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摂津幸彦「荒星(あらぼし)や毛布(もうふ)にくるむサキソフォン」(『俳句という愉しみ』より)・・

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 小林恭二著『俳句という愉しみ』(岩波新書・1995年刊)。一日目「風花(かざはな)句会」ni, 一九九四年一月のとある金曜日のお昼少し前。 わたしと新書編集部の川上君は、中央線立川駅で待ち合わせ、そのまま青梅 (おうめ) 線に乗りこんだ。 (中略)  ほどなく今回の句会の開催地、御岳 (みたけ) である。  このあたりは御岳渓谷と呼ばれている。 (中略)  河鹿園は、御岳渓谷の断崖に乗り出すように建てられていた。 (中略)  文句なしの絶景である。  また丁度対岸が川合玉堂 (かわいぎょくどう) の美術館になっているのだが、いわゆる公共建築風でなく、仙人の住居のようで、おのずから渓谷の閑寂さを深めている。 (中略)  いよいよメンバーが揃って真剣な遊び開始である。 (中略)  初日は嘱目 (しょくもく) である。  嘱目とは目に触れたものを俳句にすることを言う。いわゆる写生というのを思いうかべていただければいいが、別に写生句でなければならないということもない。挨拶句があってもいいし、あるいは眼前の風景から離れた句があってもいい。その意味ではフィギュアスケートなどで言う自由演技のようなものであろう 。(中略)  静かになってきて、いい具合に俳句に集中し始めたかなと安心していると、誰かが吹き出すようなジョークを口にする。それにまた合いの手を入れる人がいて、どうも静まらない。  ちなみにA級戦犯は三橋敏雄、藤田湘子それに岡井隆の三人で、そのジョークに必ず反応するのが有馬朗人なのであった。  が、そのうち大木あまり、岸本尚毅、小澤實といった若手が、つきあいきれないと思ったか三三五五と外へ出てゆき、藤田湘子も自室ひきこもる。 (中略)  摂津幸彦は駅前まで戻っていって、駅前の小さな喫茶店に入り、いちばん端に坐って道行く人を眺めている 。(中略)  初日句会の点数は見事に散った。  結局四点句が最高点句となった。すなわち次の三句である。  17 大寒の日を押してくる青梅線  18 凍蝶になほ大いなる凍降りぬ  68 荒星や毛布にくるむサキソフォン  いずれも含意の深さで勝負するというより、表現の美しさを前面に押し出している。(中略)  68 荒星や毛布にくるむサキソフォン  四点句の最後である。「荒星」「毛布」「さき」と、ある種硬質な叙情性を志向する単語が揃った。 (...

高山れおな「22幼恋/秋麗の金管楽器(ブラス)の如く笑ひしが」(「俳句」10月号)・・

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 「俳句」10月号(角川文化振興財団/発売 KADOKAWA)、特別企画に「古典題詠ルネサンスー恋五十題競詠座談ー」/高橋睦郎×高山れおな×岩田奎・司会 望月とし江。その一部を紹介したい。 (前略) 高橋 れおなさんの句集『百題稽古』が本当に面白いことをやってくれたなと思ったのと同時に、このまま終わってしまうのは勿体ないと思ったんです。これを刺激にして俳句というものが古典の方に足を下ろして未来向かうというのも、今の時代にとって意義があるのではないかと。高山さんが「壮年」の「壮」、奎さんが失礼覚悟で申しますと「幼」、そして僕が「老」で、「幼・壮・老」という年の差がある。その三人が、それも四季題ではなく恋題、それも六百番歌合則って五十題とすれば、「幼・壮・老」の違いも出て面白いのでは?と思ったわけです。 高山 年齢の間隔はちょうど、祖父、父、子といったところですね。 (中略)  1 初恋  摘まん哉けだし恋草思ひ草        睦郎  忽然と胸に恋棲む旱星         れおな  腐りそめながらのうぜんかづら咲く     奎 望月 まずは初めたる恋です。これは、先行する「堀河百首」にもある題です。 (中略) 当時の人は、初恋としては詠まなかった題だと思います。もちろん初恋の意識はあったと思うんですが、時間的概念の強い題だと思います。睦郎せんせいの〈摘まん哉〉はどういう意図で作られましたか。 高橋 僕も恋の初めとして作りました。これは私の師匠であった安東次男の〈隠國のいづこで摘まん初薺〉が頭の中にあったのかなと思います。かなり性的な匂いのする意味深長な句で句です。つまち、草の恥毛のイメージがあるわけですね。 高山 私は藤原良経の一番の歌に「恋草」という言葉が使われているんで、それを採られたのかなと思いました。 (中略)  ところで、俳句を作る時に岩田さんはAIを使いますか。 岩田 はい。語意の認識が間違っていないかとか、自分の句を鑑賞してもらったりとか。『敵』では構成面でだいぶ助けられました。最近のAIは相当読めますので参考にしてますね。 高山 私は今まで全然使ってこなかったんですが、岩田さんの句が一題目でいきなり〈腐りそめ〉ときたことに驚いて使ってみたんです。〈腐りそめ〉が失礼ながら仮に青年客気みたいなことだとしても、なぜ〈のうぜんかづら〉なのかがよくわから...

