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高岡修「アリジゴク貌なき蟻ら地より湧き」(『蟻地獄』)・・

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  高岡修句集『蟻地獄』(ジャプラン)、全句上五は「アリジゴク」の句で、カリグラフィ,タイポグラフィの体裁。その「付記」に、   かつて私は、無限の時空の中心に一頭の犀を置いて、一冊の詩集を書いた。今回、私が、一冊の句集のため、無限の時空の中心に置いたのは蟻地獄である。 (中略) 一見、季重なりであるかのような作品であったとしても、本質的には異なる。私は有季でも無季でもなく、詩として超季を信条として作句しているが、あえて付記する次第である。なお、この作品は、連作でありながら、一句独立をも図っている。全ての作品に「アリジゴク」が書きこまれている主たる理由である。  とある。以下にいくつかの句を挙げておこう。    アリジゴク死の円心が飛ばす砂   アリジゴク遠まなざしがもつれ合う   アリジゴク杭打てば杭昏睡す   アリジゴク等角螺旋 (アンモナイト) の吐息濃く   アリジゴク羽化の思想のうすみどり ★閑話休題・・高岡修第21詩集『微笑販売機』・・  高岡修第21詩集『微笑販売機』(ジャプラン)、その「あとがき」に、   二十冊目の詩集『一行詩』をもって詩集刊行は終わりにするつもりだった。詩集のあとがきにもそう書いた。ところが、この一ヶ月の間、どっと詩がやってきた。やってきた詩を書き上げるのが詩人の使命である。もし私が真の詩人でありたいと願うなら、そこに個人的な感情や思惑の入り込む余地はない。促されるまま、私はひたすら詩行を書きつらねた。  とあった。短い詩篇を一篇だけだが、挙げておこう。        首 サッカーの試合を見るのが好きだ そんな僕をいぶかって 古代史にくわしい友人が サッカーの起源を教えてくれた 八世紀頃のイングランドでは 戦争に負けた敵の将軍の首を切り その首を蹴り合って 勝利のゲームに興じたというのだ もし世界中の人間が 切った首を蹴る人と 蹴られる首に分類されるのだとしたら まちがいなく僕は 蹴られる首の方である その話を聞いた日から僕は サッカーの試合を見るたびに 蹴られはいびつに転がる自分の首を 見てしまう   高岡修(たかおか・おさむ) 1948年、愛媛県宇和島市生まれ。        撮影・鈴木純一「日の丸を裏から透かす冬うらら」↑

岩片仁次「國禁の俳句ありけり大昭和」(「鬣TATEGAMI」第89号より)・・

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「鬣TATEGAMI」第89号(鬣の会)、特集は「高野文子の漫画を読む」と「句集『夢見る甍』中里夏彦」。他に、報告・水野真由美「講演『群馬の百人一句』林桂」/ 大橋弘典「全国学生俳句会合宿二〇二三」、俳句時評に外山一機「読みの牢獄ー石原典子の俳句をめぐってー」、文学展示会時評に水野真由美「『吉村昭と関東大震災』吉村昭記念文学館」など、いつもながら、それぞれの記事に読みごたえがある充実の誌。本ブログでは紹介しきれないが、ここでは「追悼 岩片仁次」の一部になるが、林桂「追悼・岩片仁次ー戦後俳句のアンカーマン」を挙げておこう。その結びに、  岩片は「俳句評論」七賢人と言われたメンバーに入っていない。常に高柳の元にありながら、その周縁にいたのだと、岩片は言っていた。高柳を語る毅然とした態度と違って自己を語るときのはにかんだ笑顔が忘れられない。自分を前に出す人ではなかったが、俳人としての力量も卓越していた。次の句を愛唱する。高柳の尻取り俳句の手法で書かれているが、高柳の尻取り俳句を超えているといつも思うのである。    朝風 (あさかぜ)    前置詞 (ぜんちし)    宿痾 (しゅくあ)・暗涙(あんるい)   十六夜薔薇 (いざよいばら)           仁次  ともあれ、同号より、以下に、幾人かの句を挙げておきたい。    クロスワードの縞馬のしまを解く        西平信義    飛ぶことは出来ないと裏道へ          永井一時    北の空ゆっくり見上 (クリミア) げ 春の雪   丸山 巧    初秋や空を指さす赤ん坊           齋木ゆきこ    騙し絵の中から不意に揚羽蝶          青木澄江    やぶめうがひとぬれてゆくやうに        堀込 学       江東の   銀河さはさは   澤好摩                    深代 響    彼岸 (ひがん) にあれば    見 (み) ゆる    此岸 (しがん) の    入日 (いりひ) かな              中里夏彦    通時   藪の中                    上田 玄    天竺 (てんぢく) の    飲食 (おんじき)    終 (を) へて    鬼発 (おにた) ちぬ              外山一機       死者なべ

