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田口武「持ち帰るつもりなき空蝉を手に」(「歯車」420)・・

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「歯車」420(歯車俳句会)、「句集の散歩道」というコーナーで、愚生の句集『水月伝』を評してくれている。その中に、 (前略) 『水月伝』もまた、「好きじゃない人は、いくつ句を挙げてもピンとこないだろう」と私は思うのだが、だから読まない、それでいいでは済まないような、私のように「自分が楽しみながらまとめた」のではなく、句集を編むに当たっての作者の強い姿勢を感じながら、ピンと来るまで詠み込まなければいけない、そんな句集であると感じた。  『水月伝』は、四章になっている。そのⅢ章は、追悼句だけで構成され、特異な章になっている。長岡裕一郎、糸大八、大本義幸、澤好摩といった方々のお名前は、私としては『俳句研究』の五十句競作で知ったように記憶している。「五十句競作」、今では殆んど話題にならない、遠い存在になってしまった。またいつも紫を纏っていらっしゃったらふ亜沙弥さんが亡くなられたことをこの句集で知った。        Ⅰ章から、   神風に「逢ったら泣くでしょ、兄さんも」   洗われし軍服はみな征きたがる   凍てぬため足ふみ足ふむ朕の軍隊   (中略)         Ⅱ章から   万物のふれあう桜咲きました   駅から駅へていねいに森を育てる        Ⅳ章から   死思えるは生きておりしよ著莪の花   団塊世代かつて握手の晩夏あり     (中略)    歩くたび幻像の春残りけり   生涯に書かざる言葉あふれ 秋  歴史を問い直し、現代に問いかける。意味や本質などが容易に理解できない、させない。日常生活次元での鑑賞は求めていない。安易な読みを拒む、読み手にピンとくるものを求める重い一冊であった。  とあった。深謝!! 本コーナーの他の評は、堀節誉「 河村正浩句集『枯野の眼』/豊かに自在な表現力 」、杉本青三郎「 塩野谷仁『塩野谷仁俳句集成』/心の景に徹する 」、玉井豊「 白戸麻奈句集『東京の夜空に花火』/彼岸と此岸の架け橋 」、比留間加代「 鈴木光子句集『銀の炎』/のうぜん花の行方」 、飛永百合子「 戸川晟句集『それから先は』/俳句は人柄 」、極楽寺六乎 「中内火星句集『SURR’EALISEME』/何ンと、まあ、絶望峰(シュルレアリスム)よ」 。ともあれ、以下に、本誌本号より、いくつかの句を挙げておきたい。      大夕焼ひとり芝居が終らない       前田光...

山本掌(原著には、堀本吟とある)「右手に虚無左手に傷痕花ミモザ」(『俳句の興趣 写実を超えた世界へ』より)・・

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 西池冬扇『俳句の興趣 写実を超えた世界へ』(ウエップ)、著者「あとがき」には、   この本は雑誌「WEP俳句通信」128号(2022年6月)から138号(2024年2月)まで連載した「続・明日への触手」を中心として、加筆、修正しながら「俳句の興趣」として通読できるように再編成したものである。以前出版した『明日への触手』は未来をさぐる触手を有する俳人の幾人かを紹介したものだが、この本は姉妹編ともいえる。  とある。本書第3部「同化の心(宇宙的虚無感)と明るい虚無の時代:未来へも興趣1」の中に、   〇俳句の興趣  興趣という言葉自体あまり市民権を得ているわけではないが、芭蕉流の「姿情」という言い方で分けると情に近い。情趣ともいえる。ただ、俳句の場合、情という言葉は理と対立させた言葉ではなく、モノと対立させた方が分かりやすい。 (中略) そのため、私は人間の情を顕わに表現することよりモノの存在の表現によって読者と趣を共有する意で「非情の句」(情に非ずという意味)という言葉を使ってきた。そのことを考慮して、情趣という言葉でなければならない場合を除き、「興趣」(その俳句の読者に与える趣)という表現を使用している。私が使用する興趣の概念は広い。日本文化で最も基本的な興趣と呼べる「わび」「さび」「しをり」「無常」等々から「俳味」「滑稽」などという俳句独特の概念、子規が好んだ「壮大雄渾」「繊細精緻」などという景から受ける感情なども興趣の一つといえよう。  もともと興趣という言葉は中国南宋期の詩論『滄浪詩話』にある。  【詩の法五あり。体製と曰ひ、格力と曰ひ、興趣と曰ひ音節と曰ふ】とあり、そのうち興趣は興味・趣で作家の心情からくるが鑑賞者に感じさせるものとある。 (中略) しかし、この本の解説の「作家の心情からくるが」の「くるが」が気になる。俳句の鑑賞において作者の情は必要ない、むしろ顕わに情が表現されていたら、読者としては迷惑だ。 (中略) 興趣はテーマと呼んでも差し支えないのであるが、少し「この句のテーマは何々」と説明するのは「そぐわなさ」を感じる。せっかく興趣という言葉があるのでそれを使うことにしている。   とあった。興趣に興味を持たれた方は、是非、直接、本書に当たられたい。ともあれ、本書に抽出された句のいくつかを以下に孫引きしておこう。   草二本太いのとちよつ...

