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橋本多佳子「雪はげし書き遺すこと何ぞ多き」(「麟」第84号より)・・

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  「麟」第84号(麟俳句会)、「【女性俳句研究Ⅱ】橋本多佳子研究(第三十六回)」山下知津子「わが命終に」(十九——最終回)の中に、  (前略) 雪はげし書き遺すこと何ぞ多き  多佳子没後二年を経て刊行された『命終』には、己の人生を省み、また他者の生を洞察する奥深く透徹した世界が展開される。それは多佳子の屹立した精神の凛然たる高さ勁さと、経てきた体験を糧にした人間や命、社会への冷厳な見識によって支えられている。若き日に多佳子は樺太や上海などを旅して見聞を広め、夫亡き後四人の娘を育て上げた。その間「新しい女」尾竹紅吉を識り、秋元松代と深い交友関係を結んだ。 (中略)   駒木根淳子は「俳誌『女性俳句』研究(四)」(「麟」77号)で、多佳子が「女性俳句」創刊に積極的に関わりながら、第二号からは不参加となった事実を明らかにしている。現在のジェンダー問題につながるような、女性へのなんらかの抑えつけを、多佳子は明確に意識せざるをえなかったのではないか。多佳子は従来言われてきた『紅絲』にみられる女の激しい情念の作家ちおしてよりも、女性性を突き詰めた先の、男女を超えて『命終』で展開される命や社会への慧眼と情想を具えた俳句作家として評価されるべきではないだろうか。  遺句となった〈雪はげし〉の句における〈書き遺すこと〉の包含する、無念さも含めた多様さ奥深さに、私たちは今あらためて思いを致したい。  とあった。他の連載に、高村幸治「一期一会 本づくりの中の出会い(35)/ドラマで描かれなかった小泉八雲」、中嶋鬼谷「楸邨俳句探訪(4)/楸邨と蟻」、野口明子「おいしいスケッチ80/鯰」、小村隆「西班牙雑観66/ガウディの遺産」、飯野きよ子「俳句貯金箱/野沢節子と火」、駒木根淳子「資料編 季刊『女性俳句』研究(十)」、野口あき子「俳人染谷佳之子をたどる旅④/三月」など。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    落椿天仰ぎつつ錆びゆけり        山下知津子    三月や蟬のから衣あづかる樹       飯野きよ子    虹色に地渋のひかり冬田面        駒木根淳子    初花や薄墨色の蘂の影           野口明子    いくつもの迷信を呑み大鯰        渡辺誠一郎    東京大空襲の日も沈丁花         染谷佳之子  ★閑話休題・・か...

林ひとみ「まくなぎと時間つぶしてゐたりけり」(第79回「ことごと句会」)・・

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 5月16日(土)は第79回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「足」。以下に一人一句を挙げておこう。    餓死未だ死語に非ずや春惜しむ       石原友夫    葉桜すでに足音になっている       杉本青三郎    籐椅子に祖父の凹み父の凹み        村上直樹     青時雨きょうのでじたるでどっくす     渡邉樹音   ⑤のボタンジャスミン香る赤い爪      杦森松一    海老の透く生春巻きの薄暑かな      春風亭昇吉    知りすぎてしまつた噴水の悲鳴       林ひとみ    陽炎のシンコペーションなる踊り      江良純雄    葱坊主揺れて見送る霊柩車         武藤 幹    すれきれし春光に晒す俺の足        照井三余   汝来るも汝去る時も絹ごころ        渡辺信子      卯月とは数多草木のいのちなり       金田一剛    継ぎ足しのたれは腐らず麦の秋       宮澤順子    象が飛び込む古池水音だれも聞いていまい  大井恒行  ★閑話休題・・各務麗至「此の世なぜ此処に私は日向ぼこ」(「詭激時代つうしん」24より)・・   「詭激時代つうしん」24(詭激時代社)、中に、句篇と合わせて「秋桜」という掌編が収められている。そして各務麗至「覚書にかえて……」には、 (前略) 扨——「秋桜」は、平成二十六年の作品で、息子の同級生が亡くなって、見返しに、  和宏くんへ  ありがとう 天国から愛をこめて  無論自筆署名入りで、双子のもう一人の「岳志くんへ」もその遺作集が届いて、  母が亡くなったり、知己麻生知子もすでに亡くなっていて、突然そんな衝撃的な言葉を見せられて、何が何でもその子らしい女の子が書きたくなったのだった。  白血病で、嘘のように早く逝ってしまったのだけは聞かされて知っていた。闘病生活の日常は妻佐代子を見ていたし、白血病との少しの知識は安土忠久(吹き硝子工芸作家 麻生知子の夫)さんからの無菌室から電話があったり、 (中略) 当時——「年老いた母親の話かと思ったら…‥、読後何か違和感がないではなかった:と、近隣のからそんな葉書が届いた。   そうもあるが、それでもその後、純文学誌『季刊文科』に掲載されて……、今回、老母の部分を妻佐代子にして新しく書き直し...

