池田澄子「亡父亡師亡夫亡友秋桜」(「noi」vol.18より)・・
「noi」vol.18(俳句雑誌noi)、特集は「池田澄子インタビュー/今を生きる、私たちへ」。その中に、
(前略)noi 敏雄の句に〈出征ぞ子供ら犬は歓べり〉があります。三鬼が、特高の思想弾圧を懸念して「犬も」にした方がいい、と当時アドバイスしたと聞きます。
澄子 そう。戦争中は「犬も」だったの。戦後に発表するときに「犬は」の戻して。
noi この助詞一つにこもる意図が、すごく重たいですよね。
澄子 全然違うからね。「犬も」だと、出征を「みんな喜んで送りました」。「犬は」だと、大人は喜んでいない。敏雄の句に〈立ちあがる直射日光被爆者忌〉ってあるの。これは先生が吟行で作った句で、「立ちあがる直射日光」までできてから、なかなか下五がつかなかった。最初は「芹の水」とつけたのね」それからずいぶん経って推敲した結果「被爆者忌」になったの。
noi 敏雄も、吟行の感覚を取り入れながら、そこにとどまらないように昇華させる。実感から時間をかけて一句に至る、そういう作り方なんですね。「被爆者忌」になって、澄子さんはどうおもったんですか。
澄子 「あ、敏雄の句になったな」って思った。(中略)私ね、「原爆忌」っていう言葉が、なんだか……。だって、原子爆弾の忌日ではないでしょう。
noi 澄子さんが今年の角川「俳句」5月号に寄せた50句のうち〈怒る暇なかった原爆被爆死者〉も、「原爆被爆死者」と丁寧に書く迫り方が、敏雄の「被爆者忌」と共通すると思っています。(中略)
noi 〈いつしか人に生れていたわ アナタも?〉も、人によっては「これは俳句なのか?」と言う人もいますよね。
澄子 当然そうね。それこそ季語もないし、これはもう五七五にもなっていない。
noi でも澄子さんが「これが俳句だ」と思う理由、これで行こうとゴーサインを出せる澄子さんの感覚について聞きたいです。
澄子 そうね、難しい質問ね。
noi でも澄子さんとしては「俳句だとおもってる」んですよね。
澄子 そう、俳句だと思ってる。たとえば、〈いつしか人に生れて花筵〉なんて言えば、ちゃんと俳句になるのよね。でもそれは考えなかった。
noi なるほど。「アナタ」がカタカナなのは。
澄子 目の前の「あなた」じゃなくて、いろんな「アナタ」、という感じかな。
noi 匿名性を与えたいがゆえのカタカナ?
澄子 そうだと思う。これ、ひらがなだとつまらないわね。今まであまり意識してなかったけど、〈いつしか人に生れていたわ あなたも?〉だと、全然つまらない。
noi カタカナの効果は絶大ですね。
澄子 ひらがなだち「あなた」に個性が出て、個人になるわけね。
どの舌もくらきより来し滝轟々 弓木あき
明日から来れますか 蝶ふめますか 佐藤五日
桃のパフェこれは崩していい平和 音羽凛
いつ下ろす平和祈念像の天刺す右手 山口優夢
なんど飛び降りても夜長ねむり継ぐ 柊木快維
消しゴムは言葉を殺め沙羅の花 三浦にゃじろう
六月のみづ熟れきつて光生む 此村奈積
撮り終へてなほ向日葵の車窓かな 北野小町
サマージャンボのことは内緒に泳ぐ泳ぐ 植朋子
裸でも眠れるようにシャンデリア 東田早宵
流星の梢を馬のはやさかな 上岡未奈
蝌蚪うすく光ってねむらない汀 野上翠葉
無リン無臭無終戦記念日無毒無害 炭野文
明日ありと思えば崩す冷奴 梅澤春雄
スケルトンリーフ翳せば天高し 野のはな
撮影・中西ひろ美「顔と顔冬の気配が近すぎる」↑


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