投稿

穴井太「ゆうやけこやけだれもかからぬ草の罠」(「ペガサス」第26号より)・・

イメージ
  「ペガサス」第26号(代表・羽村美和子)、「雑考つれづれ」の連載、きなこ「原郷樹林逍遥・・穴井太の俳句④」は最終回。愚生が穴井太とあったのは彼の晩年近く、現俳協である。それ以来、現在まで「天籟通信」の恵送に預かっている。天籟通信の方々で「豈」同人であった方も多い。当時の山福康政の表紙絵の印象も深かった。その「天籟通信」印刷ではヤマフク印刷で制作されていた時代だ。娘さんの版画家・絵本作家・山福朱実のパートナーは愚生の友人・ヒデキ・スエモリの息子・末森樹(「樹・たつる」の名付け親は、髙橋睦郎)だ。不思議な縁だ。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    ラムネ飲む青が喉から逃げてゆく        高畠葉子    木の芽の香板前の手の派手に鳴り        田中 勲     木葉木菟ずくずく君をそらんずる       羽村美和子    クラーク博士の指さす未来新樹光        水口圭子    ありんこのおのちさんさいの手のなか      陸野良美    老若のポップ調デモみどりの夜        本吉万千子   手がかりの桜はすでに散っている       山﨑加津子    春の鏡わたしが消えても消えなくても      浅野文子    望遠鏡の望がぽろりととれて春         東 國人    シルバーシートTシャツ外人すくと立つ     石井恭平    いつしか終わるふつつかな春と吾        石井美髯    浮人形のこり湯船にのこる波         伊藤左知子    片時雨水の表紙に貼れるもの          F よしと    ワレワレハウチュウジンである盛夏       及川和弘    新樹光風のカタログはいかかです         きなこ    ただいまの語源知らない蝸牛          木下小町    夏の浜怪魚の骸取り囲む            坂本眞紅    ボディメイクミッションクリアパイナップル   篠田京子    家族史へ二人静を栞とす           瀬戸優理子  ★閑話休題・・大野泰雄展「森のイコン」(於:不忍画廊/8月29日・土まで/オープン木~日)・・  22日(土)大野恭雄展(於:不忍画廊)に出掛けた。着く直前に、ゲリラ雷雨に遭遇。雨宿りを兼ねて、隣の高島屋本展にてしばし休んだ。案内の大野恭雄「『...

三原由紀子「うつくしまふくしま唱えて震災の前に戻れる呪文があれば」(『ふるさとは赤』)・・

イメージ
  三原由紀子第一歌集『ふるさとは赤』(本阿弥書店)、著者「あとがき」には、   この歌集は、十六歳から三十三歳までの十七年間の作品をまとめた第一歌集である。  中学時代の国語の先生、佐々木文恵先生に勧められ、高校時代から短歌を作るようになった。先生は長年、病と闘いながら短歌を作り続けていた。私が社会人になる直前に、浪江のお寿司屋さんに連れて行ってもらったのが、先生と会話をした最後だった。私はのちに夫になる人と付き合い始めた頃で、先生は私の表情から、幸せだということを感じとったのか、ご自身の亡き夫との思い出をとても楽しそうに話してくれたのだった。私は一人の女性として先生と話をできるようになったことが、とてもうれしかった。 (中略) そして、私が社会人二年目の二〇〇三年四月にお亡くなりになった。先生との出会いがなければ、今の私は存在しない。この歌集を先生の墓前に捧げたいのだが、お墓は双葉町にあって、それもかなわない。 (中略)  二年前の三月十一日以降、それまでに自分が続けてきたことや、ずっと気にかかってきたこと、疑問に思う事への答えが出たような気がしている。  今日は四月一日。私のふるさとである浪江町は区域再編により、避難解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に分断される。私の実家は避難解除準備区域にあたるが、昼間の立ち入りが緩和されるだけで、十五歳未満と妊婦の立ち入りは不可。宿泊もできない。それが意味するのはどういうことなのか。そして、今後どうすればいいのか。この歌集を手に取ってくださった皆様と一緒に考えていけたらと願っている。   二〇一三年四月一日 並榎町区域再編の日に                            三原由紀子   とあった。集名にちなむ歌は、   iPad片手に震度探る人の肩越しに見るふるさとは 赤     由起子  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、幾つかの歌を挙げておきたい。  完璧を求めてしまう母のようツノが二センチ伸びている朝           その先の未来を歩むためふたりを乗せてスーパーひたち  隠しごと増えてゆくたび打ち明けたいことも増えてゆくよ 深緑 (しんりょく)  「さごはち」をみんなで歌おう真夏日に拳振り上げ誇れ故郷を!  一月の同窓会に集まりし数人はいま1F (いちえふ) に就く       ...

