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髙島愼助「春寒し境内隅に力石(いし)三つ」(『力石を詠む(十四)』)・・

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 髙島愼助「力石を読む(十四))』(岩田書院)、帯には、   「力石を詠む」第14集!/かつて男達が力を競った力石。   その力石に想いを込めて詠まれたものである。/俳句、短歌、川柳など396作をまとめた。 序文は、伊藤正博(南木曽町文化財保護審議会前会長)、それには、  神社の杉木立は近くの道路の車の音を遮り静まり返っていて、境内の隅にある力石を巡ってその昔、神前で力自慢を競った男たちの険しい顔も賑わいもなく、忘れ去られ寂しく放置されている。動かすのがやっとの重い石を持ち上げて運ぶとは、昔の人達は丈夫な体だったんだなあ。     とある。また、「はじめに」には、   失われゆく郷土および文化遺産である日本の力石を地域ごとにまとめて報国している(1~31)。これらを出版する過程において多くの人々から力石に関する俳句、短歌、川柳、狂歌などが提供されてきた。 それらの作品うぃお紹介した「力石を詠む(一~十三)(32~44)」で力石に関する俳句や短歌など三九三六作品を紹介してきた。今回は「力石を詠む(十四)〈三九六作品〉」をまとめた。  なお、拙著で報告してきた力石は、体育史学でいう一般の人々が鍛錬や娯楽としての力くらべに使用してきた石である。  とあった。冒頭の「力石とは」には、   もともと力石は、農村では米俵を、山村では材木を、漁村や港湾地域においては醤油樽、油樽、酒樽などの運搬に従事する労働者の間から発生したものである。これらの労働者は一定の重量を担げないと一人前と見なされず肩身の狭い思いをした者もあった。農村では男は、最低米一俵(十六貫・六〇キログラム)を担ぐことができなければ一人前と認められず、職種によっては、重さの違う石を用意し、どの石の重さを担げるかによって給金が決められることもあった。そのため若者たちは、力をつけるために様々な物を利用して体を鍛えていた。(中略)そのような鍛錬や力くらべに利用された一つに力石があった。過去には、全国のほとんどの集落にあったと推測される力石であるが、労働の機械化や娯楽の多様性によって急速に歴史の片隅に追いやられてしまった。 ともあった。ともあれ、本書に収載された作品の中から、いくつかを以下に挙げておこう(作品には、作品が詠まれた現場の写真なども添えてある)。   春の日の頂点にあり力石        山田真...

筑紫磐井「若き妻を野干と知らでさくら狩」(「俳句」3月号より)・・

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  「俳句」3月号(角川文化振興財団)、大塚凱「現代俳句時評Ⅲ/『悪さ加減の選択』を」の中に(少し長くなるが引用する)、 (前略) 個々の俳句観の如何を問う議論ではなく、それらさまざまな俳句観を綜合し包摂した上でどのように俳句を取り巻く共同体と言論の蓄積を維持し発展させていくことができるか。私の関心はそちらにある。 (中略)   しかし、登録を試みる政治的な動機はそもそも「資金や人的資源等の支援を獲得すること」であろう。この動きを先導し、文部大臣としての政治経験もあった故・有馬朗人氏が、そのリソースを用いた俳句コミュニティの維持発展に貢献することを念頭においていないはずがない。ニ〇〇六年に発効した「無形文化遺産の保護に関する条約」によれは、無形文化遺産は「消失の危機から保護」の対象となり、国内においては「保護の促進のための措置」がとられうる。また、「国際的な水準での無形文化遺産の保護のため」「専門家の派遣、必要な人材の訓練、機材及ぶノウハウの提供等の国際的援助を行うため、締約国の分担金及び供出金からなる無形文化遺産の保護のための基金を設立する」こととなる(外務省webページ内)。 (中略) 掲げられた文言をそのまま受け入れれば、これが「俳句」を「保護」するためのリソース獲得を目的としたプロジェクトであることは論を俟たない。 (中略)   とすれば、我々が真に議論すべき課題は、協議会のもたらす定義の是非ではない、のではないか。指摘されるべきは「そのようにして獲得できたリソースを配分するコントロール機能を誰が担うのか」、そして、「そもそもどのようにリソースを獲得するのか」という、バックキャスティングによるグランドデザインの不在である。その分配の受け口として協会を統一するか、あるいは国際俳句協会の動向が示すように各協会のハブとなる受け口の団体を組織するかのいずれにしても、リソース配分の困難が予期される。 (中略)   どうやら「無季俳句や非定型俳句を含めるかどうか」が俳句の定義になっているようだが、私見としては、過去にも現在にも無季俳句が存在している以上、自然な成り行きとして、協議会は無季俳句を含めるような俳句の定義文を定めなければ、そもそもの俳句コミュニティを横断する合意形成は不可能だ。 (中略)   では、俳句界が外部から仮に何らかの利益を享受できたとして、具...

