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後藤美帆「逃水の向かうに逃げぬ水のあり」(『2025➡2023 冬薔薇』)・・

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  後藤美帆プレ句集第一弾『2025➡2023 冬薔薇』(ふみぐら てさぐり)、手作りの句集。その帯に、    走る子の後ろ姿を追ふ五月     曹洞宗 会誌「禅の友」曹洞俳壇 掲載         母になっていく姿が垣間見える/著者のプレ句集 第一弾  とあり、著者「あとがき」には、    この句集は、わたくし後藤美帆の第一句集編纂を前提としたプレ句集です。2023年から2025年までの自分のお気に入りの句を集めた形となっております。   掲載順は2025年から最初期の2023年へと遡るようになっています。   どれもなかなか思い入れのある句ばかりです。なおタイトルは、最新句から「冬薔薇」と名付けました。 とあり、そして、同送された便りには、 (前略) 「鴻」俳句会の会員でありまして、師系は以下の通りとなります。また、義父は後藤兼志(「河」「鴻」同人2013年没)です。  角川源義ー吉田鴻司ー半谷洋子ー後藤美帆  とあった。集名に因む句は、    花びらの影の淡さや冬薔薇      美帆  であろう。ともあれ、本集より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    丁寧にジャム塗る子なり今朝の冬           霧少し夜明けの街を優しくす   福寿草ひだまりにころころ笑ふ   解夏の僧柄杓の水を飲みにけり   通し鴨の水尾の割りゆく花筏       撮影・芽夢野うのき「つながるなら汝のこころと秋桜と」↑

谷さやん「枇杷食べて改憲論はあとまわし」(現代俳句文庫Ⅱー8『谷さやん句集』より)・・

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  現代俳句文庫Ⅱー8『谷さやん句集』(ふらんす堂)、解説は、林桂「『芝不器男への旅』谷さやん」、坪内稔典「谷さやんの俳句を読む」。エッセイに谷さやん「窓辺の風景」「芝不器男と家庭句会」。著者「あとがき」には、  愛媛の土地柄か、祖父は翠子と号して俳句をたしなんでいた。叔母からは「女学校から帰ってきたら、上品な人が紙を並べて揮毫していたのが、松根東洋城だった」と聞いた。父は身内の冠婚葬祭に俳句らしきものを作り、短冊に書いていた。  三十代後半に地元の雑誌で坪内稔典さんのインタビュー記事が目に飛び込んできた。「俳句は高尚な文芸じゃない」と、言っている。読み終わると、なんだかスカッとした気分になっていた。これまで見たことのないような俳句にも、ときめいた。自分でも作ってみたくなった頃、夏井いつきさんのカルチャー教室が開講した。教室を飛び出す夏井さんの楽しい俳句の渦に、たちまち巻き込まれていった。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    船窓のまはりは海の時雨かな         さやん    紙風船より雪より遅く降りてくる   満開の花のこんなにつまらなさ   波は責めてゐるのではない桜貝   打つてから後悔したる春の釘   吾亦紅魚ひるがへる水の音   檸檬切る波は空から生まれくる   草の上に置かれて露の時間かな   雲が湧く揚羽もわれも可燃性   空席と思えば帽子漱石忌   来た順に好きにすわって花の中   泳ぐとはずぶ濡れになる海を出る   屑みかん星に名前をつけましょう  谷さやん(たに・さやん) 1958年、愛媛県松山市生まれ。 ★閑話休題・・三枝三七子絵本原画展「みなまたの木」(於:国立・ギャラリービブリオ)・・  東京は、久しぶりに猛暑日になった24日(月)、三枝美奈子絵本原画展「みなまたの木」(於:国立・ギャラリービブリオ)に出掛けた。復刊された絵本『みなまたの木』(地湧社)、案内には、 ドキュメント映画「『みなまたの木』から受け継いだバトン』(佐々木芳郎監督)制作記念/ 水俣病公式公認から70年。海辺の松の木の視点で描く水俣病の物語。豊かな海と家族を襲った悲劇を通し、いのちと環境の大切さを次世代へ伝える絵本の原画展。  とあった。愚生は、同著者の『よかたい先生/水俣から世界を見続けた医師 原田正純...

