投稿

須崎武尚「裸婦像の囮(おとり)の髪や女郎蜘蛛」(第198回「吾亦紅句会」)・・

イメージ
  6月26日(金)は、第198回「吾亦紅句会」(於:立川市高松学習館)だった。兼題は「夏至」。以下に一人一句を挙げておこう。    蜘蛛の巣の目に囚われて地球かな       松谷栄喜    廃校のコミニュティ広場梅雨明ける     折原ミチ子    スーパーのオープン目玉枇杷並ぶ       渡邉弘子    さくらんぼルージュのように触れてみる    関根幸子    風神と龍のセッション台風来        堀江ひで子    農作業二十四節気夏至にあり         村上さら   どこまでも植田続くや鷺の舞ふ        奥村和子    螢や熱くならざる恋も恋           田村明通    特攻花かざして送った夏至の朝        齋木和俊    老鶯の味ある途切れ小節かな         須崎武尚    茄子の花妣の言葉を想い出す         武田道代    高幡不動の紫陽花めぐり今年また       高橋 昭    十二階ありしあたりの梅雨の暮れ       大井恒行  次回は7月24日(金)、場所は いつもと変わって、立川市女性総合センターアイム。兼題は「虹」。  ★閑話休題・・森幸一「大変だ熊に団栗地球もだ」(第30回「西山俳壇俳句大会/法主賞」)・・ 「ひかり」第797号(西山浄土宗総本山光明寺護持会)、「第30回西山俳壇俳句大会を開催」の記事中に、   風薫る五月十九日、西山俳壇俳句大会が総本山光明寺の紅葉の間にて開催されました。 (中略)  その後、法主賞一句、総長賞一句、選者賞三句の入選句が詠み上げられられました。 (中略) 西山俳壇俳句大会は、初めての方にも楽しんでいただけるよう、説明を加えながらゆっくりとすすめております。皆さまお誘いあわせのの上、是非ご参加ください。  とあった。ともあれ、以下に、俳句大会と西山俳壇の句をいくつか挙げておこう。    経をよむ僧の背後にうちわ風        中尾美寿江(総長賞)    青もみじのシャワーを浴びて俳句会      髙野照弘(選者賞)    山門のものみな容れて若葉風         山田順子( 〃 )    左足から観音ファラオ青葉かな        松田弘子( 〃 )    新顔を二人迎へて溝浚へ      和歌山県日高町 市ノ瀬翔子    五月雨音にも君の脈を聞く     ...

木村晋介「妻ですか虹の水替へしてをります」(『句集のやうな』)・・

イメージ
  木村晋介著『句集のやうな』(朔出版)、序は仲寒蟬、栞に宮部みゆき「これこそが俳句の力」、夢枕獏「釈迦も思わず……」、坪内稔典「天国と死顔」、北大路翼「距離感の名人」。中書きに椎名誠「晋ちゃんの名作『たき火節』」、そして、著者「後書き」の中に、 (前略) さて、私のこの句集には、四つの特徴があります。 (中略) わが句集では、俳句は基本一ページに一句としました。こうすればページの余白が余韻となり、一句の持つ喜怒哀楽の情をうまく読者に伝えることになると考えたからです。これが、第一の特徴。  第二の特徴は、原則一句ごとに、即 (つ) かず離れずのショートエッセーをアレンジしたことです。仲寒蟬さんが序文でおっしゃっているように、私の句の本分は、読んで楽しんでいただきたいということにあります。これにエッセーを添えることによって、私の一生の中に在る出来事が、私の犯した過去の過ちが、今は亡き父母の生きざまが、あるいは私の妄想が、句に乗り移って句の鑑賞を豊かなものにする、より楽しいものにすると考えたからです。  第三の特徴は、他の俳人の方々を多数引用したことです。それは、同じようなテーマでも、私とは違うさまざまな詠みのバリエーションが俳句世界には展開されていることを知っていただきたかったからです。 (中略)  私は句集のつもりなのですが、ちょっと引いたタイトルにしました。これが四つ目の特徴です。   とある。あるページの句と、添えられたエッセーの一部を引用する。    老いるとは流れ解散鰯雲  流れ解散、六〇年、七〇年のころ、デモでよくありましたね。解散地点は土橋や鍛冶橋の交差点あたりとか、日比谷公園とか。「鰯雲」は秋の季語。古い友人が、五月雨的に、流れ解散的にこの世を去っていく。有名人であれば、去ったときには記事になる。それでも、あの俳優は死んだのか来ているのかわからなくなり、スマホで生存しているか調べることがある。我ら一般人の生存確認方法はほとんど記憶に頼るほかない。  かくして生死の確認ができない友人の数は、いわし雲のように流れて増えていくのである。   デモの年汗に腐りし腕時計      沢木欣一   屋上は青年のものいわしぐも     大牧 広   鰯雲消えて旅愁は消えざりし     藤﨑久を  ともあれ、以下に、本書より、句のみになるがいくつかを挙げておきたい。  ...

