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右城暮石「缶ビールさがしに車逆行す」(月刊俳座「一(ichi)」初号より)・・

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  月刊俳座「一(ichi)」2026年9月初号(発行・一俳句会/発売・邑書林)、特別寄稿に佐藤文香「笑える俳句 右城暮石を中心に」(第33回右城暮石顕彰吉野川全国俳句大会記念講演)、連載に叶裕「[無頼の旅]第一回/歌は世につれ 演歌者・添田啞蟬坊」、大久保樹「湖北の暮らし 其の一/稲架と稲藁を想う」、平城墨下「植物の季語徒然散歩」等。  巻頭に、隠居・谷口智行「ご挨拶ー俳座「一創刊によせて」、編方・中山奈々「はじまりはじまり」、厨方・黄土眠兎「火を絶やさずに」、座主・島田牙城「ひと言——月刊俳座「一」創刊に際して」には、   ここに作品提出三十四人の座衆が集ひ、月刊俳座「一」を創刊する。  僕等の座は常に圓座である。よって上座も下座もない。誰もに皆の顔が見えてゐる座だ。 (中略) 僕は「俳句は下手でいい」と言つてゐる。儂が下手なのだから仕方がない。しかし、俳を生きるとする心は揺るぎない。一つだけ言うておくと、俳句について他者の観感を否定せぬことだ。俳句の間口は広くその奥は沃野である。自らの観感など未だ狭く痩せてをるといふ覚悟は大切だ。  さて、先づは躙口が開いた。出口はなと知つて、遊ばれよ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの作品を挙げておこう。    返信はもう来ないはず栗の花      大久保樹    木耳を売る安皿のセーラームーン     叶 裕    獄庭の木の実は誰の落し物      かりんとう    飛石の乾き残れる半夏生        黄土眠兎    柳絮吹き溜まりてやいのやいの     島田牙城    にんげんはうようよ動物園の団扇    瀬戸正洋    朽舟の朽を尽くして蛇苺        谷口智行    ぶよぶよと団地の墓所に登山口     茶屋七軒    丘の木に吊るすタイヤや大夕焼     中山奈々    畑にゐて互ひに交はす雹見舞      柳堀悦子    梅雨の夜半あまさず屋敷神磨く     歌代美遥    青草や蹴球足を蹴りてをる       大文字良           撮影・鈴木純一「明けやすし時も姿も丸暗記」↑           8 月 17 日   木田元   没   ( 1928 ~ 2014 )哲学者

村上喜代子「燕去月みづの行方を少し追ふ」(『刻印』)・・

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 村上喜代子第六句集『刻印』(本阿弥書店)、帯には、   俳句は心の日記であり刻印である  その時その時の出来事や心情が、生きた証が、句を読み返すとありありと甦ります。——  林火抒情を継承、師の歌枕を追って旅を重ね、日々の「生きた証」を刻印し続ける著者。昭和百年、戦後は八十年という大きな節目に送りだす第六句集  とあり、また、著者「あとがき」には、   醍醐句集『軌道』上梓後、主宰する「いには俳句会」は創刊十五周年、さらに二十周年の記念祝賀会を行い、昨年の令和七年五月、二百号記念号を発刊することができました。その間、コロナ危機等もありましたが、順調に回を重ねることができましたことを感謝したいと思います。昨年は、昭和百年、戦後八十年という大きな区切りでもありました。ここで自祝の心込めて、第六句集を上梓することと致しました。 (中略)   句集名『刻印』は〈原爆ドーム灼けてあの日を刻印す〉からの命名ですが、俳句は来し方の心の日記であるとの思いからでもあります。その時、その時の出来事や心情、生きた証が、句を読み返すとありありと甦ります。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    戀の字をばらならにして囀れり        喜代子    妙法蓮華経南無南無種茄子   走つてもいい歩いてもいい夏野   はつゆきのにほへるいにはこほりかな   師には無き傘寿なりけり明易し   直情は長州の血よ竜の玉   耳遠き傘寿八人うららけし   晶子忌や詠みて吐き出す気のふさぎ   慰霊の日英語日本語沖縄語      会の主要な行事に晴れること多し。これを「いには晴れ」という。   色鳥のにぎにぎしくていには晴   聖夜乾杯被団協会平和賞   一本の冬木に日裏日の面   清明の野にみづ車かざ車      化石句碑「松虫草今生や師と吹かれゆく」   緑蔭に鉄之介筆化石句碑   白玉や老いてしみじみ母の老   虫時雨遠き戦火に慣れもして   立冬や山の後ろに山があり   一本に千のまぼろし里桜  村上喜代子(むらかみ・きよこ) 1943年、山口県下関市生まれ。 ★閑話休題‥没後50年「髙島野十郎展」(於:渋谷区立松濤美術館~9月6日・日まで)・・ [ 芸術は深さ (・・) とか強さ (・・) とかを取るべきではない、「諦」である ↑  ...