川名つぎお「八方の闇が宇宙の肺であり」(第159回「豈」忘年句会)・・

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    本日は、午後から、隔月開催の第159回「豈」忘年句会、そして夕刻から、攝津幸彦記念賞の授与&懇親会(於:インドール)であった。遠路、四国丸亀から中島進、大阪から冨岡和秀、攝津幸彦記念賞准賞の斎藤秀雄が福島から参加された。2句持ち寄り雑詠。以下に一人一句を挙げておこう。    晩鐘や言霊すでに冬紅葉         山本敏倖    方法と狂気をはらみ筆走る        冨岡和秀    ターバンのビーズこぼれし冬北斗    伊藤左知子    信心でまはる地球や大焚火        川崎果連       裁入りて   月下は   月の埃とぞ              酒巻英一郎    果てありと泳ぐ海獣葡萄鏡        堀本 吟    棟梁の木遣に舌を巻く凩        妹尾健太郎    蓮の骨いきなりサビから入り来る    羽村美和子    ささなみよ湖にあなたの手を破り     斎藤秀雄    夜の花階段を落ちゆくはてしなく     北村虻曵    身になつく十一月の縄文杉       川名つぎお    白杖 (はくじょう) の響 (ひび) き濁 (にご) らす落葉 (おちば) かな                               千寿関屋   かと言って二十歳の写真雪螢      小湊こぎく    冷たさや水通りゆく胸の今        中島 進    あおによしはなかえでなどしきつめて  髙橋比呂子    豈の座はフレッシュレモンのことば風   早瀬恵子    三人去りひとりが消えて冬の枝      大井恒行   ★以下は、5時より行われた懇親会の模様を写真でランダムに挙げておこう。   昨年・攝津幸彦記念賞正賞の なつはづき(中央)、本年准賞受賞の左側・川崎果連と右側・斎藤秀雄↑         撮影・中西ひろ美「新旧のどちらに座る小六月↑

佐藤幸子「寒昴二人消したる住所録」(第167回「吾亦紅句会」)・・

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 本日、11月24日(金)は、第167回「吾亦紅句会」(於:立川高松学習館)だった。兼題は「小春」。一人一句を以下に挙げておこう。    小春日や人体模型動きだす         佐藤幸子    未来ある命消えゆく冬の朝         関根幸子    食べ頃は鳥が知らせる庭蜜柑        松谷栄喜    開かぬ蓋ふたりでひねる小春かな      田村明通    小春日の中で広げる世界地図        齋木和俊    なんでもない日なれど新酒かたむける    西村文子    大の字になりて小春の四畳半        牟田英子    一茶忌や小布施に肥った蛙の碑       須﨑武尚   ひらひらり落ち葉を追って舞う児らよ   三枝美恵子    南米より来丸太の風呂や小春風      折原ミチ子    伸びをして信号待ちの犬小春       井上千鶴子   葉っぱ落ち柿の橙空に映え         笠井節子    茶の花やただいま宅地造成中        渡邉弘子    小春日や夢のひととき膝枕        吉村真善美    小春日に話はずむや散歩道         髙橋 昭   小春凪じじがばば押す車椅子        奥村和子    七五三羽織袴に父母愛 (いと) し     佐々木賢二     黄たんぽぽ小春日和に誘われて       村上そら    埋み火や胸に秘む事多かりき        武田道代    小春日や疑いのなき日々ありて       大井恒行     次回は12月22日(金)、兼題は「熱燗」。高松図書館には、現代俳句協会「 図書館で俳句の投句をしてみませんか 」という俳句ポストがあり、毎月月末に投句を締め切っている。選者は太田うさぎ・寺澤一雄・渡邊樹音。8月の選句の結果が発表されていて、吾亦紅句会の3名の方が入選していた。皆さん、なかなか頑張っておられます。   横丁太鼓鳴りだす秋まつり      佐藤幸子    これからも迷へば左月見草      田村明通    稲妻や分からぬ言葉多くなり     奥村和子  ★閑話休題・・岡田由季「花鶏五羽一樹のなかにしづもりぬ」(「ユプシロン」No.6)・・ 「ユプシロン」No.6(発売 小さ子社)、その中田美子「あとがき」の結びに、  (前略) 世界は同じように存在しているのかもしれないけれど、ま

