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9月, 2024の投稿を表示しています

石田よし宏「薄翅蜉蝣とぶ空間のずれをとぶ」(「地祷圏」創刊25周年記念・100号より)・・

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 「地祷圏」創刊25周年記念・100号(発行・石倉夏生 編集・中井洋子)、その「編集後記」の中に、 (前略) 「地祷圏」は創刊者石田よし宏代表の『格を破る』の峻烈な精神が、詩人宗左近の言葉「地祷圏」の語と響き合い誕生した。誌面の同人作品十五と主題語を詠み込んだ他者の一句の鑑賞文と言う独特なスタイルはその表れであり、二代目石倉代表が堅持されている。実はこの文章が隠れた個性を発揮し、誌面を彩ってくれる人材発見の場でもあり、編集の強い味方になっている。  とあった。前号の推薦15句欄の今号の他誌からの選者は中原道夫・橋本榮治。祝辞に、速水峰邨(栃木県俳句作家協会会長)が寄せられている。ともあれ、以下に各同人の句を挙げておこう。    風薫る異人館への石畳          小川鶴枝    えごの花空より匂ふ男欲し        落合惑水      薫風や老犬くゐとくうを嗅ぎ       苅部眞一    海亀の百の卵に百の涙 (るい)    小林たけし    自画像のまず眼を描きて秋の夜      斎藤絢子    空へ振る祖父の音する種袋        白井正枝    初雪や雪の息だけ聞きゐたり       白土昌夫   朴葉吹く列島の闇拾ひつつ        関口ミツ    まっしろの椅子まっしろの夏の風    早乙女知宏    月代の孔雀むらさきこぼしつつ     早乙女説子    さみどりの夢の世もまた梅雨に入る   竹田しのぶ    老鶯も来て黙祷の一分間         中井洋子    天上から突き返されて紙風船       中村克子    茂る木の洞からトトロ出現す       中村典子    愚痴こぼす相手は黄泉へ夜の秋      永山華甲    たくし上ぐるくせのまだあり更衣     濱野洋子   見詰め合ふ時間も遠き星の恋       早川 激    頁繰る元服の日の花曇り         本間睦美    沈黙の手術待機所梅雨の雷        松本喜雄    空想を殻につめたる蝸牛         水口圭子   美しき埃のやうな蜘蛛にあふ      村上真理子    落人の部落小さき蓮の池         矢野洋一    見はるかす奈良井千軒月涼し       山口富雄    百年を坐す執念か苔の花        山野井朝香    象の花子斜めに...

飯田晴「荒草に都のみゆる秋の昼」(『まぼろしの雨』)・・

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 飯田晴第四句集『まぼろしの雨』(ふらんす堂)、著者「あとがき」に、  (前略) 集名は「古セーターまぼろしの雨棲みゐたり」に因る。  いま、というときを詠んでいるつもりでも、そのものがもつ時間や記憶を受け取っているのだと思うことがある。  不意に開かれる扉は、私のあずかり知らぬ思いを届けてくれる瞬間でもある。思えわざるところから立ち現れるいまとは別の時間や記憶、それらは私の水底世界のような処につながる回路を知っているらしい。それが醸す面白さ、不可思議さえお享受しての一集となった。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておこう。    うす墨の花野よりこゑ引きはじむ        晴    雪になりさうと云ふこゑ粉雪に   薔薇の影あつめて鳥を埋めけり   打つてみて蠅叩にも裏おもて   鮨つまむ硝子のをとこ火のをんな   麦秋や死の数に鳥ふくまれず   金風となつて月山撫でてやろ   まれびとに女は雪を尽しけり   水底は春待つによき国ならむ   誰も来ず誰にも会はず冷奴      今井杏太郎夫人 利子さん   百年百歳きれいな青を着て年賀   鍵かけて流氷の夜の海聴かむ  飯田晴(いいだ・はれ)1954年、千葉県生まれ。  ★閑話休題・・石原友夫「幾度も過去脱ぎ捨てて土用波」(第62回「ことごと句」会)・・  9月29日(日)は、第62回「ことごと句」会(於:ルノアール新宿区役所横店)だった。兼題は「魚」+3句、計4句出し事前投句。   以下に一人一句を挙げておこう。    一心不乱に乱れてみせる芒         照井三余    名月や八時になると眠くなる        村上直樹    月だるく盲いし魚の肌の色         渡辺信子    新涼の雨 花の色塗り直す         武藤 幹    青空の頁を捲り小鳥来る          渡邉樹音    孫悟空の毛がやってくる鰯雲        江良純雄    何事も控えめがよし唐辛子         石原友夫    仕方なく秋蝉の木の役回り        杉本青三郎    菊酒を飲んで魚はちょいと酔う       金田一剛    種の味舌に絡まる葡萄かな         杦森松一    秋鮭の卵こぼして波だてる         大井恒行  次回は、10月19...

