甲斐由起子「永眠の前の熟睡や水温む」(現代俳句文庫『甲斐由起子句集』より)・・
現代俳句文庫Ⅱー6『甲斐由起子句集』(ふらんす堂)、帯に、 かなかなやしづかに時の醸さるる ●収録作品/句集『春の潮』抄/『雪華』抄/『耳澄ます』抄 ●エッセイ/楸邨のシルクロード ●解説/有馬朗人/藺草慶子/仁平 勝 ●季語別索引付 とある。仁平勝の解説「取合せの『上手』」の中に、 (前略) 雪舞ふも止みしも知らず大晦日 ひぐらしの翅も掃き寄せ野分あと それぞれ「雪」と「大晦日」、「ひぐらし」と「野分」の取合せである。どちらも季重なりだが、二つの季語をつなぐ取りはやしの妙によって、大晦日なり野分後の情景がリアルに表現されている。 とりわけ一句目の〈舞ふも止みしも知らず〉は、取りはやしとして秀逸である。大晦日の多忙さだけでなく、年が明けて雪に気づいた元日の清々しい気分が伝わってくる。 いいかえれば、俳句の場面を切り取るのが巧いということだ。 (中略) 色鳥の散らせる羽根を栞とす 「色鳥」をこう詠むか。なかばフィクションという気もするが、そういう〈栞〉を想像すると、つい納得させられてしまう。 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。 悼 井本農一先生 残されしもの時雨の話など少し 由起子 大花野叱られたくて牛後る 花の色移れる骨や雪あかり 諸子焼く火のうつくしき淡海かな 秋の水河童も雲も棲まはせて 夢醒めてなほ夢の世や西行忌 末法の空よりふくら雀かな 燃えのこる葦に息ある末黒かな 冬帽子新品にして形見なる 白鳥の頸愛し合ひ憎み合ひ 日と月と同じ空なる余寒かな 亡き母へ供へし桃を父に剥き 樹々芽吹く気配に生きてゐる父よ 死者よりもわが手冷たし春暁 涸川のわが身をとほる音すなり 白雲のつづきにひらき朴の花 甲斐由起子(かい・ゆきこ) 1964年、神奈川県生まれ。 撮影・芽夢野うのき「ひとまずのほほづえ午後の春深し」↑