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川上弘美「洗濯機ふるへてとまる薄暑かな」(『王将の前で待つてて』)・・

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  川上弘美第二句集『王将の前で待つてて』(集英社)、「あとがき」に相当する巻尾の「俳句を、始めてみませんか」には、   最初の句集である『機嫌のいい犬』を上梓したのは、ニ〇一〇年だった。おさめられているのは、俳句を初めて作った一九九四年から、上梓した前年の二〇〇九年までの、十五年間の句である。  それから月日は過ぎ、気がつくと第一句集を出してから、ほぼ十五年たっている。つまり、俳句を始めてから、今年で三十年、ということになる。三十年というきりのいい時に、こうして第二句集をまとめることができたことを、ともかく、嬉しく思う 。(中略)  そもそも、小説を本格的に発表する前に、俳句という詩形に出会い、言葉で遊んだり細心に言葉を扱ったり、時にはほとんどなじみのない言葉をむりやり俳句にしてみたり、という作業は、わたしにとっては、とてもいい訓練になるものだった。第一句集のあとがきには、「句会というものを経験したおかげで、読者がいかに深く作品を読みとってくれるのか、自分でも予想もしないくらい豊かなイマジネーションで読解してくれるかがわかり、読者に対する信頼感をもつことができたのは、ほんとうに幸福なことだった」という意味のことを書いたが、小説を書いてゆくうえでのこの読者に対する信頼感に加えて、実のところ、言葉をどう扱うか、というプラティカルな面でも、俳句はとても助けられたのである。 (中略)  とはいえ、世界は広い、と真に詠い得る句を作るのは、難しい。作った当座は、「これはいい句だなあ」と思っていても、しばらくすると「ばめじゃん」と、がっかりする。そのスパンは、小説よりもずっと短く、作ってから一か月後くらいには、たいがいの句が「だめ」箱にしまいこまれる。けれど、そのことも、とてもいいのだ。未練なく、自分の創作物を「だめ」と判断できることも、実は精神衛生上、とても大切なことだからだ。  作る喜び、判断するいさぎよさ、句会で得られる信頼。言葉と親しむ嬉しさ。  俳句には、こんないいことが、たくさんある。  とあった。集名に因む句は、    王将の前で待つててななかまど      弘美  であろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、本集より、いくつかの句を挙げておきたい。    性欲満ちきれず菜飯食うてをる   月いつか地球を離る冬すみれ    おとうとの中に父をる南風 (みなみ) かな ...