高柳重信「きみ嫁けり遠き一つの訃に似たり」(「俳句界」11月号より)・・

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 「俳句界」11月号(文學の森)、特集は「俳句の『物語性』と「俳壇タイムスリップ」。第一特集の巻頭総論に堀切克洋「季語による復讐劇」。それには、   俳句の「物語性」という主題について考えてみると、その主役はどうやら作者ではなく読者であることに気づかされる。小説と比べればもちろん、詩や短歌に比べてみても極端に短いこの詩型においては、作者が何らかのストーリーを生み出したいから俳句を書くということはたぶんない。ある俳句を前にしたとき、読者が「物語り」たくなることで、物語り的な俳句となると考えるほうが自然だろう。つまり俳句の物語性は、句の読みの実践の一面であるということだ。  (中略)  繰り返しになるが、「わからないこと」をわかりたいという思う不安感が、「物語」への欲望を掻き立てる。   からだからあやめへ靡く雨の昼    鳥居真里子  これも相当に不安な句である。初夏、傘をさして外を歩いている「からだ」が、「あやめ」を乞うように近づいてしまう。肉体も平面的でうすうすした存在に変貌してしまったかのよういだ。このような感覚的な句を前にしたとき、読者の「わかる」は無根拠であり無能力である。だからこそ尊い。  とあった。本特集の他の執筆陣は「私が選ぶ『物語性』のある俳句」には西村麒麟「 輝く君へ」 、瀬間陽子「 『ふしぎ』を生きていくために 」、「『物語』を意識して詠んだ句」に 金子敦、堀本裕樹、髙柳克弘、佐藤文香。  もう一つの特集「俳壇タイムスリップ~あの日あの時あの場所で」の論考には、小野あらた「 1930年 初の女性主宰誌『玉藻』誕生! 」、伊丹啓子「 1934年 日野草城『ミヤコ・ホテル』論争 」、栗林浩「 1940~43年 新興俳句弾圧事件 」、田島健一「 1946年 桑原武夫『第二芸術』論の衝撃 」、蜂谷一人「 1984年 俳句、テレビへ進出」 、関悦史「 2011年 3・11東日本大震災 」。   ともあれ、以下に、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    父の指触れし白桃憎みけり       行方克巳    時雨雲たり黒々と沖に寄せ       本井 英    鬼の手を見せむと誘ふ焚火かな     中西夕紀    雲中の月のごとくに猫抱かれ     中西ひろ美    秋麗の彼岸をたれか漕ぎ出でる    つはこ江津   野葡萄や身を飾るもの持た...

笹木弘「川底の石を浮かせて水澄めり」(第60回「府中市民芸術文化祭俳句大会/府中市俳句連盟」より)・・

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                  主選者の田中朋子氏↑  10月27日(日)は、府中市制施行70周年記念事業「第60回府中市民芸術文化祭 俳句大会/府中市俳句連盟」(於:府中市市民活動センター「プラッツ」)だった。愚生の地元の俳句大会なので、よほどの先約がない限り、出席することにしている。また、当日は、JAZZイン府中で、街中のいたるところからジャズの演奏が行われていた。  当日投句の席題は「新松子」と「雁渡し」。愚生が特選に選んだ句は、   神磯の鳥居の朝の雁渡し       河野めぐみ  である。ともあれ、以下に事前投句の方々の成績順に句を紹介しておきたい。    川底の石を浮かせて水澄めり        笹木 弘    容赦なき高階層の西日かな         田頭隆徳   片蔭の列に加わり出勤す         河野めぐみ    渚から花野へ移す現住所          保坂末子    涼しさや白磁の壺の細き首         鈴木浮葉    てのひらび招待状は花野から        岡崎久子    安全帽要らぬ通学青田風          美野輪光    竹伐れば隣の竹に寄りかかる        井上治男    新蕎麦やバンダナ似合ふ四代目      相馬マサ子   霞ヶ浦の白き帆舟や鰯雲          浦野三枝    旅客機を絡め捕りたり鰯雲         江橋恒男    昼顔のやさしい時間ただ歩く       山崎せつ子    秋暑し四季がうすれていく怖さ      山中とみ子    幸福は西瓜の種の多いほど        佐久間麗子    流れ星今度こそはと身構へて        鈴木克巳  事前投句の愚生が選んだ特選3句は、ブログタイトルにした句と、    地下帝国の入り口に蚯蚓鳴く        笹木 弘    魁夷の青魁夷の翠秋澄めり        横山由紀子  である。  ★閑話休題・・対馬康子「ナイキロゴアマゾンマーク麦の秋」(「麦」9月号より)・・  府中市俳句大会の今年の主選者である田中朋子から「麦」9月号をいただいた。「麦」同人などにも、多くの知人友人がいるので、本誌本号のなかから、いくつかの句を以下に挙げておきたい。    電子辞書どこに奈落の梅雨の底      松岡耕作    追いつけぬ歩幅遠のく夏帽子      ...

