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今村俊三「地につばさ与ふるごとく水打てり」(「jaja 「bibi」第1号より)・・

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 「jaja bibi(ジャジャ ビビ)」第一号(短詩型ユニット jaja bibi)、挟み込まれた便りに、   このたび私たちは、久しぶりに活動の拠点をつくりました。jaja bibi。  聞き慣れない音かもしれませんが、2つの母音を入れ替えると、誰でも知っている音になります。  長い間、ことばによる表現を実践してきました。それは森のなかの佇みにいるような時間でした。いま私たちにできることは、ことばの響きに宿る意味を伝えること、いまを生きている人たちと、響きの中でことばを交わしたいと思います。  ユニット。それは、形式でも制度でもなく、いわば関係のかたち。年2回というゆったりとしたペースで、多くの方々と時間、空間を共有しながら、短詩型のありようを考えていきたい、そんな思いをもって、小さな雑誌を創刊します。  とあった。エッセイに、吉野裕之「臍(ほぞ)の緒のごと――今村俊三句集『立歩』を読む」、髙橋みずほ「合図する言葉1——浜田到作品『薔薇失神』」。ともあれ、本誌より、いくつかの作品をあげておこう。   せかいにはたくさんのひと、たくさんのこと 雨が降ったら消えてしまうが   裕之    Iさんが  死ぬなんて思わなかったからぼくはそのままそこを離れていった  いろくずを食うかと聞かれ迷いたり時間がないと応えようとす  人の歩幅なんてわからない朝のつめたき透明道路              みずほ  風にふかれたたたずみに鷲 やさしき風の羽となるまで  てのひらににぎる風をひらけば藍の庭のなかなるひとり  茎立や答へみつからないままに         裕之  島人といふ響きから万緑す   蠅叩きこの使ひ方正しいか ★閑話休題・・津髙里永子「母のこゑなき白濁の金魚玉」(「~ちょっと立ちどまって~2026.7~」)・・  「~ちょっと立ちどまって~」は、津髙里永子と森澤程の二人の葉書通信。   蒲の穂や無垢の柱として火照る      森澤 程     撮影・芽夢野うのき「人の死は四年ひまわりは淋しき花か」↑

季川詩音「歴史書に書かれぬ父の戦利品」(「Aii(アリ)」第2号より)・・

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 「Ali(アリ)」第2号(Ali)、「編集後記」に、   「Ali(アリ)」はイタリア語で「翼」の意味。そんな小さな翼の二号をお届けします。  創刊号の編集後記には「飛翔」という言葉がありました。あれから一年。こうして四人で二号をお届けできることを、まずは素直に嬉しく思っています。この一年は思いがけない出逢いに満ちた時期でした。創刊号が「飛翔」なら二号は「出逢い」かもしれません。  今号では北大俳句会「えぞりす」有志による機関誌「旗手」を読み、座談会を行いました。 (中略) 若い世代の俳句への情熱に触れ、刺激を受けたことも今号の大きな収穫でした。  また、この一年のご報告としてメンバーである坂本眞紅が「第26回中北海道現代俳句賞」を受賞するという嬉しい知らせもありました。今号には受賞作『足りている』も収録いたしました。合わせてお楽しみいただければ幸いです。  とあった。「Ali」は、その創刊号に、   同人誌「ペガサス」で出会った北海道在住の四名が、新たな時空へ自らの俳句を羽搏かせようと結成したユニットです。 とある。ともあれ、本誌本号と同送された創刊号から、いくつかの句を挙げておこう。    優しさの定義分解したら秋        木下小町    冬の月竜宮城は何処ですか         〃    しりとりのけりつけにけり夏みかん    坂本眞紅    冷蔵庫上段奥のスラム街          〃    奥深く吐くわたくしの母語は雪     瀬戸優理子    逆転を狙える手札蛇苺           〃    片虹や胎内に子の戻せたら        高畠葉子    満月や本解にない母の声          〃 ★閑話休題・・和田信行「松の傷撫でる皺の手敗戦日」(「立川こぶし句会」)・・  8月14日(金)は、立川こぶし句会(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    語り部の被曝アオギリ松葉杖         川村恵子    「ちゃん」と「くん」飛び交い夏のクラス会   三橋米子    慰霊の日あれは私と震える少女 (こ)     和田信行    アルプスを抉じあくリニア通させぬ      井澤勝代    八十一年朝から騒ぐ蝉の声          高橋桂子    五色沼泳いだ記憶雲の峰           伊藤康次...