篠原鳳作「紅(べに)花の咲ける我家(わぎえ)に君来むは明日(あす)の午砲(どん)すぎひと時の頃」(『定本 篠原鳳作全集』)・・

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 前田霧人編著『定本 篠原鳳作全集』(コールサック社)、帯文は筑紫磐井、それには、   名前を聞くだけで心ざわめく詩人がいる。篠原鳳作だ。 〈しんしんと肺碧きまで海のやび〉……あの老獪な虚子さえ驚嘆せざるを得なかったほどだ。そこには昭和初期の短い青春が、氷柱に閉じ込められたように生き生きと残っている。  評伝『篠原鳳作の季節〉の著者が渾身の力作を今ここにまとめた。  とある。また、序は前田霧人。それには、 (前略) 本年は篠原鳳作の生誕一二〇年、没後九十年に当たり、十年後の二〇三六年には没後一〇〇年を迎える。  本書はそのような節目の年を期し、諸先輩による数多の篠原鳳作作品集に拙著『鳳作の季節』執筆時に得られた諸文献を加え、鳳作の全業績とその息吹きを簡潔・平易・正確に余す所なく再現し、後世に末永く伝えることを第一に、全く新しい方針のもとに再編集を施して、短歌、校歌を含む鳳作の全作品、書簡集、日記を収録し、「篠原鳳作論」、篠原鳳作年譜」を付して、『定本 篠原鳳作全集』として刊行するものである。  とあった。冒頭の「鳳作の俳号、筆名について」に、   まず俳号であるが、篠原鳳作(本名、国堅 [くにかた] )の俳号は使用順に、雲彦(昭和三年二月、昭和五年一月~九年十一月)、未踏(みとう、昭和四年十月~六年十二月)、鳳作(昭和九年十二月~十一年九月)、短歌の雅号は志乃原、自生である。  また、昭和四年十月、彼は本格的に俳句を始めるに際し、俳句手帳「俳句手記」を用意するが、その表紙には、「気運生動 主客一如 雲彦」と明記されている。。  全ての他書は彼の最初の俳号を未踏とするが誤りで、最初の俳号は雲彦であることは、その使用順からも「俳句手記」の記載からも明白である。   未踏とは「未 (・) だ俳壇に足を踏 (・) み入れず」の意であり、昭和四年十~十二月の句会で用いられ、その間、本来の俳号である雲彦の使用と俳誌への投句は封印している。「京鹿子」に未踏の名があるのは鹿児島京鹿子句会報としての記載である。 (中略)  即ち、未踏は本格的な俳壇デビュー前の句会だけでの俳号であり、デビュー後は俳号雲彦の傍らで補助的、例外的に用いられた俳号であるに過ぎず、したがって、雲彦名義の文章はあっても未踏名義の文章は一編もない。 (中略)  次に文章を書く際の筆名であるが、彼は雲彦、鳳...