宮本佳世乃「八月の旗のまはりのがらんだう」(「オルガン」38号より)・・

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  「オルガン」38号(発行 鴇田智哉・編集 宮本佳世乃)。「オルガン」の同人にとっては初句会だそうで、ゲストに岩田奎、暮田真名を加えて田島健一、鴇田智哉、福田若之、宮﨑莉々香、宮本佳世乃。句評は点の入ったものから以下に一句ずつ、    酢が夢に効く成長のおそい蛸         田島健一    アイスキャンデー棒へ氷の筋あつまる     岩田 奎    ひぐらしやなんだか私語の楽しきこと    宮本佳世乃    七夕がいがいとうずまいてるんだ       暮田真名    だつた愛おまつりのにじいろひよこ     宮﨑莉々香    つやのない石の畳を来るとかげ        福田若之    口にあてはまる小さな扇風機         鴇田智哉   「オルガン連句 巻拾参/脇起歌仙『ながい草』の巻」・曵尾庵 璞 捌、からはウラの一句目まで記しておこう。   ながい草みぢ (ママ) かい草の春の夢     冬野 虹     里に野原に頬白の声            四ッ谷龍    うらゝかに弁当のふた光らせて        浅沼 璞     棚から古き新聞をとる           宮本佳世乃    宵闇のはるかな意識との出会         鴇田智哉     そして九月の水たばこの香         福田若之 ゥ  ニューヨークみたいな街はにせの蔦      宮﨑莉々香  (以下略)  他の記事、「往復書簡『主体』について」10、鴇田智哉から福田若之へ。その結びに、 (前略) 37号の最後で福田さんが書いた、「主体の立ちあがり」は「言葉の出来事として経験」されるものであり、「一句の主体が、あくまで言葉だとするなら、僕たちは、むしろ、文体もとい句体のほうに向かうほうが良い」とい うことに、これはストレートに結びついていくように思います。「霜掃きし箒しばらくして倒る」の句の主体はあの句またがりを、「いくたびも雪の深さを尋ねけり」の句の主体は「いくたびも」というイントロを、定型の一句のなかのある位置に、組み込んだ、と同時に、機械的に組み込まされた、のだと私は考えています。                           敬具   九月十五日  / 鴇田智哉/福田若之様    とあった。ともあれ、以下に各同人の一句を挙げておこう。    空蝉やまぶしい前日がとどく...

根来久美子「短日や『ゆ』一文字の大暖簾」(合同句集第四号『紀尾井坂』より)・・

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 合同句集第四号『紀尾井坂』(ソフィア俳句会)、序は根来久美子、その中に、  ソフィア俳句会は、同窓会組織「上智大学ソフィア会」の正式登録団体である。すなわち、本学の卒業生の句会であり、主に、学内の同窓会の会議室を利用している。 (中略)   この句会は、本学卒業五十周年を迎えた方々で構成されている金祝燦燦会を母体として生まれた。上智大学には、卒業十五周年、二十五周年を記念して、それぞれ銅・銀・ルビー・金と名付けた祝典を催し、ラテン語の祝状を授与するという伝統がある。 (中略)  本学の卒業生であり、有季定型を重んじて下さる方ならば、どなたでもこも句会に入会いただける。これからも、俳句を楽しみながら同窓の絆を強め、大学や社会に少しでも貢献できるよう、励みたい。  とあった。ともあれ、以下に、いくつかの句を挙げておきたい。    つやつやの胸を反らせて初鴉        根来久美子    初蝶や供華一輪の辻地蔵          五十嵐 克    どの花も分銅となり八重櫻          江澤健二    万緑を胸一杯に目で吸うて          鈴木占爐    声出して読むみすゞの詩冬ぬくし       岩渕弥生    あの山を越ゆれば信濃秋の虹        小池ザザ虫    翠嵐の白神山地囀れり            鈴木 榮    音叉よりラの音ヴィオロン冴ゆる宵     坂井都代子    しやぼん玉己がいのちの在るままに      中村 剛    星冴ゆるジャズ流れ来る司祭館        稲田幸子    海平ら山笑ひをり東北忌          中岡まつ子    ものの芽をほぐしつつ今朝の雨        和高怜子    軒届くほどに積み上げ榾の宿         畔柳海村    秋惜しむ生命線に日を掬ひ          後藤 洋    梅真白いくたび戦火くぐり来て        野地陽花    銀河濃き八丈に聴く波の音          中村明子    道の駅松茸買ふは出来心           新山さむ    いでたちは宇宙飛行士蜂退治       吉迫まありい    春昼やプジョーゐさうな石畳       くにしちあき    八月は鎮魂の月生れし月          門倉百合子    ものの芽のつぶやき初むや反戦歌       岩瀬深雪 ...