堺谷真人「夏茶碗宇宙はいつも右回り」(「つぐみ」No.230/8月号)・・

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 「つぐみ」No.230・8月号(編集発行 つはこ江津)、本号の「俳句交流」は、堺谷真人「現在地」、その小文には、  短編小説を書いた。「算術の少年」と題し、去る7月六日、関西現代俳句協会のホームページに公開。小林恭二氏の小説『三鬼』出版に因んで特集を組むに当たり、シンガポール時代の三鬼をモデルにした拙作を載せて頂いたのだ。平素、俳句といふ極致の世界に跼蹐呻吟してゐる反動ででもあらうか、まるで籠から放たれた非力な小鳥のやうに私の筆はふらふらと南洋の陽射しの中を飛び回った。作中には明記してゐないが、舞台は昭和三年(一九二八)。時代の空気を感じ乍ら書きたかったので、表記はすべて旧かなで通した。迷子の小鳥はまだ帰つて来ない。今は三鬼と同時代の祖父の青年期を小説に書いてゐる。  とあった。他に注目したのは、同じ「豈」同人の打田峨者ん「『つぐみ』鑑賞(6月号より)」と伍宇「——突然 降ッテキタ 未知ヘノ 彷徨/加藤閑句集『四季』」、その二例を以下に、 山独活に似た舟に寝て死に向かふ  “ウドの大木“なんて 言わないで/やわらかくて あったかいのよ  そのふねにのり うつらうつらゆめ ゆらぎ      (安楽椅子/一瞬/解脱/恍惚/空) 伍宇    末枯れのオルガン今は野にありし  多くの繊細孤児が現出した日本/立派に成長し 世界の 先頭にたった    あの苦しみ 哀しみ 怒りを 発条(バネ)にして      (手風琴=父なし児=風ノススキ原)    つはこ江津「 追悼 森田緑郎さん/「ありがとうございました」 )も印象に残った。本年4月17日死去、享年93だったという。愚生が初めて森田緑郎にお会いしたのは、30年ほど前だろうか、渋谷の鬼婆こと多賀芳子宅だった。ご冥福を祈る。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    一握の十薬に日の燦々と          堺谷真人    風の有無にさてもさてもえのころ草     天空海士   万緑や影だけ残す人の形         夏目るんり    青鬼灯シュプレヒコール横切る      ののいさむ    大縄跳び息を揃えて夏に入る        蓮沼明子    桑の実食べたふふっ思い出も        平田 薫   さそり座にオクラ並べる星まつり      宮本英司   梅雨明けに花を植えよう妻の声       ...

