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髙市宏「核燃料デブリ人新世の地層より」(『牡丹散華』)・・

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  髙市宏第一句集『牡丹散華』(コールサック社)、帯文は高野ムツオ、それには、   牡丹が最も美しいのはほころび始めでも盛りでもない。散ったあとの静寂の余韻にある。髙市宏という早熟の才能が求めてきたのも、その世界。福島の風土を愛し、福島の災禍を嘆く、朴訥一途な熱情が十七音の内外に満ち溢れている。  とあり、懇切な跋は、永瀬十悟「鎮魂と再生への祈り、未来へ」。その結び近くに、 (前略) 宏さんは近年、震災や原発事故を俳句に詠み続けている。あれから十五年、それは単なる個人の抒情にとどまらず、記録であり、鎮魂であり、再生への祈りである。最終句の「人新世」は、人類の活動が地球の地層に影響を及ぼすようになってしまった時代区分をいうが、福島原発事故の核燃料デブリが遠い未来の地層から発見されるというのは、決してありえない空想ではない。その想像力は、福島の原子炉から遥か未来への地球へと深まっていく。  現在宏さんは、俳句甲子園の活動にも興味を持たれ、地元で高校生若い人たちの育成にも尽力している。また俳句教室や句会で、後進の指導にも力を注いでいる。森川光郎先生によって育まれ、高野ムツオ先生によって広がりと深さを持った宏さんの俳句が今後どのような展開を見せるのか、私はこれからも注目していきたい。俳句の可能性を広げ、情熱を注いでいる宏さんの、鎮魂と再生への祈りの句集『牡丹散華』が、多くの人に読まれることを願っている。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、本集より、いくつかの句を挙げておきたい。    競り売りの促音便の息白し           宏    花嫁はひひな飾らず嫁ぎけり   青空を掻く背泳ぎの翼かな   佐保姫の裾の触れたる馬の耳   きさらぎや母へつながる紐があり   帰還困難区域全山桜咲く   無人駅花守となり待つといふ   綿虫のただよふ双葉駅の前   白鳥の色にほはせて帰る空   あうあうと赤子が呼んで魚は氷に   流れ出すときのためらひ草清水   星の声して千年の蓮ひらく   イエスさま踏まれて鎖骨折れまいか   海へ降る雪かなしけれ処理水も   風光る手話に右利き左利き   誰もさはれぬ燃料デブリからすうり   溶け堕ちしあの日の記憶牡丹散る   髙市宏(たかいち・ひろし) 1956年、福島県岩瀬郡岩瀬村(現須賀川市)生まれ。      撮影・中西ひろ美「ひ...

各務麗至「はるのかはいしくづれをりしづかなり」(「詭激じだいつうしん」19*栞版より)・・

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  「詭激時代つうしん」19・20(詭激時代つうしん発刊開始資料として その7)*栞版(詭激時代社)、巻頭の詩篇、 植岡康子「物語り抄 」より、   小宇宙 裏の山が 深呼吸でもするように 両手を広げて待っている 先祖の血二千四十六人分が合わさって この身に注がれる モウイイ  モウイイノダ ここをドイナカと呼びすてる人もいるが その声を背に追いやり見わたすと ここは 小宇宙 コレデイイノダ しばらく 時間を折りたたんで  以下には、「詭激時代つうしn」19から、各務麗至の句を、いくつか挙げておこう。    生きて夏まういいかいまういいよ        麗至     へいわてふゆうべんきべんあきのかぜ   ウクライナもガザも生きてゐるのに深秋   包丁や秋風一つで足る殺意   十五夜や地球があつて恙なし   ふゆのよはなみだまつすぐまつすぐに      *ここにゐたのに何処へ   セシウムも地球も人間春しだい   春の雪あなたと此処にゐたやううな        *不思議とは人間 地球 宇宙……   戦没の夏の不思議を生きてゐる      *それでも一歩づつ   人間でなく動物でなく金秋      *此処に生きて   ふゆのよのいのちてふをきたりけり      *附 新春   初日の出息はしづかに風になる   戦没は今もありけり去年今年   太陽風ならぬ地球風核の冬 ★閑話休題・・石川えりこ絵本原画展「ボタ山であそんだころ」(於:国立・ギャラリービブリオ)~2月24日(火)11時~19時まで・・    案内ハガキには、 「炭坑の町で暮らす「わたし」と隣席のけいこちゃん。二人の日常はある日のサイレンとヘリコプターの音によって切り裂かれます…。石川わえりこの鮮烈なデビュー作品『ボタ山であそんだころ』(2014)の原画と描き下ろし絵画を展示します」 とある。   撮影・鈴木純一「ゆきこんこゆかばゆきあふゆきこの忌」↑         悼・樋口由紀子 2026 年 2 月 11 日・享年73。

