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鳴戸奈菜「ダンテの忌髪に野薔薇や星や百足」(「風琴」第6号より)・・

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  「風琴」第6号(風琴の会)、長谷川裕「風琴スケッチ/第五号を読む」の中に、     ワタクシを焼き尽くすまで寒夕焼    西谷裕子  ドブ川の両岸は強制疎開で建物が取り払われ、原っぱが広がっていた。木枯らしの夕暮れ、凧をあげた。遠ざかっていく黒い点が、血の落日に吸い込まれて消えた。私の夕焼と言えばその光景である。あの夕焼けに焼き尽くされて、ここまで生きてきたんだな。    秋の鳥舌 (べろ) が発光して居りし    矢田 鏃  焼けた鉄をハンマーで叩くと火花が飛び散る。その一つ一つが俳句だ。鳥も生きる熱量を持っているから、それぞれ舌が発光するには当然だ。シジュウカラは互いに会話しているとか。それが聞き取れないのは、我ら人間が愚鈍、愚蒙であるからに他ならない。   とあった。特集は「キネマと俳句と」のエッセイで、五十嵐進『沓掛時次郎 遊侠一匹』、M・M『鰯雲』、柴田獨鬼『芙蓉鎮』、関根順子『おとうと』、月犬『地獄の黙示録』。連載に皆川燈「耕衣から径子への葉書⑤」、五十嵐「フクシマから見えるもの⓺え?原発素材でフライパン?」等。ともあれ、本誌より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    あ、あ、蟻、の、た、隊列、く、くずれ、ゆく (愚生注:く、ゆ は横にズレて表記)       絨毯の模様をたどる指先          月 犬    蓮華野を突っ切ってゆく白狐           西谷裕子    蝶ちょうは森の宝石恋したい           三池 泉    母の日へ紙飛行機でゆくあはれ          皆川 燈    一・一七らふそくの火をみつむ          矢田 鏃    母の日の鏡にうつる父の顔            結城 万   風下にいて風上を考える             五十嵐進    花でなく貝になりたい敗戦日            M・M    紙の鶴息吹きかけて折鶴忌            柴田獨鬼    わたくしに逢ひにゆく日は花の雨         関根順子         撮影・芽夢野うのき「地球から飛び出てごめん赤々茸」↑

飯野あきこ「秋茄子の渾身の紺母の紺」(『青嵐』)・・

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 飯野あきこ第一句集『青嵐』(角川書店)、著者「あとがき」に、  私は人生の大半を市井の勤め人として過ごした。俳句とは無縁であった。俳句に出会ったのは定年退職後を経た二〇〇七年、「天草俳壇」の鬼塚金剛がその主宰となってからである。それに伴い、首都圏在住者による「天草俳壇東京句会」が発足した。二〇一九年「天草俳壇」は終刊となったが、二〇二六年現在、句会は続行中である。  ここに収めた句はすべて二〇一〇年以降に作句したもので、かつて「天草俳壇」に掲載されたものとメール句会(コロナ禍以降はメールによる句会となった)に投句したものばかりである。私の俳句のすべては「天草俳壇」に集った人たちによって育てられた。  とあり、巻尾のエッセイ風「解説」の一つには、     インド ガンジス河  大方のインド人にとって、死後はガンジス河に葬られるのが理想でらう。このため死期を悟ると、ガンジス河に面し、大きな沐浴場と火葬場の集中するコルカタ(英語名カルカッタ)にやって来る。ここはマザー・テレサが設立した「死を待つ人の家」があるが、そこに収容しきれない人々が常に路上にあふれている。私たちの宿泊したコルカタのホテル前のアーケードのある舗道には、暗くなると足の踏み場もないほどぎっしりと人が横たわり、一夜を過ごす。そしてそのうちの何人かは朝になっても起きてこないのだ。  とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。    鶴引くや潟に残せし古代文字        あきこ    雛壇の奈落に控へ御所車        朧夜の黒猫すでに魔のにほひ      東日本大震災一年後   一時帰宅二時間だけの鯉のぼり   砂すべる森閑として蟻地獄   昭和史にムンクの『叫び』蟬しぐれ   秋空に兜太墨痕プラカード   霜柱ざくざくと父征きし音   少しづつからだを捨てて生身魂      インド ガンジス河(一九七五年)   屍焼く火や炎天の聖河べり   寒雷やカフカ籠りし庵より      エルサレム パレスチナ 死海(二〇一七年)   冬ぬくし嘆きの壁は男児別   冬の蜂憤死けはしき分離壁   冬麗の死海に拾ふ塩の石  飯野あきこ(いいの・あきこ) 兵庫県八鹿町(現・養父市)生まれ。 ★閑話休題・・山内将史「逃亡や銀河を渡るアドバルン」(「山猫便り/2026年9...