園田秋桜花「夏の夜おにぎはひ時はベル・エポック」(『桜隠し』)・・

イメージ
  園田秋桜花第一句集『桜隠し』(コールサック社)、解説は鈴木光影「海を越えて自己と対話し精神世界を詠む俳句——園田秋桜花第一句集『桜隠し』に寄せて」。そにの中に、 (前略) そもそも作者の俳号「秋桜花」の由来は、母の介護中に慰められた山口百恵の曲「秋桜」と自らの生まれた秋の好きな花から、自分で付けたという。黒田杏子氏におそるおそる俳号を持っていくと、「それでいいわよ」よあっさりと了承された。杏子氏は、俳人「園田秋桜花」の誕生に立ち合い、自主性を重んじることによって、その前途を祝福したのだ。   とあり、また、著者「後書き」には、  俳句を詠むとき、自らの心に耳を澄ましていると、昔フランスの片田舎の修道院で聴いたグレゴリオ聖歌が流れます。それは人間の儚い存在と、肉体は滅びても永遠に続く魂の音楽です。 (中略)  阪神大震災で住まいを失くした後、久しぶりに芦屋を訪れた際に、ちょうど芦屋川沿いの花が咲き始めた時期と重なり、郷愁をこめて詠んだ句からタイトルの「桜隠し」を選びました。当日は肌寒く、雪がちらほら舞っていました。  とあった。集名に因む句は、    うす紅の桜隠しか芦屋川       秋桜花  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    北の地に屍 (かばね) 野ざらし花の雨   白鳥帰る人はかへれぬ北都へと    ひまはりのひまはりで立つ孤独かな    仮装ではない絵の中で踊る人   洗礼の水のつめたき睦月かな   永訣はさはみづこほりつめるころ   終末時計のこり二分の冬木立   師を送る今日立春の雪花かな   日だまりに涙こぼして雪うさぎ   「天地無用」郷里に送る雪見舞   マンハッタン雪の聖夜のキャロルかな   はじまりの雪におはりの花吹雪  園田秋桜花(そのだ・しゅうおうか) 1962年、神戸生まれ。 ★閑話休題・・第34回「立川市シルバー大学文化祭」(於:立川市柴崎福祉会館) 平日は9時半~16時半。~6月27日(土)正午まで・・    立川市シルバー大学文化祭みんなの作品展は、デジタル一眼レフカメラ講座をはじめ、書道、水彩画、木彫り、折り紙、絵手紙、ハンドメイド、塗り絵、陶芸、俳句、篆刻など多くの講座の作品が出品され、俳句も短冊展として同好会のものも出品されている。愚生の関わっている俳句講座とこぶし句会の...