柴田千晶「たくさんの海月たくさんの屍」(『魚女房鶴女房』)・・

イメージ
  柴田千晶第二句集『魚女房鶴女房』(金雀枝舎)、著者「あとがき」に、   第一句集『赤き毛皮』から、気づくと十七年が過ぎてきた。  その間、シナリオの師、馬場當さんと母を見送った。その喪失感はなかなか埋まらず、この世ともあの世とも知れない場所をたびたび訪ねてこれらの俳句が生まれた。  そろそろこちらへ戻っておいでと、手を引くものらがいて、魚女房と鶴女房の坐る花筵から、今ゆっくりと立ち上がったところ。  とあった。集名に因む句は、    魚女房も鶴女房も花筵         千晶  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    海女小屋の呪物のやうな鹿尾菜釜   腕と尾のはみ出してゐる春の函   皺くちやの辞表が遺書となる朧   保健室の窒息しさうな金魚かな   夏服の胸から瀆 (けが) す私刑 (リンチ) かな   スカートにスマホの光透けて夏   死ぬ死ぬと声の洩れくる冬障子   まはだかのをとことをんな宝船   重なつて流れてゆきぬ春の川   彼方から手繰られし髪桜の夜   蚊帳の中だんだん人の増えてくる   彼岸まで押す空つぽの車椅子   パートタイマー満載のバス朝の虹   ソープあかすり焼肉古書店黄砂降る   ずぶ濡れの愛欲しき日の桜かな     柴田千晶(しばた・ちあき) 1960年、神奈川県横須賀市生まれ。    ★閑話休題‥春風亭昇吉独演会「乾坤一席」(於:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール)・・  8月21日(金)夜は、句会仲間でもある春風亭昇吉独演会「乾坤一席」(於:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール)に出掛けた(ゲストは立川志らく)。演目は、「水屋の冨」と「叩き蟹」。 うたた↑                   武藤「幹」↑  終演後、同じ句仲間でもある武藤幹と今月末で店を閉めるという神宮前「うたた」(古澤謙)という店に同行した。「幹」「昇吉」の盃もあって、出された日本酒は、本日の会に因む「乾坤一擲」。飲めない愚生はノンアルビールに珍しい岸和田の水茄子を注文した。帰宅は数年ぶりに午前様だった(好奇?高齢者でも無理)。  次回、昇吉の会は、12月9日(水)は昼夜2公演(於:大和田伝承ホール)。         撮影・中西ひろ美「横顔を盗んでどこに隠そうか」↑

