乾佐伎「虹架けてシーラカンスはまた眠る」(『未来一滴』/A Drop of Future』)・・
乾佐伎『未来一滴』/A Drop of Future』(CYBERWIT.NET)、序文は夏石番矢とカルネシュ・クマール・アガルワル博士(統括編集長)、英訳はエリック・セランド。句本分などすべてに日本語と英訳が付されている(いずれもブログでは日本語のみを紹介する)。先ず夏石番矢の序文には、 (前略 )さらに乾佐伎は、アイデンティティが激しく揺れ動く時期の作品の特徴、「自分とは何者か」「自分をどう愛するか」を問いかけ続けている。 ぼくは誰?水平線はただ光る チューリップぼくの最初の友はぼく しかし、答えはどこからも返って来ず、孤独は肯定的な自己愛へと昇華される。 (中略) 伝統的な五七五の韻律や抒情をベースにしつつも、前衛的なイメージの飛躍や、日常の事物を宇宙的なスケールの接続する現代的なセンスに溢れている。 (中略) この対訳句集は、エリック・セランド氏の優れた英訳によって、その繊細かつ大胆な脳内イメージが言語の壁を越え、広く「世界の文学」として響き渡る力をもった素晴らしい一冊である。 とあり、カルネシュ・クマール・アルガワル博士は、 (前略) 『未来一滴』/A Drop of Future』をとりわけ魅力的なものにしているのは、その節制である。これらの俳句は、複雑さによって読者を圧倒したり、感銘を与えようとしたりはしない。そのかわりに、読者の感性を信頼している。この信頼こそが、成熟した詩や俳句の証である。意味とは押し付けられるものではなく発見されるものであり、読者もまた俳句の創造における能動的な参加者である、という理解がここに反映されている。/ これは単なる俳句集ではなく、私たちの内と外に存在する静かな驚きを再発見するための誘いである。そして、空の映り込みをその内に宿す一滴の雫のように、これらの俳句は、未来が最もささやかな瞬間から始まるということを私たちに思い出させてくれる。 とあった。また、著者「あとがき」には、 私は俳句が大好きです。俳句と出会って、私は私を少しだけ好きになることができました。日々の積み重ねを大切に、少しずつ成長していけたら嬉しいです。 とあった。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう(最初の句のみ英訳を付す)。 シーラカンス象形文字に紛れ込む Coelac...