長岡裕一郎「ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち」(『百人一首バトル』より)・・

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  栗木京子・穂村弘・佐藤弓生・千葉聡・石川美南 編『百人一首バトル』(書肆侃侃房)、それぞれの編者の「おわりに」がある。栗木京子「マリアージュを越えて」、穂村弘「逃げ続ける夢」、佐藤弓生「個人のものはみんなのもの?」、石川美南「参加者、募集」、千葉聡「短歌なら届く」。ここでは千葉聡のものから、  八十になった母を介護している。寝る前のひととき、僕は母に、小説を読み聞かせたり、昔のドラマを見せたりしてきた。最初のうちは喜んでくれた。だが、母はここ一年ほど、ぼんやりすることが増え、長いストーリーが理解できなくなった。反応も鈍くなり、やがてほとんどしゃべられなくなった。  それでも、僕が「お母さん」と呼びかけると、分かったような顔をしてくれる。往診に来てくださるドクターによると「まだ耳はしっかりしている」らしい 。(中略)  息子が歌人になって以来、母は気に入った短歌を大判のノートに書き写していた。僕は、そのノートを探し出し、母の枕もとで、そこに書いてあった歌を朗読してみた。   母は久しぶりに「ああ」と言ってくれた。笑ってくれた。ああ、短歌なら届く。この『百人一首バトル』が出来上がったら、名歌中の名歌を、たくさん母に朗読してあげよう。  とあった。ともあれ、本書より、愚生が出会ってきた方々のいくつかの短歌を以下に挙げておきたい。   連山を持つ幸福を思わせて蛇笏あり龍太あり甲斐の国あり          三枝昂之   啄木をころしし東京いまもなほヘリオトロープの花よりくらき        伊藤一彦   病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ      河野裕子  母を知らぬわれに母なき五十年湖 (うみ) に降る雪ふりながら消ゆ      永田和宏    遺伝子配列三十億年対を読み終へてうつくしき水晶の夜がくる        小池 光  産むならば世界を産めよものの芽の湧き立つ森のさみどりのなか       阿木津英  ついに近江を見ざる歌人として果てんこの夕暮のメガロポリスに      藤原龍一郎  もろともに秋の滑車に汲みあぐるよきことばよき昔の月夜 (つくよ)    今野寿美  そして秋 空もひとつの武蔵野に早馬 (はゆま) のごとき風の音する    小島ゆかり   ものおもふひとひらに湖 (うみ) たたへたる蔵王は千年なにもせぬなり    ...

渡辺信明「手をふる子に手をふり返し桃の花」(「垂人(たると)」49より)・・   

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 「垂人(たると)」49(編集・発行 中西ひろ美/広瀬ちえみ)、特集は「渡辺信明句集『雪晴』を読む」。 各執筆陣のなかの広瀬ちえみ「気持ちの人」には、 (前略) ノブさんの絵は、素人の私が言うのは生意気であるが、技術的に優れているわけではないと思う。だけど、この温かさは何だろうと引きつけられる。極寒のなかで無心に絵筆をとるノブさんの姿が思い浮かび、その絵にはノブさんの幼子のような邪心のない気持があると感じられてならない。それを見たとき、私はノブさんにもノブさんの俳句にも邪念を払い忖度することなく句集を編もうと決心した。決めてから、ノブさんの作品に魂を持っていかれたような半年という時間を過ごした。ノブさんがお元気だったら(句集を出したか出さなかったかわからないが)、またほかの方が編集したら、全く別の句集になっていただろうと思うと恐ろしくもなる。  句集は四六版が多いが、ノブさんの絵を最大限いかすためB六版で作ることにした。カバーは織り込まれるためそのことによって絵が隠れることを避けたかったからである。 (中略) ノブさんは気持ちの人である。あふれんばかりの気持ちを家族にも、石や木々に、草に花に、そそぎ込む。その気持ちが言葉をちょっと遊ばせたり、愛がユーモアになることをノブさんの句を読むと気づかされる。  とあった。ともあれ、以下に、本誌より、いくつかの作品を挙げておこう。   故人はとても、プロペラでした        暮田真名   誰の枕辺かとヒメムカシヨモギ        野口 裕   桃もらうあいまいももこ剥いている     髙橋かづき      儲け第一工期第二     三、四はなくて       「安全第一」は第五          中内火星   星座なす寒の戻りの手術痕         中西ひろ美    湯島天神神田明神冬の靄           川村研治   こんこんと誰のものでもなく湧いて     広瀬ちえみ   石ころにきらりと冬の声をきく       ますだかも   硝子片掃いて三寒四温かな          岡村知昭   紅花の紅を残して棚の上ドライフラワーなれど紅花    渡辺信明       表合十句   枯蓮みんな名前をつけてやる         かも    マナーモードにふるえてる雪        ひろ美   15度で受付嬢が傾い...

