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筑紫磐井「革マルは懐かし 汗る 汗らね」(「鷗座」9月号・第479号)・・

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「鷗座」9月号・第479号(鷗座俳句会)、「鷗座創刊25周年記念近作3句」から、他の各1句を挙げると、      鋼なす鷗の翼大西日         高野ムツオ     鬱 晴れ晴れ             筑紫磐井     これかも虚子を語らふ天高し      星野高士     新涼やずんと米寿の一歩づつ     松田ひろむ  招待席に村山恭子「水母」10句から、    もて余す片白草の花穂の黙        村山恭子  主な論考に、松田ひろむ「新名句入門/名句のための俳辞苑51 づかづか・角」、川崎果連「現代俳句月評/俳句は『戦後』をどう生きたか(4)」など。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    どこからが夢の途中やまだ花野      田邉 花    風鈴の金魚飛び出す風の音        宮 沢子    満開ののうぜんかずらお静かに      古川塔子    蝉しぐれ未来がすぐに過去になる     石口 榮    たわむれのサラダ記念日プチトマト   石口りんご    太平洋とハイビスカスの見える部屋    小髙沙羅   落し文追えばころがる風の道      白石みずき   花菖蒲空気に甘いエピローグ       増田萌子    敗戦日朗読下手の詔          後藤よしみ    時計店白い金魚の一周忌        渡邊すみれ    虫食いのない梶の葉や夏点前       岩田残雪    この国の五臓六腑に秋の風        川崎果連    いつもの顔いつもの機嫌竹夫人      米原拓土  ★閑話休題・・柏木武「伊豆出身柏木武なまこ壁」(立川市シルバー大学「俳句講座」令和8年度第1回)・・  9月2日(水)は、令和8年度立川市シルバー大学「俳句講座」第一回(於:立川市曙福祉会館)だった。愚生のいつものパターンだが、名前と顔を一致させたいために、名前を詠み込んで「自己紹介俳句」を作って貰っている。  以下に、各人の句を紹介をしておきたい(順不同)。    なんとなく幸せの風に山﨑功子 (こうこ)    星月夜○○和子生まれけり   喜寿を越え清水昌明楽しんで   秋空や俳句挑戦嶋津弘興   新涼や米寿迎えし野村剛夫   秋風がひじかたとものかずのほど   天高し渡辺和之学習中   次回は、9月4日(水)。兼題は「月」...

庄子紅子「空席は空席のまま小鳥来る」(『鏡の桃』)・・

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  庄子紅子第二句集『鏡の桃』(朔出版)、序は仲寒蟬「逍遥遊の人」、それには、   紅子さんは控えめな人である。  世間には実力通りに振舞う人ばかりでなく自分を実力以上に見せようとする人、逆に実力をあまり表に出そうとしない人がいる。三番目の人は傍から見ているともどかしく、勿体ないと感じる。紅子さんはこのタイプである。 (中略)   紅子さんは宮城県名取市にお住まいである。名取には空港があり仙台のベッドタウンという位置付けのようだ。東日本大震災では津波により甚大な被害を受けた町であるが、この句集からその翳りを読み取ることはできない。  実は平成二十六年、つまり震災から三年後に上梓された第一句集『静電気』には次のように震災を詠んだ句があった。   春筍太く短し震災後   紫陽花のわが街にして被災の地   草いきれ仮設住宅貨車のごと  実際には知り合いが被災していたり、生活の上でも何かと震災による影響はあったろうが、右の句を読むと淡々としていて、そこがまた紅子さんらしい。 (中略)  最後にどうしても挙げておきたい脱力系俳句を。   二本目のバナナを剥いてゐるところ  先に述べたように紅子さんは「逍遥遊」の人であるが、日常と異界とを往き来していると草臥れる時もある。そんな時はこうしてバナナを剥いて食べる。単なる報告の句ではないかと言うことなかれ。彼女はいま百年前の昭和初期頭の武蔵野から戻ってきたばかり。虚子の吟行の様子を見ていたらしい。この二本目のバナナ、一本目の皮は虚子が川へ落してしまった。皮と川、フフッ、とその駄洒落に彼女は短い笑いを漏らす。  とあった。集名に因む句は、    映されて鏡の桃の匂ひ立つ      紅子  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。    大寒の何をするにも歌う母   向日葵にうしろ姿のなかりけり   はじまりも終はりもひとり水遊び   隠居てふ絶滅危惧種浮いて来い   一階の寒さと違ふ二階かな   大空にふところのあり凧を揚ぐ   バレンタインデー鳥籠に贋の鳥   空に星海に磯巾着踊る   行く雁に押し入れ広く開けておく   鮫がゐて秋思の雲を食ひ散らす   着膨れてきぶくれてゐること忘れ    黒豆を煮るしあわせにたどり着く   金星に見つけてほしい雪達磨   コンセント繋げば灯る蕗の薹  ...