木暮陶句郎「小鳥来る桑都の風に透けながら」(『窯変』)・・

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  木暮陶句郎第四句集『窯変』(東京四季出版)、著者「あとがき」には、   句集『窯変』は私の第四句集である。元号が令和に変わって以降の令和八年四月までの約七年間の三二六句を編年体で編んだ。  窯変とは焼物が窯の中で思ってもみなかった佳き色彩や風合いに変化すること。人知の及ばない神秘的な現象に陶芸家たちは魅了され、火の神に感謝を捧げるのである。俳句もまた四時の循環の中で対象と真摯に向き合えば、窯変のごとく自分以上の作品が出来るのかもしれない。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下に、いくつかの句を挙げておきたい。   かもめ飛び交ふ白南風を繋ぎつつ       陶句郎   蹴轆轤に人日の艶ありにけり   案山子立つ赤城の幅に手を広げ   春宵の灯へ恋占の手をひらく   花屑の風の大学通りかな   むささびの飛んでみどりの夜をつなぐ   空にヘリ地に踏絵めくマンホール   空蟬の軽さを幹へ戻しけり   夏霞蒼し浅間のあるあたり   空蟬の裂け目が風の笛となる   きんいろの雪降るポインセチアかな   風低くあり吉兆の蛇の衣   鷹よりも鷹匠の眼の鋭さよ   火の神の力を恃み去年今年   花ごころつなぎて大和こころかな   陶工の常の深爪葛の花   まづ山を望みて轆轤はじめかな   木暮陶句郎(こぐれ・とうくろう) 1961年、群馬県渋川市生まれ。             撮影・鈴木純一「大津絵の鬼に新酒を持たせやり」↑         9 月 21 日   古今亭志ん生・五代目   没   ( 1890 ~ 1973 )

各務麗至「 霊山墓地かういふ風に生きて死んで」(「詭激時代つうしん」30より)・・

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 「詭激時代つうしん」30(詭激時代社)、巻末「覚書にかえて……」には、   若い頃から、難しい理屈でなく、こうありたいと思う生きざまを主人公に託して書いて来たように思う。 (中略)   私小説私俳句と言えばそれはそうかも知れないが、何かそんなものとも違うような気がするが、人間として恥ずかしくないように、目の前の現実と闘っているだけ、 と、そういう諦念もないではなかった。まだまだ至り難く道遥かにして……、である。  とあった。本誌より、句をいくつか挙げておこう。   春の日はくやし涙は自責かな        麗至   昔々老いて矍鑠五月晴れ    林間涼風わたくしの日課なんですよ   百年を一括りとせむ原爆忌   木枯らし木枯らし死んで生きてやる ★・・夏礼子「鍋の湯が沸きすぎている憂国忌」(「詭激時代つうしん」31より)・・   各務麗至「追記…」には、 令和八年「2026 かがわ文化芸術祭」参加誌、文芸「青い鳥」に寄稿した「秋桜」小説等部門で「香川県知事賞」を賜ることになった。因みに夏礼子は詩歌部門。  その内定進行電話が、佐代子の誕生日の七月二日に……、思い一入で、感謝。 と記されていた。 その「秋桜」の冒頭は、 万緑の山々に紅葉が目立つようになってきた。 今年七十三歳の妻だが、 この夏に二回目の脳梗塞や、透析など闘病生活四十数年で、初冬の現在腰椎圧迫骨折に多機能障碍で再入院していた。 そんな妻が、明るい目をして、 孫とも行ったりした不動の滝の桜のみごとさを嬉しそうに私に語るのである。 まさか……、 三途の堤の桜並木か、——ムヤミニキレイダッタので、来年も、と、サクラバカリミテイタだけが忘れられないらしい。 ――ソラバカリミテイタ。ソレデアカルクナレタ、 と同じような声を聞いた記憶があった。 とあり、末尾には、 病床の妻が、不動の滝の桜のはずが、——ハシノムコウニイッテ、ひかりにつつまれたと言った。そして、  何度もなんども、揺れる桜の花に感激したとのその話から、  コスモス、の、風に揺れるひかりの中のその人を思い出してしまった。妻もまた、ひかりの中に消えてなくなるのを知らされたのだろうか。……。死んで、死なれて残る私のことを心配させないように憂えていたのだろうか。  その人は、天のことわりに照応するように、地のふるまいを見せてくれた。  一周忌は、季...