羽村美和子「花縮砂つばさ売ってる店がある」(第164回「豈」句会)・・

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 9月28日(土)は、隔月開催の「豈」東京句会(於:ありすいきいきプラザ)だった。 都区協の行事が重なって、そちらに参加された方もいるので、5人での濃い句会となった。 以下に一人一句をあげておこう。    まとわりつかれる残像の鶏頭花        杉本青三郎    三界の箸の上げ下げ秋暑し           早瀬恵子    ほおずきの穴より鬼のひとりごと       羽村美和子    実柘榴を割り美大生の炯眼          伊藤左知子    彩雲のかかるモスクや悲のヒジャブ       大井恒行  次回、11月30日(土)午後2時~5時、5~7時は、恒例の忘年句会&懇親会及び第9回攝津幸彦記念賞の贈賞。雑詠2句持ち寄り。会場はこれも例年と同じくインドール(白金高輪駅徒歩3分)で開催。参加費は、句会と懇親会通しで6000円の予定。よろしくお願いします。  ★閑話休題・・藤原暢子写真展「北へーポルトガルの村祭ー」2024.9.10~9月30日(月)15時まで、入場無料。於:在東京ポルトガル大使館文化部(地下鉄広尾駅1番出口徒歩10分)・・  先日、会期も残り少なくなって、この日しか行ける日がない、と思い切って出かけた。最近「豈」の句会で使わせてもらっている 「ありすいきいきプラザ」が近いことが分かって、丁度降り出した雨やどりに、そこに寄った。今回の展示のチラシの案内の説明には、   ポルトガル山間部では、北東部トラス・オス・モンテス地方を中心に、カトリックとは異なる、異教の風習を起源とした祭礼が多く残っています。主仮面を被ったり、仮装をしたりした人々が登場し、村の家々を訪ねていきます。祭礼は冬至と重なるクリスマスの時期と、春の訪れと重なるカーニバルの時期に集中します。寒く暗い冬を越し、春を呼ぶ人々の姿は、日本の祭と同様に、人びとの願いを感じます。本写真展では日本ではあまり知られていない、ポルトガルの村々の祭礼の風景を紹介します。  とあった。  藤原暢子(ふじわら・ようこ)1978年、鳥取県生まれ。       撮影・中西ひろ美「日をえらび挨拶に来る隣かな」↑