朝吹英和「赤き糸手繰りし魔笛春銀河」(『瞬・遠Ⅱ』より)・・

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 『瞬・遠 Ⅱ/愛と魂のビッグバン』(発行 朝吹英和・勝間田弘幸)、序章で朝吹英和は、 (前略) 文字という媒体を通して表現する小説、和歌や俳句に宿る魂は「言霊」であり、音符を表現媒体とする音楽には「音霊」が宿っている。絵画や彫刻の場合には「形霊」である。  そして、「言霊」・「音霊」・「形霊」がクロスオーバーし共振する中でエネルギーが高まり異次元の時空が現出し、感動を呼び起こす。  とあり、勝間田弘幸「終章」には、 (前略) 母なる宇宙「無償の愛」の化身として或る周波数帯を受け持つと思われる魂は一人一人の、無意識の中に宿っており、コンサートで演奏家の魂を通じてモーツァルトの魂を直接感じて感動することがありますが、作曲された当時から200数十年のい時空を超えて、作曲家の魂と聴衆の魂が瞬時に重なり合うこの音楽様式は、瞬間が永遠に繋がる人類が生み出した最も偉大な芸術創造のひとつであると思います。  とあった。また、朝吹英和「あとがき」の結び近くには、 (前略) コンピュータやシステムの高度化によるSNSやAIの急速な普及は日常生活を刺激的に変化せしめ、効率化や省力化に大きく貢献している反面、最近の若者世代の文字離れや読書離れが顕著であり、更にはクラシック音楽の演奏会も退潮傾向にあると聞く。魂や愛を持たないAIに過度に依存しては愛を持たぬがゆえに地獄落ちを余儀なくされたドン・ジョヴァンニの二の舞を演じる羽目に陥ってしまう怖れがあるのではないか。デジタル化等で拡大した自由な可処分時間を「魂と愛をその源泉とする芸術」の創造や鑑賞のために使いものである。  ともあった。ともぁれ、本書中より、アトランダムになるがいくつかの句を挙げておこう。    棺中の手に握らせよ冬ざくら       磯貝碧蹄館    肉体の始末は難儀花の山          糸 大八    桜散るときメビウスの環のひかり      五島高資    弔鐘の連打地に這ひ狐跳ぶ        和久井幹雄    神鳴 (かみなり) や諸刃の剣愛か死か   勝間田空幸    メビウスの帯絡みつく残暑かな       朝吹粋酔    秋はフルートそれも無伴奏         仲 寒蟬 ★閑話休題・・小出楢重「新しき油絵/新しい花に、強い根を。」(於:府中市美術館・~3月1日まで)・・  小出楢重「新しき油絵/新し...

杉本青三郎「飛んでいないと初蝶と見做さない」(「俳句四季」3月号より)・・

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「俳句四季」三月号(東京四季出版)、浅川芳直「俳句ランドスケープ」の中に、  井口時男評論集『近代俳句の初志』(コールサック社)は力強い評論集だ。碧梧桐も虚子も子規の文学観をリアリズムに矮小化したが、子規の志は「非空非実の大文学にあり、それを継承したのは、メタファーを使いこなした昭和初期の新興俳句だ、という骨子である。  細かい異論はある。井口は、虚子の「大自然と一様になった時に写生句が出来る」(「写生俳句雑帖」)という言葉を、西田幾多郎の「主客合一」の借り物で、些末主義的な写生の物足りなさを自然随順の形而上学と神秘主義によって粉飾したものと批判する(本書Ⅱー七)。ただし西田自身は、「主客合一」を客観的対象の本質は、実験・操作といった主体の能動的な関与を通してのみ知りうるのだ、という実証主義的学問論の文脈で論じ、その神秘化を戒めてもいる(行為的直観」)。虚子の自然への没入も、俳句は授かり物だが、受け身だけではできない、、という制作論として、師系では受容されてきたように思う。 (中略)   悼尾に置かれた「『限界芸術』と名句たち――俳句とポピュリズム」では、俳句の価値がどこで成立するか、するどい分析が加えられる。井口によると、俳句はアマが作りアマが享受する「限界芸術」である。それゆえ、作品の価値の最終半者は、指導的観点を気にする「小心のプロ」ではなく、大衆の目に他ならない。(中略)さらに、そうした俳句の大衆性を逆手にとって、句の意味を初めから一切、読者に委ねたのが坪内稔典だと論を進める。  しかし、俳句の価値を決める「大衆」はほとんど俳句を作る人に限定され、外部の大衆が不在なのも実態である。   とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの作品を挙げておこう。    大寒の欅巨樹日のなかにあり         小澤 實    岸に寄る雛突かれて流れけり        津川絵理子    客人の座に金縷梅の壺を置く         生駒大祐     ブリキとプリキュアが遭ふ春休み       北大路翼    労働の路傍の薔薇をどうしやう        中矢 温    鏡の外へ鬼火のきみたちはいつてしまつた   青木瑞季    書け勝て死ね甦れ書け死ね書け生きろ勝て   垂水文弥    水仙にとって咲くとは裂けることわたしはわたしの本意が怖い                ...

抜井諒一「問診のあと春愁を診てもらふ」(『残影』)・・

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  抜井諒一第三句集『残影』(角川書店)、帯には、   過ぎ去った/日々の翳りと残影……/寂寞の深淵から掬い上げた三三一句  句集『金色』から/五年ぶり/待望の第三句集    こんなにも桜と人とゐて独り  とある。著者「あとがき」には、  (前略) 過ぎ去った日々が、ふと風景の中に立ち上がってくる。秋桜の揺れる畦道で、あるいは満開の花の散る下で。そんなときの言い知れぬ心細さを、十七音で掬い上げてきた。その翳りを、その残影を。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。    姫女苑みな花びらのどこか欠け        諒一    ほうたるの飛ぶには闇がまだたりぬ   夕蟬の鳴きつつ鳥に喰はれけり   天瓜粉たたけばすでに寝てをりぬ   山の影もろとも墓を洗ひけり   きつつきや天を仰いでまたつつく   歩かねば虫の音に沈んでしまふ   枯芝や子に追ひつかぬやうに追ふ   硝煙の匂ひのとれぬ冬帽子   弁当を広ぐ桜に背を向くる   残花より又もひとひら尚ひとひら   抜井諒一(ぬくい りょういち) 1982年、群馬県高崎市生まれ。 ★閑話休題・・宮尾節子「『おまえは、恋を分かち合えるとーー?』/愛国でも、憂国でもなく、国を思う心を恋国としてここに詩を捧げる。」(詩集『恋国(こいこく)』より)・・  宮尾節子『恋国』(言視舎)、の詩の一部を引用紹介する。       麦の青、声の黄色  男が  殺すなら  女が  産んでやる  男が  殺し続けるなら  女が  産み続けてやる    (中略)      男が  とめられないのなら  女も  とめられやしないのだ     殺される傍らで  産み続けることを  子の  希望を。  砲弾だらけの畑の土は  覚えている  踏まれても踏まれても  立ち上がった麦の青を  声の  黄色を。   宮尾節子(みやお せつこ) 1951年、高知県生まれ。             撮影・鈴木純一「千鳥よぶ娘と男いれかわり」↑                  淡島千景 2012年2月16日 没