千野千佳「秋めくや弁当箱に箸の部屋」(『鴬餅』)・・

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 千野千佳第一句集『鴬餅』(ふらんす堂)、装画は霜田あゆ美。序は、堀本裕樹。それには、    (前略) 彼女の軽やかさのなかには、驚くほどの粘り強い芯が強固にあったのだ。軽やかさと粘り強さを併せ持ちながら己の俳句を追求 していく。これが千野千佳の真骨頂である。    門松やうどんにつける小ビール  冒頭から肩の力が抜けている。第一句集の劈頭ともなれば、力みが生じたり必要以上に飾りたくなったりするものだが、この飄逸さである。「小ビール」がいい。正月だから、ちょっと呑みたいのである。それで充分、という気持ちが伝わる。  とあり、著者「あとがき」には、   和田アキ子の名曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」(作詞:阿久悠)に、「あなたに逢えてよかった あなたは希望の匂いがする」(JASRAC001-0051-0)という歌詞があります。十年前に出会ってからずっと、わたしにとって俳句は、「希望の匂い」がするものです。  これからも俳句が「希望の匂い」のするものであるように、楽しみながら俳句を続けていきたいです。  とあった。集名に因む句は、    上向いて鶯餅を食べにけり          千佳   茶に浮いてゐるは鴬餅の粉  あたりだろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。    アイスコーヒー履歴書の端濡れてをり          ゆづりはや胎動に手のあつまり来   胎の子が膀胱を蹴る初仕事   ぶらんこを譲りつづけてゐる子かな   詫びるやうな暑中見舞の届きけり   売りものの鶯笛を吹いてをり   蜜かけて葛切の線あらはるる       能登半島地震   海なにもなかつたやうに三日かな   吹く人の鼻にのりたるしやぼん玉   封筒を振れば形代出てきたる   ニ三回余分にくぐる茅の輪かな   柿剥くや触つて硬きところから   セーターの上を涙はしばらく玉   卒園式豆のやうなる椅子に親   餌なげて鯉をうごかす夏休   校歌にも川のぼり来る鮭のこと      千野千佳(ちの・ちか) 1984年、新潟県上越市生まれ。           撮影・中西ひろ美「わけもなく秋思整列実の整列」↑

高橋睦郎「雪頻れ達磨俳諧興るべう」(「コールサック〈石炭袋〉」126号より)・・

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 「コールサック〈石炭袋〉」126号(コールサック社)、特集1が「関悦史が聞く昭和・平成俳人の証言(8)高橋睦郎——自分という出口」。その中に、 (前略 )僕は生まれてすぐ一〇五日で父親が死んでるもんですから、僕を食べさせるために母は色々外に働きに出た。で、最初は大分県の中津っていうところの旅館で働いて、その当時、女性に働き口なんてそんなにあるもんじゃないから、そのあと、下関でやっぱり旅館の女中をしていたわけですね。そこを定宿のしていてる商人がいて、でその商人っていうのが中国の天津 (テンシン) の日本租界で、ボタン類を中心した商いをしてる人。その人が日本に帰ってきた時は、自分の家は佐賀なんですけれど、下関に逗留して、母は寡婦だったけどまだまだ若いですから、その母を見初めたっていうか、で、世話をしたいって言いだして母は歳がかなり違ってるし嫌だったみたいなんだけど、旅館のおかみさんがせっかくああ言ってくれてるんだからお世話になんさいみたいなこと言われて、で、愛人になったんですね。 (中略)  それからあと、母が中国から帰ってきた。そのあと敗戦になり、愛人だった人も、向こうで商売ができなくなって、全部向こうで押さえられて、着の身着のまま帰ってきたような感じで、そのうち、その人との関係もなくなり、かなり貧しい状態でした。僕が小学校の四年ぐらいから母が担ぎ屋というか、いわゆる闇米を運んで売るという仕事をしていて、それの手伝いを僕もして、なんとなくその頃から働いてたんですね。 (中略)  句歌集『稽古飲食』のうち句集の「稽古」っていうのは古きに稽 (なら) うっていうようなことになるわけですけど、その古いっていうのは、白川静に説によれば、物事の一番原型、それを「古」と言うんだと。つまり、古臭いっていうことじゃなくて、一番の元なんだと。それを「古」と言うんだちお、いつも原点を振り返るというようなことなんでしょうか 。(中略)  現代詩っていうものに対しても、最初から現代詩の現代っていう部分には何の興味もない。詩であればいいじゃないか。なんで現代って言うんだって。現代に生きていて書いているから、そこに現代が入り込むのは当り前であって、それをわざわざ目指すと、その現代っていう部分から古びていくんじゃないかって思いがずっとあって、現代詩という言い方には最初から抵抗がありました...