齋木和俊「描くほどの孤に入る写楽秋思かな」(第177回「吾亦紅句会」)・・

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    昨日、9月27日(金)は、吾亦紅句会(於:立川市高松学習館)だった。兼題は「野分」。以下に一人一句を挙げておこう。    平曲を聴き終へ秋の闇に入る           齋木和俊    紅葉や詩 (うた) の器 (うつわ) となりにけり  佐々木賢二    秋リーグスタートシニアボウリング        渡邉弘子    冷まじきユダヤの国の戰かな           須崎武尚    曼殊沙華色なき風を赤く染め          吉村自然坊   山や野の稔り急かせて野分き立つ         松谷栄喜    空白の日記に挟む公孫樹の葉           武田道代    ゴーヤ切るパカッと笑う朱 (あか) い種      笠井節子    野分来る期限間近な保存食            関根幸子    人間は小さき者なり野分あと           牟田英子    野分だつ少し多めの塩むすび           西村文子    読みかけの本閉じられず夕野分          奥村和子    背をまるめ米寿の夫や大根まく          佐藤幸子    秋海棠小さな庭を一人占め            高橋 昭    早朝の家族総出の秋の虹            折原ミチ子    連休の野分の逆さ箒かな             田村明通    百年の家のあかりも野分かな           大井恒行  次回は、10月25日(金)、兼題は「冷ややか」。持ち寄り3句。 ★閑話休題・・佐藤幸子「籐椅子に猫の尾たれる昼下がり」(「図書館俳句ポスト6月選句結果)より・・  現代俳句協会主催/図書館俳句ポスト6月選句結果、お題は「短夜又は自由句」。選者は太田うさぎ・岡田由季・寺澤一雄に、吾亦紅句会の佐藤幸子「籐椅子に猫の尾たれる昼下がり」(立川市高松図書館)が入選していた。      撮影・鈴木純一「からあゐは撃てのあひずを待ちきれず」↑

小泉和貴子「死ぬまでは生きると決めて花の下」(『あやとり』)・・

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 小泉和貴子第一句集『あやとり』(青磁社)、装画・挿絵は鍬田和見、懇切な序文は山口昭男、その中に、  (前略) これがまた明日の朝には煮凝りて   一九九一年四月号の「青」の雑詠注目句として爽波が取り上げた句です。この句からもわかるように、たいへん素直な俳句となっています。初めてであれば難しい言葉や表現を使わなければという 既成の知識で作りがちなのですが、それがない。 (中略)      いちはつを子規の芽で見る日の来たる  最後の章「東経百三十五度」の句です。すべての俳人はいつかはこの目を持つのだと思います。それをずばりと言い放ったところが尊い。子規の目を持てば、どんなものでも俳句という詩になってうゆきます。 (中略)  句集『あやとり』は明確に和貴子俳句の進展を示してくれています。この歩みから我々が学ぶことは多い。その一番は、諦めないこと。信じたことを続けてゆくことの大切さを物語ってくれている一書です。一人の俳人としてしんどいところを乗り越えて一つの形あるものに仕上げたということは貴い。俳句との懇ろな関係を築き上げて来た道のりが『あやとり』なのだと言っても過言ではないでしょう。   とあり、また著者「あとがき」には、 (前略) 本来なら、俳句の経験を十年以上積んで、自分なりに自分の句に自信が持てるようになってから句集を出せればと思っていました。しかし、二〇二四年の二月末に余命宣告を受け、「三ヶ月か半年の命」ということを聞き、急遽この句集を編むこととなりました。ただ、私だけでは句集を出そうという決断はできなかったと思います。先ず、三十年以上共に暮らすパートナーの鍬田和見さんが 「句集を出そう。君の句全部に僕が絵を描いてあげる。」と提案してくれたことが切掛けになりました。 (中略)     死ぬまでは生きると決めて花の下  この句は、余命宣告されてから、作った句です。つらくなった時、呪文のように唱えてがんばることができました。   とあった。集名に因む句は、      あやとりの赤き梯子や女正月      和貴子  であろう。ともされ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておこう。      酔ひたくて飲み酔へずしてちちろ鳴く     日の本のみくじ結ぶがごと辛夷     葉先からスピンのかかる竹落葉     八重桜空で毬つきできさうな     開きたる戸口...