中本真人「虫干の佐渡に残れる流人の書」(『越佐』)・・

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 中本真人第2句集『越佐』(ふらんす堂)、その「あとがき」に、   本書は、第一句集『庭燎』に続く私の第二句集である。東北地方太平洋沖地震の平成二十三年から、長女が誕生した平成三十年までの八年間の作品を収めた。それ以降は、元号が平成から令和に改まり、現在に至る育児中心の生活となることから、次の機会に譲ることにした。  越後国と佐渡国を合わせた呼称である「越佐 (えつさ) という書名には、この地に対する挨拶と感謝の意を込めている。越後・佐渡の豊かなる自然、人々のあたたかなつながり、厳しく長い冬、そして我が子の誕生――すべてが俳句の源となっている。丁寧に対象をみつめることで、花鳥諷詠、客観写生という俳句の詩的可能性を、少しでも広げていきたい。   とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    風邪気味の夢に嫌ひな奴に会ふ         真人    金泥の寝釈迦の金の箱枕   かんばせに老若のなき菊人形   不発弾処理の無人の五月闇   知事映るテレビ会議も震災忌   新潟のひねもす晴れぬ冬来たる   遅れ来てメーデーの旗持たさるる   すぐ水となる除湿剤梅雨に入る   売り言葉買い言葉とも息白く   日差し濃きまま吹雪となり始む   学生の自殺一件冬休   落第の子に退学の判を押す   春眠の誤答に○をしてしまふ      中本真人(なかもと・まさと) 1981年、奈良県北葛城郡(現・葛城市)生まれ。 ★閑話休題・・山内将史「蜩や皿にのる血の美しき」(「山猫便り・2026年8月11日」)・・  「山猫便り」は、山内将史の葉書通信。それには、     影法師連れてあつまる月の海    吉田汀史『一切』  平凡な風景なのに。擬人法と俳句の短さゆえの省略によって、不思議な幻想のように見えてくる。影法師は生きているような、「あつまる」のは人ではなく「月の海」はこの世ではないような、    母たちに簡単服の夏ありし      髙橋睦郎『十年』  髙橋睦郎にとって季語はエロスなのだろう。一年ごとに彼方からやってきて、ひととき心をそそのかし、また遠くへ去ってゆく。   とあった。    撮影・芽夢野うのき「みはるかすすすきかるかやみはるかす」↑