關考一「水澄むや鯉に沈むといふ癒し」(『サイフォン式』)・・

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 關考一第二句集『サイフォン式』(ふらんす堂)、装幀・帯文とも中原道夫。その帯には、    還暦やさくらもみぢの未だ黄色  一寸粋で、鏤骨かどうかは知らぬが、中年から初老になりかけた男の第二句集。  溜飲を下げてくれるかどうか、その保証は読んでのお楽しみ。  軽く一杯のあとの口直しになればいいか。  あっ、酒の前の珈琲は止しとく。  とああり、著者「あとがき」には、    「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使の様に純粋で、恋の様に甘い」                             (タレーラン) (中略)  人生の折り返し点をとうに過ぎた僕には、タレーランの言う理想の珈琲には程遠いにしても、その汚れや濁りと加齢臭以外に味や香りと言える様なものが幾らかでも身に付いただろうか?   思うに、毎日が塩っぽい、口中が砂漠の様で渋で一杯だ、偶に訪れる出来事からは鯉の肝を潰したような後味ばかりが残る。遂には寒覚の麻痺から無味とも思われる様になった人生。そこから、色、熱、エキスや甘美な香りを抽出し、僅かな毒(そういえば香水を芳香にする迄の調合にも微量の悪臭が欠かせないのだそうな)の隠し味を加えて毎回新たな味が出来、同じものは出てこない装置。  そんな都合のよいものがあるとすれば、僕はそれを俳句と呼びたい。しかもこちらが死なぬ限りは現役とは有り難い。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。    生じたる亀裂不可逆鏡餅             考一    あの時の余寒よもがへらす余震   春雷や三尸の虫の出る虞れ   一匹の蚊に醒めし後悶悶と   父の日よ最晩年のよみがへる   斑猫のその場しのぎの案内かな   かき氷そなた顳顬 (こめかみ) われ顱頂 (ろちやう)   何と云ふ裂け目の深い桃だこと   どの桃も傷付きたくて熟れてゐる   サイフォンを戻る珈琲秋澄めり   一 (ひと) 度も食うたこと無き一位掌に   層状の秋思を縦に切つてみる   火恋しまこと申さば人恋し   狐火も来よ徘徊の父灯す       死んだふりしてゐた海鼠死んでをり   玉子酒玉子抜きとはぬかしをる   關考一(せき・こういち) 1963年、埼玉県川口市生まれ。 ★閑話休題・・松葉久美子詩集『虎の白猫』(ふらんす堂)・・   ...

伊藤左知子「ラバウルを語る焼き栗剥く手指」(第176回「豈」東京句会)・・

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  9月26日(土)は、隔月開催の、第176回「豈」東京句会(於:白金台いきいきプラザ)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    もみぢしてミノタウロスのゐる厩舎      加藤 閑      靴底の剥がれ花野から出れず        伊藤左知子    否さ世に・じゅく柿と知らず啜りおり      凌    敗兵の唐黍となり佇つ畑          杉本青三郎    踊り場の誰も知らない秋といる       小湊こぎく    色目あでやかなるピクルスの裸体       早瀬恵子    杜鵑草男が吹き矢構えてる         羽村美和子    小鳥来るその木の上のはるかの象 (かたち) 大井恒行    次回は、12月5日(土)は、恒例の「豈」忘年句会(於:十条・ミュージカンテ周)です。(愚生注:いつもの隔月の11月最終土曜日ではありません)。 ★閑話休題・・加藤閑「瑠璃色の襤褸纏ひて草の市」(「門」9月号・第467号より)・・  「門」9月号・第467号(門俳句会)、特集は、「加藤閑句集『四季』鑑賞」、執筆陣は川森基次「〈悲しみ〉は夢の断片」、島雅子「転調を許さぬ愛の交信」、垂水文弥「出会う、追いかける、別れる」、泡水織「加藤閑の世界 多生の旅人」、桐野晃「沙漠に始まる物語」、佐々木歩「行く春や描いていない絵の隅にゐる」、三浦碧「瑠璃色の旋律」。ともあれ、本誌より、いくつかの句を挙げておこう。    九月くぢらよ遥か喇叭を父が吹く       鳥居真里子    妻ゆきぬ呉夫の忌なり句で送る        野村東央留    六月の死や君の絵のなかに入る         成田清子    聖五月仮装の我骨壺に並ぶ           村木節子    花に鳥こども110番の家            島 雅子    死にたいと言ふ人派手な水着干す       中島悠美子    神奈備の白蛾となりてきみへここへ       泡 水織    亮悦の俺おれ俳句青嵐            小湊はる子    みづうみのそこひまなうら麦あおみ       上野龍子    輪廻理念つかめずつつが浮巣かな                  大熊峰子    風船や枝に遠流の王として          三上隆太郎    今...