渡邉樹音「重ね着のほつれは海を繋いでいる」(第76回「ことごと句会」)・・

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  2月21日(土)は第76回「ことごと句会」(於:ルノアール新宿三丁目ビックスビル店)だった。兼題は「如」。以下に、一人一句を挙げておこう。    「あたわり」の能登半島や春は来る        村上直樹    宿木よ風の罠かもしれぬ             渡邉樹音    突如陽炎のその時差に加わる           宮澤順子    姉二人父似と母に雪兎              石原友夫   如水になれない白魚やがて白          杉本青三郎     月冴ゆる瓦礫を探る黒い猫            杦森松一    一陽来復まだ三角の如し春            金田一剛    来し方へ含み笑いも春の闇            江良純雄    よく生きてだんだん小さくなる蜜柑        林ひとみ    子等はすでに消える足音聞いている        渡辺信子    きさらぎや座禅の邪魔をする記憶        春風亭昇吉    春木みな鳥のためらう枝の色           照井三余     ー高市閣下に捧げるー    如何様 (いかさま)野郎!オッと女郎であった春 武藤 幹    凸凹 (でこぼこ) のかなしきかたち日向ぼこ    大井恒行 ★閑話休題・・現代抽象作家展ーsurprise 19ー(2月22日まで。於:ギャラリー絵夢)・・                    河口 聖 ↑  案内には、「抽象作家24名による抽象表現・具象表現を視る」とある。出品作家は、   阿津美知子・遠藤茂子・大久保宏美・大庭英治・置鮎早智枝・金井路子・河口聖・紀井學・楠本惠子・小林哲郎・小堀令子・佐藤洋子・芝田しげる・硯川秀人・霊山邦夫・知多秀夫・鶴巻美智子・寺床まり子・中野渡みね子・沼尾満・村秋木綿・結城康太朗・吉見公子・山中宜明        撮影・芽夢野うのき「いささかの脳よろこばす桜餅」↑

垂水文弥「晩景に真白き菊のゆきわたる」(KENOBI」Vol.3より)・・

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  「KENOBI」Vol.3(発行 小川楓子・黒岩徳将・寺沢かの)、論考は黒岩徳将「叙情俳句序説」、その「おわりに」の部分に、 (前略) 私は俳句史における叙情人気の浮沈とその変容には強い関心があるものの、「叙情俳句」をどうにも好むことができない。生きているうちに自句他句ともになんとか叙情の対抗馬を出して抵抗したいと思う。ポエジーの核にしたいのは「パワー!肉体!身体性!リズム!非意味!」である。たとえば次のような句を読んでほしい。   泳ぎより歩行に移るその境        山口誓子   ふくろふに真紅の手毬つかれをり     加藤楸邨   プラチナ晴天テレビにくらげの力士たち  大石和子   鮭食う旅へ空の肛門となる夕陽      金子兜太   風を見るきれいな合図ぶらさげて     阿部完市  同じ誓子でも、「こころの帆」と異なり目玉が飛び出るほどの名句である。プールサイドや海をあがるときに両足を地面に付着する感覚から哺乳類に進化する過程を夢想できる。(教科書で見たあの絵だ!)。 (中略) 声に出して全身に音を反響させることにより、(きれいなと言っているにも関わらず!)意味がわからないが見えない「合図」により体が無意識に反応してしまうゾクゾク感。これらはすべて頭でなく体に訴えかけてくる句である。「叙情俳句」と薄味虚子から目を背けて、こういう句を作りたい。   とあった。他の記事に「お悩み解決座談会『叙情、どこへ行く」などがある。ともあれ、以下に本誌より、いくつかの句を挙げておこう。    待合室キャリーへひとすぢに西日     寺沢かの    年中さんのバレエレッスン木の実降る   小川楓子    交尾せるとんぼを過ぎてゆく蜻蛉     黒岩徳将 ★閑話休題・・樋口由紀子さん追悼句会のお知らせ【投句〆切:令和8年3月3日(火)23時】・・   令和8年2月11日に、川柳作家の樋口由紀子さんが永眠されました。/由紀子さんへの感謝を込めて、追悼句会を行いたいと思います。/ジャンルの垣根を越えて、多くの方のご参加をお待ちしております。 【投句】 未発表句、お一人様3句 投句締め切り:令和8年3月3日(火)23:00 以下のフォームからご投句下さい。 https://ws.formzu.net/dist/ S522456260/ *お名前を変えての二重投句はご...