関根幸子「秋の暮カステラ焼くよぐりとぐら」(第178回「吾亦紅句会」)・・

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  10月25日(金)は第178回「吾亦紅句会」(於:立川市高松学習館)だった。兼題は「冷やか」。以下に一人一句を挙げておこう。    冷やかなスマホの文字や喪の知らせ       西村文子    冷やかやタッチパネルのの一人飯       折原ミチ子    メロディちゃん呼ばれし少女花野行く     吉村自然坊    秋冷の青梅渓谷水清し             齋木和俊    長き夜や殺人犯はオランウータン        牟田英子    花カンナ祈りのノーベル平和賞         田村明通    野生馬の波うつ腹や秋の海           佐藤幸子    店頭に「どぶろくあり」と筆太く        松谷栄喜   冷やかに走る夜汽車の窓明り         佐々木賢二    雨音を聞いて二度寝の小さい秋         笠井節子    セザンヌの絵画のような林檎剥く        関根幸子   寝つかれぬ深夜満月赤味帯ぶ          渡邉弘子    ほのかな香色なき風が通り過ぎ         高橋 昭    行く雲や軽トラのみの苅田道          奥村和子    金木犀散歩の犬鼻くんくん          三枝美枝子    秋高しいたわり合いて老いの起居        武田道代    コンビニの先光りの夜食かな          村上さら    秋蝶の触覚に付く赤き花            大井恒行   次回は11月22日(金)、兼題は「山茶花」。 ★閑話休題・・奥村和子「仏壇の前のみに置く夏蒲団」(図書館俳句ポスト・7月選句結果・お題「打水」又は自由)・・  図書館俳句ポスト・7月選句結果(選者 太田うさぎ・岡田由季・寺澤一雄)に吾亦紅句会のメンバーが2人が入選(立川市高松図書館)していた。もう一人は、    音もなく行き交う僧や蝉時雨      佐藤幸子     撮影・中西ひろ美「小鳥来る今日の機嫌のカレー煮て」↑

久光良一「誰もこない淋しい夜も心は点けておく」(令和六年・2024年秋」『句抄覚え書き』/句会プリント別冊41)・・

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  令和六年 2024年秋『句抄覚え書き(句会プリント別冊41)』(周防一夜会)、今どき珍しい謄写印刷による手作り冊子である。周防一夜会は自由律俳句会である。句会は毎月第二日曜日の午後に地域の公民館で続けられてきた。令和6年10月で607回になるという。そのエッセイの久光良一「老いと俳句」には、  (前略) 私は昭和十年一月二十一日生まれであるから現在既に満八十九歳になっており、かぞえ歳は九十歳である。つまり私はあの「老」とか「翁」と呼ばれていた碧松さんよりも歳をとってしまっているのである。  ちゃんとした頭脳と一本の筆があれば、俳句は何歳になっても作ることはできる。しかし、その質が落ちることはないのだろうか。私は二十年ばかり句会の世話をしてきたのだが、いくらすぐれた俳人でも、やはり年齢が九十歳を越えるあたりになると、衰えを感じさせる句が多くなってくることは否めないような気がする。 (中略)    明治、大正、昭和と、ついうかうかと歩んだ八十七年のわたくしの人生であるが、今にして振り返ってみると、なんと月日の速く、また無為であったことか…  この碧松さんの述懐は、時代を昭和、平成、令和と書き替えれば、まさに私の思いと同じと言えそうである。 (中略)   もはや新鮮な句が作れなくなった自分への言い訳かもしれないが、これからの俳句人生を私なりに意味あるものとするためにも「老い」というものに正しくむきあって、自分なりの表現で、けれん味のない枯れた味の句を書き残したいものだと思っている。  とあった。ともあれ、以下に本誌よりいくつかの句を挙げておこう。    笑わずしゃべらずそれでも生きて一日        久光良一    糸が通らないただそれだけのさびしさ       藤井千恵子    熱心に聞いてくれる 私の口から言葉あふれる   村田ミチヱ    生き難い此の世の日だまりに水仙の一群れ      松根静枝    病んだ心を積んだ笹舟をそっと流れに        吉川 聡    よい風いちばんすずしいところにねころぶ      花田紀子    散るを覚悟の昭和より令和天寿の花筏        吉村勝義   知恵と強気で軽くかわした昭和のセクハラ      小藤淳子    重たいものを捨て雲になる             下森勇二    蟻の行列延々とのびてその先...