増田まさみ「ゆくえ絶つ友よ銀河はしょっぱいか」(『ぶらんこ 鞦韆』)・・

イメージ
  増田まさみ第八句集『ぶらんこ 鞦韆』(霧工房)、帯文は今泉康弘。それには、  日常に潜む異界、此岸に滲む彼岸、生に孕まれた死……  増田まさみは造本作家の繊細な手つきを内なる発条としながら「俳句」と対峙しているようだ。   とあり、また、著者「あとがき」には、  本集は前句集『かざぐるま』(二〇二四・七)に続く第八句集である。以来、ほぼ二年あまりの短いようで長くまた長いようで短い日々は、ふいに喪った肉親や知己への懐かしさやいたわりに換えられ埋められていく。  「終戦」という文字に魅かれ、訓読み「ぶらんこ」に代えて本句集のタイトルとした。(中略)「ぶらんこ」は未踏の空を繰り返し揺れる遊具である。止まるたび、再び地を蹴って漕ぐのか、漕がないのか。そんな思いをつれづれに「俳句形式」のもたらす恩恵に心身をゆだねている。 (中略)  「俳句形式」に携わる歳月は、長い。長いとしか言えないのが現在の〈答え〉というべきだろう。ただ、「俳句」にかぎらず創作(表現)とは自己対峙の一手段であり、言い換えるなら自己救済でもあるだろうか。なかば言い訳を自覚しつつ「俳句」に繋がっている。それはひとえに、陰となり日向となって惜しまぬ理解と励ましを賜った先輩、同志の存在に拠るものである。あらためて深謝申し上げたい。  とあった。集名に因む句は、   鞦韆 (ぶらんこ) を揺らして聴くや考 (ちち) の声     まさみ   であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    翅老いし幾万の蝶水ながるる   すれちがう妣の涙やかがみ草   骨片となりし父郷や泥天神          *紙と土を練り合わせた人形。男児生誕を祝い天神として雛祭に祀る。          因伯(鳥取県)地方の民俗行事。   鉄塔や謳わぬ雲雀吹かれいる   一瞬は永久にいっしゅん昼花火   つれづれに死神おわす四方の秋   生国や蒲の穂絮の千切れゆく   カンバスに孕む出雲郷 (あだかえ) 霧ふかし                    *画家 故 森田廣  増田まさみ(ますだ・まさみ) 1937年、鳥取県鳥取市生まれ。       撮影・芽夢野うのき「鶏頭の痛い部分を聞いてみよ」↑

右城暮石「缶ビールさがしに車逆行す」(月刊俳座「一(ichi)」初号より)・・

イメージ
  月刊俳座「一(ichi)」2026年9月初号(発行・一俳句会/発売・邑書林)、特別寄稿に佐藤文香「笑える俳句 右城暮石を中心に」(第33回右城暮石顕彰吉野川全国俳句大会記念講演)、連載に叶裕「[無頼の旅]第一回/歌は世につれ 演歌者・添田啞蟬坊」、大久保樹「湖北の暮らし 其の一/稲架と稲藁を想う」、平城墨下「植物の季語徒然散歩」等。  巻頭に、隠居・谷口智行「ご挨拶ー俳座「一創刊によせて」、編方・中山奈々「はじまりはじまり」、厨方・黄土眠兎「火を絶やさずに」、座主・島田牙城「ひと言——月刊俳座「一」創刊に際して」には、   ここに作品提出三十四人の座衆が集ひ、月刊俳座「一」を創刊する。  僕等の座は常に圓座である。よって上座も下座もない。誰もに皆の顔が見えてゐる座だ。 (中略) 僕は「俳句は下手でいい」と言つてゐる。儂が下手なのだから仕方がない。しかし、俳を生きるとする心は揺るぎない。一つだけ言うておくと、俳句について他者の観感を否定せぬことだ。俳句の間口は広くその奥は沃野である。自らの観感など未だ狭く痩せてをるといふ覚悟は大切だ。  さて、先づは躙口が開いた。出口はなと知つて、遊ばれよ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの作品を挙げておこう。    返信はもう来ないはず栗の花      大久保樹    木耳を売る安皿のセーラームーン     叶 裕    獄庭の木の実は誰の落し物      かりんとう    飛石の乾き残れる半夏生        黄土眠兎    柳絮吹き溜まりてやいのやいの     島田牙城    にんげんはうようよ動物園の団扇    瀬戸正洋    朽舟の朽を尽くして蛇苺        谷口智行    ぶよぶよと団地の墓所に登山口     茶屋七軒    丘の木に吊るすタイヤや大夕焼     中山奈々    畑にゐて互ひに交はす雹見舞      柳堀悦子    梅雨の夜半あまさず屋敷神磨く     歌代美遥    青草や蹴球足を蹴りてをる       大文字良           撮影・鈴木純一「明けやすし時も姿も丸暗記」↑           8 月 17 日   木田元   没   ( 1928 ~ 2014 )哲学者

