峯岸一茂「戦止まず兜太の句碑の灼けてをる」(『九曜』)・・
峯岸一茂第一句集『九曜(くよう)』(朔出版)、序は橋本榮治、その中に、 (前略) 一茂さんの控えめで明朗な性格と明晰な判断は決して作品の邪魔にはならないが、それまでの作品は纏まりが過ぎて、何か一つもの足りないものを感じていた。しかし、第一章で言えばほんの初期の作だが、 野遊や一打で開くベビーカー は間違いなく明晰な思考で表現した明快な成功作だろう。また、ア音とイ音が交互に出て来る若々しい響きが内容に合致することにも注目したい。同様に響きが魅力的な作品として、 送り火やぢいだばんばの海暮るる が挙げられる。控えめな情の表現に対し、象潟の方言「ぢいだばんば」の跳ねるような音を効果的に使い、暮れゆく初秋の景色を読者の心に印象付けている。 とあり、また,著者「あとがき」には、 妻が編物を共に習っていた方から句会への参加を勧められたが、辞退したため私が行くことになった。祖父が白髪頭にベレー帽を被り楽しそうに句会に行くのを見ていたが、私とは縁がないと思っていた。 初めての句会は、木内彰志を中心に「海原」の重鎮が並ばれた会場の隅で小さくなっていた。それを見兼ねて俳句の手解きをしてくださったのが本杉純夫氏で今に至っている。 入会後、すぐに妻を亡くし、その翌年度に彰志氏が遷家された。数年後の結社誌の終刊に伴い、「枻」に入会し、橋本榮治先生の教えを頂くこととなった。 (中略) 句集名は家紋の九曜から採った。家紋を見ることは殆ど無いが、私の小さい頃は寺で焚いた盆の火を持って帰る提灯に付いていた。実家を畳み、墓が残るのみであるが故郷は常に心にある。 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。 つなぐ手の少し冷たき初蛍 一茂 妻は 抱くことの叶はぬ稚 (やや) の毛糸編む 結納の隠しに遺影春あはし 半夏生草津波の痕の窓の錆 僧のほか席順不問夏座敷 被災者のカタカナ表記身に入みぬ 海光の影を作らず水仙花 狐の剃刀手折りて妻に会ひにゆく 小さき手の小さき木の実貰ひたる 草いきれ果てて産廃処分場 稲光見えざるものの影を生み 原発か海市の巨き建物は 正答も誤答もあらずところてん 地の果とふ古着の店や鳥渡る 峰岸一茂(みねぎし・かずしげ) ...