池田澄子「ひとりにはひろすぎきさらぎの岸辺」(「現代俳句」2月号)・・

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  WEB版『現代俳句』2月号(特別公開中・ 〈現俳ウェブ2月〉を検索・ 閲覧可)↑  「現代俳句」2月号(現代俳句協会)、第50回現代俳句講座「『昭和俳句百年 俳句はどこへ向かうのか』報告」を、杉美春「不易流行と口語表現」と題して記している。それには、  ニ〇ニ五年十一月二十四日(月・祝』 、ゆいの森あらかわ「ゆいの森ホール」にて開催され本講座は、『現代俳句』誌企画の『私が推す「現代俳句」五人五句/協会役員アンケート』の結果を踏まえ、さらに最近の評議員対象アンケート「三人三句選」(回答一〇九人)の結果を報告しつつ、俳句の現在地と未来を考えようという問題意識の下、活発な意見交換が行われた。  【第一部】  「現代俳句とは何なのか?見えてきた昭和俳句、見えなかった昭和俳句」をテーマに、柳生正名氏、筑紫磐井氏、神野紗希氏がそれぞれ見解を述べた。 (中略)  【第二部】 休憩を挟み、シンポジウムでは「俳句の将来はどなうなるのか?~口語俳句。AI俳句、この先二十年を考えてみる」をテーマに活発な論議が展開した。筑紫氏は戦前の口語俳句の例として、富安風生の〈街の雨鴬餅がもう出たか〉(「ホトトギス」昭和十二年六月号)と島田摩耶子の〈月見草開くところを見なかつた〉(「ホトトギス」昭和二十八年)の句を挙げた。どちらも虚子の句会に出され、虚子からとにかく面白い、自然にできていると誉められたという。いずれにしてれも口語俳句は新興俳句の専売特許ではなく、花鳥諷詠は独自の口語俳句を作り出していた。神野氏の上げた若い作家の口語俳句はホトトギスに近い。 (中略)    渾 煌めく犠   (磐井)  自解: 未来の予測理論として兜太の「俳句造型論」や山頭火の自由律が念頭にある。それにイタリア未来派の動向も興味深い。山口誓子や兜太もその影響を受けている。イタリア未来派は助詞と助動詞は切り捨て名詞と動詞だけで詩はできるとし、詩の型をぶちこわしている。これはAI俳句にはできない仕業だと思う。例句で言えば渾沌には沌がいらない、犠牲には牲もいらない。どんどん削ぎ落して残るものだけでイメージを作る、。これが未来の俳句だ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。   良夜かな独りになりに夫が逝く           渋川京子    命 (いのち) とは睡 (ねむ) るものか...