鴇田智哉「夏至の団地の一階暗くある」(「新京大俳句」創刊号vol.1.0より)・・

イメージ
「新京大俳句」vol.1.0(編集 馬場叶羽)、表紙には、 Tunisiaの夜禿鷹が円を書く/カジオ・ブランコ 戦略的な造形は単に/季語の風景に隷従する/だけであることを 蒋草馬「神野紗希mにおける口語の文体戦略」/京大俳句  とある。また、冒頭にはマニュフェストとして、 新京大俳句創刊宣言/時制を殺害せよ。/ポエムを奪還せよ。/思考しつづけろ。 環境は不快でなくてはな。/テーゼはすべてつまらない。 物から物へ手渡された引導へ目覚めよ。/詩が喪失した言葉自体の素材をかいせよ。 わたしたちは盆地とデルタのフォルムに記憶と妄念の体躯を這わせ、見慣れたふを問い直しつづけながら、あるいはいまらした問い立てをすべて棄却して単にように漂流しつづけていく。二義的な漂流のあいだわたしたちはなにものにもならず、だれにも捕捉されないまま具体的でありつづける。漂流に対する偶発的な切断面としてここに本誌の出発とする。                 令和8年2月於百万遍 原案 蔣草馬   とあった。また、「創刊号特集」に「京大と俳句~戦後から現在まで~」の執筆寄稿に、竹中宏・江里昭彦・堀本吟・仮屋賢一・蒋草馬。創刊号発行記念対談に鴇田智哉×カニエ・ナハ。表論には、蝦龍軒主人「形式と逸脱の生成論ー俳句史のドゥルーズ的読解試論ー」、蒋草馬「神野紗希における口語の文体戦略」、川嶋ぱんだ「写生の境界 不器男の写生はどこが新しかったのか」、佐々木幸喜「俳句と阿部公房」、喃多哩唖里玖「言葉を刈り、事柄を駆る」など。  ともあれ、本誌より、いくつかの作品を以下に挙げておこう。    四月一日 日の冒頭 (はじまり) の鴉聲 (あせい) かな  石井鴒端    髪洗ふ受胎を夫に告ぐ前に           岡本竜旺    忘れておればあらぬこと抜歯式     カジオ・ブランコ   灰に近き青に覆われ春の山             牛進    森が丸ごと蝉の身体で声がする         澁谷夏輝    ドーナツの斜めに並ぶ涅槃の日          武田歩    誰かの飴を百回コピーしたやうな日永      田中段波    猫交るけふだけ効いて入場券          田村転々    さむぞらにパターンのビル上部で捻じれ    超文学宣言    日が覚めて昼すぎてゐる花水木         津原悠太   ...

島田輝子「平和ながかれ朝のみみずに野の弾力」(「KENOBI」vol,4)・・

イメージ
 「KENOBI」vol.4(小川楓子・黒岩徳将・寺沢かの)。特集は「生誕100年/島田輝子の世界」。その小川楓子と黒岩徳将の対談の中に、  (前略)黒岩  ほかに特にこれを語りたいというのはある?  小川  彼女が長崎で被爆した経験として「厚葉夜は垂れて爆土のアマリリス」(第四回長崎原爆忌俳句大会より)がある。でも、私が取り上げたいのは「梨など見えて私の骨壺ウフフ満月」。  黒岩  未来を見ているような感じで、自分の死を予測している。  小川  お兄さんを介護していて、現実的に死と隣り合わせであるって感じはあったんだろうなって。若さゆえのフェティシズムみたいなものもありつつ「ウフフ」って躱していくんですね。 (中略)  黒岩  たとえば、同じ平和を詠んだ句を比較してみる。島田「平和ながかれ朝のみみずに野の弾力」、池田「前へススメ前へススミテ還ラザル」では、ストレートな主張という点では一部共通していて、相違点は池田さんはアイロニーを込めた意味性で通していて、島田さんは切れの断絶で「みみず」の物質感がいきなり出てくるところなのかな。あと、「何が分かったら輝子さんの俳句をより楽しく面白いと感じられるのか」で言うと、リズム感ですか。  小川  リズム感と言葉の斡旋かな。単純にいわゆる「俳句」として読まないでほしい。  黒岩  一行詩、みたいな?  小川  「魂の一行詩」みたいなものとも違うかな。俳句というのは季語が必要でこういう単語しか使っちゃいけない、という先入観なしで島田輝子俳句を読んでもらえたら嬉しい。(中略)  お汁粉匂う鎌倉紅葉してたよね 黒岩 お汁粉の色とか匂いを感じながら、紅葉を思い出している。ついさっき行った鎌倉かもしれないし、一年前かもしれないけど、「してたよね」って相手に届けるような言葉っていうのが情が滲み出てていい。景色がポンと飛ぶ魅力。  小川 一緒に鎌倉吟行したときの句だと思う。でも一緒に吟行していなくても、記憶を共有しているあたたかさが、お汁粉の匂いにつながっているということは読者に伝わるんじゃないかな。さっき見たものを私たちに手渡すような「してたよね」。  とあった。島田輝子(結婚後は成田輝子)、1926年(大正15年)横浜市生まれ。2020年没とある。ともあれ、以下に本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    八月十五日なんで...

