四ッ谷龍「弾道試験場雑木の根荒々ち」(「むしめがね」No.27)・・

 


「むしめがね」No.27(むしめがね発行所)、四ッ谷龍「再論・田中裕明(連載その5)/丸谷才一、後鳥羽院、『櫻姫譚』、30ページ近くに及ぶ力編。紹介しきれないので、直接、本誌にあたられたい。ごく、一部になるが以下に、


       一、難解?

 田中裕明の  第三句集『櫻姫譚』にはわかりにくい句が多く、後の句集に比べるとこの時代の俳句は未完成であったとする意見をときどき見かける。典型的なものは小川軽舟の次のような批判である。


  『櫻姫譚』では主観の空転が目立つ。読者を突き放すような独善性は、俳句には似合わな 

 い。(小川軽舟『現代俳句の海図 昭和三十年代俳人たちの行方』)(中略)


 『櫻姫譚』は自由な実験精神にあふれた面白い句集であると思うし、私を含めこの句集を愛する人間は多いのだが、小川の評価はかなり厳しい。

 『櫻姫譚』に難解な点があるとして、それがなぜなのかをいったん事実に即して考えてみよう。理由としては次のようなものが挙げられるかもしれない。

 ⓵切字(とくに「や」)の使用を避けて「の」や「に」で代用している。……この問題については本連載の第3回で論じた。

 ②他の文学作品からの引用がしばしば埋めこまれていて、引用元がわかりにくい。……第4回で論じた。

 ③比喩に飛躍がある。この句集には直喩の句が十四句収録されており、直喩の使用比率は裕明の句集の中でもっとも高い。(中略)

 ④根拠がはっきりしない感情表現がある。(中略)

 さて、これらのほかにもう一つ、『櫻姫譚』を難解に感じさせる表現の特徴があるように思う――『櫻姫譚』のというよりも、『花間一壺』から『櫻姫譚』にかけての傾向と言うべきなのであるが、それは

 ⑤形容詞、形容動詞、副詞に修飾関係が不明瞭なものが見られる。

といことである。今回はまずこ問題から具体例を挙げながら見ていきたい。

     二、修飾関係の謎

  猟期はやとしごろの目のうつくしく

 この句のわかりにくさは、「はや」という副詞がどこに掛かるのかがあいまいな点にある。

常識的に考えれば、「いつまでも小さいと思っていた娘がはやくも年ごろになった」と解釈すべきだろう。しかし「うつくしく」に掛かると考えて、「娘は早熟な感じでこの年齢ではやくも美しい」というように受け取ることも可能だ。さらに、「猟期はや」と上五の途中で句またがりになっているところが普通あまり見ない叙法なので、ここは句またがりではなく「はやくも猟期になった」と理解することもできる。つまり「はや」が「猟期」にも「としごろ」にも「うつくしく」にも掛かるように感じられる。こうしたあいまいな修飾語の用法は、どうも意図的にやっているのではないかという気がする。(中略)

 小川の選句を見ていて気づくのは、採られている句の多くが無難な出来のもので、裕明が腐心した挑戦的な作品は排除されているということだ。たとえばこの句集の特徴は「過去を描いた」句が見られるということで、これは現象学的な「時間の逆流」の発想と、藤原定家や後鳥羽院の「時間の経過を詠む」手法を結び合せたものだと考えられるのだが、小川の選句には過去を描いた作品は含まれていない。「けり」を用いた句は三句あるが、いずれも詠嘆的な用法であって過ぎ去った時間を描いたものではない。(中略) 

 『現代俳句の海図』の説くところによれば、裕明は次の句集『先生からの手紙』において「主観が自己満足に終わ」なくなり、「孤独な主観に立てこもることをやめ」、最後の句集『夜の客人』で「言葉は平明で、悲しいまでに澄んだ詩情を湛え」た世界を築くに至ったというように、論を進めている。しかし、『先生からの手紙』『夜の客人』でも(とくに後者では)裕明はさらに新しい実験を続けている。それについては次回以降にまた検討することになるが、小川の『田中裕明の五十句」では、これら二句集からも、真に新しい革新的な句の多くは排除されているように見える。

 『櫻姫譚』は俳句史に刻まれた名句集である、そのことを私は疑わない。


とあった。ともあれ、本より、田中裕明と四ッ谷龍の句のいくつかを以下に挙げておこう。


  たはぶれに美僧をつれて雪解野は      裕明 

  行春のはばたきふかき空にあり

  みづうみのみなとのなつのみじかけれ

  うみやまのあひだの旅の冬に入る

  悉く全集にあり衣被

  糸瓜棚この世のことのよく見ゆる


  木の葉のようにホームへ人が一人ずつ     龍

  蘭は香を放ちぬ人は眼光を

  三猿の一匹は我朧の夜

  滑莧声から唇の生まれけり

  人に道譲って冬と気づきけり

  ジャンボタニシの卵に暗い知覚生え



      
撮影・芽夢野うのき「ひがん花夢こそまこと幻聴も」↑

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