穴井太「ゆうやけこやけだれもかからぬ草の罠」(「ペガサス」第26号より)・・

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  「ペガサス」第26号(代表・羽村美和子)、「雑考つれづれ」の連載、きなこ「原郷樹林逍遥・・穴井太の俳句④」は最終回。愚生が穴井太とあったのは彼の晩年近く、現俳協である。それ以来、現在まで「天籟通信」の恵送に預かっている。天籟通信の方々で「豈」同人であった方も多い。当時の山福康政の表紙絵の印象も深かった。その「天籟通信」印刷ではヤマフク印刷で制作されていた時代だ。娘さんの版画家・絵本作家・山福朱実のパートナーは愚生の友人・ヒデキ・スエモリの息子・末森樹(「樹・たつる」の名付け親は、髙橋睦郎)だ。不思議な縁だ。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    ラムネ飲む青が喉から逃げてゆく        高畠葉子    木の芽の香板前の手の派手に鳴り        田中 勲     木葉木菟ずくずく君をそらんずる       羽村美和子    クラーク博士の指さす未来新樹光        水口圭子    ありんこのおのちさんさいの手のなか      陸野良美    老若のポップ調デモみどりの夜        本吉万千子   手がかりの桜はすでに散っている       山﨑加津子    春の鏡わたしが消えても消えなくても      浅野文子    望遠鏡の望がぽろりととれて春         東 國人    シルバーシートTシャツ外人すくと立つ     石井恭平    いつしか終わるふつつかな春と吾        石井美髯    浮人形のこり湯船にのこる波         伊藤左知子    片時雨水の表紙に貼れるもの          F よしと    ワレワレハウチュウジンである盛夏       及川和弘    新樹光風のカタログはいかかです         きなこ    ただいまの語源知らない蝸牛          木下小町    夏の浜怪魚の骸取り囲む            坂本眞紅    ボディメイクミッションクリアパイナップル   篠田京子    家族史へ二人静を栞とす           瀬戸優理子  ★閑話休題・・大野泰雄展「森のイコン」(於:不忍画廊/8月29日・土まで/オープン木~日)・・  22日(土)大野恭雄展(於:不忍画廊)に出掛けた。着く直前に、ゲリラ雷雨に遭遇。雨宿りを兼ねて、隣の高島屋本展にてしばし休んだ。案内の大野恭雄「『...

三原由紀子「うつくしまふくしま唱えて震災の前に戻れる呪文があれば」(『ふるさとは赤』)・・

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  三原由紀子第一歌集『ふるさとは赤』(本阿弥書店)、著者「あとがき」には、   この歌集は、十六歳から三十三歳までの十七年間の作品をまとめた第一歌集である。  中学時代の国語の先生、佐々木文恵先生に勧められ、高校時代から短歌を作るようになった。先生は長年、病と闘いながら短歌を作り続けていた。私が社会人になる直前に、浪江のお寿司屋さんに連れて行ってもらったのが、先生と会話をした最後だった。私はのちに夫になる人と付き合い始めた頃で、先生は私の表情から、幸せだということを感じとったのか、ご自身の亡き夫との思い出をとても楽しそうに話してくれたのだった。私は一人の女性として先生と話をできるようになったことが、とてもうれしかった。 (中略) そして、私が社会人二年目の二〇〇三年四月にお亡くなりになった。先生との出会いがなければ、今の私は存在しない。この歌集を先生の墓前に捧げたいのだが、お墓は双葉町にあって、それもかなわない。 (中略)  二年前の三月十一日以降、それまでに自分が続けてきたことや、ずっと気にかかってきたこと、疑問に思う事への答えが出たような気がしている。  今日は四月一日。私のふるさとである浪江町は区域再編により、避難解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に分断される。私の実家は避難解除準備区域にあたるが、昼間の立ち入りが緩和されるだけで、十五歳未満と妊婦の立ち入りは不可。宿泊もできない。それが意味するのはどういうことなのか。そして、今後どうすればいいのか。この歌集を手に取ってくださった皆様と一緒に考えていけたらと願っている。   二〇一三年四月一日 並榎町区域再編の日に                            三原由紀子   とあった。集名にちなむ歌は、   iPad片手に震度探る人の肩越しに見るふるさとは 赤     由起子  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、幾つかの歌を挙げておきたい。  完璧を求めてしまう母のようツノが二センチ伸びている朝           その先の未来を歩むためふたりを乗せてスーパーひたち  隠しごと増えてゆくたび打ち明けたいことも増えてゆくよ 深緑 (しんりょく)  「さごはち」をみんなで歌おう真夏日に拳振り上げ誇れ故郷を!  一月の同窓会に集まりし数人はいま1F (いちえふ) に就く       ...