福田鬼晶「墓標みつしりハ月といふ荒野」(『クマムシ』)・・

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 福田鬼晶第二句集『クマムシ』(ふらんす堂)、その「無常迅速——あとがきに代えて」には、    無常迅速小津安二郎墓所冬日  ——小津さんの作品が好きで、殆どを観たと思う。  銀座の小料理屋やバーがよく出てきた。その銀座にあった父の行きつけの「卯波」は跡形もなく、父に紹介され二言三言交わした真砂女もとうに亡くなった。「おばはん逝ったか」と呟いた父も既に亡い。母も数年前に逝った。  故郷、防府も記憶の中では遥かに遠い。あの明るくちょっと空虚な瀬戸内の日差しは彼の世のことのようだ。まさに無常迅速。  第一句集を縁あって八年前に纏めさせてもらったが、その後の日々も飛ぶように過ぎた。その中で心の中に泡 (あぶく) のように浮いてきた言葉を、何とか紡いできた。その泡が瞬時でも「詩」となって立ち現れているようにと念じて。  とあった。集名に因む句は、    クマムシを飼ふゆめ春の曙に       鬼晶  であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    淡雪のうしろの闇を訪ねむか     悼 つげ義春    陽炎の中で石売る男かな    うりずんの潮しづもる大和の忌   吊虻の虚空の昼を騒つかす   わたくしはわたくしに棲み青葉騒   わたくしにわたくしをらず夏怒濤   黒旗忌夜のいわし雲全天に            大杉栄・伊藤野枝虐殺   桃の世をマントの中也とびまはる   虫の闇絶ゆることなき難民史   利行忌の秋の時雨となりにけり               画家・長谷川利行   けふの日をけふ照り返し石蕗の花   その日より影絵の国や開戦日   鬼やらひやらはで鬼と暮らむか   福田鬼晶(ふくだ・きしょう) 1950年、山口県防府市生まれ。 ★閑話休題・・夏石番矢「人々あっさり騙されあっさり死んでゆく」(「祈り展」より)・・                  夏石番矢氏の色紙↑   先日、「祈り展」(於:ーSTAGEー1)の最終日、8月15日(土)、ぎりぎりに駆け込んだ。展示参加者は、  穐山昭二・石井ルイ・梅川紀美子・エディ上枝・尾川和・木島隆夫・黒澤淳一・澤田重人・鹿田五十鈴・相馬亮・田島靖浩・田中晴久・種村国夫・夏石番矢・Noliko・和叶。  であるが、愚生の知人は夏石番矢のみ。以下に彼の色紙の句を挙げておこう。  ...

今村俊三「地につばさ与ふるごとく水打てり」(「jaja 「bibi」第1号より)・・

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 「jaja bibi(ジャジャ ビビ)」第一号(短詩型ユニット jaja bibi)、挟み込まれた便りに、   このたび私たちは、久しぶりに活動の拠点をつくりました。jaja bibi。  聞き慣れない音かもしれませんが、2つの母音を入れ替えると、誰でも知っている音になります。  長い間、ことばによる表現を実践してきました。それは森のなかの佇みにいるような時間でした。いま私たちにできることは、ことばの響きに宿る意味を伝えること、いまを生きている人たちと、響きの中でことばを交わしたいと思います。  ユニット。それは、形式でも制度でもなく、いわば関係のかたち。年2回というゆったりとしたペースで、多くの方々と時間、空間を共有しながら、短詩型のありようを考えていきたい、そんな思いをもって、小さな雑誌を創刊します。  とあった。エッセイに、吉野裕之「臍(ほぞ)の緒のごと――今村俊三句集『立歩』を読む」、髙橋みずほ「合図する言葉1——浜田到作品『薔薇失神』」。ともあれ、本誌より、いくつかの作品をあげておこう。   せかいにはたくさんのひと、たくさんのこと 雨が降ったら消えてしまうが   裕之    Iさんが  死ぬなんて思わなかったからぼくはそのままそこを離れていった  いろくずを食うかと聞かれ迷いたり時間がないと応えようとす  人の歩幅なんてわからない朝のつめたき透明道路              みずほ  風にふかれたたたずみに鷲 やさしき風の羽となるまで  てのひらににぎる風をひらけば藍の庭のなかなるひとり  茎立や答へみつからないままに         裕之  島人といふ響きから万緑す   蠅叩きこの使ひ方正しいか ★閑話休題・・津髙里永子「母のこゑなき白濁の金魚玉」(「~ちょっと立ちどまって~2026.7~」)・・  「~ちょっと立ちどまって~」は、津髙里永子と森澤程の二人の葉書通信。   蒲の穂や無垢の柱として火照る      森澤 程     撮影・芽夢野うのき「人の死は四年ひまわりは淋しき花か」↑

