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大井恒行「淑気かの日の本にあれかの奔馬」(「週刊文春」新年特別号より)・・

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 「週刊文春」新年特別号(文藝春秋社・12月25日刊)。謹賀新年!愚生、12月22日~31日の入院手術(前立腺と膀胱結石)から、自宅に戻ってまいりました。本年もよろしくお願いいたします。本年の「文春俳壇」選者をいたします(次号「文春俳壇」は、たぶん、ゴールデンウイーク頃)。こちらもよろしゅうお願いします。  とりあえず、新春を詠んだ名句3句と特選の5句のみですが、紹介いたします(選は、特選・佳作・入選の計30句に評を付しました)。    人類に空爆のある雑煮かな          関 悦史    鏡餅真ッ赤な舌をかくしけり        鳥居真里子   ヒロシマナガサキフクシマヱスゴロク     堀田季何    『なめとこ山の熊』に栞や父の書架     東京都 皆川燈 74歳    たんぽぽのぽぽぽぽぽぽぽポピュリズム  東京都 村上直樹 78歳    塵、埃、光、プライド、風花す      三重県 七瀬ゆきこ 67歳    外套のまま立つてゐる父の霊       東京都 飯田冬眞 59歳   レモン輪切り愛は円錐形の謎       京都府 城貴代美 79歳    撮影・鈴木純一「イヌリンゴもしもあの日にもどれたら」↑

杉本青三郎「六林男忌の傷口喋らないよう塞ぐ」(第75回「ことごと句会」)・・

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  12月21日(日)は、第75回「ことごと句会」(於:新宿ルノアール「ビックスビル店」)だった。兼題は「正」。以下に一人一句を挙げておこう。    短日の修正液の使い過ぎ        杉本青三郎    閉じられるページの闇や 暮JAPAN    武藤 幹    笹鳴や目薬さしてゐる途中       春風亭昇吉    美しき解とは と角を曲れば月に会う   渡辺信子    不在といふ陽だまりいくつ冬極む     林ひとみ    なんだ今ばったり会ったじゃんセロリ   宮澤順子    トレモロの続く名残の冬紅葉       渡邉樹音   指嘗めて寒風を聞く老漁師        石原友夫    枯野行く反省の色ってどんな色      村上直樹    猜疑心コートの襟に屯する        江良純雄    さまざまに踏絵のごとく去年今年     杦森松一    水涸れて冬のサボテン冬の棘       金田一剛    啓蟄の朝の階段ちからあり        照井三余   数式の正しくとける雪の朝        大井恒行      次回は、一月はお休みで、2月21日(土)予定。  ★閑話休題・・告知・「大井恒行の日日彼是・続」は、愚生、22日(月)から31日(水)まで10日間、入院・手術予定のため、お休みします。皆様、良いお年をお迎えください!!・・                 鈴木純一「 一つ神                          三つの民は                          四分五裂     」↑

久保純夫「識閾の王となりたる梟よ」(『識閾』)・・

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 久保純夫第16句集『識閾』(小さ子社)、)その「あとがき」に、   内緒の話を。当初、この句集は『五貌集』と名づけて刊行するつもりであった。構成はこの『識閾』と変わりはない。つまりもうひとつの対象に五通りの相貌・俳句を書くという方法である。ところが、俳句作品を整理していく段階で、「え、これは以前やったことがあるよなぁ」と。だいたい僕は俳句でも句集でも書き上げたらすぐ忘れてしまう。その以前の仕事はフォーシーズンず++』では三句、『定点観測ー櫻まみれ』は全句が櫻関連。 (中略) しかし考えてみたら「二番煎じ」もなかなか味わいが深いののではないか、と。いま挙げた句集は四季を中心にして纏めているのだが、少しだけ工夫をしてみた。その結果として、新興俳句の連作形態を進化させることになっている。 (中略)  識閾。手許の辞書には次の如く説明されている。「心理学で、刺激によって感覚や反応が起きる境界。無意識から意識へ、また、意識から無意識へち移るさかい目をいう語」。  この句集で分類した季語とされている言葉もその範疇に入る。さらに今ひとつ、主に抽象語を中心とした項目も加えてみた。それが「識閾」とした部分である。そして僕の十六番目の句集名となった。  とある。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    それぞれの黄泉に向かえり花筏         純夫    種浸し穏やかに熱くるみけり    なめくじに懐いていたる輪廻かな   世界じゅう検閲國家夕焼ける   千匹に少し足らぬぞ蚯蚓鳴く   識閾の起点となりぬ木守柿   天の川あらゆる弦が響きけり   次の世の息漏れてくる石榴かな   有縁には乗らんとしたる芋の露   詔勅を突き刺している根深かな   白鳥の中でもあなた短気です  久保純夫(くぼ・すみお) 1949年、大阪生まれ。   撮影・芽夢野うのき「死んで生きる手もあらなんと、あら、椿」↑