佐藤りえ「約束を投げ入れられて燃え上がる亡命詩人の郵便受け(メイル・ボックス)」(『チメイタンカ』)・・

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 『チメイタンカ』(編集・発行 花笠海月)、その「編集後記」に、   2023年に50歳になる歌人の作品集をお届けします。50歳とは数えでもいい、くらいのゆるいものです。 (中略)   参加しやすいかたちを模索した結果、再録可の作品集となりました。そして、みなさんの過去の話はあまり聞いたことがないのです。そろそろ少しくらい聞いてもいいんじゃないかということで「25年前のことを一とつに語るスレ」を企画しました。  とあった。ともあれ、一人一首を挙げておきたい。 「わたしも!」と言われたらさてどうしよう「いいね!」のように指たてようか                                     井上久美子 火の中に溶かしてしまった銅板の花は傷にて描かれた花           遠藤由季 その椅子は片付けないで 置いておいて 誰が座っているかは秘密      佐藤りえ 食欲は明日への扉 食欲は死への階段 食欲は私              しんくわ とけてゆく氷やさしくとっぷりと思惟をささえる夜が明けるまで       髙橋小径 すきとおる白菜スープに映る顔、顔をレンゲで掬って口へ          竹内 亮 渦をまく時間を這ひて夜もすがら葉をかじりたりまひまひつぶろ       田中 泉 アサギマダラ旅する蝶は毒むすめふわりとゆけよこころのままに       富田睦子 歌作らんと広げし紙に数行のカヌレのレシピメモしていたり         永田 淳     そしてわれらはまた五月をむかへる 身体をゆらす風すぎゆきにけりさつきまいさう薔薇屹立す          花笠海月 粛清ののちの景色に似て白いエリカの花が埋め尽くす丘           松野志保 コロナにもウクライナ情勢にもふれず手紙書くただ桜を待つと       吉村実紀恵  各歌人のエッセイのテーマは「 50歳のころの歌集・歌について 」で、それぞれに興味深い。皆さんは、愚生より四半世紀は若い人たちである。25年も歳の差があると、そこには、すっかり新しくなった感受性があるようで、少し複雑な思いが生じる。それでも、エッセイの中に、馬場あき子、小池光、斎藤史、森岡貞香、高野公彦、田村雅之、篠弘、田島邦彦、福島泰樹、小川太郎、寺山修司、あるいは、若い宇田川寛之などの名を見つけると、同時代を過ごしたあれこれ