有賀眞澄「人魚魚人心中銀河さかしまに」(『虹のはふり』)・・・

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 有賀眞澄『虹のはふり』(虹蜺舎)、「後書」には、   我が定型文芸の目覚めは、秘技的志向の垂直旅行から単車の旅へと水平的可能性に踏み出す放下の自在にあった。ヰタ・マキニカリスの発動は雨風や虹をかむかふ羇旅の作に連結するのだが、旅を素材にするのではなく度に拠ってする時空の超脱による。切符を切らずに風を切るのだ。そして漂泊は漂流物との親和力と繋がり、タブローもアッサンブラージュへと転位して行くのだが、物語は全て斜めに切り   裂かれる。また断片は流れることに拠って生き返り、またよみがへる。切っても切られても墨流しの中からたち顕はれる。うつろで寄しきものに出会ふため、此処までを来てまた此処からを行く。自分が引き摺り出してきたものとの戯れを焙り出すと、たとへばブラザーズ・クエイの地下世界の光の重力に晒される。新作砂時計サナトリウム「(ブルーノシュルツ)へのオマージュ句一句を集中に挿し入れ、かつてガニメデ誌(二〇〇〇年・十八号)のクエイに献じた五十句連作の道行に我が月下跛行の旅を繋げてみむとす。  とあった。句画集とでもいえばよいか、本集より、いささかの句を以下に、愚生の恣意ながら挙げておきたい。    枯れ山の土の匂ひになりにゆく        眞澄    雪に吊られてをみなは水に戻れない   恋猫やゆ文字は文字のよぼろくぼ   はんげしやう劇中劇の紙吹雪   そこもとのそこをはらへばほうせんくわ   ひしひしと悲歌はひめもす身はミモザ   ひるがほや眼をつむらずにする手淫      有賀眞澄(あるが・ますみ) 1950年、長野県諏訪市生まれ。    ★・・H to H  from here to hirata 2026年9月14日(月)~9月19日(土)/月~金・12:00~19:00/土・12:00~17:00(於:K’s Gallery RoomA/ B)・・   有賀眞澄・五十嵐久美子・池田学・石原智是・岡本たかし・小山雅子・佐々木浩樹・醍醐イサム・竹内敏江・辻忍・露口実・西牧喜文・森美千代・柳田祐希・吉川千里・依田元明  K’s Gallery  中央区日本橋久松町4-6 杉山ビル4F 03-5159-0809          撮影・芽夢野うのき「ひぐらしや痛みは孤独だと気づく」↑

山下知津子「まつさきに火とならむ髪洗ひをり」(『一隅』)・・

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  山下知津子第三句集『一隅』(ふらんす堂)、「あとがき」には、  『一隅』は『文七』『髪膚』につぐ私の第三句集です。  二〇〇五年以降の四〇四句を収めたこの句集を出すことができたのは、ひとえに私の背中を強く押してくれた「麟」の仲間のおかげです。(中略)  「麟」の仲間、そしてふらんす堂の皆様に深く感謝申し上げます。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。   鶏頭に佇ちぬ鶏頭よりかろく        知津子     八月四日 青山葬儀所 小田実氏告別式    柩見送りデモ動き出す蟬しぐれ   刑務所刊合同句集寒昴   十万年後のきれいな空気黄水仙       染谷佳之子さん『橋懸り』上梓   臘 梅にうるみふくらむ天地かな      母逝く   明日ありと眠りて覚めず白障子   福は内内なる鬼を飼殺し      駒木根淳子さん星野立子賞受賞   差し交はす好文木の紅と白   澄む水の濁りひとすぢ太りゆく   ダリア立つあなたにはまだ剪れざると   青蜥蜴イエスはいつも震へゐし   アフガンの銀河の下の蛇籠かな   冬の日やもう動かざる猫を拭く   開戦終戦男が決めて冴返る   小暗さの沖や冬虹散りしきる      悼 黒田杏子先生     〈花に紛れ闇に紛れ我に逢はむ 黒田杏子〉ありて   花に紛れ己に逢ひにゆかれけり     伊東柱 (ユドンジュ) の忌や北天に梅真白   白といふ重き椿のありにけり   裸木に裸木の影差しゐたる   戦後百年ありや白花曼珠沙華     山下知津子(やました・ちづこ) 1950年、神奈川県生まれ。   撮影・鈴木純一「上海も広東と南京から東京にヨコハマの薔薇を召しませ」↑         8 月 13 日   上原げんと   没   ( 1914 から 1965 )作曲家