柴田千晶「たくさんの海月たくさんの屍」(『魚女房鶴女房』)・・

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  柴田千晶第二句集『魚女房鶴女房』(金雀枝舎)、著者「あとがき」に、   第一句集『赤き毛皮』から、気づくと十七年が過ぎてきた。  その間、シナリオの師、馬場當さんと母を見送った。その喪失感はなかなか埋まらず、この世ともあの世とも知れない場所をたびたび訪ねてこれらの俳句が生まれた。  そろそろこちらへ戻っておいでと、手を引くものらがいて、魚女房と鶴女房の坐る花筵から、今ゆっくりと立ち上がったところ。  とあった。集名に因む句は、    魚女房も鶴女房も花筵         千晶  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    海女小屋の呪物のやうな鹿尾菜釜   腕と尾のはみ出してゐる春の函   皺くちやの辞表が遺書となる朧   保健室の窒息しさうな金魚かな   夏服の胸から瀆 (けが) す私刑 (リンチ) かな   スカートにスマホの光透けて夏   死ぬ死ぬと声の洩れくる冬障子   まはだかのをとことをんな宝船   重なつて流れてゆきぬ春の川   彼方から手繰られし髪桜の夜   蚊帳の中だんだん人の増えてくる   彼岸まで押す空つぽの車椅子   パートタイマー満載のバス朝の虹   ソープあかすり焼肉古書店黄砂降る   ずぶ濡れの愛欲しき日の桜かな     柴田千晶(しばた・ちあき) 1960年、神奈川県横須賀市生まれ。    ★閑話休題‥春風亭昇吉独演会「乾坤一席」(於:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール)・・  8月21日(金)夜は、句会仲間でもある春風亭昇吉独演会「乾坤一席」(於:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール)に出掛けた(ゲストは立川志らく)。演目は、「水屋の冨」と「叩き蟹」。 うたた↑                   武藤「幹」↑  終演後、同じ句仲間でもある武藤幹と今月末で店を閉めるという神宮前「うたた」(古澤謙)という店に同行した。「幹」「昇吉」の盃もあって、出された日本酒は、本日の会に因む「乾坤一擲」。飲めない愚生はノンアルビールに珍しい岸和田の水茄子を注文した。帰宅は数年ぶりに午前様だった(好奇?高齢者でも無理)。  次回、昇吉の会は、12月9日(水)は昼夜2公演(於:大和田伝承ホール)。         撮影・中西ひろ美「横顔を盗んでどこに隠そうか」↑