津高房子「空蝉と聞く折鶴の万のこゑ」(『霞草双手に抱けば』)・・

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  津高房子遺句集『霞草双手に抱けば』(角川書店)、装画は嘉納希代子。巻末に「付記」がある。それには、   著者、津高房子は句集の完成を待たずに去る六月三十日、九十歳で亡くなりました。  句集を手渡すことはできませんでしたが、小川軽舟主宰からいただいた御序文に感動し、表紙のイメージにも喜ぶ母の姿を見ることができました。  私たちとしては、少しだけ親孝行ができたのではないかと思っております。                                 津髙里永子                                 嘉納希代子  とあった。また、序の小川軽舟の中に、  津高房子さんが「鷹」に作品を投じたのは、平成四年から平成二十六年までの足掛け二十三年。そのうち十三年ほどを藤田湘子に師事し、続く十年ほどは私の選を受けながら句作に励んだ。  湘子先生が亡くなり、私が後を継いだばかりの頃、房子さんの次の句が私の目を引き、選評に取り上げた。   消火器の夕日移れり涅槃寺  心情を前に出して詠うことの多い房子さんにしては、素気ないほど即物的だ。 (中略)    ひぐらしの森白髪となりて出づ  この句を詠んだ翌年、房子さんは「鷹」を離れた。生まれ育った西宮に帰ったことは、娘の津髙里永子さんから聞いた。  それぞれにやむを得ない事情があるのは解っていても、仲間が去るのは寂しいことである。ひぐらしの句は、房子さんの別れの挨拶のような気がして心に残った。ところが、それから十年も経って、房子さんは句集をまとめることを思い立った。「鷹」で俳句に打ち込んだ年月が房子さんの人生にとってかけがえのないものだと思えるからこそのことだろう。そのことが私には何よりうれしい。  とある。そして、著者「あとがき」には、   俳句をやめてちょうど十年が経ちました。「雲母」を四十年欠詠なしで継続したのが自慢だった兄も、若い時に「風」に所属して晩年「陸」で作句を再開した連れ合いも亡くなってからの精進でした。「未来図」の鍵和田秞子先生に手ほどきを受け、もっと上手になりたいと思って入った朝日カルチャーセンターの講座で藤田湘子先生を知り、俳句の魅力に取りつかれていきました。  骨折して思うように歩けなくなり、出掛けるのも億劫になって、すっかり俳句から遠ざかっていた毎日でしたが、去年の十月、とつ...

中西厚子「露光り一瞬の生全うす」(『深遠』)・・

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  中西厚子第一句集『深遠』(文學の森)、序は高橋将夫「序に代えて」、その中に、  (前略) 俳句は精神(心)の風景と常々思っているが、彼女の作品は主幹を大胆に表出しているところに特徴があると思っている。    露光り一瞬の生全うす  露の玉がキラリと光ってこぼれた瞬間の写生句。「一瞬の生全うす」が彼女ならではの主観の表出。光ってこぼれた露の玉の美しさもさることながら生を全うした命の姿に見えて作者は感動したのだと思う。主観は抑えるべきとも言われるが、言わなければ読者に伝わらないことだってある。   とあり、また、著者「あとがき」の中には、  (前略) タイトルの『深遠』についてですが、私は宇宙の始まりや終焉などに並々ならぬ興味を持っております。未だ解明されていないことは数多くあり、それは人智を超えた神秘であると感じます。しかし、この広い宇宙のどこかに深い理解力が存在することを、私は震える思いで確信しております。俳句もまた奥深い文芸であると思います。突き詰めるほどに新たな発見や喜びを感じます。宇宙も俳句も内容が深くて、容易に計り知れないという意味から、このタイトルにいたしました。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    長き夜虚数と遊びゐたりけり          厚子    生者にも死者にも笑みし竜田姫   春の闇邪気と情けが同居する   終点は始点に変はる秋の駅   凍る夜無限ルーフの中に居る   異次元へ続いてをりし蜷の道   春の宵鬼の棲処となりにける   短調に転調したる梅雨の入り   秋澄みて結界を見る曲芸師   人の世を印象操作する秋雨   雪だるま完成すると壊される   到達が始まりになる今朝の秋   三叉路で春一番が絡み合ふ   引力と斥力の合ふ恋の春      中西厚子(なかにし・あつこ) 1956年、大阪府守口市生まれ。      撮影・中西ひろ美「だいじなところに落ちるのだよ露は」↑

