒頭に、  撞着語法をもっとも厳密に定義するなら、こうなる。 「互いに排他的(共通部分が空)であり、補集合のない概念同士が結びつくことで、心理的に摩擦を引き起こす修辞」。「独身である既婚者」「不法な合法」は、互いに排他的で、かつ、補集合のない概念同士の結びつきである。独身でも既婚でもない人物は存在しないし、不法でも合法でもない行為もない(いわゆる「死法」はあるが、たんに処罰されないというだけである)。難解に映るかもしれないが、この定義は重要だ。矛盾律に抵触する事態であって、単なる意外な並置ではない。「青い血」「白いカラス」は意外であるかもしれないが、矛盾はしていない。  しかしながら、あまりに厳密な定義は、現実的ではない(実用性をそこなう)。 (中略)  撞着語法は古典的で歴史の長い修辞技法である。「急がば回れ」「慇懃無礼」のような成句。《きれいは汚い、汚いはきれい》(シェイクスピア『マクベス』)。《黒い四角/は/黄いろい/朝食であった》(北園克衛「黒い装置」)などの文学作品。(中略)  そもそも「撞着語法」の原語のOXYMORON自体が、ギリシャ語のmoros( 愚生注:記号は略。 鈍い、愚かな)を組み合わせたものであり、「賢い愚かさ」「鋭い鈍さ」を意味する撞着語法である。  とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    あの丘へさらきづかれて蛇苺         塩永孝一     *「きらさづかれて」は、さまよい疲れてという意。熊本北部の方言    歳月の玻璃剥ぐたびの仄曇り         斎藤秀雄    数珠持つ手支へ合いたる小春の日       島松 岳    りんご匂うきみの中にもいた妖精       竹本 仰    みなしごはをどりこかたかごのとりこ     田中目八    大根の花無人駅まで歩く           林よしこ   感情の奥を歩いていると深夜の踏切があった  ...

峯岸一茂「戦止まず兜太の句碑の灼けてをる」(『九曜』)・・

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 峯岸一茂第一句集『九曜(くよう)』(朔出版)、序は橋本榮治、その中に、  (前略) 一茂さんの控えめで明朗な性格と明晰な判断は決して作品の邪魔にはならないが、それまでの作品は纏まりが過ぎて、何か一つもの足りないものを感じていた。しかし、第一章で言えばほんの初期の作だが、   野遊や一打で開くベビーカー は間違いなく明晰な思考で表現した明快な成功作だろう。また、ア音とイ音が交互に出て来る若々しい響きが内容に合致することにも注目したい。同様に響きが魅力的な作品として、   送り火やぢいだばんばの海暮るる  が挙げられる。控えめな情の表現に対し、象潟の方言「ぢいだばんば」の跳ねるような音を効果的に使い、暮れゆく初秋の景色を読者の心に印象付けている。   とあり、また,著者「あとがき」には、    妻が編物を共に習っていた方から句会への参加を勧められたが、辞退したため私が行くことになった。祖父が白髪頭にベレー帽を被り楽しそうに句会に行くのを見ていたが、私とは縁がないと思っていた。  初めての句会は、木内彰志を中心に「海原」の重鎮が並ばれた会場の隅で小さくなっていた。それを見兼ねて俳句の手解きをしてくださったのが本杉純夫氏で今に至っている。  入会後、すぐに妻を亡くし、その翌年度に彰志氏が遷家された。数年後の結社誌の終刊に伴い、「枻」に入会し、橋本榮治先生の教えを頂くこととなった。 (中略)  句集名は家紋の九曜から採った。家紋を見ることは殆ど無いが、私の小さい頃は寺で焚いた盆の火を持って帰る提灯に付いていた。実家を畳み、墓が残るのみであるが故郷は常に心にある。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    つなぐ手の少し冷たき初蛍          一茂     妻は   抱くことの叶はぬ稚 (やや) の毛糸編む   結納の隠しに遺影春あはし   半夏生草津波の痕の窓の錆   僧のほか席順不問夏座敷   被災者のカタカナ表記身に入みぬ   海光の影を作らず水仙花   狐の剃刀手折りて妻に会ひにゆく   小さき手の小さき木の実貰ひたる   草いきれ果てて産廃処分場   稲光見えざるものの影を生み   原発か海市の巨き建物は   正答も誤答もあらずところてん   地の果とふ古着の店や鳥渡る  峰岸一茂(みねぎし・かずしげ) ...