木戸葉三「死んだのは後ろをあるくきんぽうげ」(「不虚(ふこ)」18号)・・

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  個人誌「不虚(ふこ)」18号(発行・編集 森山光章)、巻頭エッセイ(もしくは、アフォリズム)は、森山光章「更なる〔終わり〕へ」、献辞は、「 國に道なきに、即 (すなわ) ち富み且 (かつ) 貴きは恥なり」。(『論語』) とある。その中のいくつかを抜粋して紹介しておこう。       *    「新聞」の投稿者は、〔思想する人〕である。投稿者 (・・・) は、〔日常を思想する人〕である。わたしも、〔日常を思想する〕。〔日常〕は彼方であり、〔意味の根拠〕である。〔日常〕こそ、思想しなければならない (・・・・・・・・・・・) 。       *  わたしは、〔労働〕することによって、〔統合失調症〕を治した(・・・)。〔統合失調症〕は、〔労働に滅尽 (・・) しなければ、治癒しない (・・・・・) 。これは、わたしの〔覚智 (さとり) 〕である。「日連」は、〔労働は法華経〕と述べる。口当たりのいいアドバイスをしてはならない。〔死こそ闇こそ、光である〕。〔諾 (ダー) !〕。     *  現代の (・・・) 「俳句作品」は、テクニカル (・・・・・) な〔位相〕に止まっている。それは、〔頽落〕である。「俳句」は、〔存在論的意味〕を、開示しなければならない (・・・・・・・・・・・) 。〔存在論的意味〕と言う〔終わり〕を、開示しなければならない (・・・・・・・・・・・・) のだ。わたしは、〔終わり〕の闇(・)を痙攣する (・・・・) 。      *  〔水は淫である〕—〔彼方〕が炸裂する (・・・・) 。     *  〔意識は、必然として (・・・・・) 意識を越えていく〕。〔意識〕は、必然として (・・・・・) 〔他者〕へ没していく (・・・・・) 。〔霊的交通 (コミュニカシオン) 〕である。〔利己〕という愚かしさを砕滅し (・・・) 、〔利他〕に没する (・・・) のだ。〔利他〕に没しない限り(・・・・・・)〔意味の構築〕は出来ない (・・・・) 。そこには、〔捨身 (し) 〕だけがある。〔生きようとしてはならない〕のだ。〔死は、力動 (・・) であり、光 (・) である。錯誤してはならない (・・・・・・・・・) 。      他に、エッセイに前田俊範「教育は国家百年の大計で」、「クレーム社会からあたたかなまなざしに満ちた社会に」。森山光章「佛教と介護(ケ

善野烺「はらからの悲哀解かむ青岬」(「岬」創刊号)・・

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 「岬」創刊号(岬の会)、その善野烺「編集後記」に、   五名の同人を得て、新しい俳句誌が出発できましたこと、先ずはうれしく、ほっとしております。 (中略)  同人相互が俳句作品はもちろん、文学表現、また社会事象批判を深め、よりよい、自由と平等と平和を追求する言説の発信の拠り所ともなれば、幸いです。   とあった。また「俳句同人誌『岬の会』創設趣意書及びよびかけ」の中には、 (前略) ただし、私たちは、たとえ五・七・五の韻律が「奴隷の韻律」(天皇制)であったとしても。その韻律の中にたしかに存在する普通の民の情感詠が、必ずしも(天皇制)に紐づけされるとは考えません。  むしろその五・七・五の「奴隷の韻律」を逆手に取り、差別・排外を再生産しつづける(天皇制)文化とは無縁の、さらに言えば、その岩盤に一つの穴を穿つような俳句表現を模索したいのです。  ともあった。ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。    鯉幟一気に稜線跳ね上がる        新田 進    憲法守れの街宣玉の汗          小畑広士    罪人の腰紐重し蛇の衣          上田耕雨     悼・中村哲氏      寒き夜や熱と光でありし人        善野 烺      入道雲遠く空から狙ってる        黒田一美 ★閑話休題・・野澤節子「冬の日や臥して見あぐる琴の丈」(「俳人『九条の会』通信」より)・・  2023年4月15日(土)、「俳人『九条の会』新緑のつどい」(於:北とぴあ)が開催された。記念講演は、望月衣塑子「 軍拡。増税‥‥、戦争する国を目指す岸田政権~問われるメディアの役割~ 」、日下野由季「 いのちの俳句ー野澤節子ー」 。来年は、2024年4月13日(土)午後1時~、北とぴあに於て行われる予定である。記念の講演は、写真家・大野芳野「 俳句も写真も心のレンズ 」、俳人・堀田季何「 想像を促しうるもの 」。参加費1000円の予定。主催は「俳人『九条の会』」。     われ病めり今宵一匹の蜘蛛も宥さず        節子     刃を入るる隙なく林檎紅潮す    春灯にひとりの奈落ありて坐す          鈴木純一「こむらさき架空の道をみちなりに」↑

