各務麗至「 霊山墓地かういふ風に生きて死んで」(「詭激時代つうしん」30より)・・
「詭激時代つうしん」30(詭激時代社)、巻末「覚書にかえて……」には、 若い頃から、難しい理屈でなく、こうありたいと思う生きざまを主人公に託して書いて来たように思う。 (中略) 私小説私俳句と言えばそれはそうかも知れないが、何かそんなものとも違うような気がするが、人間として恥ずかしくないように、目の前の現実と闘っているだけ、 と、そういう諦念もないではなかった。まだまだ至り難く道遥かにして……、である。 とあった。本誌より、句をいくつか挙げておこう。 春の日はくやし涙は自責かな 麗至 昔々老いて矍鑠五月晴れ 林間涼風わたくしの日課なんですよ 百年を一括りとせむ原爆忌 木枯らし木枯らし死んで生きてやる ★・・夏礼子「鍋の湯が沸きすぎている憂国忌」(「詭激時代つうしん」31より)・・ 各務麗至「追記…」には、 令和八年「2026 かがわ文化芸術祭」参加誌、文芸「青い鳥」に寄稿した「秋桜」小説等部門で「香川県知事賞」を賜ることになった。因みに夏礼子は詩歌部門。 その内定進行電話が、佐代子の誕生日の七月二日に……、思い一入で、感謝。 と記されていた。 その「秋桜」の冒頭は、 万緑の山々に紅葉が目立つようになってきた。 今年七十三歳の妻だが、 この夏に二回目の脳梗塞や、透析など闘病生活四十数年で、初冬の現在腰椎圧迫骨折に多機能障碍で再入院していた。 そんな妻が、明るい目をして、 孫とも行ったりした不動の滝の桜のみごとさを嬉しそうに私に語るのである。 まさか……、 三途の堤の桜並木か、——ムヤミニキレイダッタので、来年も、と、サクラバカリミテイタだけが忘れられないらしい。 ――ソラバカリミテイタ。ソレデアカルクナレタ、 と同じような声を聞いた記憶があった。 とあり、末尾には、 病床の妻が、不動の滝の桜のはずが、——ハシノムコウニイッテ、ひかりにつつまれたと言った。そして、 何度もなんども、揺れる桜の花に感激したとのその話から、 コスモス、の、風に揺れるひかりの中のその人を思い出してしまった。妻もまた、ひかりの中に消えてなくなるのを知らされたのだろうか。……。死んで、死なれて残る私のことを心配させないように憂えていたのだろうか。 その人は、天のことわりに照応するように、地のふるまいを見せてくれた。 一周忌は、季...