永田耕衣「老漢初源(しょげん)卓絶這(こ)の産毛(うぶげ)」(「大野一雄/赤レンガ倉庫舞踏公演『御殿、空を飛ぶ。』/會記」より)・・

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  「大野一雄/赤レンガ倉庫舞踏公演『御殿、空を飛ぶ。』會記」1993年4月3日(土)・4日(日)(主催 PAW YOKOHANA 大野一雄舞踏研究所 YOKOHAMA ART21実行委員会 横浜市)。愚生が本棚の隙間より除く封筒を、とりだしたら、その中に、すっかり忘れ去っていた、このリーフレット(上掲写真)と、「俳句空間」第16号(弘栄堂書店)の特集「いまどきの季語入門」と題した折の、永田耕衣の原稿「霊機汎汎ー季霊超克之覚書ー」が一緒に出て来た(本ブログ下部に掲載した写真)。記憶力の悪い愚生も、おぼろげながら、そういえば…‥と少しは思い出した。愚生が一人占めにしてもったいないので、処分、あるいは散逸前に、本ブログに書いておいて、何かの奇縁になればよいと思ったのだ。そのリーフレットにはさらに、辻惟雄(東京大学文学部教授)の栞文も挟まれていた。その中に、  大野一雄さんは、ふだんは、おだやかで素朴な、小柄のお年寄りにすぎない。86歳という年齢よりも10,いや20は若く見えるにしても……。  それが舞台に立つと、どうしてあのような、不思議な存在となるのだろうか。その動作が、観客のすべてに、わけもなく涙をさそうのか、感傷でもなく悲哀でもない、なにかもっと深い淵から滲み出てくるような涙を…‥。 (中略)   蕭白の「柳下鬼女図」に描かれた鬼女の顔や指つきを、食い入るように見入る大野さんの眼を通過して、蕭白の狂気が大野さんの狂気へ乗り移り、充電を行っているのがわかる。 今回の大きな舞台で、それがどのようにあらわれるだろうか…‥。  とあった。  ところで、「俳句空間」第16号(1991年3月15日刊)の特集「いまどきの季語入門」の編集後記には、   〇特集「いまどきの季語入門」。季語とは何か?俳句形式にとってそれは否定されるべきものであろうか、それとも、前提として存るものであろうか。いずれも早急には判定し難い。ここでは、季語の歴史、季語と暦の関係、あるいは俳人以外から眺めた季語はどのように映じているかなど、様々の視点から季語そのものに肉迫していただいた。とりあえずは季語についての共通認識を深める一助になればよいと思う。  とある。参考までに執筆陣の目次を挙げておこう。 復本一郎「季題詠としての発句」、浅沼璞「俳諧と季語」、山下一海「俳諧本意の成立と季語について」、阿部鬼九男「...

大屋達治「心太押し出す無重力の闇」(「無限」第五号より)・・

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  「無限」第五号(無限俳句会)、米岡隆文「■黙思録(其伍)■/『切れ』は『接着剤』である」の中に、 (前略) 初句5音をA、中七プラス下五計12音をBとすると、⓵から⑥までの句はA=B(逆にB=A、交換の法則)となる構造をもって」いる。 (中略)   ⑤清滝=波に散り込む青松葉      →波に散り込む青松葉=清滝  芭蕉が発明したこの手法はAとBがお互い暗喩関係になると言うものである。   現代俳句はこのA=Bという暗喩関係を句またがりを逸脱して中間切れ(8音9音あるいは98音)によって達成した。   〈8音・9音中間切れの例句〉  〇天は固体なり/山頂の蟻の全滅      夏石番矢  〇こがね打ちのべし/からすみ炙るべし   小澤 實  〇佐渡ヶ島ほどに/布団を離しけり     櫂未知子  〇てぬぐいの如く/大きく花菖蒲      岸本尚毅  〇はんざきの水に/二階のありにけり    生駒大祐    〈9音・8音中間切れの例句〉  〇階段を濡らして/昼が来てゐたり     攝津幸彦  〇心太押し出す/無重力の闇        大屋達治  〇つまみたる夏蝶/トランプの厚さ     髙柳克弘  〇起立礼着席/青葉風過ぎた        神野紗希  〇何も書かなければ/ここに蚊もいない   福田若之  (中略)  とうとう日本の俳句はここまでたどり着いたのである。  この事は何を示すのか?   短歌が万葉集の五七調から古今集の七五調へ、さらに新古今集で五七五(上句)と七七(下句」との分離から連歌への道を開いたことが短歌の終焉を招いたように、俳句がA(上句)B(下句)と分かれたことは俳句の終焉を物語っている。  とうとう日本の詩歌は俳句の解離を持って終焉を迎えるのである。  とあった。他の論考に、米岡隆文「■俳句の解析学 古典篇■/再々再々再読蕪村ー俳聖芭蕉と比較しながら」、綿原芳美「世界地図から日本の国名が消える日」がある。招待席の詩篇に髙丸もと子「過ごしてきた」。ともあれ、本号より、以下にいくつかの句を挙げておこう。    さんすうはこくごじゃないかぶーらんこ     稲垣濤吾    おれはおんなになりましたおぼろ夜      上野乃武彌    油虫絶滅させて夜の空虚           筒井美代子    もじずりもひともつぁつまきもらせん      花城...