上田信治「ひものない鈴ことことと指に鳴る」(『成分表 偽マキロン・悲しみについて』)・・

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 上田信治著『成分表 偽マキロン・悲しみについて』(素粒社)、帯文には、  人間は、人間が想像するよりもずっと、たくさんのことを考えている/永井玲衣  上田さんの文章は、生活を触診するひんやりと大きい手のようだ。そのつめたさで、  私が帯びる熱の温度を知ることができる。/品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山) / 『あたしンち』の共作者による日常の探求、ふたたび とあり、著者「あとがき」には、   あるとき、「車の運転と、歌うことは似ている」と妻が言った。  そしてそれは「どちらもすごく楽しい」のだと。  すごくいいことを言っていたのに、今になって彼女は、そんなことは言ったおぼえがないという。  この人はいつも自覚なく、すごくいいことを言うのだ。  誰にでも、自分は今「大活躍」をしているな、という時間帯があると思う。  そういうときは、たぶん自分と自分の「中の人」が、ずれなく一つになるということが起こっている。  歌なら「謡いこなす」車なら「乗りこなす」。  いつも自分が「中の人」と一体になり、予測と反応によって、自分をびゅんびゅんと「こなし」ていく。  「自由」という概念の最高のやつ。   とあった。「四十三 笑顔」の部分を少し引用すると、   近所の若い友だちに双子が生まれ、ときどきSOSが出るのをいいことに、妻は、手伝いがてら赤ん坊を触りに行く。  彼女によると、双子たちは『おかあさんといっしょ』のあるお姉さんに夢中なのだそうだ。  お姉さんは、ともかく精いっぱいの笑顔で歌い踊る人で、その人の顔がテレビに映ると、双子たちは吸い寄せられるようにテレビを見つめ、やがてけらけら笑いだす。  「やっぱり笑顔ですよ」と妻は言う。 (中略)   赤ん坊が、ある人の笑顔で笑うのは、人どうし共鳴するものがあるからだろう。人は人と感情でつながっていて、心におこる波かぜは、別の心に波紋のように伝わる。  自分は人と比べて、やさしいほうの人間ではないかもしれない。同情や共感の能力が、たぶん人より少し弱い。 (中略)   そして、あなたの生活上の工夫とよろこびに、いつも小さく感動している。  それらのことは、自分にとって一つのことだ。  あなたに心があって生きて笑っていることを、思い出しては感動するのだ。  と。ともあれ、本書のなかの上田信治の句を、以下にいくつか挙げておきたい。   ...

