森山光章「〔地面(じべた)を、這わなけれなならない〕。それは、〈義〉である。」(「不虚」24号)・・


 個人誌「不虚(ふこ)」24号(発行・編集 森山光章)、「更なる〔終わり〕へ」の中に、


(前略)現在(いま)、「碧梧桐全集」を読んでいる。短詩人「来空」氏が、十年をかけ編集・発行した全集である。「来空」氏の奥様「國分ひろみ」氏から贈呈された。「國分ひろみ」氏は、世界的な(・・・・)〔諸家〕である。わたしは「碧梧桐賞」を受賞している。(中略)

 「来空」氏の、「碧梧桐全集」の刊行は、偉業である。全集は、〔美しい書物〕である。函入り・黒の布製の、二十巻である。黒の布製の表には、「碧梧桐」〔碧〕直筆の(・・・)「碧」の字が、銀で大きく刻印されいる。。美しい装幀である(・・・・・)。

 「碧梧桐」は、近代文学者・屈指の(・・・)の〔諸家〕である。(中略)

 「碧梧桐」の家(・)は、松山藩の〔忍び〕の家柄(・・)である。〔間諜〕、ここに〔俳句〕の究竟がある。錯誤してはならない。「芭蕉」は、単に旅をしていたのではない。〔情報収集〕をしていたのだ。

 「碧梧桐」の作品は、〔ルビ俳詩〕に究竟する。圧倒的である。 

 ウネリ東風(コチ)どる疾風(ハヤテ)が西風(ニシ)の白浪(シラ)ケテ立って

 落鮎(オチ)の時遅(ノコ)る瀬張網(セドル)が瀬々と大瀬勢(ヒトツ)ひを(中略

)

 「意味」と「音韻」の関係(・・)が、痙攣し、律動している。見事である。〔切れては付き、付いては切れる〕、〔切レ〕が究尽されている。闘い続けた「碧梧桐」に、シュプレヒコールを送る。


 とあった。その他、巻尾に森山光章「〔彼方〕の構造——冨岡和秀『霧の本質』を読む」がある。ともあれ、本誌の他の作品をいくつか挙げておこう(詩篇を除く)。


  秋空の電線にすゞめとまりおり何の話をしているのか   佐藤ミヨ子

  うつありて観世音寺の鐘しのぶ             久野加代人

  啓蟄の曙光野に充つカンタータ              古岡壮大



★閑話休題・・ライブ 狂犬バクシーシ+栗原もなこ(於:阿佐ヶ谷よるのひるね)・・




 先日、10月18日(日)昼、狂犬バクシーシこと、ヒデキ・スエモリ+栗原もなこライブ(於:阿佐ヶ谷 夜の昼寝)に出かけた。栗原もなこは唄のほかに南京玉すだれの芸を披露してくれた。


   撮影・芽夢野うのき「飛びたつ鳥枯葉いちまいわれにくれし」↑

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