澤正宏「夏の間は子どもらのため『処理水』を流さないでと訴う保護者」(「長周新聞」2024年10月24日・第9178号より)・・

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 「長周新聞」2024年10月24日・第9178号(長周新聞社)、第4面文芸欄に、同人誌「 駱駝の瘤 通信 」28号(2024年秋)が紹介されている。その記事中、俳人でもある五十嵐進の評論を紹介しているのだ。それには、   東日本大震災を機に創刊し、被災地福島県を拠点に真実を記録し発信する同人誌『駱駝の瘤 通信)の二八(二〇二四年秋)号が発刊された。 (中略)  五十嵐進の評論「農をつづけながら…フクシマにて」は、東京電力福島第一原発の核汚染水の海洋放出をめぐって、福島県議会が決議した教育現場での「処理水理解醸成」を求める意見書に至る経過と、その軽な内容を批判する専門家の発言を紹介しつつ、正論を突きつけている。 「教育現場におけるALPS処理水の理解醸成に向けた取組の更なる強化を求める意見書」は自民党が提出したものだが、議会内外の批判と反対の声を押し切って「福島県議会意見書」として国関係諸機関の長宛てに提出された。五十嵐は「核発電“事故“被災当事者である福島県の県会議員が、揃いも揃って、こういう“意見書“を考案し、決議し、“国“に対処を求めるという姿勢に、情けないと思わざるを得ない」と吐露している。  意見書は、今年の一月に開催された日教祖の教育研究会で神奈川の教師授業実践のレポートに「汚染水」と書いていたことを問題視したものだ。国際原子力機関(IAEA)などが理解を示しているのに、「科学的根拠もないまま、処理水を『核汚染水』と称して虚偽の情報を世界中に発している中国」と同じ考えを子どもたちに教えるのは問題だとのべている。 (中略) 五十嵐は、これに対して「教育への政治介入」「表現の自由」「教員の専門職としての学問の自由」を 掲げた批判や識者の発言をもとに問題を整理している。 (中略)   また、汚染水の海洋放出に反対する中国を「愚鈍国扱い」して教員や創造的な教育への攻撃とつなげる悪質さを指摘。「国民を絶対に被ばくから守る」「国民の放射線被ばくは絶対に避ける」(原子力基本法)という国是を守ることこそが求められているのであり、こんな意見書に労力・知力を費やすのなら、一四年前に発令した「原子力緊急事態宣言」下で変えたもろもろの基準値をもとに戻すことに専念すべきだと訴えている。 (中略)  浪江へと除染土運ぶトラックに挟まれて通う十四回目の春    澤 正宏 ★閑...

井口時男「天上の蜜に渇くや蝶の旅」(『深夜叢書社年代記』栞より)・・

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  齋藤愼爾著『深夜叢書社年代記/流謫と自存』(深夜叢書社)、栞文「追悼・齋藤愼爾」の執筆陣は、井口時男「天上に蜜の渇くや蝶の旅」、井上荒野「ポーの人」、上野千鶴子「齋藤愼爾」、小川哲生「ささやかな映画上映会」、倉橋健一「六〇年代の申し子」、立石伯「齋藤愼爾という未知」、原満三寿「愼爾さんの兜太批判」、ハルノ宵子「似たもの同士」、松岡祥男「齋藤愼爾さんを思う」、水原紫苑「天使?」、山根悠子「『角砂糖の日』のころ」。  凡例に、おもに「 本書は、出版総合誌『出版ニュース』(出版ニュース社発行)に、二〇一二年一月上・中旬号から二〇一五年六月上旬号まで、四十二回にわたり連載された『流謫と自存 深夜叢書社年代記』から抄出し、まとめたものである 」とあり、継続連載された「 齋藤愼爾の平成歳時記 」からの抄出、再構成され書である。奥付の協力に「清田義昭/出版ニュース社)の名を見つけたのも、愚生としては、「清田氏健在なのだ」と思い嬉しかった。  巻頭の「創業前夜 六〇安保闘争の余燼になかで」には、  志だけは幻影のコンミューンを求めて出立したつもりの深夜叢書社は、今年(二〇二一年)で四十九年になる。創業出版の宍戸恭一『現代史の視点―—〈進歩的〉知識人論』の奥付が一九六四年二月十日となっている。 (中略)   ◆二十世紀の深夜版を…‥  深夜叢書社は、いうまでもなく、ナチス・ドイツによる占領下のフランスで抵抗文学のもっとも多産な母胎となった「深夜版」もしくは「夜の出版」(Editions de Minuit)からとった。加藤周一氏が岩波文庫のヴェルコール『海の沈黙』で、初めて深夜叢書と訳した。と十数年間も思っていたが、実はそれ以前に渡辺一夫氏が、『きけ わだつみのこえ』の序文で、そのように訳したのが、初訳であった。 (中略)   「二十世紀は夜である。夜とは実存のことだ。そして実存とは、夜、目醒めている者の謂いだ」云々は、もともと矢内原伊作氏の発した言葉だが、毎日、毎夜、仲間に復唱しているうちに、読み人知らず、いつの間にか、私が創出したエピグラフということになった。 (中略)  ポーランドのレジスタンスは、もっと複雑だった。ナチスのファシズムにソヴィエトのスターリニズムが複合していた。だから『灰とダイヤモンド』を涙なくしては観られなかった。この映画は、わが深夜叢書の原点をなす一篇で...

