伊東類「まつすぐに定斎屋さんの立ちあがり」(『自由論』)・・
伊東類第二句集『自由論』(東京四季出版)、祝句に松澤雅世、
どう見ても自由ですよと風光る 雅世
序も松澤雅世、その中に、
第二句集『自由論』は、
麓亭忌一番隅の自由論
より採用された句集名です。麓亭忌は言うまでもなく、八月十三日昭の忌日。昭三回忌の折の所産の一つです。昭俳句の審美眼や生きざまに感銘し心酔し、昭の生涯を通して師事した、追慕の一句に他なりません。それは、類氏の精神性を具現化した作と言えましょう。
俳句人生とも言うべき道程を歩んでこられた類氏にとって、句集『自由論』は、まぎれもなく、心象と造型のはざま、虚実皮膜の間に腐心を重ねながら、一句一句を苦吟したに違いなく、目差した一到達点と成り得ていると考えます。
とあった。そして、著者「あとがき」には、
句集『自由論』は、『類(たぐひ)』に続く、伊東類の第二句集です。
『類』が平成十八年七月の刊行ですから、二十年近くの歳月が流れました。この間、先師・松澤昭先生や「四季会」の諸先輩に別れを告げ、現主幹である松澤雅世先生には心象俳句についてさらなるご指導を仰いでいます。(中略)
しかし、「自由」ほど「自由」でないことも事実です。自分がその言葉の意味を十分に理解しているかどうかはわかりません。また「自由」について論じるという重みは、俳句表現の世界ばかりでなく、生涯をかけてどれだけ自らを、その由るところとし、自らを律してきたかが問われることも覚悟しなければなりません。
昭先生は、「言葉は神様からの授かりものであり、俳句表現の妙とは風景へどのような心象の入り込みをするかにかかわる」と、おっしゃいます。心の風景を五七五という定型に寄せて、その描写の背後にある心のストーリーをいかに理解していくか。俳歴半世紀を優に超えながら、俳句に身を寄せながら、依然として一つの境地に達するというわけにはいきません。
とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、本集より、いくつかの句を挙げておこう。
凩に接する山は行きません 類
冬の風王家の谷を深くする
大年のあちらこちらをたてまつる
風上に立つてどうする蛇嫌ひ
東日本大震災
三月の何をどこまで詠ふやら
昭先生 三回忌
麓亭忌そのすぐあとを遠ざかる
和金琉金今は吐くしかない
たましひに火を欲してはなりませぬ
落蟬を踏んでゐますね風の先
山ひとつふたつと消えし麓亭忌
新聞の見出しに乗りし沖縄忌
そこは排他的経済水域木下闇
紅葉山なんとなんとの老い盛り
伊東類(いとう・たぐひ) 1950年、東京都大田区生まれ。
撮影・鈴木純一「竹かはをぬぐや息のめをとこども」↑
コメント
コメントを投稿