島一木「病院にあはせて住居を変へてゆくわが家も癌の放浪家族」(『薄明集』)・・

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  島一木歌集『薄明集』(冨岡書房)、「妻に捧ぐ」の献辞がある。装画も著者。その「あとがき」に、収載した作品の多くは、新聞各紙の短歌投稿欄や短歌総合誌の投稿欄に投稿して入選したものの中からの自選だという。 (前略) 「薄明集」は、二〇一八年に妻の病気が明らかとなって以後の作品である。直近のプライバシーを守るために、筆名を多用して短期間で変えていった。盗作の誤解を避けるため、この期間に使用した筆名を次に記しておく。  (本名)原 正樹  (筆名)永井 歌・丹羽一夫・近藤良夫・丹羽夜舟・北山時雨・峯 冬樹・近藤竹文  挿画に使った蓮の絵は、妻がまだ元気な頃に一緒にスケッチに行って描いたものである。妻の勧めにより装画に用いた。蓮の花々は、薄明から夜明けにかけて音を立てて開くそうである。  『薄明集』の表題には、夜明けのくることへの祈りの気持ちを込めている。  とあった。彼が阪神淡路震災被災直後に父を失い、ボランティアで疲れ切って、句はできせん、と便りをいただいたことを覚えている。ところで、島一木の書には、これまで一貫して、生まれも育ちも記されていないが、すでに句集は『都市群像』(まろうど社・2015年)、『探査機』(冨岡書房・2016年)があり、歌集の上梓は初めてである。ともあれ、愚生好みになるが、いくつかの歌を挙げておこう。  介護する手をふと止めて窓外のアオスジアゲハの飛翔みつめる      一木   時折はあの世の母が来てゐると感じる 屋根で雀らさへづる  きみの家どこにあるかを確かめず送り別れし螢の岸辺  じりじりとバックしてくるトラックを誘導しゆく奈落の際を  甘樫の丘をくだりてめざしゆく飛鳥の森に鳴くほととぎす  人を待つひととき本を開き読み別の人生垣間にてゐる  日替はりランチ待つてゐる間に水槽の鮑が少し身じろぎをする  秋夕べ妻の代はりに水をやる妻の集めし植木の鉢に  色々と声色変へて歌うたふステージⅣの妻にしあれど  父の家を売る契約を済ませきて帰りの電車を乗り間違ひぬ  抗癌剤続くるはずが診察を受くる間に手術と決まれり     四月十五日   フクシマを教訓にしてドイツでは脱原発を完了しにけり  「アロエはその大きな鉢へ植ゑ替へて」と妻は指示せり車椅子にて ★閑話休題・・紫虹「月みても 俳句浮ばぬ ツキ落ちた」(『続・立たんか短歌 這い這い俳句...

中尾壽美子「もう木ではなししぐれゐる流木よ」(「風琴」第二号より)・・

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 「風琴」第2号(風琴の会)、特集風の記事は、「結城万第一句集『小鳥のわたし』を読む」、論考に、もてきまり「一度死んだわたしの五・七・五」、皆川燈「〈生涯少女〉の物語」、一句鑑賞に五十嵐進、M.M、月犬、西谷裕子。  他に、腐川雅明「風琴スケッチ/創刊号を読む」、柴田獨鬼「雲水村始末記」、五十嵐進「フクシマから見えるもの②」、M.M「翻訳夜話(1)」、月犬「山茶碗と窯傷」、皆川燈「耕衣から径子へのハガキ」、関根順子「賢治の妹トシを巡る心象スケッチ」、皆川燈「第二句集『狩立』の頃―—中尾壽美子ノートその2」等、読み応えのある内容ばかり。  ともあれ、以下に、本誌本号より、いくつかの句を挙げておこう。    今年また暗殺未遂梅雨明ける         M.M    野菊掘るそこはかとなき無聊       佐藤すずこ    夕もみぢ一期の夢の醒め際に        柴田獨鬼    備忘録なくしてしまった冬の蝶       関根順子    夕顔の花咲く闇を行けば闇     海月の海を照らす月光          月 犬    白蛇とことばをかわす白き指        西谷裕子    雪山で死んだ男は威圧的          三池 泉    母の母の名は花ほんのり春         皆川 燈    自転車走らす冬の朝こぶし         矢田 鏃    野蒜摘んだね訃報欄のアライくん      結城 万    外つ国の薬莢が前庭に墜ちる        五十嵐進      撮影・鈴木純一「やがて舞ふ火蛾とは述べず黄昏は」↑