藺草慶子「寒卵ひところがりに戦争へ」(自註現代俳句シリーズ『藺草慶子集』)・・

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 自註現代俳句シリーズ:13期37『藺草慶子集』(俳人協会)、著者「あとがき」に、   昭和五十七年四月、山口青邨先生ご指導の学生句会に初めて出席してから、もう四十数年たってしまったことに驚く。   私の句集五冊のうち、編年体は第二句集だけである。そのため、制作年を調べるのに結社誌、総合誌、句会報などにあたった。それでもはっきり断定できない句もあり、また、一句一句というよりその句を作った頃のことを記述した部分もあるがご容赦願いたい。  とあった。自註の二、三例を紹介する(句のルビは省略)。    海暮れてゆく手の中の夏蜜柑      昭和五七年作  一人旅にて。木の椅子会にはまもなく東大俳句会の大屋達治、日原傳、岸本尚毅、梶智紀らが、やがて上田日差子、仙田洋子、皆吉司らが加わった。   洗ひ髪すぐに乾きて爆心地        平成五年作  句集未収録句。管弦祭のあと市内に戻り、原爆ドーム、流灯を見学。同時作に〈折れど折れど足らぬ折鶴原爆忌〉。   敗戦日なほ海底に艦と祖父       平成二六年作  昭和十九年六月一日、マリアナ諸島で祖父小川衛戦没、享年三十四。長女の母はその時十歳。九十一歳になった今でも父親のことを語っては涙ぐむ。 ともあれ、以下に、句のみになるがいくつかの句を挙げておきたい。   外されし閂太き花の冷え   あかあかと柩の底に冬林檎   ぶらんこの影を失ふ高さまで   雛飾る箱の中より箱を出し   一つ火や闇のしかかりのしかかり   百年は死者にみじかし柿の花   月光に明日逢うための服を吊る   迷宮をころがる毬や春のくれ   蓮の実のとぶや極楽飽きやすく   吾もまた誰かの夢か草氷柱   夕永し忌ごころを鳥とんでみせ   いづこへもいのちつらなる冬泉   どこにでも行けるさびしさ白日傘   なきがらの目尻の涙明易し  藺草慶子(いぐさ・けいこ) 1959年、東京都生まれ。      撮影・中西ひろ美「クリスマス間近な昼の休みかな」↑

福田若之「はぐれてもまた会えるすごろくのうえ」(「虎とバター」第4号)・・

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 「虎とバター」第4号(虎とバター句会)、表2の「虎とバターあらすじ」に、   二〇一八年冬、虎の門の弁護士事務所にて佐藤文香さんを講師に句会「虎とバター」始動。月一回のペースで、句会を継続。  二〇二二年、文香さんが渡米することになり、福田若之さんに講師を依頼。その年末、「虎とバター」創刊号を発行。  二〇二三年、文香さんが帰国し、講師は二人体制に。第2号発行。  二〇二四年、若之さん多忙につき、講師は文香さんの一人体制に。第3号発行。  二〇二五年、新メンバーが加入し、平均年齢が一気に下降。第4号発行。  とある。ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。    雨が私を冷やす詩を書かせてゐれば       佐藤文香    仔細なく串にぎんなん黄に並ぶ         深田若之    キャンプの火この渦巻は化石かも        伊藤和江    ひたすらに薔薇喰ふ虫の浅みどり        梶浦道成    肩で笑う若さま月が落ちそうだよ        知名凛音    役所取巻く患者に懐炉見え隠れ         中村我人    暑き日を舫ふ敏雄の日本丸           牧岡真理    かなぶんの独り芝居の決めどころ       三島まもる    腕組みし歩荷の消ゆる茂りかな        三師由起子    草いきれ考へごとがひとつ減る         横澤寛明            鈴木純一「鈴懸の実よ月白の冬に来い」↑

久保田和代「やはらかく本音吐きだす鍋の湯気」(第48回「きすげ句会」)・・

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 本日、12月18日(木)は、第48回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「鍋」。以下に一人一句を挙げておこう。    ふてくされひねもすひるねふゆひなた       濱 筆治    ノーサイド秘めし握手の冬ボッチャ        新宅秀則    マジックアワー多摩の横山照らしおり       清水正之   別嬪や煮ても焼いても金目鯛           杦森松一      そよりとも気配なき人柊咲く           寺地千穂    枯蔦や世界の地図を描きをり           中田統子    子苦しめ子にすがる母凩吹く           井上芳子    目の合ひて箸先とどむ鍋の湯気          高野芳一   凩やこの世の未練すてさ捨て去りぬ       久保田和代    ベートーベンの額に鳥の糞 (まり) 冬・ウイーン  山川桂子     円卓に倖せ鍋が人を呼ぶ            大場久美子     淑気かの日の本にあれかの奔馬          大井恒行 次回は、1月29日(木)、兼題は「雪」。    撮影・芽夢野うのき「今宵木枯し国生みの男と女の物語」↑