季川詩音「歴史書に書かれぬ父の戦利品」(「Aii(アリ)」第2号より)・・

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 「Ali(アリ)」第2号(Ali)、「編集後記」に、   「Ali(アリ)」はイタリア語で「翼」の意味。そんな小さな翼の二号をお届けします。  創刊号の編集後記には「飛翔」という言葉がありました。あれから一年。こうして四人で二号をお届けできることを、まずは素直に嬉しく思っています。この一年は思いがけない出逢いに満ちた時期でした。創刊号が「飛翔」なら二号は「出逢い」かもしれません。  今号では北大俳句会「えぞりす」有志による機関誌「旗手」を読み、座談会を行いました。 (中略) 若い世代の俳句への情熱に触れ、刺激を受けたことも今号の大きな収穫でした。  また、この一年のご報告としてメンバーである坂本眞紅が「第26回中北海道現代俳句賞」を受賞するという嬉しい知らせもありました。今号には受賞作『足りている』も収録いたしました。合わせてお楽しみいただければ幸いです。  とあった。「Ali」は、その創刊号に、   同人誌「ペガサス」で出会った北海道在住の四名が、新たな時空へ自らの俳句を羽搏かせようと結成したユニットです。 とある。ともあれ、本誌本号と同送された創刊号から、いくつかの句を挙げておこう。    優しさの定義分解したら秋        木下小町    冬の月竜宮城は何処ですか         〃    しりとりのけりつけにけり夏みかん    坂本眞紅    冷蔵庫上段奥のスラム街          〃    奥深く吐くわたくしの母語は雪     瀬戸優理子    逆転を狙える手札蛇苺           〃    片虹や胎内に子の戻せたら        高畠葉子    満月や本解にない母の声          〃 ★閑話休題・・和田信行「松の傷撫でる皺の手敗戦日」(「立川こぶし句会」)・・  8月14日(金)は、立川こぶし句会(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    語り部の被曝アオギリ松葉杖         川村恵子    「ちゃん」と「くん」飛び交い夏のクラス会   三橋米子    慰霊の日あれは私と震える少女 (こ)     和田信行    アルプスを抉じあくリニア通させぬ      井澤勝代    八十一年朝から騒ぐ蝉の声          高橋桂子    五色沼泳いだ記憶雲の峰           伊藤康次...

堺谷真人「夏茶碗宇宙はいつも右回り」(「つぐみ」No.230/8月号)・・

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 「つぐみ」No.230・8月号(編集発行 つはこ江津)、本号の「俳句交流」は、堺谷真人「現在地」、その小文には、  短編小説を書いた。「算術の少年」と題し、去る7月六日、関西現代俳句協会のホームページに公開。小林恭二氏の小説『三鬼』出版に因んで特集を組むに当たり、シンガポール時代の三鬼をモデルにした拙作を載せて頂いたのだ。平素、俳句といふ極致の世界に跼蹐呻吟してゐる反動ででもあらうか、まるで籠から放たれた非力な小鳥のやうに私の筆はふらふらと南洋の陽射しの中を飛び回った。作中には明記してゐないが、舞台は昭和三年(一九二八)。時代の空気を感じ乍ら書きたかったので、表記はすべて旧かなで通した。迷子の小鳥はまだ帰つて来ない。今は三鬼と同時代の祖父の青年期を小説に書いてゐる。  とあった。他に注目したのは、同じ「豈」同人の打田峨者ん「『つぐみ』鑑賞(6月号より)」と伍宇「——突然 降ッテキタ 未知ヘノ 彷徨/加藤閑句集『四季』」、その二例を以下に、 山独活に似た舟に寝て死に向かふ  “ウドの大木“なんて 言わないで/やわらかくて あったかいのよ  そのふねにのり うつらうつらゆめ ゆらぎ      (安楽椅子/一瞬/解脱/恍惚/空) 伍宇    末枯れのオルガン今は野にありし  多くの繊細孤児が現出した日本/立派に成長し 世界の 先頭にたった    あの苦しみ 哀しみ 怒りを 発条(バネ)にして      (手風琴=父なし児=風ノススキ原)    つはこ江津「 追悼 森田緑郎さん/「ありがとうございました」 )も印象に残った。本年4月17日死去、享年93だったという。愚生が初めて森田緑郎にお会いしたのは、30年ほど前だろうか、渋谷の鬼婆こと多賀芳子宅だった。ご冥福を祈る。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    一握の十薬に日の燦々と          堺谷真人    風の有無にさてもさてもえのころ草     天空海士   万緑や影だけ残す人の形         夏目るんり    青鬼灯シュプレヒコール横切る      ののいさむ    大縄跳び息を揃えて夏に入る        蓮沼明子    桑の実食べたふふっ思い出も        平田 薫   さそり座にオクラ並べる星まつり      宮本英司   梅雨明けに花を植えよう妻の声       ...