鈴木節子「遠野火や孝女のふりの二十年」(「俳句界」10月号より)・・

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 「俳句界」10月号(文學の森)、特集は「はじめの一句~俳句への扉」、執筆陣は佐藤郁良「考えるより素材を探す」、加藤かな文「俳句でしか言えないことを」、髙田正子「普通上等」、岸本尚毅「『解釈』と『鑑賞』に分けて考える」。塩見恵介「句会には出なくてもよし、出てもよし」、鳥居真里子「遠野火へ」、野中亮介「中学生のぼくには」、小林貴子「荒地の橋に立って」。その中で、愚生に少しばかり縁のあった鈴木鷹夫「 帯巻くとからだ廻しぬ祭笛 」と鈴木節子「 遠野火や孝女のふりの二十年 」の句が挙げられ、かつ、能村登四郎、金子兜太と高柳重信の句に触れてある鳥居真里子の「遠野火」から、 (前略) 人体冷えて東北白い花盛り     兜太     「月光旅館」     開けても開けてもドアがある    重信   以来、大切な愛唱句となった。自らは作り得ない俳句であっても読むことは出来る。そんな作品との数々の出会いの僥倖をもたらしてくれたのは、やはり「門」への入会がきっかけである。気負うことなく枯れ木も山の賑わいの心持ちと節子姉の「遠野火」の一句が、私と俳句との強い縁を紡いでくれたような気がする。   とあった。「俳句界」には、注目している連載がいくつかある。その一つは、田島健一「 俳人の本棚⑩ 」である。今月号は、「『否定的なもののもとへの滞留』(スラヴォイ・ジェシク著/酒井隆史・田崎英明訳)。哲学書が多いので、愚生には全くお手上げなのだが、いつも最後の締めの部分は、俳句に落とし込んでくれているので、少しは理解できそうなのである。今月号の、その結びの部分を引用しておこう。  (前略) 俳句はどうだ。今書かれている多くの俳句が問題になるのではない。、むしろ、どの様な俳句が書かれていないのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、が問題なのだ。 「書かれていない俳句」、それは、我々の手元にはない。それを保証してくれる「大文字」の〈他者〉」も失われつつある。  我々が直面している時代の運命は、まさに俳句の運命でもあるのだ。  ともあれ、本誌掲載句より、いくつかの句を挙げておこう。    潮の香の混じりてゐたる虫の闇       松尾清隆    紅梅であつたかもしれぬ荒地の橋      飯島晴子   海上に富士より高き雲の峰         島村 正    アンパンの臍の胡麻とる四月馬鹿   ...

藤井あかり「末伏の闇から鴉剥がれけり」(『メゾティント』)・・

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 藤井あかり第二句集『メゾティント』(ふらんす堂)、近年には珍しいシンプルな「あとがき」に、   いつもお導きいただき、この度は序句を賜りました石田郷子先生に、心よりお礼申し上げます。  また、お力添えくださいましたふらんす堂の皆様に感謝いたします。  とのみあった。序句は石田郷子、    さやけさの風の扉を押しにけり      郷子  ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。    扉を叩くための拳や春北風         あかり    藪椿静かとつぶやけば響く   春寒の便箋に字を沈めゆく   淡雪や遥けく鳴りし体温計   真清水を掬ぶ全身を醒めにけり   さざ波は何も沈めず青芒   二度会へば声憶えたり鳳仙花   長き夜の二人眠らず眠らせず   蟻殺す二匹目も殺してしまふ   蔦の戸の開かれてゆくナラタージュ   胸に火の回る速さや冬河原   イヤホンの中の爆音凍返る   花冷の時計に差せる針の影     「秋水に幼な子の名を訊きかへす 郷子」に   立つ風と書きて子の名や露時雨   洗ひたる手をまだ洗ひ秋の水   藤井あかり(ふじい・あかり) 1980年、神奈川県生まれ。       撮影・中西ひろ美「青きもの熟れて傷つき地へとどく」↑