西池冬扇「冬銀河この身の浮いて行くところ」(『自註現代俳句シリーズ 西池冬扇集』より)・・

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  自註現代俳句シリーズ・13期35『西池冬扇集』(俳人協会)、挨拶文には「 前回の第五句集『彼此』までの約50年間の句の中から300句を選んで註を付したものです 」とあり、著者「あとがき」には、   この句集は私の第一句集『阿羅漢』(昭和六十一年・一九八六年)から第五句集『彼此』までの句集に載せた句から選んだ。個人的興味の枠内にとどまっているのではないかと冷や汗が出る。   とあった。本書の例、を二、三挙げておこう(ルビは省略した部分もある)。    心太咽喉 (のど) をするりとわが戦後    昭和五九年作  心太で戦後のバラックの市場を思い出すのは私だけだろうか。そこで「ぼうや、心太は箸一本で食うのが粋」と誰かに教えられた。   線路越えひばりの国に入りにけり      平成一二年作  童話で異界へ入るには洋服箪笥の中だったり、穴に転がりこんだり、竹藪の中だったりするが、線路をヨイショと跨ぐのも方法。   梟は星の松明見て鳴けり          令和二年作  山奥の句友を尋ねた。梟の巣があり、星を見て鳴くという。ルーマニアの古謡に「星の松明」という言葉があるのを思い出した。 ともあれ、愚生好みに偏するが、以下に句のみを挙げておきたい。   天道虫太陽に入る眩暈 (めまい) かな        冬扇    猫バスの通る夜中の大ひまはり   ダムの上 (え) のとんぼの上 (うえ) のとんびかな   山積みの土管の穴に雲の峰   空海の海空海の春の空   ディバッグの背広が四人虚子忌なり   春遠しやはりキリンの首長く   ぶつかつて蟬はジジイといつたきり   ひまはりや重たきものは人の首   冬銀河頭蓋を抜けるニュートリノ   梟の鳴く夜は耳も冷えてゐる   何事も無くて菜の花茶漬けにしよ   石叩きそこここあそこそこあそこ   餡蜜の豆をこぼしぬ夢道の忌   青き雨雨より青き雨蛙   視てしまふ蠅虎 (はえとりぐも) の跳んだ顔   柚子の実の空に浮いてることもある   僕はあの八月六日姉の背に   いくさ好 (ず) きのあなたもどうぞ盆休み     西池冬扇(にしいけ・とうせん) 1944年、大阪生まれ、)東京育ち。       撮影・中西ひろ美「日向ぼこしても警戒おこたらず」↑

夏礼子「道草もまた道虹に呼ばれたる」(「詭激時代つうしん」15)・・

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「詭激時代つうしん」15(詭激時代社)、各務麗至の個人誌で、栞版とある。本号は、夏礼子「五次元のはなし」20句と、各務麗至「人間にして」30句、「新しい生活」30句の掲載である。その「覚書」に、  (前略) いつの間にか、私は「石橋を叩いて渡らな生き方を選びそうになりつつあるようだ。 (夏礼子)  (覚書にかえて……)  母さんとよく行った、運動公園に、不動の滝に、行ってきました。ベンチに座ってコーヒー飲んで……、ニトロ服用して落ち着くのだから「いいですね」の先生の言葉もあって、強気で来れたのは母さん心配させずに済んで母さんのためにもそれも良かった。 (中略)   ―-息子たちに送ったラインである。句は希望があった頃の作品である。 (各務麗至)  とあった。ともあれ、アトランダムになるが、本号より、いくつかの句を挙げておこう。    青空を崩していたり花の雲          夏 礼子    五次元の話蛙の目借時   園児来てよりコスモスの揺れはじむ   極月のふと押し戻る時空かな   あかのままぼろぼろだれもいなくなる   寒濤や人間にしてさだまらず          各務麗至   懐手遥か火薬のにほひかな   冬の思想冬の裏山おそろしき   春眠や目が覚めえるとは限らない   戦争が押し寄せてくる夏の海   赤青黄コスモスカオス原爆忌   うしろ指さされてしまへ鳳仙花   なつのいしたれかがたれかてふごとく   鏡面のうしろの白き秋ゆふべ   これも戦争恋にも見えて時雨です   戦争にして戦争の年の暮   抱かれて春や子の息うすみどり   母と呼ばれ吾妻と呼ばれ水温む      撮影・芽夢野うのき「白息の人と木の間を蛇のごと」↑