和田久太郎「もろもろの悩みも消ゆる雪の風」(『アナキストの悪戯(いたずら)』より)・・

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  伊藤野枝『アナキストの悪戯(いたずら)』(マヌケ出版)、編集後記には、  伊藤野枝といえば「フェミニスト」であり、「アナキスト」で、肩書だけ書いてしまえば何だか難しい人のように感じるかもしれません。ですが本書を読んでいただければおわかりになるように、非常にユーモラスでチャーミングな方であったように思います。編者がとくに笑ったのは人物評で、悪口のようにも思えるその文章は切れ味が凄まじく、傍若無人の書きっぷりに笑わずにはいられませんでした。  とある。特別付録・栞「野枝さんのこと」に、佐久間裕美子 「伊藤野枝」 、高島鈴「 伊藤野枝についてのごく当たり前の話」 、氷上アクア「 ストリップ劇場から抵抗をこめて 」。その氷上アクアは、   私はストリップ劇場で踊ることを仕事にしている。ストリップは警察の恣意的な摘発で いつ営業停止処分をくだされるか分からない興行だ。そんなグレーゾーンのなかで、多くの踊子は自分自身でプロデュースした演目を見せている。  2025年10月、私は新作の『野枝』をはじめた。伊藤野枝の生涯を私なりに解釈して演じている。二兎社の『私たちはなにも知らない』を観たばかりのころ、仲が良い同僚に「あなたって世が世なら投獄されそう」と言われたことで野枝が心にとどまった。“投獄されそう“を過大評価と感じたのはうっすらとした破滅願望では、と思い赤面する。 (中略)  演目に話を戻すと、『野枝』では自分の感情を追体験するようにしている。野枝がいつどのように思っていたか、なんて分かるはずがないし分かった気にもなりたくない。だから、事実とされている出来事をなぞり、似た体験のときに私が表したり表せなかった感情を再現している。インナーモノローグ(演劇用語で声に出さず心のなかでつぶやいている言葉を設定したもの)はすべて、私自身が出会ってきた人たちの固有名詞が入っている。 (中略) 実在した人物をストリップで演じることが故人への冒涜や暴力として受け取られかねない、というおそれがあった。初演の週に一旦それらの不安が払拭されたため『野枝』として演目のタイトルを公開した。しかし、ストリップで演じる限り、この危険性 は常に意識していたい。  『野枝』のラストシーンは、うす暗い劇場のなかで真上に手を伸ばすポーズで終わる。百年前に憲兵に殺され、古井戸に捨てられた野枝のイメージであ...