中西ひろ美「駅ピアノ弾く人なくてトンコリの自動演奏新函館北斗」(「垂人(たると)」46より)・・

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 「垂人(たると)」(編集・発行 広瀬ちえみ/中西ひろ美)、中西ひろ美による「歌枕の句会2024・1・28」の記録、エッセイに「母(安達みなみ)の近況報告」、「塩ザンギと宗谷本線」、「旅の連句(二)姥捨」、広瀬ちえみ「こんな本あります⑬」、書評に「中内火星句集『シュルレアリスム』を読む/火星と現代俳句」など、バラエティに富む内容である。愚生が恐縮したのは、鈴木純一の「月にうつして大井恒行をながめた/大井恒行句集『水月伝』」評で、見開き8ページに及び、かつ、愚生の句には、味わい深い評の付句(七・七)がすべて付されている(有難う!)。少しだけだが紹介しておきたい。 (前略) 中世、連歌がさかんなころ、夢で「ことば」を授かると、神仏が告げたものと考え、脇以下を続けて百韻とし、一巻を社寺に奉納した。これを「夢想の連歌」という。今朝も夢の中で誰かと話したが、最後に交わした言葉が耳に残っている。『水月伝』も悪夢で始まる。    東京空襲アフガン廃墟ニューヨーク  御     ガザに盲しひて逆髪を待つ    純一    なぐりなぐる自爆者イエス眠れる大地     おまえはほんとの父さんじゃない   太字が大井の句。これを夢想の発句として鈴木が七七を付ける。さらに九八句を続け、それぞれ百韻としたいが、西鶴でもあるまいし、略した。 (中略)   見殺しや泳ぎてたどる朝の虹      真草行の真をもてゆく  『水月伝』は、「終わるということ」への問いかけだ。虹はどうして消えたのか、天皇は何故神であることをやめたのか、苦しみはどうすればなくなるか、自分は死んだらどうなるか、戦争は終るのか、陽はなぜ沈むのか、そういったことへの問いかけなのだ。 (中略)  大井恒行は、わたしの追悼句を詠むのだろうか。   雪花菜 (きらず) なれいささか花を葬 (おく) りつつ       ハラ召されよと徂徠先生     それともわたしが彼の追悼句を詠むのだろうか。   この国をめぐる花かな尽きたる山河      端から月をめくるこいこい    うつし水のない月は  今夜かがやくことがあるだろうか   とあった。ともあれ、本誌より、以下にいくつかの句を挙げておきたい。    両方から見えるところに立ってみる         高橋かづき    やちまたの次のやちまた虎落笛            野口 ...