正岡子規「足たたば北インヂャのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを」(『正岡子規の百首』)・・

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              1959(昭和34)年1月刊↑           土屋文明編自筆稿『竹の里歌』より厳選。  坪内稔典著『正岡子規の百首』(ふらんす堂)、その解説「三年間の歌人」に、  (前略) 多分、近代の短歌は個の表現とうか、個人の思いや感情を表現する形式なのだ。別の言い方をすれば一人称の表現、すなわち、作者が中心の部文芸である。だから短歌を詠む場合、たっぷりと自分だけの世界へひたる必要がある。  それに対して、俳句は作者を無視するというか、個人の内面の表現などにさあすいてこだわらない。五七五がいかにすてきかを競う文芸なのだ。(中略)もっとも、現代の俳人には個の表現を目指す人が多い。つまり短歌的俳人が多いが、それは多分へぼ筋に入っているというのいがボクの観測だ。 (中略)  一人の作者がこの二つの詩形を使いこなすのはかなりむつかしい。例外的な存在が正岡子規であった。   柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺                (明治二八年)   くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる  (明治三三年) (中略)   つまり、彼が「竹の里人」という歌人であることを表現活動の中心にしたのは明治三一年から三三年の三年間であった。「竹の里人」は三年間の歌人だった。  とある。巻頭の部分を以下に挙げる。   世の人はさかしらをすと酒飲みぬあれは柿くひて猿にかも似る  『万葉集』の大伴旅人の歌「あなみにく賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似る」を踏まえている。「賢しらをす」は賢そうにすること。旅人の歌では逆に酒を飲まない人が賢しらだが、子規の歌では逆に飲む人が賢しら。ほとんど酒の飲めなかった子規の主張は、柿をはじめとする果物が大好きだった子規としては当然だろう。明治三〇年の作だが、主張の強いやや狂歌的なこんな歌から子規らしい短歌が始まった。『竹乃里歌』(昭和三一年)にはこの歌までに五〇四首がある。 とあった。ともあれ、以下に短歌のみになるが、本書より、いくつかを挙げておこう。  世の人は四国猿とぞ笑ふなる四国の猿の子猿ぞわれは   我庵 (いお) に人集まりて歌詠めば鉢の菫に日は傾きぬ   四年寝て一たびたてば木も草も皆眼の下に花咲きにけり  真砂 (まさご) なす数なき星の其中 (そのなか) に吾に向ひて光る星あり    にひ年...

大木孝子「死ぬまではあたらしきわれ冬菫」(『二度童女』)・・

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  大木孝子第5句集『二度童女』(槐書房)、栞文は正木ゆう子「海と砂浜の間に」、その中に、 (前略) そんなときに大木孝子さんから『二度童女』の校正刷りが届いた。  他ならぬ孝子さんの久々の句集ゆえ、軽い気持で開く勇気はなかったが、後書だけは気持を抑えきれずにそっと覗く。するとぐうぜん「向日葵」「傷兵」文字がある。  このようなシンクロ二シティに私は影響され易い。斯くして『二度童女』は、読む前から、《スカボロー・フェア》の不思議な世界とレイヤーを重ねることになった。  後書によると、彼女は浅間高原で出会った大いなる五本の向日葵から、この句集についてのインスピレーションを得たという。轟然と首を垂れた五本の向日葵は、野をゆく傷兵のようであり、復活への祈りのようでもあったと。  インスピレーションとは、一頁を五句で構成することである。独立した一句一句を五句寄り添わせ、共鳴させて、一頁ごとに新たな世界を創り出し、タイトルを付ける。 とあり、著者「あとがき」には、  作品は年代順ではなく、想いに沸騰沈殿するままに、おのずから寄り添うかたちで構成した。 (中略) 一句一句、離れた空間で詠み上げたものが寄り添い、ザラザラと詩魂を零し、さあ醸成し合うのか、反撥そへたり合うのか……。  とあった集名にちなむ句は、    紅羅より松羅 (しょうら) が好きよ二度童女 (おぼこ)   孝子    であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    あたらしき死者うすらひの吐息せり   高きへ登れかなしみが旗を振る   白昼とろん椿ねむりと申すべし   豊満のらんてうねろりうらがへる   日晩のひとふし眠り流しとも   春の森きらつと鉈のあてみ痕   藻には藻の別れありけり水の秋   樺火焚くけむりやはやはなにぬねの   日がな風吹く寂蒔 (さびまき) 村の蕎麦の花   ろんろんと落つ無患子の実の放下   羽毛降るなり化野は氷 (ひ) の匂   月浜の白魚 (しらを) 火ほふらほふららら   ながらみを流ら身と書きさびしめり  大木孝子(おおき・たかこ) 1945年、茨城県生まれ。 ★閑話休題・・三上泉個展「雨の澱ー2025-」12月9日(火)~24日(日)・12時~最終日15時まで(於:Gallery 美の舎)・・   左より、酒巻英一...