増田まさみ「ゆくえ絶つ友よ銀河はしょっぱいか」(『ぶらんこ 鞦韆』)・・

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  増田まさみ第八句集『ぶらんこ 鞦韆』(霧工房)、帯文は今泉康弘。それには、  日常に潜む異界、此岸に滲む彼岸、生に孕まれた死……  増田まさみは造本作家の繊細な手つきを内なる発条としながら「俳句」と対峙しているようだ。   とあり、また、著者「あとがき」には、  本集は前句集『かざぐるま』(二〇二四・七)に続く第八句集である。以来、ほぼ二年あまりの短いようで長くまた長いようで短い日々は、ふいに喪った肉親や知己への懐かしさやいたわりに換えられ埋められていく。  「終戦」という文字に魅かれ、訓読み「ぶらんこ」に代えて本句集のタイトルとした。(中略)「ぶらんこ」は未踏の空を繰り返し揺れる遊具である。止まるたび、再び地を蹴って漕ぐのか、漕がないのか。そんな思いをつれづれに「俳句形式」のもたらす恩恵に心身をゆだねている。 (中略)  「俳句形式」に携わる歳月は、長い。長いとしか言えないのが現在の〈答え〉というべきだろう。ただ、「俳句」にかぎらず創作(表現)とは自己対峙の一手段であり、言い換えるなら自己救済でもあるだろうか。なかば言い訳を自覚しつつ「俳句」に繋がっている。それはひとえに、陰となり日向となって惜しまぬ理解と励ましを賜った先輩、同志の存在に拠るものである。あらためて深謝申し上げたい。  とあった。集名に因む句は、   鞦韆 (ぶらんこ) を揺らして聴くや考 (ちち) の声     まさみ   であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    翅老いし幾万の蝶水ながるる   すれちがう妣の涙やかがみ草   骨片となりし父郷や泥天神          *紙と土を練り合わせた人形。男児生誕を祝い天神として雛祭に祀る。          因伯(鳥取県)地方の民俗行事。   鉄塔や謳わぬ雲雀吹かれいる   一瞬は永久にいっしゅん昼花火   つれづれに死神おわす四方の秋   生国や蒲の穂絮の千切れゆく   カンバスに孕む出雲郷 (あだかえ) 霧ふかし                    *画家 故 森田廣  増田まさみ(ますだ・まさみ) 1937年、鳥取県鳥取市生まれ。       撮影・芽夢野うのき「鶏頭の痛い部分を聞いてみよ」↑

右城暮石「缶ビールさがしに車逆行す」(月刊俳座「一(ichi)」初号より)・・

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  月刊俳座「一(ichi)」2026年9月初号(発行・一俳句会/発売・邑書林)、特別寄稿に佐藤文香「笑える俳句 右城暮石を中心に」(第33回右城暮石顕彰吉野川全国俳句大会記念講演)、連載に叶裕「[無頼の旅]第一回/歌は世につれ 演歌者・添田啞蟬坊」、大久保樹「湖北の暮らし 其の一/稲架と稲藁を想う」、平城墨下「植物の季語徒然散歩」等。  巻頭に、隠居・谷口智行「ご挨拶ー俳座「一創刊によせて」、編方・中山奈々「はじまりはじまり」、厨方・黄土眠兎「火を絶やさずに」、座主・島田牙城「ひと言——月刊俳座「一」創刊に際して」には、   ここに作品提出三十四人の座衆が集ひ、月刊俳座「一」を創刊する。  僕等の座は常に圓座である。よって上座も下座もない。誰もに皆の顔が見えてゐる座だ。 (中略) 僕は「俳句は下手でいい」と言つてゐる。儂が下手なのだから仕方がない。しかし、俳を生きるとする心は揺るぎない。一つだけ言うておくと、俳句について他者の観感を否定せぬことだ。俳句の間口は広くその奥は沃野である。自らの観感など未だ狭く痩せてをるといふ覚悟は大切だ。  さて、先づは躙口が開いた。出口はなと知つて、遊ばれよ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの作品を挙げておこう。    返信はもう来ないはず栗の花      大久保樹    木耳を売る安皿のセーラームーン     叶 裕    獄庭の木の実は誰の落し物      かりんとう    飛石の乾き残れる半夏生        黄土眠兎    柳絮吹き溜まりてやいのやいの     島田牙城    にんげんはうようよ動物園の団扇    瀬戸正洋    朽舟の朽を尽くして蛇苺        谷口智行    ぶよぶよと団地の墓所に登山口     茶屋七軒    丘の木に吊るすタイヤや大夕焼     中山奈々    畑にゐて互ひに交はす雹見舞      柳堀悦子    梅雨の夜半あまさず屋敷神磨く     歌代美遥    青草や蹴球足を蹴りてをる       大文字良           撮影・鈴木純一「明けやすし時も姿も丸暗記」↑           8 月 17 日   木田元   没   ( 1928 ~ 2014 )哲学者