村上喜代子「燕去月みづの行方を少し追ふ」(『刻印』)・・

イメージ
 村上喜代子第六句集『刻印』(本阿弥書店)、帯には、   俳句は心の日記であり刻印である  その時その時の出来事や心情が、生きた証が、句を読み返すとありありと甦ります。——  林火抒情を継承、師の歌枕を追って旅を重ね、日々の「生きた証」を刻印し続ける著者。昭和百年、戦後は八十年という大きな節目に送りだす第六句集  とあり、また、著者「あとがき」には、   醍醐句集『軌道』上梓後、主宰する「いには俳句会」は創刊十五周年、さらに二十周年の記念祝賀会を行い、昨年の令和七年五月、二百号記念号を発刊することができました。その間、コロナ危機等もありましたが、順調に回を重ねることができましたことを感謝したいと思います。昨年は、昭和百年、戦後八十年という大きな区切りでもありました。ここで自祝の心込めて、第六句集を上梓することと致しました。 (中略)   句集名『刻印』は〈原爆ドーム灼けてあの日を刻印す〉からの命名ですが、俳句は来し方の心の日記であるとの思いからでもあります。その時、その時の出来事や心情、生きた証が、句を読み返すとありありと甦ります。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    戀の字をばらならにして囀れり        喜代子    妙法蓮華経南無南無種茄子   走つてもいい歩いてもいい夏野   はつゆきのにほへるいにはこほりかな   師には無き傘寿なりけり明易し   直情は長州の血よ竜の玉   耳遠き傘寿八人うららけし   晶子忌や詠みて吐き出す気のふさぎ   慰霊の日英語日本語沖縄語      会の主要な行事に晴れること多し。これを「いには晴れ」という。   色鳥のにぎにぎしくていには晴   聖夜乾杯被団協会平和賞   一本の冬木に日裏日の面   清明の野にみづ車かざ車      化石句碑「松虫草今生や師と吹かれゆく」   緑蔭に鉄之介筆化石句碑   白玉や老いてしみじみ母の老   虫時雨遠き戦火に慣れもして   立冬や山の後ろに山があり   一本に千のまぼろし里桜  村上喜代子(むらかみ・きよこ) 1943年、山口県下関市生まれ。 ★閑話休題‥没後50年「髙島野十郎展」(於:渋谷区立松濤美術館~9月6日・日まで)・・ [ 芸術は深さ (・・) とか強さ (・・) とかを取るべきではない、「諦」である ↑  ...

中本真人「虫干の佐渡に残れる流人の書」(『越佐』)・・

イメージ
 中本真人第2句集『越佐』(ふらんす堂)、その「あとがき」に、   本書は、第一句集『庭燎』に続く私の第二句集である。東北地方太平洋沖地震の平成二十三年から、長女が誕生した平成三十年までの八年間の作品を収めた。それ以降は、元号が平成から令和に改まり、現在に至る育児中心の生活となることから、次の機会に譲ることにした。  越後国と佐渡国を合わせた呼称である「越佐 (えつさ) という書名には、この地に対する挨拶と感謝の意を込めている。越後・佐渡の豊かなる自然、人々のあたたかなつながり、厳しく長い冬、そして我が子の誕生――すべてが俳句の源となっている。丁寧に対象をみつめることで、花鳥諷詠、客観写生という俳句の詩的可能性を、少しでも広げていきたい。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    風邪気味の夢に嫌ひな奴に会ふ         真人    金泥の寝釈迦の金の箱枕   かんばせに老若のなき菊人形   不発弾処理の無人の五月闇   知事映るテレビ会議も震災忌   新潟のひねもす晴れぬ冬来たる   遅れ来てメーデーの旗持たさるる   すぐ水となる除湿剤梅雨に入る   売り言葉買い言葉とも息白く   日差し濃きまま吹雪となり始む   学生の自殺一件冬休   落第の子に退学の判を押す   春眠の誤答に○をしてしまふ      中本真人(なかもと・まさと) 1981年、奈良県北葛城郡(現・葛城市)生まれ。 ★閑話休題・・山内将史「蜩や皿にのる血の美しき」(「山猫便り・2026年8月11日」)・・  「山猫便り」は、山内将史の葉書通信。それには、     影法師連れてあつまる月の海    吉田汀史『一切』  平凡な風景なのに。擬人法と俳句の短さゆえの省略によって、不思議な幻想のように見えてくる。影法師は生きているような、「あつまる」のは人ではなく「月の海」はこの世ではないような、    母たちに簡単服の夏ありし      髙橋睦郎『十年』  髙橋睦郎にとって季語はエロスなのだろう。一年ごとに彼方からやってきて、ひととき心をそそのかし、また遠くへ去ってゆく。   とあった。    撮影・芽夢野うのき「みはるかすすすきかるかやみはるかす」↑