野ざらし延男「うりずん南風(ベー)裸身さえずるまでしぶく」(『俳句の地平を拓くー沖縄から俳句文学の自立を問う』)・・

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 『俳句の地平を拓くー沖縄から俳句文学の自立を問う』(コールサック社)、その帯の惹句に、  沖縄俳句から地球俳句へ  俳句は「地球文学」として孵 (す) でることはできるだろうか。  沖縄はすでに、その脱皮は始まっている。  とあった。本書解説は鈴木光影「 “野ざらし“の芭蕉精神と孵(す)でる“地球俳句“ 」、その中に、  (前略) 本書の著者・野ざらし延男氏も、芭蕉と子規がそうであったように、俳句と、いかに生くべきかという実存的問いとが不可分である。それにしても「野ざらし(しゃれこうべ・髑髏)」とは芭蕉・子規と比べても強烈である。その深く暗い心奥に蠢くものの激しさに戦慄する。  この名付けの自己解説は、序章の「しゃれこうべからの出発」を読めば明らかだ。高校二年、生きることに絶望し自殺寸前まで追い詰められた山城信男青年に、芭蕉の一句〈野ざらしを心に風の沁む身かな〉が、「人生覚醒の一句」として突き刺さってきた。 (中略) ……芭蕉の「狂気と覚悟」をわがものとして生きたいと思った。…… ……私の中の“野ざらし“は私を苦しめる。…‥ ……芭蕉の中の“野ざらし“は秋風に鳴っているが、私の中の“野ざらし“は春夏秋冬鳴りやむことなない。「野ざらし」の一句は私の鞭である。芭蕉を狂気もて超えねばならぬ。   とあり、著者「あとがき」に、   (前略)  地球の皮を剥ぎ除染とは何ぞ       火だるまの地球がよぎる天の河   伝統俳句は、四季を詠むことに固定化し、言葉や表現の自由を奪い、文学の可能性の芽を摘み。多様性を求める時代に逆行している。季語俳句よ、脱皮せよ。   とあった。以下に、主要目次と、資料編「野ざらし延男百句」より、いくつかの句を挙げておくので、興味ある方は、直接、本書に当たられたい。    第一部 複眼的視座と俳句文学  Ⅰ章 俳句・人生・時代—情況から内視へ  Ⅱ章 俳句文学の自立を問う   第二部 米軍統治下と〈復帰を問う〉  Ⅲ章 米軍統治下と俳句  Ⅳ章 〈復帰〉を問う  Ⅴ章 混沌・地球・俳句―詩的想像力を問う   第三部 批評精神が文学力を高める  Ⅵ章 歴史の眼・俳句の眼ー『俳句時評』沖縄タイムス 一九九七年四月~二〇〇一年十二月  Ⅶ章 ミニ時評『沖縄から問う』―『俳壇抄』全国俳誌ダイジェスト   第四部 詩魂よ追悼  Ⅷ章 詩魂・画魂に触れて――