髙橋鏡太郎「冬薔薇の影さびさびと手鞠かな」(「鬣 TATEGAMI」第97号より)・・

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 鬣 TATWGAMI」第97号(鬣の会)、特集は⓵林桂句集『遠近紀行』、②林桂『高柳重信の百句』、③樽見博『早く逝きし俳人たち』。⓵の論考に 恩田侑布子 「とをてくう、とをるもう、とをるもう。P(ぴあの)の抒情」、 大橋弘典 「喪失の先にー林桂『遠近紀行』」、 深代響 「林桂句集『遠近紀行』評ー『まだ見ぬかたの花を尋ねん』」 。②に 川名大 「作品およびテクストとしての犀利な読み解き」 、外山一機 「林桂を介して読む『高柳重信』」、 中里夏彦 「創造された『空白の一行』〉、③に 坪内稔典 「個々によく生きた俳人たち」、 九里順子 「受け渡す力」、堀込学「『早く逝きし俳人たち』について」。さらにエッセイの部分に 樽見博「 高橋鏡太郎『風流人』掲載句追加」がある。それは樽見博『早く逝きし俳辞たち』の読者からの指摘に、髙橋鏡太郎句の脱落についての句がかなりあり、その脱落をおぎなう句群の一句を、このブログタイトル「髙橋鏡太郎『冬薔薇の影さびさびと手鞠かな』」にした。その他の記事も充実の一冊。興味を持たれた方は、直接本誌に当られたい。  ともあれ、以下に、本誌より、いくつかの句を挙げておきたい。      ガザへ運ぶ泣きも呻きもせぬ塩を 江里昭彦    掬えぬ塩地底まで腕伸ばせずに            後藤貴子    鳥征く、鳥の死だけが落ちる             久坂夕爾    引力を解かれたるもの天空へ             西平信義       ローレル川田氏に    掘れば骨掘らずとも骨死者の夏            井口時男    妹の手の硬きこと檀の実               沼田恵子    の きの月西のそ ら へと流れ いく            丸山 巧    貯水塔の遺跡と化して夏草や             佐藤清美    己が抜け殻と知ってか蝉の声             青木澄江    赤のまま歌へよ歌へ今も昔も             九里順子    つかの間を瀧でありけり秋の水           水野真由美    雨の夜にピザ屋は灯る ずっと雨           外山一機    よるの9割がみずになる             西躰かずよし    土塊 (つちくれ) のまだあたゝかき夜涼かな      堀込 学       橋上日...

井澤勝代「面(おもて)変へ五役“小栗“や冬芝居」(「立川こぶし句会)・・

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   本日、12月12日(金)は、立川こぶし句会(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    義父愛でしはぜの盆栽色づきぬ      三橋米子    落日に九輪の輝き冬紅葉         井澤勝代    「元気です」訃報に涙冬の朝        髙橋桂子    二パーセント不戦の誓い冷え冷えと    和田信行     車窓よりよせくる光冬曙         山蔭典子    厨から母の鼻歌むかご飯         川村恵子    生き生きと死ぬこと語る日向ぼこ     伊藤康次    長電話切れるまでの間 (ま) 秋更くる   大澤千里    裸木や我慢しどころ天を衝く       尾上 哲    マニぐるま手繰り出される冬のマントラ  大井恒行 ★閑話休題・・島一木詩集『魂の秋/秋田の聖母に捧ぐ』(冨岡書房)・・  島一木詩集『魂の秋』(冨岡書房)、献辞に「秋田の聖母に捧ぐ」とある。「あとがき」相当の「第二の少年期」には、  (前略) 一九九二年六月に、私はキリスト教ローマ・カトリックを受洗した。その三年前から、私の母方の祖母の死をきっかけとして、さまざまな信仰への不思議な促し(神秘体験)を受けるようになったが、この間の敬意については二〇〇五年八月から二〇〇七年十二月にかけてカトリックの横浜アクション・グループの機関紙「ヴァチカンの道」に詳しく報告したので、そちらを参照されたい(この報告もブログに発表したが現在みつからない)。 (中略)   「洗礼」はカトリックの教義では秘蹟の一つであり、イエスズ・キリストの十字架の功徳によって神から勝ち得た恵みであり、それによって人間が一生に一度だけそれまでに犯した罪を原罪と共に完全に許される儀式である。つまり、現代風に言えば、一生に一度だけ心をリセットできるということになるだろうか(比喩が乱暴だが)。 (中略)   それはいわば第二の少年期とも形容できるような状況であり、心も感覚もまっさらになって、少年の頃の日曜日の朝のまっしろな眩しさが戻ってきたように感じた。私はおっと幸いとばかりに、浮かんでくるそれらもろもろのイメージを俳句や四行詩の形で書きとめ始めたのである。  とあった。その4行詩を以下に、2篇だけ紹介しておこう。        ばった  道ばたで お爺さんが 将棋を  さ...

