小池光「坂本冬美よし坂本冬休みよしわれを笑はす十月尽に」(『小池光インタビュー集——言葉とことばの出会い』)・・
聞き手=寺井龍哉『小池光インタビュー集——言葉とことばの出会い』(本阿弥書店)、巻尾の寺井龍哉「笑わない人——インタビューを終えて」に、
小池光さんは、笑わない人である。(中略)
いま、その不思議さについて、こう考えている。短歌を詠み、読むことは、畢竟、言葉の生理を理解し、言葉を操ることである。そして言葉を読み、書き、聞き、話すこと、言葉によって何かを感じ、考えることは、ほとんど、生きることと同義である。このような認識に至ったことが、ある時期から小池さんの歌に感傷があふれはじめ、独特の滑稽味が出現した契機なのではないか。生きることは、人と出会い、別れ、笑ったり笑わせたり、泣いたり泣かせたりすることに他ならないからである。驚いたことに、それは少しも不思議なことではない。
とあった。インタビューの第一回から12回までの項を記しておくと、第1回「幼少から『短歌人』入会まで」、第2回「『バルサの翼』『廃駅』(第一歌集・二歌集)の頃」、第3回「『日々の思い出』(第三歌集)の頃」、第4回「『草の庭』(第四歌集)」、第5回「『静物』(第五歌集)」、以下「『滴滴集』第六歌集」、「『時のめぐりに』(第七歌集)」、「『山鳩集』(第八歌集)」、「『思川の周辺』(第九歌集)」、「『梨の花』(第十歌集)」、「『サーベルと燕』(第十一歌集)」、第12回「小池光お日乗」。まさに、副題のように「小池光の戦後短歌史」。直接、本書に当たられたい。以下、本書より、アトランダムになるが、歌をいくつか挙げておこう。
海を背に立ちあがる父大きければまだ許されてある叛きは 光
青蚊帳のなかめざめたる少年に三十年の歳月あはれ
いまだおさげのゆり子先生「青い山脈」の歌教へきわれら児童に
抒情せよセブン・イレブン こんなにも機能してゐるわたくしのため
いつぽんの万能葱は家妻(いへづま)の瞋(いか)りのままに切りきざまれつ
秋の出水(でみづ)みにきてゐたり むなしさや バイアグラ殉死六十九人
すぎこしをおもへば既に一万四五千時間の授業をしたり
粟つぶほどの熱心もなくなりてのち教ふる技(わざ)はいささかすすむ
女の眉が媚(こび)にて女の鼻が嬶(かかあ) 女の口はわらへる如し
一字市(いちじし)の蕨の春の駅頭にふはふはとせる人びとのむれ
石川さゆり「船頭小唄」にききほれし数十秒がこの日のすべて
逃げおほせたるらしきビンラディンを祝福せむとまでは言はねど
かゆいとこありまひぇんか、といひながら猫の頭を撫でてをりたり
2002年12月3日
同じ日の訃報にみたりイバン・イリイチ、マル・ウォルドロンわが青春よ
瀧野川信用金庫にはじめての担任生徒ひとり就職させき
若人が詠みける歌の「元彼」をがんぴ(・・・)と読んで何だとおもふ
山鳩の鳴くこゑきこゆヴィンセントの死よりテオの死はかなしきものを
正座して鏡のまへに居りしきみ声をかければふりむくものを
なくなりて三月(みつき)過ぎたるうつしよに「生きて負ふ苦」の雪ふれりけり
庭の草取るにしばらく汗ながす午前中から死者をおもふな
母親となりたる志野をみるときに志野かはゆしとせつにおもへり
椿油つけて九年になりぬれば海石榴(つばき)のはなが咲くときがある
どんどんと漢字忘れてゆくわれは読めるが書けぬ稽古の「稽」が
小池光(こいけ・ひかる) 1947年、宮城県柴田郡船岡町生まれ。
★閑話休題・・「週刊文春・大井恒行選『文春俳壇』俳句募集!!投句締め切りは11月30日(月)」・・
〈応募要領〉
・自作未発表 3句まで。・兼題なし。
・応募方法 住所、氏名、年齢、電話番号を明記。掲載にあたって俳号(ペンネーム)をご希望の方は、そちらをご記載下さい。
◎郵送の場合 ハガキに3句まで(応募作品は返却しません)
【宛先】10w2-8008 千代田区紀尾井町3-23「週刊文春」俳句
◎WEB の場合〔投句フォーム〕をご利用下さい。
・発表 「週刊文春」2026年12月31日・1月7日特大号(12月24日発売)
アドレスは、 ↓
https://bunshun.jp/articles/-/93033
撮影・鈴木純一「交差点に生首をくや望くだり」↑
10月30日 白川静 没 ( 1910 ~ 2006)

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