岩田奎「ラブブくる夜寒の船に一杯に」(「オルガン」42号)・・

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  「オルガン」42号(編集・宮本佳世乃/発行・鴇田智哉)、巻尾のエッセイ、宮本佳世乃「正六角形」に、  ニ〇一五年に「オルガン」を創刊してから、十年が経った。今回新しいメンバーとして岩田奎さんを迎え、六人となった。これから一緒に活動できることが、純粋に楽しみである。 (中略)    一身上の都合で、今年の九月に結社を退会した。句会の数は減ったが、。これからも自分らしい句を作っていきたい。  とあり、宮﨑莉々香「わたしは俳句が上手にできない」には、   わたしは俳句が上手にできない、下手な方だと自分で思う。  中学二年生の秋に、文章を組み立てる能力が上がるかもしれないし俳句をやってみたら、と国語の先生に言われて俳句をはじめた。 (中略)  二十三歳の頃に俳句を読むのも書くのも出来なくなった。十四歳の頃から俳句が好きでその時わたしが俳句だと思いたいものを俳句として書いていたけれど、わたしが俳句と思いたい俳句の眼鏡で世界を見ているのではないか、という疑問が出てきた。世界を本当の意味で見ることが出来ていないのではないか、という疑問。俳句と思いたい眼鏡は俳句という共同体の眼鏡でもあったように思う。 (中略) 絶望した。あの時から、わたしが俳句だと思いたいもlのは、俳句ではなくなってしまった。オルガンも円錐も退会し、東京に持ってきたダンボール箱数個分の俳句の本は全て大塚凱に渡した。大塚くんは莉々香が帰ってくるまで預かっておくよと言っていたが、そんな日は来るのかなと思った。 (中略)  今でも俳句なのか、俳句の集団なのか、絶望しながら俳句を続けている。けれどあの頃と違うのは、絶望しながら俳句を書いている、読んでいる、続けているという点かもしれない。大塚くんからは俳句の本が大量に返送されてきて、空き部屋の押し入れはぎゅうぎゅうになった。澤さんは亡くなってしまったけれどい、わたしの中には声が残っている気がする。  日常に疲れた時に自然を見て心が洗われる瞬間を俳句にするのではなく、ありのままの生活を、ありのままに見た世界を書き残したい。だけど、意味としての俳句や日記としてでなく、書き言葉としてだ。声・パロールの世界を出来事の俳句としての言葉(喃語俳句)で書き残したいと思う。それらをわたしは俳句と思いたい。(中略)そうとしか言いようがない言葉で書き続け、読み続けていたいのだ。だ...

井澤勝代「夫(つま)の席居てこその距離春あした」(「立川こぶし句会」)・・

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  2月13日(金)は「立川こぶし句会」(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    いさぎよい漢字のはねや椿落つ      伊藤康次    寒の夜道母児の声はC・M歌        大澤千里    節分会十人十色鬼棲めり         井澤勝代   街中の小さき神社や春日和        山蔭典子   高幡寺豆炒りの香と法螺の音と      和田信行   物忘れ何かが悪さ寒戻り         川村恵子   雪山と空を自在にトリノ五輪       髙橋桂子   新年会ハイタッチして別れけり      三橋米子   あやかしのいとまの春やしゃらくせえ   大井恒行  ★閑話休題・・霧島茉莉「つま先を海原へ向け吊り革につかまる僕を電車が運ぶ」(第37回「歌壇賞受賞作」より)・・  句会ののち、アルカディア市ヶ谷で行われていた、第40回俳壇賞・第37回歌壇賞授賞式に出掛けた。ちなみに、第40回「俳壇賞」は馬場公江「ゆらゆら」に、第37回「歌壇賞」は霧島茉莉「柔らかい襟」が受賞した。授賞式から引き続き、同所で行われた「俳壇・歌壇 懇親の集い」にも参加した。久しぶりに、歌人の小池光氏や久々湊盈子氏、小説家の塚本靑史氏などとも話ができた。もちろん、池田澄子さんなど俳人の多くの方とも歓談した。    春近し豆本めくるピンセット          馬場公江    忘れずにいたい死者らは海にいて潮風に小突く僕の頭蓋骨を   霧島茉莉          撮影・鈴木純一「初雪に線引いてみる嘉子の忌」↑                岡田嘉子   1992 年 2 月 10 日   没