乾佐伎「虹架けてシーラカンスはまた眠る」(『未来一滴』/A Drop of Future』)・・

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  乾佐伎『未来一滴』/A Drop of Future』(CYBERWIT.NET)、序文は夏石番矢とカルネシュ・クマール・アガルワル博士(統括編集長)、英訳はエリック・セランド。句本分などすべてに日本語と英訳が付されている(いずれもブログでは日本語のみを紹介する)。先ず夏石番矢の序文には、 (前略 )さらに乾佐伎は、アイデンティティが激しく揺れ動く時期の作品の特徴、「自分とは何者か」「自分をどう愛するか」を問いかけ続けている。   ぼくは誰?水平線はただ光る   チューリップぼくの最初の友はぼく しかし、答えはどこからも返って来ず、孤独は肯定的な自己愛へと昇華される。 (中略)   伝統的な五七五の韻律や抒情をベースにしつつも、前衛的なイメージの飛躍や、日常の事物を宇宙的なスケールの接続する現代的なセンスに溢れている。 (中略)   この対訳句集は、エリック・セランド氏の優れた英訳によって、その繊細かつ大胆な脳内イメージが言語の壁を越え、広く「世界の文学」として響き渡る力をもった素晴らしい一冊である。   とあり、カルネシュ・クマール・アルガワル博士は、 (前略)  『未来一滴』/A Drop of Future』をとりわけ魅力的なものにしているのは、その節制である。これらの俳句は、複雑さによって読者を圧倒したり、感銘を与えようとしたりはしない。そのかわりに、読者の感性を信頼している。この信頼こそが、成熟した詩や俳句の証である。意味とは押し付けられるものではなく発見されるものであり、読者もまた俳句の創造における能動的な参加者である、という理解がここに反映されている。/  これは単なる俳句集ではなく、私たちの内と外に存在する静かな驚きを再発見するための誘いである。そして、空の映り込みをその内に宿す一滴の雫のように、これらの俳句は、未来が最もささやかな瞬間から始まるということを私たちに思い出させてくれる。    とあった。また、著者「あとがき」には、  私は俳句が大好きです。俳句と出会って、私は私を少しだけ好きになることができました。日々の積み重ねを大切に、少しずつ成長していけたら嬉しいです。  とあった。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう(最初の句のみ英訳を付す)。    シーラカンス象形文字に紛れ込む      Coelac...

後藤昌治「がうがうと裸祭は彼方なり」(「韻」第52号より)・・

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「韻」第52号(韻俳句会)、その「編集後記」に、  『韻』創刊当初から現在まで、「韻」代表であられた後藤昌治氏が逝去された。享年九十三歳。  二〇一五年の一九号より二〇二三年の四四号まで、ー「戦後から現在に至る長い期間の中で甚だ自己中心的ではあるが、俳句に関わりつつ書き抜いてみようと思う」ーと『長い時の流れの中』と題して、来し方思い出などを書いていただけたことは、この地方で俳句に関わっているものにとっては、本当に貴重な記録であり、よく書き続けて下さったと、ただ有難い気持ちで一杯である。 ☆後藤昌治氏と同じ、創刊同人であった米山久美子氏が令和八年二月二十三日逝去された。享年九十五歳。  とあった。ご冥福を祈ります。また、小笠原靖和「追悼 後藤昌治さんのこと」には、   濃尾平野の一隅、愛知県清須市西枇杷町(現在)に誕生し、終生一所定住した後藤昌治さんの第一句集「石の群れ」序・同行言(小川双々子)には、ごとうは微高地の詩人である。「石の群れ」はその強靭なきらめきの充満である。私はそのきらめきにうたれつづけて同行した。  と記されている。後藤さんの俳句は双々子を師と仰ぎつつ密接に同行することによって結実したと言えよう。 (中略)   後藤さんが二七歳のときに誓子邸を訪問した折、『昌治の俳句は新旧の屋根伝い、それは中庸の道を進む』と云われた、と年譜に残した。その言葉を銘記していたかどうかは知る由もないが、私は後藤さんの作句方法(つまり俳句観)は最後まで誓子主張の、いわゆる「根源俳句」を基調としていたように思う。 (中略)   「地表」創刊時に主宰小川双々子を支えた五人の運営同人の、最後の一人として後藤さんが世を去った。私としては「地表」という一つの時代が幕を閉じたな、という感懐が深い。  とあった。愚生もまたその思いを抱いた。ともあれ、以下に追悼句の一覧から、記しておきたい。    葬送の尾張微高地麦ばうばう        小笠原靖和    種おいて逝きたる人や麦の秋         有本仁政    こころざし継いでゆきたし合歓の花      石川京沙    物種となりし人ゆく大西日         岡田真由美    ゴドー待つ双蛾のまさにはるばると      金子ユリ    春の雨遠くギターの音たしか         菊山千月    春の風俳句は永遠の愛と共に      ...

