島一木「病院にあはせて住居を変へてゆくわが家も癌の放浪家族」(『薄明集』)・・


  島一木歌集『薄明集』(冨岡書房)、「妻に捧ぐ」の献辞がある。装画も著者。その「あとがき」に、収載した作品の多くは、新聞各紙の短歌投稿欄や短歌総合誌の投稿欄に投稿して入選したものの中からの自選だという。


(前略)「薄明集」は、二〇一八年に妻の病気が明らかとなって以後の作品である。直近のプライバシーを守るために、筆名を多用して短期間で変えていった。盗作の誤解を避けるため、この期間に使用した筆名を次に記しておく。

 (本名)原 正樹

 (筆名)永井 歌・丹羽一夫・近藤良夫・丹羽夜舟・北山時雨・峯 冬樹・近藤竹文

 挿画に使った蓮の絵は、妻がまだ元気な頃に一緒にスケッチに行って描いたものである。妻の勧めにより装画に用いた。蓮の花々は、薄明から夜明けにかけて音を立てて開くそうである。

 『薄明集』の表題には、夜明けのくることへの祈りの気持ちを込めている。


 とあった。彼が阪神淡路震災被災直後に父を失い、ボランティアで疲れ切って、句はできせん、と便りをいただいたことを覚えている。ところで、島一木の書には、これまで一貫して、生まれも育ちも記されていないが、すでに句集は『都市群像』(まろうど社・2015年)、『探査機』(冨岡書房・2016年)があり、歌集の上梓は初めてである。ともあれ、愚生好みになるが、いくつかの歌を挙げておこう。


 介護する手をふと止めて窓外のアオスジアゲハの飛翔みつめる     一木

 時折はあの世の母が来てゐると感じる 屋根で雀らさへづる

 きみの家どこにあるかを確かめず送り別れし螢の岸辺

 じりじりとバックしてくるトラックを誘導しゆく奈落の際を

 甘樫の丘をくだりてめざしゆく飛鳥の森に鳴くほととぎす

 人を待つひととき本を開き読み別の人生垣間にてゐる

 日替はりランチ待つてゐる間に水槽の鮑が少し身じろぎをする

 秋夕べ妻の代はりに水をやる妻の集めし植木の鉢に

 色々と声色変へて歌うたふステージⅣの妻にしあれど

 父の家を売る契約を済ませきて帰りの電車を乗り間違ひぬ

 抗癌剤続くるはずが診察を受くる間に手術と決まれり

    四月十五日

 フクシマを教訓にしてドイツでは脱原発を完了しにけり

 「アロエはその大きな鉢へ植ゑ替へて」と妻は指示せり車椅子にて



★閑話休題・・紫虹「月みても 俳句浮ばぬ ツキ落ちた」(『続・立たんか短歌 這い這い俳句』より)・・


 紫虹(しこう)短歌・俳句集『続・立たんか短歌 這い這い俳句』(冨岡書房)、装幀は島一木短歌集『薄明集』と、まるで姉妹本のようである。装画は、これも著者・紫虹。著者自身の記述は作品以外何もない。異例の「あとがき」に、竹田勝(梶井基次郎大阪『檸檬』の会)が記している。それには、


(前略)この度、「続・立たんか短歌 這い這い俳句」を出版されるにあたり、紫虹さんの「夫っと」さんから、「あとがき」の御依頼を受け、愛読者の皆様より先に、(ゲラを)拝詠させて頂く事になり、誠に申し訳なく思っております。(中略)

 さて、詠み始めると止まらなくなるその魅力はどこから来るのでしょうか。表題も含め不思議に調子のいいリズム感、滑稽と云うかユーモアと云うか人を和ませる面白さ、そして、「こんな事まで」と云う広い知識・教養、それらを瞬時に表現する頭の回転の良さ、とても患っているとは思えない健やかさ、そこには「なんと云う生きんとする意思」さえ感じられます。人生は楽しく愉快で、踊り出したくなる様な、そんな歌・句ではないかと思います。

 そう云った意味では、紫虹さんは、正に「日常生活の中にこそ文学はある」を、実践されている方だと思います。

  卯月にて 躑躅皐月と 競いけり


 とあった。「夫っと」さん、とは、愚生が思うに、島一木のことだと推測する。ともあれ、以下にいくつかの歌・句を挙げておこう。


  再発し 手術後一年 経ちまして

      有難きかな 一年の時

  扇状が 戦場なりし 河川敷

      煽情を止め 洗浄し祀る

  帰宅して 夫が広げた 昼食は

       寿司に餃子に おはぎにアイス

  次々と 薬でつなぎ 手術して

      命くいとめ 明日はありそう

  人間も 飛行機の窓も まるくあれ

      負荷がかかると 亀裂が入る

  闘病と 闘牛は似て 非なるもの

      抑えた後も 再び牙むく

  CT検査 フリース着ては いませんか

      入れ歯に金属 まあ失礼ね

  植えた葱 夫が世話を してくれる

       そんな訳ない みな葱坊主


  雪雪と 予報は言いし 晴れの日に

  蝋梅と 名付けた人の 狼狽や

  春あらし 打たれて種や 出奔す

  春雷に 目覚めて壁と 共振す

  にわか雨 フロントガラスに にわか虹



        撮影・中西ひろ美「雨も霧も駅に迎えの人影も」↑

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