上田信治「ひものない鈴ことことと指に鳴る」(『成分表 偽マキロン・悲しみについて』)・・
上田信治著『成分表 偽マキロン・悲しみについて』(素粒社)、帯文には、 人間は、人間が想像するよりもずっと、たくさんのことを考えている/永井玲衣 上田さんの文章は、生活を触診するひんやりと大きい手のようだ。そのつめたさで、 私が帯びる熱の温度を知ることができる。/品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山) / 『あたしンち』の共作者による日常の探求、ふたたび とあり、著者「あとがき」には、 あるとき、「車の運転と、歌うことは似ている」と妻が言った。 そしてそれは「どちらもすごく楽しい」のだと。 すごくいいことを言っていたのに、今になって彼女は、そんなことは言ったおぼえがないという。 この人はいつも自覚なく、すごくいいことを言うのだ。 誰にでも、自分は今「大活躍」をしているな、という時間帯があると思う。 そういうときは、たぶん自分と自分の「中の人」が、ずれなく一つになるということが起こっている。 歌なら「謡いこなす」車なら「乗りこなす」。 いつも自分が「中の人」と一体になり、予測と反応によって、自分をびゅんびゅんと「こなし」ていく。 「自由」という概念の最高のやつ。 とあった。「四十三 笑顔」の部分を少し引用すると、 近所の若い友だちに双子が生まれ、ときどきSOSが出るのをいいことに、妻は、手伝いがてら赤ん坊を触りに行く。 彼女によると、双子たちは『おかあさんといっしょ』のあるお姉さんに夢中なのだそうだ。 お姉さんは、ともかく精いっぱいの笑顔で歌い踊る人で、その人の顔がテレビに映ると、双子たちは吸い寄せられるようにテレビを見つめ、やがてけらけら笑いだす。 「やっぱり笑顔ですよ」と妻は言う。 (中略) 赤ん坊が、ある人の笑顔で笑うのは、人どうし共鳴するものがあるからだろう。人は人と感情でつながっていて、心におこる波かぜは、別の心に波紋のように伝わる。 自分は人と比べて、やさしいほうの人間ではないかもしれない。同情や共感の能力が、たぶん人より少し弱い。 (中略) そして、あなたの生活上の工夫とよろこびに、いつも小さく感動している。 それらのことは、自分にとって一つのことだ。 あなたに心があって生きて笑っていることを、思い出しては感動するのだ。 と。ともあれ、本書のなかの上田信治の句を、以下にいくつか挙げておきたい。 ...