夏礼子「縦横の糸のほつれを風が縫う」(『夏礼子 柳句抄』)・・

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 『夏礼子 柳句抄』(詭激時代社/詭激時代セレクション袖珍新書・限定私家版)、巻末の「言葉の森へ」には、   子どものころからの方向音痴は、今更嘆いても仕方がないとして、いつも私は言葉に迷っている。  俳句や文章を書きながら、どうしたものかと心が立ち止まってしまう。書き出しの言葉も、「子供の頃」とした方がスッキリとする(最近は、「こども」や「ころ」と新聞や雑誌で表記されることが多くなっている)だろうかと考えたたりしてグズグズ悩む。  スマホで検索すれば何でもすぐに分かるらしい便利な時代に、ガラホの私は国語辞典が手放せない。 (中略)  また、五十四歳で完全失明した男性のモットーは、「子どもには夢を、若者には希望を、大人には生きがいを、お年寄りには人生の喜びを」で「、命ある限り何かに挑戦していきたいし、その心を大切にしようと思っている」と続けている。  その他にもゲーテの言葉に、「年を取るということはそれ自体が新しい仕事を始めるということなのだ」と。  まだまだ書ききれない出会いがあるけれど、言葉の樹海に迷い込まないように気をつけよう。  斯くて今日も、言葉の森へ朝から心を弾ませている。 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。   ヒヤヒヤも希望のうちと風に立つ       礼子   秘密めくマトリョーシカに騙される   今日のこと狂する朝の水を飲む   横文字にはぐらかされている不安   天災の無情よ人災は非情         ——平成24年~令和7年(205.1    .5)―—    夏礼子(なつ・れいこ)昭和24年、香川県生まれ。 ★島田章平「ふらここの真下銀河は創世記」(『島田章平遺稿句抄』)・・  『島田章平遺稿句抄』(詭激時代社/詭激時代セレクション袖珍新書・限定非売品)、巻末の各務麗至「悼文にかえて」には、   息が足りないこの世の息が風船玉    野﨑憲子  令和八年三月十四日も、島田さんの追悼もあっての袋回し句会で私が特選にした一番衝撃を受けた句だった。  この遺稿句集抄を纏めるにあたって、私はどうしてもこの句を献辞として掲げた一冊にしたかった。互選後に仰られた、河野裕子の忘れられない短歌で、——島田さんに重なってしまって、と……。先の急逝の連絡もで、そうでなくてもドォーンと来た。 ...