津髙里永子「闇に触れ火花つめたく火の中へ」(「墨 BOKU」第10号)・・

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 「墨 BOKU」第10号(発行人・津髙里永子/編集人・加那屋こあ)、その表2に、   俳句の力を信じて集まった私たち 俳句のこころを手作り手探りの作品に反映したくなりました すべて手書きの誌面にしたかったのですが少し勇気が足りなくて活字の力も借りることにしました からだを通して出てきたことばたち からだを使って表現します  ご高覧いただければ幸いです               墨BOKUの会代表 津髙里永子  とあった。本誌より、以下にいくつかの句を挙げておこう。    木枯らしの隙間にチェロの音無邪気     増田蘭修    掛取りを手伝ひし日よ小さき日よ      水野星闇   みたま蛍光荼毘の火も狐火も        龍 太一    花すゝき天狗の降らす雨白し        飯田 晴    朝顔の青に絡まりゆく憂鬱         大西 陽    色鳥や鏡のなかの天球儀         加那屋こあ    尖りたる木々に鳥声冴え冴えと       小藪邑香 ★閑話休題・・森澤程「メロディーの中の宇宙や桐一葉」(「~ちょっと立ちどまって~2025.11~」より)・・ 「~ちょっと立ちどまって~」は津髙里永子と森澤程に二人の葉書通信。あと一人の、津髙里永子の句を挙げよう。    寒き日を寒く角張る三鬼墓碑       津髙里永子        撮影・中西ひろ美「冬真白喪中につきの葉書受く」↑

池田澄子「月仰ぐわが師を好きな朋たちと」(「くらら」第二号)・・-

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 「くらら」第二号(編集発行人:梶浦道成)、巻頭に「澄子さんの宝物・第一回/三橋敏雄からの最初の葉書」、写真と文の梶浦道成は、   「これ、わたしの宝物」澄子さんが目をキラキラさせて見せて下さったのは古い一枚の葉書だった。   日付は一九八三年十月十二日。俳誌「俳句研究」で三橋敏雄特集と出会い、彼こそわたしの師だと確信し、思い切って三橋宛に出した手紙の返信がこの葉書だ。 と記している。この三橋敏雄の返信には、 (前略) 俳句は誰かに教えてもらうものではありません すべては自己啓発にかかっています。それには先ず先行のすぐれた俳句作品をよくよみ肝に銘じることです そして先行の作品を一歩でも抜く表現をめざすこと、しかし先行作品の亜流や真似にすぎないものはいくらよく出来ていても存在価値はないと思うべきです。 とあった。ともあれ、本誌よりいくつかの句を以下に挙げておこう。    後で捨てる紅葉をどうしても拾う       安達原葉子    本音など自分も知らぬ冬うらら        荒木とうこ    白鳥帰る先頭の目の迷いなく         遠藤千鶴子    開戦日いいえイマジン唱する日         梶浦道成    薫風や降車ボタンに手を伸ばす       加東ネムイナ    出目金の目が取れぬよう見守る子       神谷べティ    地球に海三月十一日の海           紺乃ひつじ   新盆やどいてよそこは夫の椅子         佐藤昭子    狼の声がこころにうづくまる          丹下京子    迎賓館のユリノキユリノキ蝉蟬蟬        中村我人    自分もてなす春キャベツたまごサンド      畑上麻保    梅雨明のはなびらにある一雫         馬場ともこ    はれやかに母の舟ゆく天の川          山本恵子          撮影・鈴木純一「鶴なんだから戦さを停めなさい」↑