飯島晴子「みそさざい袈裟もころももいらぬといふ」(『鳥の声』より)・・

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 高橋多見歩『鳥の声』(ふらんす堂)、高橋多見歩「はじめに」には、 (前略) このような四十雀などの興味深い生態を知ると、ふと    鷹一つ見付けてうれしいらご崎   芭蕉    小鳥来る音うれしさよ板びさし   蕪村  の鳥の句を思い出した。芭蕉も蕪村も「うれしい」とストレートに感情を出すほど鳥好きなのである。先人の句において鳥の鳴き声がどの様に詠われ、又野鳥の生態に踏み込んだ句が有るか興味が湧き、調べてみる事にした。その結果を俳句季刊誌「天晴」に順次連載していった。 (中略)  この度「天晴」の連載内容に少し手を加え、本書を纏めた。本書の内容は、興味深い鳥の俳句を紹介し、その句評・コメントを気軽なエッセイ風に仕立てたもので、気になった処をどこからでもお読み頂きたい。  とあり、天晴代表・津久井紀代/編集人・杉美春/「天晴」一同の「あとがきにかえて」には、  (前略) 多見歩さんは几帳面で温厚な人。「天晴」の柱としてわれわれを導いてくださった。多見歩さんの遺されたものを一冊に纏めることが出来たことに感慨深いものがある。  出版にあたりどこからか多見歩さんの「ありがとう」、という声が聞こえてきそうな気がしてならない。そんな気配りと繊細な感性をおもちの方であった。   多見歩さん、『鳥の声』を纏めましたよ。  とあった。ともあれ、本書中より、鳥の句のいくつかを以下に挙げておこう。    青天に飼はれて淋しき木菟の耳        原 石鼎    白鳥といふ一巨花を水に置く        中村草田男    梟のまひる瞬く孤独の目           加藤楸邨    はこべらや焦土の色の雀ども         石田波郷    除夜の鐘白鳥のごと湯浴みをり        森 澄雄    これ着ると梟が啼くめくら縞         飯島晴子    ごろすけほう観音さまが生まれるぞ      有馬朗人 高橋多見歩(はかはし・たみほ) 1947年~2025年没、東京生まれ ★閑話休題・・杦森松一「空席の呼名ひびき卒業式 」(第50回「きすげ句会」)・・   2月19日(木)は、第50回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「卒業」。以下に一人一句を挙げておこう。    一行詩リズム調ふ冬木立          久保田和代    冴ゆる月無人の...

菊田一平「日めくりの赤をめでたく旭日旗」(「唐変木」24号)・・

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  「唐変木」24号(発行人 菊田一平/編集 大和田アルミ・平野玉壺)、編集後記に菊田一平は、 (前略) 東日本大震災の津波で生家が流され、卒業アルバムはおろか家族の写真もことごとく流されてしまった。写真の喪失は記憶のの喪失に似ている。父の手帳挟まれていた一枚の写真から半世紀前の記憶が静かに湧き上がってきた。▲六月に「童子」主宰の辻桃子さんが亡くななられた。俳句を始めた三十五年前、そのいろはを辻桃子先生に教えていただいた。編集長は三朗と改名する前の三太。〈花林檎いま三太亡く桃子亡く〉。 とあった。ともあれ、本誌より、いくつかの句を以下に挙げておこう。    SALOON BARは女人禁制冬薔薇      大和田アルミ    難民を罪人となす木下闇            副島鶴来    行く春やいしだあゆみが泣いてゐる       平野玉壺    卒園の二人スキップして帰る         大野宥之介    暮れの寄席主任 (トリ) は人気の一之輔     山口素山   カステラのザラメ剥がして昭和の日      大和田信一   雪吊りの雪に影おく昼下り           司ぼたん   敗戦忌米穀通帳箪笥から            大門千春    木蓮やはかるりごとなど明かされて      八束とん坊    春泥にとどのつまりを沈めをり        山内三四郎     沖縄戦より八十年    亀鳴くやチビチリガマの手榴弾         山口蛍太    早春の湖の光を編む小舟            黒田黒珍    ずぶ濡れのままに夕立の中走る         ゆう屋。    散骨の海に春雨降り注ぐ            磯山ゆか    ひそやかにバルビゾン派の秋浸る        石川一洋    シーサーの二体向き合ひ花の昼         菊田一平    撮影・芽夢野うのき「武蔵野やおとこふたりに春の闇」↑