古田嘉彦「空中で静止する猫 冷凍でなく」(「SONUS」創刊号)・・

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 「SONUS」創刊号(編集・発行人 古田嘉彦)、ブログタイトルにした「 空中で静止する猫 冷凍でなく」 には、以下の「前書」が付されている(すべての句は前書付である)。 今の私の作品は今まで経験した眩暈、初めてのぞっとするようなおののきに達しているだろうか。答えは否だろうが、もしそれができたなら、私は全く理解できないことを語る者となり、無の中で、虚空の中で、語る者となることができるだろう。  「創刊の辞」には、  SONUSは音、響きを意味する語であるが、俳句の世界に新しい音を響かせるべく、ここに創刊する。  有季定型、あるいは定型ですぐれた作品が今後も生まれる可能性を否定するものではないが、SONUSがそれらに縛られることは無い。  願わくは全く自由な詩想の奔流、跳梁跋扈が現れんことを。  とあった。その他のエッセイに、ふるた「工房ノート Ⅲー1」、「永田耕衣の『狂』」。招待作家の作品は大谷清「抽象感覚俳句」。    かごめかごめ反物質の鶴に問わる        清    白地図が白薔薇の渦である結晶 ともあれ、以下に、「空中」から三、四の句を挙げておこう。   どうしたら「樹」を深めることができるか。雨に打たれることか。    線にまで細くなった杉燃えにくい             嘉彦   五時間には五時間の永遠、密室。もう語る必要はない。    君の首筋からはみ出している鸚鵡   キリストが弟子たちに言った「あなたがたはこの世に属していません」は、私にも語りかけられている。やめることができない私の「神への背き」に告げ知らされるあり得ない赦し、それもこの世には属していない。その恵みの中に深く沈んでいくのだ。    伝えたのに 鳥に固有の切り傷    「なぜ奪われるままになっていないのですか。」そうパウロに言われ、もう私の前にも後ろにも何も存在しないところに立つことになる。   河を発明したのに無音 見えない        撮影・芽夢野うのき「昭和さて花屋敷新世界時計草」↑

岡村知昭「今日四月一日昨日羽化ならず」(短詩型文学誌「連衆」105号)・・

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  短詩型文学誌「連衆」(連衆社)、俳人論に川島由紀子「阿波野青畝と現代俳句」、作家論に谷口愼也「総論『私の中の穴井太』(最終回)、川村蘭太「反復による反転とパラドックスー黒川智子試論ー」、竹本仰「谷口愼也と私の世界㉘」、俳句論の夏木久「ℚ俳句の迷走⑮」、エッセイに羽村美和子「挑む作品引き込む作品」、渤海游「余滴」など。ここでは、谷口愼也の「穴井太論」からを少し紹介しよう。  (前略) 句集名 (愚生注:『原郷樹林』) は、いわば私の俳句のおもむく地といった、漠たる ユートピアに過ぎない。原生林に入って行くと、雑多な木が思うがままに林立し、下草や腐葉土 には風倒木が横たわっている。その奥には泉が滾々と湧いていて、原郷感を湛えている。  右は穴井太が語る穴井俳句の総論であろう。極めて抽象的な物言いだが、穴井にとってこれは、自分の肌身感覚=具象的な思いであった筈だー「私」はたぶん素足で歩いているのであろう。そして、「原生林」とは目的ではなく、「私」の詩的志向はそのずっと奥にある「原郷感」(ユートピア)への「予感 (・・) 」である。 (中略)   あまたミサイル空の階段見失う   ススメススメ全山枯れて初明り     (中略)  そして最後の2句には、社会に絶えず即応して穴井太の感覚が見えてくる。穴井太は、その時々の時代を精いっぱい生きて来た作家であるー繰り返しになるが、その時代を生きつつ、その後に来る時代を予感し、より良き世界を志向し続けた作家であった。かつて私は、初期の『天籟通信』誌で、穴井太の精神を「健全だ」と評したことがあったが、今もその考えに変わりはない。   とあった。ともあれ、本誌より、いくつかの句を以下に挙げておこう。   吐く息をわすれてちぢむ冬銀河        森さかえ   さえずりの真ん中梯子垂れてくる      羽村美和子   顕 (た) つことも名前もなくて寒卵      加藤知子    戦争とマリファナのある裏ビデオ       墨海 游    笑い声なく笑う夫婦の凍てる手話       川村蘭太    余ってるなら余生下さい花吹雪        夏木 久     畏友秦夕美氏を思えば    貝やぐら冥府通信着くころか         小倉班女    パトカーもパズルのひとつ春の街       谷口愼也    スノーフレーク泣いている方が良...