三輪初子「平和と書くは易し薔薇は難し」(「わわわ」第10号記念号)・・

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 「わわわ」第10号記念号(発行人 三輪初子/編集 三輪初子・豊田すずめ・象ぞう造)。その「編集後記」に、  年一回の刊行誌『わわわ』が10号の晴れ姿を披露できたのは、大きな意義を持つ。  発足者豊田すずめ氏の引き合わせで、アーチスト同志句会が結成。「生きる語らい」の句座から生まれた自詠句と各芸術品の展示会を句誌と共に続けた十年間は「宝」である。  時代の変化伴に世の愁いに大いに怒って笑ってきた十四年間は、充実した余生を導くだろう。関係各位の御支援御厚情に深く感謝を申し上げます。世界の平和を心底願う。  とあった。以下に本誌よりいくつかの句を挙げておこう。    太陽に向かひ裸になる木々よ          三輪初子    戦争は無くなりました四月馬鹿        豊田すずめ    枯尾花わたしの夢は死ぬことよ        岩石むそむ    介護者の「もう春ですね」夫の笑む      小野田信子    走り書き解読不能のまま日永         五木田心華    スキップの上手く踏めない草若葉        小林 繭   刺身さえわびさび気取り春の果         象ぞう造    梅月夜逝く後先の譲り合ふ          滝沢ひとし    フリル振るフラメンコたる鶏頭花        中嶋月草    秋澄むや追ひ越されても一歩ずつ        西田遊々    煤払ひ真似て振りたる小さき手        野村くじら    徒然なるままに新米来たりけり         浜野桂子    人はふと上を向くもの短き日       森田ふらみんご    春月やだいだらぼつちあくびせり        山﨑猿屋   冬日向陽だまりを追ふ植木鉢         須崎ひつじ ★閑話休題‥小川幸子「 宿六のああ、うん、いいや、異 (こと) も無し 」(第4回「多摩塾句会」)・・  8月10日(月)は、第4回「多摩塾句会」(於:府中市市民活動センタープラッツ)だった。兼題は「宿」。以下に一人一句を挙げておこう。    せせらぎに湯の音混じる夏の宿        富山 勉    盆提灯ゆれて今年も生きている        篠木裕子    神宿る祭りは果てぬあさぼらけ        小川幸子    フェンスに絡まる我は零余子の輪廻故    早川ひろ美    心天シュルリ午後の...

福本弘明「頬かぶりのままで私としたことが」(「新・黎明俳壇」第17号より)・・

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                「新・黎明俳壇」第17号(黎明書房)、特集は「気鋭の俳人10人が鑑賞!/橋本多佳子の名句20句を読む」。気鋭の執筆陣は、川島由紀子、横山香代子、杉山久子、植田かつじ、かわばたけんぢ、星野早苗、水木ユヤ、川崎果連、なつはづき、若林哲哉。扉には、 (前略) 今回は、多佳子俳句に造詣の深い松永みよこ氏に、「多佳子の求めるビ」の観点から20句を選んでいただきました。  そして、松永氏には、次頁で「橋本多佳子 吾の美にたどりつくまで」をお書きいただきました。/ご一読ください。/(武馬久仁裕)  とあった。執筆陣の中では、川崎果連が多佳子の2句「 乳母車夏の怒濤のよこむきに 」「 いなびかり北よりすれば北を見る 」について、 (前略) 俳句に限らず、人間が生み出す「作品」に「たくみ」がないわけはないので、それがみえるかどうかを問題視することには賛同するが、この2句にかぎって言えば、注目すべきはそういうことよりも「時間の描写テクニック」であるとわたしは思う。  時間には言うまでもなく現在を挟んで過去と未来があり、それぞれおおまかに前期・中期・後期とに分割できる。どこを詠むかはもちろん自由だが、いちばん面白いのは当然「現在」であり、特に美味なのは「もう少し続いていきそうな現在」よりも、「どうなるかわからない未来の直前としての現在」である。 (中略)  句は「北を見る」という前書きを持つ連作10句のうちの1句である。詩歌に限らず演歌や歌謡曲にいたるまで日本人は「北」を好む。(中略)それにしても、この2句を並べてみると「シンプル・イズ・ベスト」という言葉が改めて説得力をもってくる。   と記していた。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。   六歳のままの写真や鳥帰る        太田風子   熊眠る熊には熊の子守唄         赤石 忍   ククヲヨムコエガコガラシツレテクル   朝倉晴美    鯛焼を何度あたためなおしても      二村典子   枇杷ほどの土竜果てたる梅雨入かな    金山桜子      野遊びのいずれの声も高かりき      竹澤 聡(第56回黎明俳壇特選)    野狐まじへ宴たけなわ花見酒       新座惠子( 〃 ユーモア賞)    一村に一本の川夏燕           浦城亮佑(第57回...