池田澄子「秋深く最後はさようならと書く」(「トイ」vol.11)・・

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 「トイ」vol.11(トイ編集室)、その「あとがき」に、干場達矢は、  (前略) だが、10月に入ってしばらくすると急に気温が下がった。朝晩は寒い寒いなどと言っている。外国ではまた別の戦争が始まった。それを思えば、暑い寒いが一大事だとはなんとのんきなことか。人間の軽薄さがやりきれない。  と記している。ともあれ、以下に一人一句を挙げておきたい。    胡麻油なんとかなると思います。        樋口由紀子    秋めくや塩ふりて食ふもの旨し          青木空知    笹あれば舟をつくりて水の秋           仁平 勝    露寒の仏の罅に手を合はす            干場達矢    赤紙が来たら棄てましょ夕焼空          池田澄子 ★閑話休題・・小島顕一個展「オーガニックな諧調/100枚のスケッチから」(於:ぎゃらりー由芽のつづき・11月28日~24日・12時~19時)          『アトリエグループフルーツ2022年度作品記録』↑           『小島顕一2024ー2018』  昨夕は、ことごと句会を終わって、書肆山田・鈴木一民と約束して、帰宅途中の三鷹で、小島顕一個展「オーガニックな諧調」(於:ぎゃらりー由芽のつづき/11月28日・土~24日・金、12時~19時)のオープニングに寄せてもらった。  「ぎゃらりー由芽のつづきは」は、JR三鷹駅南口、三鷹中央通りを南下し、信号4つ目、ウエルシア薬局の角、露地風の道へ左折スグ、徒歩6分の所にある。近所の方はお出かけあれ。  小島顕一(こじま・けんいち) 1948年群馬県生まれ。同ぎゃらりーでは2000年以来、毎年個展を開催。             鈴木純一「凩の高さ聞こえし橋の上」↑

渡邉樹音「来世は雲十一月の深海魚」(第54回「ことごと句会」)・・

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  本日、11月18日(土)は、第54回「ことごと句会」(於:新宿区役所横・歌舞伎地町ルノアール)だった。兼題は「深」+雑詠3句。以下に一人一句を挙げておこう。    誰が来てもいいよ秋野の切株                渡邉樹音    大根の下手な輪切りや昼の月                武藤 幹    湯戀深しひとかけらもない現実               杦森松一    哲学を語り出しそう冬の月                 江良純雄   秋闌けて悪より咲きし華のごと               渡辺信子   深爪をし情の一字を温める                 照井三余    NOW and THEN 深煎りのコーヒー            金田一剛    愛別離苦 (あいべつりく)  賽の目の一 (いち) がしぐれる  大井恒行  次回は、12月16日(土)、兼題は「樹」+雑詠3句+らふ亜沙弥追悼句。       撮影・中西ひろ美「冬近き町のオリーブ青きまま」↑

石原友夫「(前書あり・・)パート終え紅引き直し秋夕焼」(現俳・第18回「金曜教室」)・・

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 本日、11月17日(金)は、現俳・第18回「金曜教室」(於:現代俳句協会会議室)だった。今回の宿題は、前書きの句を作ってくる、というものだった。グログタイトルにした句は次の通りである。     シングルマザーの一ヶ月平均生活費は二十三、二万円     (二〇二二年度統計局家計調査による)    パート終え紅引き直し秋夕焼            石原友夫       自己模倣回避トライアル    切り口を変えても芋は芋だった           川崎果連      元文学青年のヤクザ、健。     懲役十三年の刑期を終え、網走刑務所を出獄の朝、詠める    目もあやな娑婆に出た日の初紅葉          武藤 幹     小生は「豈」入会条件に適う「超過激な後期高齢者です」    作っても作っても駄句もうグレてやる        村上直樹     地球四六億年地球支配者の歴史書を垣間見て…    冬銀河ヒトという種が滅ぶまで           石川夏山     私のこと不幸な女と思ってるでしょ。実はね…     弘子二〇二二年十二月没、享年八十八。    蜜豆や姉に秘密のふたつみつ           石原友夫     「摂食」は生命を維持するために食べることを言い、     「喫食」は食事を楽しんでおいしく食べることを言う。    摂食は熊喫食の明け鴉              白石正人     星に願いを月に望みを    満月に彷徨う民の無事祈る            植木紀子     葬式も墓も、遺族の意向が大きい。本人の思いが通るのは幸せ。    虚子治林太郎墓後生冬麗             山﨑百花     ー叔父の命日にてー   満州は叔父の暗がり敗戦記            赤崎冬生     琉球の重要無形文化財を巡りて    母が織る娘も孫も老刀自も            岩田残雪     染織指定六か所のうち喜如嘉芭蕉布、宮古上布、久米島紬は沖縄です     鎌倉東勝寺跡    塔一基の腹切やぐら冬日さす           籾山洋子     A級戦犯散骨さるるの公文書発見の報に    山梔子や太平洋の骨七士             林ひとみ     竹田城跡にて   雲海に我が影を置き凍える手           宮川 夏     認知症の