大井恒行「ひゅるひゅるひゅうさまよい狂う日の水よ」(『WEP俳句年鑑 2026』より)・・

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 『WEP俳句年鑑 2026』(ウエップ)、エッセイ、論考の示唆に富むレベルにおいて、他の俳句年鑑類を越えている。いちいちを紹介できないので、直接、本年鑑に当られたい。 そのエッセイと論考の執筆陣を記しておくと、「 この一年のわたしの、わたしたちの俳句 」には、波戸岡旭、南うみを、井上弘美、稲畑廣太郎、酒井弘司、大井恒行、小島健、仲村青彦、仲寒蟬、松岡隆子、五島高資、宮崎斗士、田島健一。「 近ごろ思っていること 」には、角谷昌子「俳句の力を生かしたい」、筑紫磐井「現代連作論の繚乱」、岸本尚毅「『五空百句』」、井上康明「芭蕉遠近」、菅野孝夫「俳壇の二つの『大』問題」、林桂「夢見る俳人ー前田霧人『西瓜考』から考える」、川名大「昭和俳句の遺産の断絶・語りの陥穽」、渡辺誠一郎「戦地への慰問としての俳句ー『仙臺郷土句帖』ー」、坂口昌弘「俳句と評論は何の役にたっているのか」、柳生正名「〈たの〉はかくして生まれたの」、西池冬扇「俳句におけるモノの形状や構図~情感だけが俳句でない~」、福田若之「不易流行のこと――二冊の新刊句集から考える」、坪内稔典「勝手につくり生みだした~鳥本純平『朝顔の駅』~」。  ともあれ、以下には「自選七句」のなかから、愚生と同じ「豈」同人の句を挙げておこう。    裸婦像の重心は右冬に入る         飯田冬眞   ビー玉に虹を封じて擲弾兵         井口時男    征く勿かれ殺める勿かれ年新た       池田澄子    オオウミウマ乗るは弥勒の心映え      大井恒行   疾すぎる回転木馬多喜二の忌        川崎果連      寒卵   市に隠るる   擬卵かな                酒巻英一郎   乙姫の   澄まして   隠す   弾薬庫                  髙橋修宏   きちきちが飛び交ふ向かうきつと罠だ   高山れおな    せきれいが綺麗に飛んでパラドクス     筑紫磐井   原子炉の夜を太らせ蛇苺         羽村美和子   家族ってだいたい揃わない土筆       森須 蘭   ただ落ちてゐるのではない木の実踏むな   山﨑十生 撮影・芽夢野うのき「冬の日のときにうしろすがたのフーテンのとら」↑

妹尾健「いにしえは『ひ』音を『い』と読む冬ごもり」(「コスモス通信」第82号)・・

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 「コスモス通信」第82号(発行・妹尾健)、論考は「中川浩文『現代俳句表現考』についてーその現代俳句論をめぐって・続ー」、「鈴木六林男第三句集『第三突堤』に関する覚え書ー情況について④ー」、作品は「冬の日」66句。その中川浩文について、 (前略) 「今後にも成長を期る用字面の注意が細微にわたらねばならぬ」とするのである。そのためには「活字によって伝達される現代の俳句にも、ちょうど現代詩の人々が活字の一コマや空白、行割りに気を配ると同様な注意がなさるべきです。」と主張する。 (中略) ここまで読んでくると、私はここに伊丹三樹彦の三リ主義(リリシズム・抒情)・リアリズム(現実主義)・リゴリズム(厳粛性)を根本とし四主張「定型を活かす、現代語を働かす、季語を超える、分かち書きを施す」を実践するという第二次青玄の俳句現代派の理論的萌芽をよみとることができるとかんがえたいのである。伊丹三樹彦の主張にいちはやく注目しその理論化によって、その方向を支持した多くの人々の中に、中川浩文もそのひとりであったと思うからである。 (中略) 今となって中川浩文の主張を読んでいくと、彼の現代俳句表現考の中には、明日の俳句に向かっての革新的な思いと、来たるべき俳句(それは過去の趣味的俳句ではなく、明日の俳句の読者へむかっての可能性開拓の呼びかけ)への思いをうかがい知ることができるのである。それだけにそこに当時の私などは俳句の表現方法のみを強調する青玄主流との「落差」を感じたものである。現に当時私は中川浩文に、或る時、  「先生、吟行を計画しているのいですが」  と水をむけたことがある。すると  「妹尾君、ぼくは吟行で、いい俳句ができるとは思いません」  とにべもない返答があって、ポカンとしたことがある。吟行を拒絶するとは!という理解不能の場面に遭遇したのである。まさに俳句現代派中川浩文の面目躍如ともいえる発言であったのだ。   とあった。ともあれ、以下に、本紙本号から、いくつかの句を挙げておこう。   地下足袋凍る徹夜の君ら会えば笑む       鈴木六林男   ボスに対う意志の黒靴足裏濡れ           〃      冬ざれて主人公のみ生き延びる          妹尾 健   怒りにもつもるものあり十二月   咳き込んでさてもむつかし国語論    咳ばかりして会議にはくわわらず...