髙市宏「核燃料デブリ人新世の地層より」(『牡丹散華』)・・

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  髙市宏第一句集『牡丹散華』(コールサック社)、帯文は高野ムツオ、それには、   牡丹が最も美しいのはほころび始めでも盛りでもない。散ったあとの静寂の余韻にある。髙市宏という早熟の才能が求めてきたのも、その世界。福島の風土を愛し、福島の災禍を嘆く、朴訥一途な熱情が十七音の内外に満ち溢れている。  とあり、懇切な跋は、永瀬十悟「鎮魂と再生への祈り、未来へ」。その結び近くに、 (前略) 宏さんは近年、震災や原発事故を俳句に詠み続けている。あれから十五年、それは単なる個人の抒情にとどまらず、記録であり、鎮魂であり、再生への祈りである。最終句の「人新世」は、人類の活動が地球の地層に影響を及ぼすようになってしまった時代区分をいうが、福島原発事故の核燃料デブリが遠い未来の地層から発見されるというのは、決してありえない空想ではない。その想像力は、福島の原子炉から遥か未来への地球へと深まっていく。  現在宏さんは、俳句甲子園の活動にも興味を持たれ、地元で高校生若い人たちの育成にも尽力している。また俳句教室や句会で、後進の指導にも力を注いでいる。森川光郎先生によって育まれ、高野ムツオ先生によって広がりと深さを持った宏さんの俳句が今後どのような展開を見せるのか、私はこれからも注目していきたい。俳句の可能性を広げ、情熱を注いでいる宏さんの、鎮魂と再生への祈りの句集『牡丹散華』が、多くの人に読まれることを願っている。  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、本集より、いくつかの句を挙げておきたい。    競り売りの促音便の息白し           宏    花嫁はひひな飾らず嫁ぎけり   青空を掻く背泳ぎの翼かな   佐保姫の裾の触れたる馬の耳   きさらぎや母へつながる紐があり   帰還困難区域全山桜咲く   無人駅花守となり待つといふ   綿虫のただよふ双葉駅の前   白鳥の色にほはせて帰る空   あうあうと赤子が呼んで魚は氷に   流れ出すときのためらひ草清水   星の声して千年の蓮ひらく   イエスさま踏まれて鎖骨折れまいか   海へ降る雪かなしけれ処理水も   風光る手話に右利き左利き   誰もさはれぬ燃料デブリからすうり   溶け堕ちしあの日の記憶牡丹散る   髙市宏(たかいち・ひろし) 1956年、福島県岩瀬郡岩瀬村(現須賀川市)生まれ。      撮影・中西ひろ美「ひ...

各務麗至「はるのかはいしくづれをりしづかなり」(「詭激じだいつうしん」19*栞版より)・・

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  「詭激時代つうしん」19・20(詭激時代つうしん発刊開始資料として その7)*栞版(詭激時代社)、巻頭の詩篇、 植岡康子「物語り抄 」より、   小宇宙 裏の山が 深呼吸でもするように 両手を広げて待っている 先祖の血二千四十六人分が合わさって この身に注がれる モウイイ  モウイイノダ ここをドイナカと呼びすてる人もいるが その声を背に追いやり見わたすと ここは 小宇宙 コレデイイノダ しばらく 時間を折りたたんで  以下には、「詭激時代つうしn」19から、各務麗至の句を、いくつか挙げておこう。    生きて夏まういいかいまういいよ        麗至     へいわてふゆうべんきべんあきのかぜ   ウクライナもガザも生きてゐるのに深秋   包丁や秋風一つで足る殺意   十五夜や地球があつて恙なし   ふゆのよはなみだまつすぐまつすぐに      *ここにゐたのに何処へ   セシウムも地球も人間春しだい   春の雪あなたと此処にゐたやううな        *不思議とは人間 地球 宇宙……   戦没の夏の不思議を生きてゐる      *それでも一歩づつ   人間でなく動物でなく金秋      *此処に生きて   ふゆのよのいのちてふをきたりけり      *附 新春   初日の出息はしづかに風になる   戦没は今もありけり去年今年   太陽風ならぬ地球風核の冬 ★閑話休題・・石川えりこ絵本原画展「ボタ山であそんだころ」(於:国立・ギャラリービブリオ)~2月24日(火)11時~19時まで・・    案内ハガキには、 「炭坑の町で暮らす「わたし」と隣席のけいこちゃん。二人の日常はある日のサイレンとヘリコプターの音によって切り裂かれます…。石川わえりこの鮮烈なデビュー作品『ボタ山であそんだころ』(2014)の原画と描き下ろし絵画を展示します」 とある。   撮影・鈴木純一「ゆきこんこゆかばゆきあふゆきこの忌」↑         悼・樋口由紀子 2026 年 2 月 11 日・享年73。

池田澄子「ひとりにはひろすぎきさらぎの岸辺」(「現代俳句」2月号)・・

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  WEB版『現代俳句』2月号(特別公開中・ 〈現俳ウェブ2月〉を検索・ 閲覧可)↑  「現代俳句」2月号(現代俳句協会)、第50回現代俳句講座「『昭和俳句百年 俳句はどこへ向かうのか』報告」を、杉美春「不易流行と口語表現」と題して記している。それには、  ニ〇ニ五年十一月二十四日(月・祝』 、ゆいの森あらかわ「ゆいの森ホール」にて開催され本講座は、『現代俳句』誌企画の『私が推す「現代俳句」五人五句/協会役員アンケート』の結果を踏まえ、さらに最近の評議員対象アンケート「三人三句選」(回答一〇九人)の結果を報告しつつ、俳句の現在地と未来を考えようという問題意識の下、活発な意見交換が行われた。  【第一部】  「現代俳句とは何なのか?見えてきた昭和俳句、見えなかった昭和俳句」をテーマに、柳生正名氏、筑紫磐井氏、神野紗希氏がそれぞれ見解を述べた。 (中略)  【第二部】 休憩を挟み、シンポジウムでは「俳句の将来はどなうなるのか?~口語俳句。AI俳句、この先二十年を考えてみる」をテーマに活発な論議が展開した。筑紫氏は戦前の口語俳句の例として、富安風生の〈街の雨鴬餅がもう出たか〉(「ホトトギス」昭和十二年六月号)と島田摩耶子の〈月見草開くところを見なかつた〉(「ホトトギス」昭和二十八年)の句を挙げた。どちらも虚子の句会に出され、虚子からとにかく面白い、自然にできていると誉められたという。いずれにしてれも口語俳句は新興俳句の専売特許ではなく、花鳥諷詠は独自の口語俳句を作り出していた。神野氏の上げた若い作家の口語俳句はホトトギスに近い。 (中略)    渾 煌めく犠   (磐井)  自解: 未来の予測理論として兜太の「俳句造型論」や山頭火の自由律が念頭にある。それにイタリア未来派の動向も興味深い。山口誓子や兜太もその影響を受けている。イタリア未来派は助詞と助動詞は切り捨て名詞と動詞だけで詩はできるとし、詩の型をぶちこわしている。これはAI俳句にはできない仕業だと思う。例句で言えば渾沌には沌がいらない、犠牲には牲もいらない。どんどん削ぎ落して残るものだけでイメージを作る、。これが未来の俳句だ。 とあった。ともあれ、本誌本号より、いくつかの句を以下に挙げておこう。   良夜かな独りになりに夫が逝く           渋川京子    命 (いのち) とは睡 (ねむ) るものか...