安井浩司「御灯明ここに小川の始まれり」(『角川 季語別俳句集成 新年』より)・・

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 角川書店編『角川 季語別俳句集成 新年』(角川書店)、本書の巻尾に、「自由律俳句・無季俳句」が収載されている。 愚生の句も、3句入集している(じつは、自分にもほとんど記憶にない句もあったが・・・)ので、他の方々ともども、いくつかの句を以下に挙げておきたい。    歩行 (かち) ならば杖つき坂を落馬かな       芭蕉    油さし油さしつつ寝ぬ夜かな            鬼貫    襟にふく風あたらしきこゝちかな          蕪村    亡き母や海見る度に見る度に            一茶    うしろすがたのしぐれてゆくか          山頭火    陰 (ほと) もあらわに病む母見るも別れか   荻原井泉水    墓のうらに廻る                尾崎放哉    断水の 飢饉のやうな 夕方がきてゐる    吉岡禅寺洞    貝眠る重いなみだをあまた溜め         三橋鷹女    松葉杖傷兵銃のごとく擬す           横山白虹    広島や卵食ふ時口ひらく            西東三鬼    後ろにも髪抜け落つる山河かな         永田耕衣    見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く         日野草城    草二本だけ生えてゐる 時間         富沢赤黄男    木の股の猫のむこうの空気かな         橋 閒石    しんしんと肺碧きまで海のたび         篠原鳳作    音たててうどん食うこの妻を見捨てず      細谷源二    なんといふこひしさ魚を焼いてゐる       安住 敦    嬰児抱き母の苦しさをさしあげる        高屋窓秋    千人針はづして母よ湯が熱き          片山桃史    銃後といふ不思議な街を丘で見た        渡辺白泉    撃たれても愛のかたちに翅ひらく        中村苑子    非常口に緑の男いつも逃げ          田川飛旅子    夫逝きぬちちはは遠く知り給はず        桂 信子    要するに爪がいちばんよくのびる        阿部青鞋   しろい昼しろい手紙がこつんと来ぬ       藤木清子    ぶつかる黒を押し分け押し来るあらゆる黒    堀 葦男    いつせいに柱の燃ゆる都かな          三橋敏雄...

篠木裕子「はるかなる時の重さよ貝化石」(第3回TAMA市民塾講座「現代俳句入門」)・・

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 12月8日(月)は、第3回TAMA市民塾講座「現代俳句入門ー『俳句は過渡の詩』」(於:多摩交流センター)だった。今回の、宿題は、無季の句を2句作って来る。と、俳人の紹介は高屋窓秋。以下に一人一句を挙げておこう。     面差しの父でありたる釈迦如来        吉田久美    ほほ緩む窓から富士の見えし朝        中西雅子    万葉をなぞり書く夜や一教師         富山 勉    廃屋を赤に染めゆく蔦の勢          上阪則子    タッチアンドゴー爆音轟く住宅地       篠木裕子    指と口俳句かじりて五七五と         梶木純子    讃美歌のもれ来る窓や星光る         渡辺一枝    ガザの宝テントの廊下かけまわり      大泉由美子    無言坂登りたくなる夜空かな        小田嶋英子    万物の光に包まれここに居り        二郷寿摩子   父母眠るはるかなる島雲流る        佐藤三千男    太平洋はさんで孫とV (ビデオ) 通話      花見育子    ひこうきや馳せる想いは異国の地       田中典子    かまぼこの古き歴史や体験会         森 和子    希望あり曇天に伸ぶ九輪塔          石原美代    流星群おもわず我も声を上ぐ         宮石 修    臥せし君唇噛みて朝陽燃ゆ          中田京子    集まりて無事を祝いし誕生日         村上佳枝   ミステリーピースはまって心地良く      太田直子    いつもそうごちゃまぜの無限や永遠     早川ひろ美          ゲルニカやこだます天のさびしさよ      大井恒行  次回は、来年1月12日(月)、兼題は「正月」、「木」で、それぞれ2句持ち寄り。  皆さん、良いお年をお迎えください。       撮影・中西ひろ美「裏と裏見せあって楽十二月」↑