救仁郷由美子「遠逝を生きて今此処大花野」(「豈」66号より)・・

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 第4次「豈」66号(豈の会)、 メインの記事は、「第8回攝津幸彦記念賞」に、特集は「救仁郷由美子全句集」と「私の雑誌」。愚生は、二年前より、編集実務については、殆ど関与せずにすんでいる(名前だけは顧問で残してくれているが)。それはこれまで、愚妻の介護などに配慮をしてくれた発行人・筑紫磐井が、すべての実務を印刷会社に委託するなどして、孤軍奮闘しているのが実状だ。  ところで、特集「私の雑誌」だが、「豈」同人の中には、長い年月の間に、主宰者や他の俳誌の代表が多く誕生したので、その持ち場の雑誌を紹介しようというものである。目次を挙げておくと、加藤知子「 『We』はうぃ。っと楽しもう 」、川名つぎお「 『頂点』59年の終焉録 」、小池正博「 『川柳スパイラル』の現在 」、佐藤りえ「 生存報告系個人誌『九重』の真実 」、佐藤りえ「 書き続ける装置としての『俳句新空間』 」、高橋修宏「 『五七五』という場 (トポス)」、羽村美和子「 『ペガサス』多様な個性と俳句観に導かれ 」、樋口由紀子「 川柳誌『晴(はれ)』ピーカンの日に 」、干場達也「 『トイ』小さい句誌小さい歴史 」、森須蘭「 『祭演』しょっちゅう躓いている 」、山﨑十生「 紫ものがたり 」、山本敏倖「 わが『山河』のルーツとその変遷 」、大橋愛由等「 『月刊MAROAD』奄美の俳句を考える 」。  第8回攝津幸彦記念賞は正賞なし。准賞2名のみ、 斎藤秀雄「藍をくる 」と 川崎果連「むやみにひらく 」。ここでは、今回の選者(なつはづき・羽村美和子・大井恒行・筑紫磐井)による選評の中に引かれた句を挙げておきたい。    月花や遥かけぶれる渾天儀           斎藤秀雄   ひらがなのむやみにひらくひからっか      川崎果連   ゆりごはん上手にまぜて猫の恋      うにがわえりも    象が象とろりと孕む朧かな           髙田祥聖    噓つきの月のかたちに亀鳴けり        村瀬ふみや   麦秋の真ん中で鳴るJアラート        木村オサム    騒がしい沈黙亀が鳴いている           上峰子    後ろより掴めば在らぬ野菊かも         表健太郎    春風や戦ふためのつけまつげ          摂氏華氏    春の星AIはつくれない            井口可奈   