Yuzo Ono 「おたまじゃくし世界を広くするルール(英訳略)」(『Yuzo Ono 12HAIKU/Marisa Culatto/12UNTITLED』)・・

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 『Yuzo Ono 12HAIKU/Marisa Culatto 12UNTITLED』(MOCA LONDON)、  Yuzo Ono (小野裕三)の句の縦書きが日本語である以外は、愚生にとっては苦手な、すべて英語で記されている。日本語の句の横には、3行の英訳が付いている。それと対をなすMarisa Culattoの絵画作品が置かれている。  というわけで、以下に、一句のみ英訳付きの句を紹介し、あとは英訳のつかない句を以下にいくつか挙げておきたい(さて、上手く行きますかどうか・・・・)。   おたまじゃくし世界を広くするルール                    tadpoles -                                                                                                     a rule that broadens                                                                               ...

太田風子「渋滞のベイブリッジを鳥渡る」(『マンハッタンの夕陽』)・・

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  太田風子第二句集『マンハッタンの夕陽』(黎明書房)、その「あとがき」には、   二〇二一年に句集『as is あ~づ い~づ』を上梓して以来の第二句集です。  この五年間は、五十七年間連れ添った夫との別れの日々でありました。一歩一歩衰えてゆく夫に最後まで寄り添いました。今でも寄り添っている自分なのだと気付かされます。結局、自分ってなんでしょう。 (中略)   失敗は経験を積んだと思えばよいのでしょうか。そんな生き方を綴った私の俳句集です。  さて、次の五年はどんな俳句が生まれるのでしょうか。  五月に八十歳の誕生日を迎えました。今までとは違う俳句に出会う自分でありたいと願っています。  とあった。集名に因む句は、    秋落暉ストンヘンジめくマンハッタン      風子 であろう。表紙カバーの表2側の返しに、   ニューヨークでは、東西に走るストリートから一直線に夕陽が沈む。逆光でビル群の影がストーンヘンジに似て黒々立っている。その現象をいつからかマンハッタンヘンジと呼ぶようになったそうだ。六番街の三〇丁目あたりを歩いていた時だ。その角から西を見ると真っ赤な夕陽がビルに沿って沈んでいく。  とある。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    木の椀に木の箸添えて七日粥   アスパラガス明日は賭博のラスベガス   何もなきものに躓く冬はじめ   バラモン凧に生まれ変わった新聞紙   春はやて投手一瞬夜叉となる   桜蕊ふる切株に幻肢痛   命日を重ねいつしか水温む   民主主義右往左往の更衣   いつのまにぶどう一粒だけの皿   ずれている釣瓶落としの着地点   流行風邪負目涙目写楽の目  太田風子(おおた・ふうこ) 1946年生まれ。 ★閑話休題・・松谷栄喜「朝顔や鉢を手にせし父の影」(第200回「吾亦紅句会」)・・   8月28日(金)は、記念すべき第200回「吾亦紅句会」(於:立川市女性総合センター アイム)だった。兼題は「朝顔」。以下に一人一句を挙げておこう。    四肢張りて八方睥睨 (やもへいげい) の鬼やんま   松谷栄喜    見せばやな男踊りの阿波踊り           吉村自然坊    耕衣忌や儘ならぬ世の硬骨漢            齋木和俊    せめぎ合う行き会いの空勝敗は           武田道代 ...