中嶋鬼谷「讃 井上伝蔵/草莽(そうもう)の志士(しし)として立つ北風(きた)の中」(『井上伝蔵の俳句』より)・・

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 中嶋鬼谷編著『秩父事件 農民軍会計長 井上伝蔵の俳句』(朔出版)。序には、「金子兜太先生からのお便り」とある。その一節から、帯文には、 「これは研究であるとともに、一篇のドラマである」―—金子兜太 秩父事件から140年。井上伝蔵とその俳句を丹念に辿った 34年の探求がここに完結する!  とある。第一章「井上家の俳人たちとその作品」の冒頭に、    一、井上家伝来俳諧の巻物  一八八四年(明治十七)の秩父事件の指導者のひとりであった井上伝蔵 (いのうえでんぞう) は、翌年欠席裁判で死刑を宣告され、郷里の知人斎藤新左衛門の土蔵に匿われたのち、北海道へ「国内亡命」(井出孫六氏の言葉)した。  郷里秩父の家にあった書籍や書画、俳諧の懐紙、色紙、短冊類hさそのほとんどが焼却されたといわれるが、処分を免れたものに俳諧の巻物一巻があった。 (中略)   ◆六代目伝蔵 逸井の俳句    病む母と居るも楽しき年忘れ       逸井                   〈年忘 季・冬〉  逸井 (いつせい) は六代井上伝蔵(治作、一八五四~一九一八、享年六十四)の秩父時代の俳号。北海道時代は伊藤柳蛙 (りゅうあ) と号した。「病む母」は伝蔵の母そで(俳号・楚亭 (そてい) )である。  (中略)  ◆伝蔵の短歌   濁(にご)りなき御代 (みよ) に者阿 (はあ) れど今年 (ことし) より八年之後 (やとせののち) はいとゞ 寿 (す) むべし  この歌は伝蔵の思想を知る上で極めて貴重な資料である。作られたのは、一八八一年(明治十四)十月十二日に発せられた「明治二十三年国会開設の勅諭」をもとに、その八年前すなわち明治十五年に相違ない。  自由民権運動は国会開設運動を軸に展開された。明治十年代にあって、伝蔵が「八年後」に期待したものは「国会開設」をおいて他にない。 (中略)  歌の大意はこうなる。 〈世間では「濁りなき御代」としきりに称えているが、だいぶ濁っているではないか、それより、八年の後に国会が開設され民意が国会に反映されるようになれば、もっともっと澄んだ世の中になる。きっとそうなる。〉( 中略)  この歌は風布 (ふっぷ) 村の指導者大野福次郎にわたされたもので、福次郎は自由党勧誘の冊子の表紙裏にこの歌を貼り夜を徹して奮闘した。   天朝に敵対するから加勢せよ  と...

土井探花「『死をよこせ』『あたためますか』おぼろ月」(「朝日新聞」10月13日朝刊/上野佐緒「うたとよむ 俳句は庶民の詩」)より・・

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  上野佐緒「うたをよむ 俳句は庶民の詩」(「朝日新聞」10月13日、朝刊より)、その中に、   「俳句は庶民の詩」という言葉が好きだ。現代は民主主義の世の中で、身分制度はないということになっているが、いわゆる「経済格差」は最近になって広がってきているように思える。(中略)  そんなことを考えていた時、私の頭に浮かんだ三句を紹介したい。   非正規は非正規父となる冬も   「死をよこせ」「あたためますか」おぼろ月   汗もなくアフマドは四歳だつた  作者は順に西川火尖 (かせん) 、土井探花 (たんか) 、楠本奇蹄 (きてい) 。  西川の句は、子が生まれるという喜びと、非正規労働者という不安定な立場で子を育てる不安や自嘲の入り交じった感慨が詠まれている。  土井の句は、「あたためますか」というコンビニの店員のマニュアル的な言葉を使い、「しにたい」という切実な気持ちやその背景にある生きづらさを受け止められない現代社会を表現している。  楠本の句は、「アフマド」というアラブ圏に多い名前から、恐らくイスラエルのガザ攻撃で亡くなった子どもを詠んだと思われる。ガザでの死者は十月七日の時点で四万二千人に迫っている。その中には多くの子どもも含まれる。   とあった。   ★閑話休題・・久保田和代「水鏡に逆さま赤松秋深む」(第34回「きすげ句会・国分寺市殿ヶ谷庭園吟行」)・・  第34回「きすげ句会」は、雲の多い一日だったが、時折、日差しにも恵まれ秋の風情を楽しんだ。吟行地は府中を出て、隣の国分寺南口駅前にある都立殿ヶ谷庭園。句会の後、懇親会を行った。 庭園入口受付で、中西ひろ美氏に偶然にお会いした。来年3月の句会会場の予約手続きに来られたという。ともあれ、以下に一人一句を紹介しておこう。    ハギの花ツインタワーに滝の音          杦森松一    石段を踏みはずすなり鹿おどし          高野芳一    月光やサンザシの棘紅き実と           濱 筆治    蜘蛛の糸そよぐベンチの鮭にぎり        久保田和代    なだれ落つ谷の底生 (お) ふ野草 (くさ) の色   山川桂子    太い節見あげる竹林子らの背も         大庭久美子    せせらぎの岩間スリム薄紅葉           寺地千穂    秋日和結社の集う殿ヶ谷戸  ...