河内静魚「哭きしあと白鳥の首重からむ」(『水の色』)・・

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  河内静魚第7句集『水の色』(朝日新聞出版)、 その「あとがき」に、  この集は、花鳥を詠む日々のつれづれである。 (中略)   そんななかにあって、娘をあっという間に、はかなく亡くし、しばらくの間、私の花鳥の世界は、かなしみの色一色になってしまった。私の俳句は日常のよろこびとかなしみだからだ。  句集名は、〈まだ水の色のままなる初氷〉の句より『水の色』とした。〈空つぽになれぬ鏡や西行忌〉という句も詠んだ。空っぽには決してなれない鏡のように、この世のもろもろをこころは映す。そして花鳥ばかりが映ってしまう私の鏡である。  とあった。ともあれ、集中より、愚生好みになるが、いくつかの句を挙げておきたい。    羽子つくやたえず空ある嬉しさに       静魚    波よりも水平線の涼しさよ   秋思入りジンをマスターくれないか   どちらともなく秋の日の手をつなぐ   鈴蘭はなんど振りても風の音   滝という水音のすることばかな      特別に許され面談    生きることまた耀かす囀は       あゆ子逝く   一落花風をつかまへ舞ひ上がる   孤独とは人の持物年の空   七色にこの世の年のはじまりぬ    旅心つくころ了る夏の旅   水割りの氷に季なし三鬼の忌    みじか夜や時計に音のありしころ   河内静魚(かわうち・せいぎょ) 1950年、宮城県石巻市(旧大川村)生まれ。                 白石正人↑     ★閑話休題・・川崎果連「かみのるすしねないくせにしぬという」(現俳・都区協Cブロック吟行会)・・  本日、11月15日(水)は、東京都区現代俳句協会Cブロック吟行会「三鷹・太宰治ゆかりの地を訪ねる」が開催され、その出句整理の時間帯に、白石正人講演「太宰治の俳句について」があった。愚生は、講演を聞きたいと思い、飛び入りで吟行に参加した。愚生30歳代は、三鷹駅前の公団住宅に住んでいたので、付近の土地勘はあったのだが、今では、太宰治の記念館や、ゆかりの地の案内版が整備されていて、観光スポットにもなっているらしい。一気に一万四千歩ほど歩いた。太宰治の俳号は朱麟。もしくは朱麟堂。白石正人のレジメから、小説などに挿入されている句をいくつか挙げておこう。    外はみぞれ、何を笑ふやレニン像    『葉』昭和9年    ここを過ぎて、一つ二銭の栄螺かな

愛知けん「寒紅は薄めに神へ嫁ぐから」(「河」11月号より)・・

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 「河」11月号(河発行所)、愛知けん、その名を知る人は少ないかもしれない。ただ、愚生が若き日に、坪内稔典らとともに、「現代俳句」(ぬ書房、南方社)では、「鷹」所属の、しょうり大は、「豈」の創刊同人であり、一目置かれる俳人で、句のファンも多かった。そのしょうり大の「河」での俳号が「愛知けん」である。しょうり大は、「豈」の創刊号に、   群れてめじろ木 (・・・) 木にもろもろの晴れ間つくる    大    やまとに死す六法全書色づくと    今朝 (けさ) も身を消さず銀木犀にゐる   と発表している。  その後、しばらくして飯島晴子のことのみを書いていた同人誌「目入(メイル)」に執筆されていたこともある。その頃、作句を再開されて、「河」に入られ、お住まいの場所に因んで、愛知けん、の俳号を用いておられた(もっとも、「しょうり大」も本名を逆さまに読ませたようなペンネームだったが)。その愛知けん、令和五年度の結社賞・源義賞を受賞されたのだ。題して「神に嫁す」(自選三十句)の「受賞のことば」には、        黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎにくる    向日葵や信長の首斬り落す  など、衝撃的な句に誘われて「河」に入会しました。 「神に嫁す」は私詩寄りであり、ためらいがありましたが、娘との関係を払拭したくてまとめてみました。それが想定外の評価をいただけ戸惑っております。  とあった。さらに、伊藤清雄「源義賞愛知けん論/愛娘」の冒頭には、  突然の事であった。家の中で二人の前で、娘が倒れた。人工呼吸を続けた。救急搬送された病院では、その死が確認されただけであった。若くして娘は旅立ってしまった。 (中略)  俳句がうまいとかではなくて、こせこせしない洗練された作風の俳人である。俳句を日記としてではなく文学として愛知けんワールドを楽しめばよい。    色鳥来娘の断念の息遣い   冬苺音符だらけのパジャマ着て    (以下略)  とあり、驚いた。逆縁である。 愛知けんからは、他にも第27回角川春樹賞「言霊幸はふ」の句のコピー、そして、中部日本俳句作家会会報(令和4年7月号)には、    墓からの出勤今朝もマスクして  娘が体調の不良を訴えるので神経内科を受診したところ、「脳幹腫瘍で手の打ちようがありません」と言われた。落ち込んでいたら、脳外科へ情報が伝わり、「手術してみましょう」という