岩田奎「ラブブくる夜寒の船に一杯に」(「オルガン」42号)・・

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  「オルガン」42号(編集・宮本佳世乃/発行・鴇田智哉)、巻尾のエッセイ、宮本佳世乃「正六角形」に、  ニ〇一五年に「オルガン」を創刊してから、十年が経った。今回新しいメンバーとして岩田奎さんを迎え、六人となった。これから一緒に活動できることが、純粋に楽しみである。 (中略)    一身上の都合で、今年の九月に結社を退会した。句会の数は減ったが、。これからも自分らしい句を作っていきたい。  とあり、宮﨑莉々香「わたしは俳句が上手にできない」には、   わたしは俳句が上手にできない、下手な方だと自分で思う。  中学二年生の秋に、文章を組み立てる能力が上がるかもしれないし俳句をやってみたら、と国語の先生に言われて俳句をはじめた。 (中略)  二十三歳の頃に俳句を読むのも書くのも出来なくなった。十四歳の頃から俳句が好きでその時わたしが俳句だと思いたいものを俳句として書いていたけれど、わたしが俳句と思いたい俳句の眼鏡で世界を見ているのではないか、という疑問が出てきた。世界を本当の意味で見ることが出来ていないのではないか、という疑問。俳句と思いたい眼鏡は俳句という共同体の眼鏡でもあったように思う。 (中略) 絶望した。あの時から、わたしが俳句だと思いたいもlのは、俳句ではなくなってしまった。オルガンも円錐も退会し、東京に持ってきたダンボール箱数個分の俳句の本は全て大塚凱に渡した。大塚くんは莉々香が帰ってくるまで預かっておくよと言っていたが、そんな日は来るのかなと思った。 (中略)  今でも俳句なのか、俳句の集団なのか、絶望しながら俳句を続けている。けれどあの頃と違うのは、絶望しながら俳句を書いている、読んでいる、続けているという点かもしれない。大塚くんからは俳句の本が大量に返送されてきて、空き部屋の押し入れはぎゅうぎゅうになった。澤さんは亡くなってしまったけれどい、わたしの中には声が残っている気がする。  日常に疲れた時に自然を見て心が洗われる瞬間を俳句にするのではなく、ありのままの生活を、ありのままに見た世界を書き残したい。だけど、意味としての俳句や日記としてでなく、書き言葉としてだ。声・パロールの世界を出来事の俳句としての言葉(喃語俳句)で書き残したいと思う。それらをわたしは俳句と思いたい。(中略)そうとしか言いようがない言葉で書き続け、読み続けていたいのだ。だ...

井澤勝代「夫(つま)の席居てこその距離春あした」(「立川こぶし句会」)・・

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  2月13日(金)は「立川こぶし句会」(於:立川市女性総合センター アイム)だった。以下に一人一句を挙げておこう。    いさぎよい漢字のはねや椿落つ      伊藤康次    寒の夜道母児の声はC・M歌        大澤千里    節分会十人十色鬼棲めり         井澤勝代   街中の小さき神社や春日和        山蔭典子   高幡寺豆炒りの香と法螺の音と      和田信行   物忘れ何かが悪さ寒戻り         川村恵子   雪山と空を自在にトリノ五輪       髙橋桂子   新年会ハイタッチして別れけり      三橋米子   あやかしのいとまの春やしゃらくせえ   大井恒行  ★閑話休題・・霧島茉莉「つま先を海原へ向け吊り革につかまる僕を電車が運ぶ」(第37回「歌壇賞受賞作」より)・・  句会ののち、アルカディア市ヶ谷で行われていた、第40回俳壇賞・第37回歌壇賞授賞式に出掛けた。ちなみに、第40回「俳壇賞」は馬場公江「ゆらゆら」に、第37回「歌壇賞」は霧島茉莉「柔らかい襟」が受賞した。授賞式から引き続き、同所で行われた「俳壇・歌壇 懇親の集い」にも参加した。久しぶりに、歌人の小池光氏や久々湊盈子氏、小説家の塚本靑史氏などとも話ができた。もちろん、池田澄子さんなど俳人の多くの方とも歓談した。    春近し豆本めくるピンセット          馬場公江    忘れずにいたい死者らは海にいて潮風に小突く僕の頭蓋骨を   霧島茉莉          撮影・鈴木純一「初雪に線引いてみる嘉子の忌」↑                岡田嘉子   1992 年 2 月 10 日   没

