大野善雄「無造作に成る句欲るなり吾亦紅」(『砂礫堆』)・・
大野善雄第一句集『砂礫堆』(ふらんす堂)、序は小澤實、それには、
本句集の作者、大野善雄さんは、第八回澤特別賞の受賞者である。高橋睦郎さんとともにぼくが選考委員を務めるこの賞は、ほぼ隔年ごとに、十五句を募り、澤の仲間が競い合うものである。(中略)
本合海橋の耐力調べ十二月
本句が最初の一句である。本合海橋は、山形県新庄市にある最上川にかかる橋である。十二月という最後の月に、橋の耐荷力調査にあたったのである。耐荷力の調査は橋がどれだけの荷量に耐えられるかを評価するもの、間違えると、橋が崩れる事故で人命が失われる可能性までもある。
寒天に通行止の許可取りぬ
橋を通行止めにしないと、耐荷力調査はできない。(中略)
凍てし桁熱してひづみ計を貼る
凍てついた橋桁を熱してひずみ計を貼りつけている。「桁熱して」というところに、耐荷力調査に従事しないと描き得ないところを書ききっている。そして、橋桁とひずみ計の関係を即物的に捉えたところに魅力がある。
とあり、また、著者「あとがき」には、
この『砂礫堆』は、私の最初にして最後の句集です。既に卒寿を超えた私は、土木技術者一筋に生きてきた人間です。人生は人と人との出会いで、生涯にどういう人に出会うかによってその人生は決まると言われています。現役時代によき師、よき先輩、よき同僚に出会い、仕事にも恵まれたことが、わが人生第一の幸運でした。(中略)
晩学で詩才もない上に、難聴という身体障碍を持つ、万年俳句見習いの私が、俳句を長く続けて来られたのは、偏に小澤實先生のお人柄に心酔し、先生の主宰する澤俳句会にも入れて頂き、分け隔てないご指導が享けられるなど、澤俳句会の雰囲気の良さに魅了されたからで、わが人生の第二の幸運でした。
とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。
高欄を掴むやミシと軍手凍つ 善雄
要塞のありたる島の蟬しぐれ
カッパとは田鼈のことよわが在所
五十回忌兄のみ若しいわし雲
干海苔の穴海苔でふさぐ子手を赤め
ひらりくるりさくら散るなりまたひらり
天の字は二人と書きぬ老の春
寒禽の声絶えて空あるばかり
雲片の奔りゆくなり駒草撫し
老母言ふ「土間が湿れば梅雨明ける」
百歳の恩師の賀状忝な
田草取草は丸めて泥に埋め
終戦米軍進駐
MPが教具の木刀焼く炎天
「澤」入会
句は己詠むべしと師や茄子の花
寒の星耳しひわれに囁ける
わが散髪を妻五十年茄子の花
大野善雄(おおの・ぜんお) 1933(昭和8)年、群馬県碓氷郡(現安中市)生まれ。
撮影・中西ひろ美「紅添えて秋の夜長を楽しまん」↑

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