福永耕二「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」(『墓碑はるかなり』より)・・

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  仲栄司『墓碑はるかなり/福永耕二論』(邑書林)、著者「あとがき」に、  福永耕二という俳人は、前衛俳句が下火になりつつある昭和四十年に忽然と現れ、その後あっという間に伝統俳句の大結社を牽引するようになった。俳句史からみれば、ほとんど水原秋櫻子の晩年を飾るために出てきたかのようである。四十五年もの齢の差がありながら、昭和俳句の第一人者に直接師事し、死ぬ間際まで師を仰ぎ続けた。俳句史上、稀有といっていい存在であろう。 (中略)   私は「耕二論」を書き始めたときは、秋櫻子が非常に大きな存在として耕二の生涯を覆っていると考えていたが、書き進むうちに登四郎、翔、遷子の存在も相当大きいと考えるようになった。そして、第三部で第一句集から第三句集まで年を追って書き進むうちに、遷子の存在が殊のほか大きくなってきた。耕二は明らかに秋櫻子ををめざして生き抜いたが、生き方や価値観の点で遷子に一番近しいものを感じていたのではないだろうか。秋櫻子の存在は絶対的なもので、どこか崇拝に近い部分があったが、遷子は違う。昭和四十六年の同人作品合評会のときには、遷子の句に対し率直に自分の意見を述べているし、編集長になってからは毎月電話で話をし、よく相談している。 (中略)  遷子の死の年に詠んだ《雪原を流るるもののあり抉る》《雪原に見て乱杭のごとき墓》の二句は、耕二の俳句の中でここにきてもっとも私の心を抉る作品になっている。耕二の慟哭が聞こえるのである。(中略)   そんな調子で「耕二論」に取りかかったのだが、まず衝撃的だったのは、初句集の劈頭句と最後の句集の掉尾句との落差である。    浜木綿やひとり沖さす丸木舟    (『鳥語』)昭三十三)    ぼろぼろの身を枯菊の見ゆる辺に  (『散木』昭五十五)  強い志を表した劈頭句。満身創痍といっていい掉尾句。この二句が同じ作者から生まれた俳句なのかという驚きが体内を走った。この間に流れる時間が福永耕二という俳人の人生だと思ったとき、俳句を考える上できっと何か得るものがあると直感した。 (中略)  しかし、組織の中にいながら、福永耕二という俳人は次元が違っていた。あくまで俳句に真っ向から向き合い、生きていた。耕二とって俳句とは秋櫻子の「馬酔木」 (・・・・・・・) そのものだった。その思いの純粋さは相馬遷子とつながっていく。「馬酔木」に貢献し...

外山一機「前世などなくてただ犬それに風」(「鬣TATEGAMI」第100号)・・

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「鬣TATEGAMI」第100号(鬣の会)、外山一機「創刊百号に寄せて」には、   二〇〇一年十月に創刊した鬣は今号をもって百号を迎えた。それは同時に、二十五年の歳月が流れたことを意味する。 (中略)  創刊して間もなく、三橋敏雄が亡くなっている。その後も戦後派の喪失は続いた。そのようななかで『定本三橋敏雄全句集』が、鬣の会を版元として刊行されたことは、戦後派の仕事を総括する意志も視座も瘦せ細っていくような時代にあって、鬣という場がどのように抗してきたのかを象徴している。 むろん、それは戦後派に限ったことではない。創刊五周年にあたって、林桂は俳壇の液状化現象を指摘しているが、作品の読みを通してあるべき「史」を一人ひとりが思うことなしには、現在の自らの仕事についても、友のそれについても、その意味を問うことはできない。液状化現象とは、そのように問う場が見えなくなってゆくということでもある。  鬣は、「俳句史の検証と顕彰、そして交流の場」であることを掲げ、一貫して特集主義をとってきた。今年で第二十四回目を迎えたた「鬣TATEGAMI」俳句賞が同人ではなく外部の優れた営為を顕彰するものであるのも、そうした志に基づくものである。創刊十五周年の時点で林は「『鬣TATEGAMI』」自身も、志を継いでゆく方法の模索を始める季節が訪れているようだ」と記している。 (中略)  思うに、志の継承とは、創始時の記憶の継承の謂ではあるまいか。鬣の志とは先に述べたことだけではない。水野真由美は最初の編集後記で「普通に生きている中に生まれる生き難さ、その空腹感を持つ人たちに、美味にして滋養に富む一品を本誌はお届けしたい」と記している。  特集記事は、「全部読む!『風の花冠文庫』」、「鬣TATEGAMI・100号年譜Ⅰ」、「『鬣TATEGAMI』総目次Ⅴ(第80号~99号)」、「羅針盤」として外部からのエッセイは、坪内稔典「林桂の大特集を」、復本一郎「『鬣』と私」、岸本尚毅「勉強になる俳誌」。ともあれ、以下に、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    はつ夏のうしろをのぞく水鏡        青木澄江     広田篇    富士秋天帝国ニッポン亡ぶ日も       井口時男    「虫鳴かず悲しむ」回文すでに秋       蕁 麻    桜だいすきキッズバークに誰もなく     大橋弘典 ...

