北大路翼「サラダ記念日ほとんどがもやし」(『給食のをばさん』)・・
北大路翼『給食のをばさん』(角川書店)、帯の背には 「給食俳句日記」 とあり、表紙側の惹句には、 どんな生き方だっていいじゃんか。/俺が証明してやるよ。 SDGs、ジェンダー、少子化…… 給食調理場へと変貌を遂げた人気俳人が全人類にお届けする全くあたらしい日記文学……誕生。 とあった。著者「あとがき ごちさうさまのかはりに」には、 時間があるけど金がない。給食の仕事を選んだもう一つの理由は勤務時間が短いことだ。給食を作つて、片付けが終はれば毎日十五時にはあがれるわけである。勤務地も家から近いし、空いた時間で句作に専念するつもりだつた。ところが、勤務時間が短といふことはその分給金も減るといふ当たり前のことをすつかり忘れていた。忘れたといふより気にしないふりをしてゐたといつた方が正直か。 (中略) 愚かな人間にこそ俳句は必要だ。給食俳句も思うたよりも愚痴つぽくなつてしまつたが、食を通して何らかの問題提起になつてゐれば幸ひだ。うまくいかないのは自分のせゐなのはわたつてゐるが、とにかくいまの夜の中は生きづらい。文学といふ大きなフライパンで必ず世の中ごとひつくり返してやる。プリキュアは絶対あきらめない。 とあった。いくつかの例句を抽き、以降は句のみになるが。愚生好みに挙げておきたい。 六月一日 麦御飯、お好み卵焼き、豚汁、野菜の辛子和え 卵を二十六キロ分割った。プーチンも卵を割るように人を殺して ゐるのだらう。 ふと我に返る卵の殻掬ひ 七月十日 鶏牛蒡ピラフ、トマト卵スープ、ビーンズポテト 皿を洗つてゐるところをじつと見学してゐる生徒がゐた。少年よ、 目をそらすな。これが人生だ。 夏痩せの肩をエプロンずり落ちて 九月二十九日 芋御飯。メカジキの照焼き、南瓜団子汁、切干大根サラダ 南瓜をマッシュするまでは楽しかつたが、月を模した団子を作り 続けるのがしんどかつた。月は一つでいいよ。 明月をつくる身分となりにけり 二月十日 あんかけチャーハン、ビーフンスープ、パイナップルケーキ バレンタインデー、チョコや他部署からの紅茶ケーキの差し入れなど 甘いものづくしだつた。僕はチャーハンを必死にもぐもぐ。 ハッピーバレンタイン検体提出日 海苔の香のつきし魚卵のよくこぼれ ...