田中陽「東京裁判聞くスイッチョの声も聞こえる」(「主流」No.656より)・・

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 「主流」No.656(主流社)、誌上講演に秋尾敏「俳句史の大道」、また「『主流』創刊80周年記念(誌上)俳句大会」には、投句者全員の各二句が掲載されている。講演のなかで、秋尾敏は、 (前略) まず強調しておきたいのは「俳句史の大道」は批評にあるのではなく、作品という実践にあるということです。 (中略)  口語俳句というテーマがなぜ重要かというと、私たちの書き言葉とは何なのかという現代日本語の根源的な問題に触れる問題だからです。  そもそも口語、つまり話し言葉を取り込んだ俳句は江戸時代からあって、鬼貫、惟然、一茶などの句が知られています。鳳朗などは、方言と思われる言葉も使っており、いわゆる文語文法の活用と違うものもあったわけです。 (中略)   改めて与えられたテーマ「」俳句史の大道」を考えてみると、形式化されて表現のエネルギーを失った書き言葉に、新たな時代の息吹を注ぎ込もうとする俳人たちの歩みと捉えることができるように思います。今の時代の自分の言葉、それが口語であるならば、口語俳句こそが俳句史の大道を歩んできたに違いありません。 (中略)   次への展開は次の世代に託すしかありません。私自身は、古くからの俳句の骨格に前衛、自由律、口語なそあらゆる手法を取り入れ、俳句の「俳」を「ポップ」と理解して、三十年作句してきました。今もそのスタンスは変わりません。古典を踏めている分、パロールとしての力は弱いと思っています。しかし、私は私の道を歩むしかありません。  とあった。ともあれ、誌上俳句大会の各選者の特選句のみなるが、以下に挙げておきたい。   変れない男が今日も日没を迎える      部屋慈音(金澤ひろあき特選)   一分を切った終末時計木の芽どき      山岸文明(安西篤特選)   共に歩んだんだ戦争しないと決めた八十年  金澤ひろあき(田中陽特選)    伏字から向日葵の種こぼれ落ちる      瀬戸優理子(飯田士朗・大井恒行特選)   ローマ字入力と決めて新年となる       岡村行雄(秋尾敏特選)  AIが背広姿で立っている          とくぐいち(羽村美和子特選)   この星の眠りを覚ます蕗の薹         長井 寛(前田弘特選)  軍靴知らぬ子等ザクザクと霜柱       田中由美子(萩山栄一特選) ★閑話休題・・永澤直子「酷暑の足音...

澤好摩「列車より新緑の山眺め棄て」(「円錐」第109号より)・・ 

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 「円錐」第109号(発行人 山田耕司)、本号は「発表 第十回 円錐新鋭作品賞」、選考・評は、赤羽根めぐみ「書き続けるという約束」、山田耕司「俳句でなければ辿り着けないところ」、今泉康弘「魂の救いとしての俳句を求めて」。新鋭作品賞は、 灰雪賞(赤羽根めぐみ推薦)   公共の場と言へるのだらうかじぶんひとりの公園は  植田遥大 白桃賞(山田耕司推薦)   流星に何かの許可や電話来る            田村転々 白泉賞(今泉康弘推薦)   ひとさじにほぐるる肉や春の泥          沼野大統領  その他、原雅子「書評『澤好摩俳句集成』/載らざる一句」、今泉康弘「神戸、流れてどうなるのー西東三鬼・『神戸』・『冬の桃』 第三回」、特集に「原田もと子『書きかけの葉書』」への論考が表健太郎「素晴らしき〈途中感覚〉」、紺乃ひつじ「誠実な抒情」など。  ともあれ、本誌より、他のいくつかの句を挙げておこう。    ジュラルミンケースに虹を持ちあるく        原田もと子    そのバスに乗れ戦場へ連れてゆく           味元昭次       朧 (おぼろ) より    木霊 (こだま)    言霊 (ことだま)    生魑魅 (いきすだま)               横山康夫    股肱ゆゑ暴力を愛することを誓ひます        摂氏華氏    駒鳥のこゑころくる上総山             丸喜久枝    戦前や恋や自裁や囀れる              風野 綾    ほらここならデイジーだらけ殴れよ今        山田耕司    春の昼取り壊される町工場            大川原弘樹    降りだしぬなほ雪でなく雨でなく          小林幹彦    馬車来来 (マーチョ ライライ) 呼ぶ声は母満州里  大和まな    砂浜のうすき足跡啄木忌              後藤秀治    神の火を盗みにいって帰らない           森下 菊    母の膝に猫を預けて雛納              土屋幸代    いいえ・これはマカロニの形をした悲劇です     立木 司      萩の葉はこがねに散りてもう何もかなしむことのなき秋の果て 大久保春乃    何の鳥だろう 私の手に眠る            今泉康弘    人に人差し指E.T....