大野泰雄「川鵜にも男の背ナと云ふがあり」(『大野泰雄 俳版画集』)・・

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   『大野泰雄 俳版画集』(夜窓社・限定200部)、装幀者は三宅政吉。句の並びは新年「和飾」からめぐり、夏「日向水」の題で終わっている。  ともあれ、愚生好みに偏するが以下にいくつかの句を挙げておきたい。    尿出づるまでを去年とす今年とす            泰雄    生と死のすきま三寒四温かな   狐火や西の座敷といふ真闇   恋猫の仕上がりゆける夜の深さ   山眠るやうに死なせてやれるなら   やつててもやつてないよな釣堀屋   春の水魚 (いほ) は歩かぬ魚の道   春眠のところどころを猫が舐め   惜春のハシビロコウは雨の中   父の日の豆腐の角と言ふところ   水風呂の水のぬるさや原爆忌   ビキニ着てをり原子力発電所   五月雨や愛人として母を棄 (う) つ   売れ残る絵と名月を持ち帰る   山彦を呼んで帰らぬ人の秋   道具屋の河童のミイラ秋湿り   みな死んで笑うて家族写真・夏  大野泰雄(おおの・やすお) 1950年、大阪生まれ。 ★閑話休題・・第37回紙上句会作品募集(甲信地区現代俳句協会・会員に限る・2句無料)・・ ・投句 雑詠2句(未発表のもの) ・本紙同封の投句用紙使用 ・投句料 無料(会員に限る) ・締切 9月30日(月)中にご投函を。 ・選者 秋尾敏・大井恒行・神野紗希・宮坂静生・小林貴子・佐藤文子・堤保徳     中村和代・仲寒蟬・島田洋子・久根美和子・青木澄江 ・発表 12月発行の会報104号に掲載 ・表彰 上記選者の特選句に特選賞進呈 ・投句先  〒390-0807 松本市城東2-2-6 双葉印刷内 小林貴子      TEL 0263-32-2263      撮影・芽夢野うのき「秋の林に置いてきたるか鶴の羽」↑

研生英午「哀しみは紅つたひ落つ螢あまた」(『鹿首』第18号)・・

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   詩・歌・美の共同誌『鹿首』第18号(鹿首発行所)、特集は「聲の霊(たま)」。執筆陣は天草季紅「生きつづける魂のうた」、小林弘明「物語は道なのか、受け止める声なのか」、早坂健伸「山水的陽水論」、中村茜「自閉症と知的障害と言葉と生活についての一考察」、室井公美子「東京ー声の霊」。  「表紙の言葉」の中に、   聲の霊 (たま) は、幾世代も何代も続く魂の伝承だ。遺伝子だけではない、歌や言葉の波に乗って、歌い継がれてゆく。今此処という実在の現実から、あるいは過去からも、さらには未来へと継がれて征くのだ。 (中略)   僕たちは今一度生きる原点に戻って、聲を発して征かなければならない。復路はない。歩き続けることで、生きる意義と確かな手応えを探って征かなければならない。聲を発して、言霊の風に乗って、此の道を歩いて征こう。  歩き出せば生れる道。この言葉は生きることそのものを表した僕の座右の銘だ。そして、僕の朗読用の詩の一句だ。 (中略)   この一回性とも思える身体とともに、死へと収束し無へ還るまで、無彩色の砂粒になるまで、転がって征こう。形なき魂の世界に辿り着くまで、一歩一歩歩いて征こう。(E.M)  とあった。(E.M)とは、研生英午(みがき・えいご)のことだろう。ともあれ、本書中より、いくつかの句歌を以下に挙げておこう。   薔薇弄ってるうちに水銀のきもち           松本恭子   水辺の 花 そのしろい浮草の、水茎の        高貝弘也   AIが熱を発する謝肉祭                内田正美   即是空震えつ開く蓮一枚               奥原蘇丹   罰 (ばち) だ罰悔悟の情沼に落つ            翁 譲   黒猫の幾千の飛ぶ荒月夜               鈴木淳史   帰り来よ「命 (ヌチ) ドウ宝」忘忽石 (わすれないし)   風山人   大赤木陰に鬼つ子キムジムナー            研生英午  木の枝に化けて竹節虫(ななふし)とまるかな鳴くこともせず飛ぶこともせず  川田 茂  平日の日中なれば来るひとの髪みな白し裁判所前               天草季紅  鬼無里を漂ふ蛾蒼き朱の照葉宙 (そら) を舞ひ舞ふ              内藤隆子           撮影・中西ひろ美...

