増田まさみ「ゆくえ絶つ友よ銀河はしょっぱいか」(『ぶらんこ 鞦韆』)・・
増田まさみ第八句集『ぶらんこ 鞦韆』(霧工房)、帯文は今泉康弘。それには、 日常に潜む異界、此岸に滲む彼岸、生に孕まれた死…… 増田まさみは造本作家の繊細な手つきを内なる発条としながら「俳句」と対峙しているようだ。 とあり、また、著者「あとがき」には、 本集は前句集『かざぐるま』(二〇二四・七)に続く第八句集である。以来、ほぼ二年あまりの短いようで長くまた長いようで短い日々は、ふいに喪った肉親や知己への懐かしさやいたわりに換えられ埋められていく。 「終戦」という文字に魅かれ、訓読み「ぶらんこ」に代えて本句集のタイトルとした。(中略)「ぶらんこ」は未踏の空を繰り返し揺れる遊具である。止まるたび、再び地を蹴って漕ぐのか、漕がないのか。そんな思いをつれづれに「俳句形式」のもたらす恩恵に心身をゆだねている。 (中略) 「俳句形式」に携わる歳月は、長い。長いとしか言えないのが現在の〈答え〉というべきだろう。ただ、「俳句」にかぎらず創作(表現)とは自己対峙の一手段であり、言い換えるなら自己救済でもあるだろうか。なかば言い訳を自覚しつつ「俳句」に繋がっている。それはひとえに、陰となり日向となって惜しまぬ理解と励ましを賜った先輩、同志の存在に拠るものである。あらためて深謝申し上げたい。 とあった。集名に因む句は、 鞦韆 (ぶらんこ) を揺らして聴くや考 (ちち) の声 まさみ であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。 翅老いし幾万の蝶水ながるる すれちがう妣の涙やかがみ草 骨片となりし父郷や泥天神 *紙と土を練り合わせた人形。男児生誕を祝い天神として雛祭に祀る。 因伯(鳥取県)地方の民俗行事。 鉄塔や謳わぬ雲雀吹かれいる 一瞬は永久にいっしゅん昼花火 つれづれに死神おわす四方の秋 生国や蒲の穂絮の千切れゆく カンバスに孕む出雲郷 (あだかえ) 霧ふかし *画家 故 森田廣 増田まさみ(ますだ・まさみ) 1937年、鳥取県鳥取市生まれ。 撮影・芽夢野うのき「鶏頭の痛い部分を聞いてみよ」↑