松平修文「夜明け前に氷の鶴は解けてしまひ」(『松平修文全歌集』より)・・

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 『松平修文全歌集』(青磁社)、解説は大森静佳、その中の「3 俳句と詩」には、   六十三歳で青梅市美術館を退職した修文が私家版として相次いでまとめたのが、句集『沼の絵』と詩集『Rera』だった。十九歳で上京する際、八歳から書きためてきた俳句と詩の原稿を東京に送ったが、その量はなんと柳行李七つ分になったという。退職後、整理しようと行李をあけてみると原稿は虫食いでぼろぼろだったが、かろうじて救出できたものを出版したという経緯がある。   鯉魚を抱へ女沼よりあがりくる   (十四歳)   くくくくと笑ふ少女を煮てやらうか (十五歳)  句集『沼の絵』には十二歳から十九歳までにつくられた二二七句がおさめられている。私は今回ははじめて通読し、そのあまりの早熟ぶりと、後年の短歌作品における主要なモチーフと世界観がこの時点でほとんどすべて出揃っていることに驚愕した。 とあった。  愚生が松平修文と席を共にしたのは、忘れもしない40年前、東京で開催された坪内稔典らと「’85現代俳句シンポジウム〈東京〉」で、「俳句と短歌の交叉点」を開催するための打ち合わせ会でのことだ。ここで、多くの歌人の方を知ることになるが、その後歌集『水村』を贈られ、その静謐な世界に魅了されたことを覚えている。その後、お会いする機会はなかったが、この度の全歌集によって嬉しい再会ばかりでなく、その句集を読ませていただくことだできた。  ともあれ、、以下に、いくつか、句と歌のいくつかを挙げておこう。  あめんばう ゐぐさ とうすみ さぎ うぐひ 飼ひならす娘 (こ) は名を「川」といふ                                       修文   北風の吹くころ樹下に萌え出でしはこべらよいつまでの生恥  朝な朝な雨戸を開けてわれは見ぬ沼のうへとぶ黒きふろしき  水につばき椿にみづのうすあかり死にたくあらばかかるゆふぐれ  花曇の街にてひろひしタクシーの運転手は「墓場までですか」と言へり  老母 (はは) が早づ忘れしは亡夫 (つま) のこと、そして四人の子を下より順に忘れき   流れてゐるのは時間そして何もかも消し去つてゆく暗黒の霧   棘だらけの枯れ木が保育所を囲む   寒き火を焚くは螢か草霊か   魔女が来て僕の背中に蛇を描   松平修文(まつだいら・しゅうぶん) 1945年2月...

武藤幹「冬至湯に無頼の過去を沈めけり」(第7回「浜町句会」)・・

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                            撮影・川崎果連↑   12月5日(金)は、第7回「浜町句会」(於:中央区人形町区民館)だった。以下に1人一句を挙げてこう。    ちくわぶと取りのこされて冬の夜             米原拓土    秋秋や仲代達矢の眼の力                 村上直樹    解きがたい一行のよう冬の君               武藤 幹   ゲルニカやまほろばに立つ鷹柱              川崎果連    寄鍋もやがて湯どうふひとり鍋              植木紀子    背徳の一因となる冬薔薇                伊藤左知子    冬の雷ナースコールの鳴り止まず             石原友夫    もの食べる人の孤独や氷面鏡               林ひとみ    冬の淡海水鳥の影深く落つ                宮川 夏   ひと恋うに時効はあらじ木菟の鳴く            白石正人    天日 (てんぴ)  にんげんをそうぞうしなおしてください  大井恒行        撮影・中西ひろ美「裸木の列となるまで日差し」↑

筑紫磐井「前頭葉にさわさわ湧いて明易」(「豈」68号)・・

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 第4次 「ー俳句空間ー 豈」(豈の会/発売・日本プリメックス株式会社)、第10回攝津幸彦記念賞の発表、特集は「ユネスコ登録戦略の最前線」。巻末には、文化丁・文化芸術推進基本計画(第3期)に向けてパブリックコメント(国民の意見の募集が令和9年に行われる「◆俳句ユネスコ無形文化遺産登録への意見表明◆」の案内が掲載されている。  特集の執筆陣は、筑紫磐井「 真面目な顔をした俳句ユネスコ登録論―-我々はユネスコ登録にどう立ち向かうべきか 」、堺谷真人「 処土横議のすゝめ―ーユネスコ問題から俳句批判へ 」、大井恒行「 改めて問う、その中身と現代俳句協会のなすべき当面のこと。 」、トマス・マーティン「 ドイツから見たユネスコ登録問題 」、中島進「 『アート』としての俳句はどこへ向かうのだろうか」 、干場達矢「 価値について」。  ともあれ、以下に、第10回攝津幸彦記念賞(正賞該当作なし)と近年、「豈の会」入会された方を主に、いくつかの句を挙げておこう。    枯木から枯木へ渡す万国旗            朽木れん(准賞)    さへづりや窓が四角にしてとほし         斎藤秀雄(佳作)    息する。卵の殻に詰まって翳る         超文学宣言( 〃)    攝津幸彦ですひひひひひ旱のネコがにゃあ     雨霧あめ(〃 )    冬銀河点描の犬壁面に             伊藤左知子    夕焼くるこの手かえそうと思う          男波弘志    初恋にして小走りは時雨かな           各務麗至    肉桂の掻かれし蛤の遺憾             白石正人    かこむ霧きえぬ霧                中島 進    夜の情事昼のいとなみ燕子花           中嶋憲武    菅笠にとんぼの止まるゆきがかり         渤海 游    はつ恋のひとの白髪の涼しさよ          村山恭子    とざいとうざぁい。なつはぎきちこう白おうぎ    凌    ノーベル賞より蛇笏賞生身魂           宮村明希            第11回攝津幸彦記念賞(評論奨励賞)↑            ・締め切り 2026年6月末            ・原稿 400字詰め30枚以内            ・発表 2026年秋 「豈」6...