北夙川不可止「みづからを象(かたど)り神の造りしとふ人われの身は独房にあり)(『ねこのあたま)・・

イメージ
  北夙川不可止第2歌集『ねこのあたま』(エディション・エフ)、巻末の小川優子「『ねこのあたま』に寄せて」には(原文は旧仮名遣いに正漢字)、  題に騙されて可愛らしい内容や猫の登場を期待してもだめだ。第一歌集の愛読者は落胆するかもしれないが、実はこの『ねこのあたま』こそがホンモノの北夙川不可止であり、短歌の真髄を究めている。  一九九〇年代の前半、短歌を始めて漸く『アララギ』に慣れてきた私は、とんでもない歌に出会い衝撃を受けた。「独房」「鉄格子」「獄」「金網」などのパワーワードが並ぶその一連は、三千首以上の歌が載っている誌面で、そこだけ異彩を放っていた。   独房の午後何もなく日時計のごとくうつろふ鉄格子の影   独房の窓より見ゆる橋一つ赤き尾灯がつぎつぎに去る    (中略)     そうやって北夙川不可止という目立つ名前はたちまち私の記憶に刻まれ、以後毎月『アララギ』を開くと、自分の作品もそこのけに北夙川の名を探すようになった。  それを見つけるのは容易だった。千五百人にも及ぶ会員の作品は一人あたり1~2首の掲載が平均だったが、なんと彼の作品は5~8首が特選欄に載っていたからだ。それはどんなベテランにも真似できない技で、そのクオリティの高さは目を見張るほどであった。  とあり、著者の自抜には、  私にとって第二歌輯となる本書『ねこのあたま』は、可愛らしきタイトルとは裏腹に、獄中歌輯である。  千九百九十四年一月に逮捕されてより三十年目となつた二千二十四年十月、私は還暦を迎へた。  千九百九十九年五月に仮釈放されてから数へても、四半世紀が経つたことになる。あの時の私はまだ二十九~三十四歳の若者なりしに、今はさういふわけにはいかない。そろそろ作歌当初の作品を纏めておかぬと、当時のことを鮮明に思ひだせなくなるかもしれない。さういふ思ひもあり、近作ではなく作歌当初の作品を纏めることにしたのである。 (中略)  「ぬばたま」は亡くなつた愛猫の名前。そして彼に献呈した歌輯である。ぬばちやんは優しくて美しくて賢い、最高の猫であつた。そして第二歌輯も「ねこのあたま」となつた。意図した訳ではないが、期せずして猫シリーズ、平仮名シリーズである。 (中略)  前歌輯『ぬばたま』では徹頭徹尾旧仮名、旧漢字を貫いたが、『ねこのあたま』では短歌作品とこの跋文は旧仮名、旧漢字。しかし...

髙田正子「ちちははの旅の終りの青山河」(『紅藍』)・・

イメージ
 髙田正子第4句集『紅藍(こうらん)』(ふらんす堂)、著者「あとがき」に、   『紅藍』は『青麗』(二〇一四年刊)以降二〇二三年秋までの作品を収めた第四句集です。  母のあと父を送り、新型コロナ禍を経て、黒田杏子師の急逝という霹靂に打たれるまでの九年間を三百句にまとめました。  これまで句集は、章ごとにテーマを立てる編み方をしてまいりましたが、このたびは制作年を意識し、且つ逆編年体で編むことにしました。すると、読み直すたびに亡き人が息を吹き返し、病む人が立ち上がるのです。  句集は新しいスタート地点を確認するためにの標であると考えておりますが、思いがけないメモリアル効果に驚くことになりました。 (中略)   結社「青麗」設立は二〇二三年八月十日です。その時点までの歳月をここに総括し、来る三周年へ向けて、心あらたに歩み出したいと思います。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。   発たれしや辛夷の空をまなうらに       正子     同月齋藤愼爾氏、翌月大石悦子氏も    ひとりづつ去る花の塵踏み分けて    鰯雲どこかに赤き戦の火   夢と知りつつちちははへ初電話   足音を涼しく去りてゆかれしよ   鳥の恋始まつてゐつはるかな木   あたたかな色にならむと枯れ急ぐ   ほうたるを待ち荒草にうづくまる   たましひの遊びだすまで滝の前   子に見えて吾には見えぬ帰り花   冬麗と冬のうららかとは違ふ   秋澄むや水のごとくに火を描き   龍の涙か炎天の一雫      髙田正子(たかだ・まさこ)1959年、岐阜県生まれ。 ★閑話休題・・唄い弾き・狂犬バクシーシ/ギター流師(ながし)・丹野恭司/ストリップティーズアメノウズメ・牧瀬茜(於:下北沢tomboy)  6月21日(日)午後は、ヒデキ・スエモリこと狂犬バクシーシの詠んだ「のどかさよおののきよ虫のあゆみよ」と出だしをギターに乗せてのライブだった。牧瀬茜詩集『うみにかえりたい』(七月堂刊)があったのでもとめた。       撮影・芽夢野うのき「傘の字に四人と十字架蟬羽月」↑