大井恒行「ひゅるひゅるひゅうさまよい狂う日の水よ」(『WEP俳句年鑑 2026』より)・・

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 『WEP俳句年鑑 2026』(ウエップ)、エッセイ、論考の示唆に富むレベルにおいて、他の俳句年鑑類を越えている。いちいちを紹介できないので、直接、本年鑑に当られたい。 そのエッセイと論考の執筆陣を記しておくと、「 この一年のわたしの、わたしたちの俳句 」には、波戸岡旭、南うみを、井上弘美、稲畑廣太郎、酒井弘司、大井恒行、小島健、仲村青彦、仲寒蟬、松岡隆子、五島高資、宮崎斗士、田島健一。「 近ごろ思っていること 」には、角谷昌子「俳句の力を生かしたい」、筑紫磐井「現代連作論の繚乱」、岸本尚毅「『五空百句』」、井上康明「芭蕉遠近」、菅野孝夫「俳壇の二つの『大』問題」、林桂「夢見る俳人ー前田霧人『西瓜考』から考える」、川名大「昭和俳句の遺産の断絶・語りの陥穽」、渡辺誠一郎「戦地への慰問としての俳句ー『仙臺郷土句帖』ー」、坂口昌弘「俳句と評論は何の役にたっているのか」、柳生正名「〈たの〉はかくして生まれたの」、西池冬扇「俳句におけるモノの形状や構図~情感だけが俳句でない~」、福田若之「不易流行のこと――二冊の新刊句集から考える」、坪内稔典「勝手につくり生みだした~鳥本純平『朝顔の駅』~」。  ともあれ、以下には「自選七句」のなかから、愚生と同じ「豈」同人の句を挙げておこう。    裸婦像の重心は右冬に入る         飯田冬眞   ビー玉に虹を封じて擲弾兵         井口時男    征く勿かれ殺める勿かれ年新た       池田澄子    オオウミウマ乗るは弥勒の心映え      大井恒行   疾すぎる回転木馬多喜二の忌        川崎果連      寒卵   市に隠るる   擬卵かな                酒巻英一郎   乙姫の   澄まして   隠す   弾薬庫                  髙橋修宏   きちきちが飛び交ふ向かうきつと罠だ   高山れおな    せきれいが綺麗に飛んでパラドクス     筑紫磐井   原子炉の夜を太らせ蛇苺         羽村美和子   家族ってだいたい揃わない土筆       森須 蘭   ただ落ちてゐるのではない木の実踏むな   山﨑十生 撮影・芽夢野うのき「冬の日のときにうしろすがたのフーテンのとら」↑

妹尾健「いにしえは『ひ』音を『い』と読む冬ごもり」(「コスモス通信」第82号)・・

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 「コスモス通信」第82号(発行・妹尾健)、論考は「中川浩文『現代俳句表現考』についてーその現代俳句論をめぐって・続ー」、「鈴木六林男第三句集『第三突堤』に関する覚え書ー情況について④ー」、作品は「冬の日」66句。その中川浩文について、 (前略) 「今後にも成長を期る用字面の注意が細微にわたらねばならぬ」とするのである。そのためには「活字によって伝達される現代の俳句にも、ちょうど現代詩の人々が活字の一コマや空白、行割りに気を配ると同様な注意がなさるべきです。」と主張する。 (中略) ここまで読んでくると、私はここに伊丹三樹彦の三リ主義(リリシズム・抒情)・リアリズム(現実主義)・リゴリズム(厳粛性)を根本とし四主張「定型を活かす、現代語を働かす、季語を超える、分かち書きを施す」を実践するという第二次青玄の俳句現代派の理論的萌芽をよみとることができるとかんがえたいのである。伊丹三樹彦の主張にいちはやく注目しその理論化によって、その方向を支持した多くの人々の中に、中川浩文もそのひとりであったと思うからである。 (中略) 今となって中川浩文の主張を読んでいくと、彼の現代俳句表現考の中には、明日の俳句に向かっての革新的な思いと、来たるべき俳句(それは過去の趣味的俳句ではなく、明日の俳句の読者へむかっての可能性開拓の呼びかけ)への思いをうかがい知ることができるのである。それだけにそこに当時の私などは俳句の表現方法のみを強調する青玄主流との「落差」を感じたものである。現に当時私は中川浩文に、或る時、  「先生、吟行を計画しているのいですが」  と水をむけたことがある。すると  「妹尾君、ぼくは吟行で、いい俳句ができるとは思いません」  とにべもない返答があって、ポカンとしたことがある。吟行を拒絶するとは!という理解不能の場面に遭遇したのである。まさに俳句現代派中川浩文の面目躍如ともいえる発言であったのだ。   とあった。ともあれ、以下に、本紙本号から、いくつかの句を挙げておこう。   地下足袋凍る徹夜の君ら会えば笑む       鈴木六林男   ボスに対う意志の黒靴足裏濡れ           〃      冬ざれて主人公のみ生き延びる          妹尾 健   怒りにもつもるものあり十二月   咳き込んでさてもむつかし国語論    咳ばかりして会議にはくわわらず...