出口王仁三郎「山火事は数里に続き雲の色茶に染まりつゝ天日焦げたり」(『樺太を訪れた歌人たち』より)・・

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 松村正直評論集『樺太を訪れた歌人たち』(ながらみ書房)、その「はじめに」には、  そもそも樺太に興味を持つようになった最初のきっかけは、短歌評論同人誌「ダーツ」第六号(二〇〇四年一二月)に、「出口王仁三郎『東北日記』を読む」という文章を書いたことであった。『東北日記』は東北・北海道・樺太への巡教の記録なのだが、そこには文章とともに多くの短歌が収められている。  まず印象的だったのが樺太の地名である。「多蘭泊 (たらんとまり) 」「藻白帆( もしらほ)」「 羽母舞 (はぼまい)」、「 仁多須 (にたす)」、 「久春内 (くしゅんない)」 など、ルビがなければ到底読めないような駅名が続く。アイヌなど先住民の付けた地名に漢字を当てたものだろう。それから「山火事」「養狐場」「ロシヤパン」「鰊漁」など、内地や現代とは異なる暮らしの様子にも興味を惹かれた。 (中略)  その後、少し調べてみると、戦前には多くの歌人が樺太を訪れて歌を詠んでいることが分かった。北原白秋、石槫千亦、斎藤茂吉、北見志保子、土岐善麿、下村海南。 (中略)   なぜ、戦前はこれだけ多くの歌人が訪れ、これ だけ多くの歌も残っているのに、今では樺太に触れる人が少ないのか。 (中略)   けれども、戦前の歴史をなかったことにして忘れれてしまえば済む問題ではない。事実に蓋をしてお終いにしてしまうのではなく、歴史は歴史としてきちんと見つめることが大事なのではないか。戦前の樺太に四十万人もの人々が住み、様々な暮らしを営んでいた事実をきちんと受け止めたいと思う。  とあり、また、「あとがき」には、 (前略) 「なぜ、樺太か」という問いに対する明確な答えはまだ見つからない。しかし、サハリンを訪れてみて一つだけ感じたことがある。それは「鎮魂」ということだ。鎮魂と言っても亡くなった方々への追悼という意味だけではない。戦前の樺太に暮らし、樺太という土地に様々な夢を描いた人々の思いは、敗戦によって断ち切られてしまった。それらを何らかの形で受け止めて、鎮めることが必要なのではないかと感じたのである。  とあった。愚生のブログでは、本書を紹介しきれないので、是非、直接、当たられたい。ともあれ、本書の中から、樺太在住だった歌人を含めていくつかの歌を挙げておこう。   群立ちて白鳥は陽にかがやけり遠去りゆくに声のかなしさ    ...

佐藤鬼房「やませ来るいたちのやうにしなやかに」(「澤」8月号・創刊二十六周年記念号)・・

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 「澤」8月号・創刊26周年記念号(澤俳句会)、特集は佐藤鬼房、記事に高野ムツオ・小澤實対談「雷雨を浴びまっすぐ立っている木/『佐藤鬼房全句集』を読む」(2025年12月27日、朝日カルチャー立川教室主催リモート対談の再録)、論に、小田島渚「春雷に打たれよ」、梶等太郎「飽くなき詩魂/第一句集『名もなき日夜」、周藤迪之相「辺境に立ち境涯を詠む/第二句集『夜の涯』」、井上雅惠「傷の記録/第三句集『海溝』」、オオタケシゲヲ「大地から空へ/第四句集『地楡』」、池田瑠那「地を這う鳥の矜持/第五句集『鳥食』」、佐藤涼子「土俗の人間の風景/第六句集『朝の日』」、山口刃心「鬼房五番立/第七句集『潮海』」、野崎海芋「歩き出す/第八句集『何處へ』」、木内縉太「貫ぬいてあるもの/第九句集『半跏坐』」、江藤鳥歩「行方知れたる/第十句集『瀬頭』」、村上佳乃「かんかん虫を志す/第十一句集『霧の声』」、山下希記「無心の境地/第十二句集『枯峠』」、深井十日「重さのさきにあるもの/第十三句集『愛痛きまで』」、押野裕「最後まで持ち続けた希望/第十四句集『幻夢』」。その他、一句鑑賞に各同人約50名。他の特集に小澤實『近現代俳句』刊行記念講演録、池田瑠那星野立子賞・俳人協会評論新人賞等々、第26回澤潺潺賞・澤新人賞等など。保存版の一冊。内容の紹介などは、愚生のブログでは到底無理なので、直接、本誌に当たられたい。  ともあれ、本誌より、以下にいくつかの句を挙げておきたい    フクイチ一時立ち入り許可証セーターの胸に垂らす      小澤 實    この店に良き井戸ありて心天                高橋睦郎    友手製のずんだおはぎや追ずんだ             小澤たえみ    技術的特異点 (シンギュラリティー) 近しと男みかん剥く  笠井たかし    年賀状書ける喜び米寿われ                上村ヒナコ    祝い膳より進むビールや父百歳              牧原奈緒美    しやきといふ石炭シャベル引き抜けば            山下希記    野遊びの茣蓙に胡坐や授乳せる              遠藤ちひろ    牡丹雪の滲み積もりや戦中                 相子智恵    海霧わたる野よ先行くは楸邨か               池田瑠那...