工藤俊雄「争斗や無辜のものみな裸なり」(『幻肢』)・・

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工藤俊雄第一句集『幻肢』(現代俳句協会)、帯文は清水伶、それには、     夕かなかな巨きな影が下りてくる  九十代に於ける渾身の第一句集。  工藤さんの人間と歳月が、俳句という最短定型詩に積み上げてきたもの。  それは『幻肢』という想い以外には決して表現出来ない哀しみ・叙情である。 とある。序文は川森基次、その中に、    工藤俊雄『幻肢』に世界   工藤俊雄の第一句集『幻肢』の世界に触れて、まず強く胸に残るのは、この句集が単なる晩年の到達ではなく、老年という時間そのものを、なお内部から噴き上がる力として描き切った作品の数々である、ということだ。九十有余年に及ぶ生の堆積が、回想や感慨へと穏やかに沈むのではなく、むしろ本句集では、、その生の全層が地殻変動のようにせり上がり、戦争、敗戦、昭和、父の記憶、病、死者たち、宗教、美術、音楽、神話、古層としての東北が、季語の磁場に引き寄せられながら、激しく衝突し、発火している。題名の「幻肢」は、まことにこの句集の本質を言い当てている。すでに失われたはずのものが、なお疼き、なお現前し、なお現在の生を内側から支配している。その不在の痛覚こそ、この一巻 を貫く深い主題であろう。  とあった。また、著者「あとがき」には、  俳句を始めて七十年。顧みれば俳界の方々にいろいろとご指導いただきまいsた。そして、「遊牧俳句会」に御世話になって十有余年。齢 (よわい) 九十半ば、自分にとっては何かと限界でありましたが、塩野谷仁名誉代表、清水伶代表の励ましと、「遊牧」同人の方々のお世話になり、何とか今日を迎えています。 (中略)   心身ともに老化、大けが、重病に傷つき、137万年ぶりに太陽系に姿を見せたバーン彗星とともに、消え去ることを、誰にも気付かれずに成し遂げようと思っていましたが、家族、山城医師、そして「遊牧」の縁 (えにし) を得て、彗星に乗らずにすみました。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつの句を挙げておきたい。    御来光いかなる人も消去せず           俊雄    ねぶたの志功たふさぎ白く狂ふかな   初夢の父哭きおれば吾も泣く   紅い紙魚死後の余生を食いちらす   火の中へ火蛾落ちてゆくうれしさう   蟬しぐれこの世のほかにこの世無し   落ちた螳螂 (かまきり) 手足どうした有つただろ  ...

本幡楽径「グライダー行け秋天をほしいまま/グライダー行く秋天のなすがまま」(「香天」8月・通巻84号)・・

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 「香天」8月・通巻84号(香天の会)、その「後記」に、 (愚生注:招待作品の) 本幡楽径さんは、私の中学時代からの俳句のせんぱいであり、久保純夫さんの「儒艮」でも健筆をふるわれてきた方です。一時は俳句の筆を置かれていた時期もありましたが、友人たちとの交信やウェブ句会など、意欲的に句作を再開されています。この度、作品をまとめてご寄稿いただきましたこと、心より感謝申し上げます。 (耕治)  とあった。そのタイトルは「 ペア俳句など 」と題されて、2句一組の表現表記を採用されている。一例をあげると、    夏木立律儀に齢重ねけり   奔放に生きてさびしき夏子たち        本幡楽径  ともあれ、本誌本号より、以下にいくつかの句を挙げておこう。    どうやって笑ふのかしら山笑ふ        本幡楽径    見ることのできぬ背中よつくつくし      岡田耕治    さくらさくらこの世のことはこの世にて    夏 礼子    炎天へ今も聞こえるヨイトマケ        木村博昭    しらしらと光る骨片夏の風          柴田 亨    稲を刈り石鎚拝む伊予の国          砂山恵子    父の日や父の来ている夏座布団        前藤宏子    さみしいから空蝉の声聞こえる        高橋もこ    原発忌なり横たわる砂時計         谷川すみれ   人形の眉老いてゆく熱帯夜          玉記 玉    父の日や母の文庫の崩し文          西田唯士    瓜咲くや揃いし母と祖母の骨        森田真理子    ゴッホ色のミーシャと「星月夜」       三好広一郎    お羽黒のゆるり閉じたる回向かな       森谷一成    翻る海月を愛の旗となす           安田中彦    通園の照度を計る五月闇          湯屋ゆうや     青葉青菜森に太古の海の跡          渡邉美保    空に青あずけて瀧の落ちにけり        綿原芳美    ふらここを高くしたまま誰も居ず       石井 冴            撮影・鈴木純一「葛の葉を B 面にする雨の夜」 ↑            9 月 9 日   日野てる子   没   ( 1945 ~ 200...