坪内稔典「スケボーの少年が跳ぶ星月夜」(『モーロク快々』より)・・


 坪内稔典『モーロク快々』(創風社出版)、帯文に、


 「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」/この歌は二十代のころ、つまり結婚したばかりのころから私の愛誦歌になっている。啄木のこのつつましい幸福の享受が大好きだ。(本文より)

    今日もさりげなく過ぎてゆくネンテンさんの至福の時間


 とあり、「あとがき」 には、


  この『モーロク快々』は『モーロク日和』(ニ〇ニ五年一月)に続くモーロクシリーズの二冊目である。(中略)

ニ〇二六年夏の現在、ボクの暮らしの目標は身辺から本をなくすこと。具体的にいえば、机上にはパソコンだけ、パソコンのそばには一輪挿しを置いて折々の道端の草花を活ける。辞書とか文学全集などはインターネットを利用する。雑誌などだと国会図書館所蔵のものがネットで読める。今まで本の中で暮らしてきたが、これからは身辺の本は最小限にしてすっきりと暮らす。


 とあった。 「星月夜」の一部分を以下に紹介しよう。


 星を見上げる、という動作というか仕草を意識的にしたい。以前にも書いたことがあるが、私はついついうつうつむくタイプなのだ。道を歩くときなど、うつむいてとぼとぼという感じで歩いており、そばにヒヤマさんがいると、「ほら、またうつむいている! 貧相に見えるよ」と注意される。

 というようなことがあるので、意識的に見上げようと思うののだ、大きな木や白い雲、遠くの山、そして星や月などを。

 そういえば、そろそろ星月夜(ほしづきよ)のころである。月のない夜空が、星の明かりでまるで月夜のように明るいのが星月夜。暦を見ると、十月九日が朔(さく)、その前後の夜は月が小さいので、たっぷりと星月夜を楽しめる。


 とあった。ともあれ、本書より、いくつかの句を挙げておこう。


  魚くさい路地の日だまり母縮む       坪内稔典

  椎若葉一重瞼(ひとえまぶた)を母系とし  石田波郷 

  冬はまた夏がましじゃといいにけり     上島鬼貫

  山の神の耳の病か蝉の声          松永貞徳

  好きな子ははだしで歩くあの子です     森本真緒

  バッタさんぼくでよければともだちに    池田拓篤

  ありさんよどこから来たのここ五階     矢澤宙空

  姉ちゃんと顔が似ている鬼やんま      湊谷恭央


  「月光」旅館

  開けても開けてもドアがある        髙柳重信 


  天の川わたるお多福豆一列         加藤楸邨



             新俳句人連盟会長・飯田史朗氏↑

 ★閑話休題・・橋本夢道「妻よおまえはなぜこんなに可愛いんだろうね」(「新俳句人連盟創立80周年記念祝賀会」より)・・


望月たけし「シャツの中に秋の波音少年期」↑
古沢太穂「宮城野の萩雨ほつと落ちて来て」

橋本夢道↑       

 10月26日(月)は、新俳句人連盟創立80周年記念祝賀会(於:アルカディア市ヶ谷)だった。新俳句人連盟は、敗戦後、戦前に弾圧された俳人たちを中心に、1946年5月12日、小石川後楽園涵徳亭に於いて創立大会が行われ、もっとも早く結成された俳句団体である。 

  

        撮影・中西ひろ美「駅で会い駅で別れし芒かな」↑

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