月波余生「自粛にも慣れ自粛疲れにも慣れ」(『川柳塔』より)・・

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   『川柳塔』(川柳塔社)、序は小島蘭幸(川柳塔社主幹)には、 (前略) 川柳雑誌・川柳塔創刊100周年記念合同句集「川柳塔」には、全国各地から六一六名の皆さまからご参加いただきました。自選15句の重さをしみじみ味わいたいと思います。   おれに似よ俺に似るなと子をおもい    路郎   飲んで欲しややめてもほしい酒をつぎ   葭乃  令和6年元旦、私は麻生路郎のふるさと。尾道の千光寺に参拝して、路郎ご夫妻の比翼の句碑に川柳雑誌川柳塔は今年100周年を迎えますとご報告させていただきました。  大正13年2月に「川柳雑誌」を創刊した路郎は「川柳は人間陶冶の詩である」「いのちある句を創れ」「一句を遺せ」と標榜して後進の指導にあたりました。その精神は今でも私たち川柳人の心の支えになっています。  とあった。ともあれ、本集より、極めて少なくなるが、いくつかの句をあげておこう。    先輩が左派だったのでボクも左派        江島谷勝弘    ボケるひまないのにちゃんとボケてきた     大久保眞澄   春の絵で飾るおひとりさまの壁          木本朱夏    心臓は本日止まる気配なし            新家完司    みんな笑っている僕の写真帳           内藤憲彦    二人とも歩けるうちにとフルムーン        平賀国和    千鳥足あんなものにも個性あり          松岡 篤    子育て終え夫育てが始まった         山下じゅん子    密会の未完のスジが取れにくい         くんじろう    三月十一日再生ボタンを押す           月波与生 ★閑話休題・・井上治男「十五夜の月ホスピスを抱きけり」(第33回「きすげ句会」)・・  本日、9月19日(木)は、第33回「きすげ句会」(於:府中市市民会館ルミエール)だった。兼題は「十五夜」。  以下に1人一句を挙げておきたい。     「姨捨」をみて    棄てられし媼 (おうな) くづるる名月 (つき) の底   山川桂子    十五夜や蕎麦がきを練る父の影            高野芳一   ふとひとり皆見ているか今日の月           寺地千穂   老いし犬腹ばいもがく蓼の花             井上治男    十五夜の月に横雲ミルフィーユ   ...

林ひとみ「まくなぎのニュースにならぬクーデター」(第2回「浜町句会」)・・

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  本日、9月18日(水)は、東京の今年最後の猛暑日と予報された暑い日となった。人形町区民会館に於いて、第2回「浜町句会」だった。雑詠3句持ち寄り(当季に拘らず)。  ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。    右足のほうが長いと知る夜長        川崎果連    土用波人のご機嫌とるは嫌         石原友夫    虐殺のことは伝えず震災忌         白石正人    総裁選大統領選だらだら祭         林ひとみ    水蜜桃虚飾のベールそっと剥ぐ       宮川 夏    露の玉走りて窓に外景色          武藤 幹    野分き立つ風切り音はクレッシェンド    村上直樹   花札の猪鹿蝶で新酒飲む          杦森松一    秋夜灯し多摩蘭坂に古本屋         大井恒行  次回は12月18日(水)、雑詠3句持ち寄り、句会後忘年会の予定あり。 ★閑話休題・・24人のえほん作家から地球の子どもたちへ/『地球パスポート』原画展(於:国立・ギャラリービブリオ)~9月24日(火)まで・・  参加作家…あべ弘士/松成真理子/きくちさき/ローラ・カーリン(イギリス)/降矢なな/石川えりこ/ほりかわりまこ/ペテル・ウフナール(スロバキア)/田島征三/長谷川義史/ささめやゆき/スズキコージ/村上康成/加藤休ミ/ロマナ・ロマニーシンとアンドリー・レスヴ(ウクライナ)/さかたきよこ/吉田尚令/ピート・グロブラー(南アメリカ)/ミロコマチコ/はたこうしろう/ホジェル・メロ(ブラジル)    撮影・芽夢野うのき「ふたりしてゆくはてしない祭かな」↑