庄子紅子「空席は空席のまま小鳥来る」(『鏡の桃』)・・
庄子紅子第二句集『鏡の桃』(朔出版)、序は仲寒蟬「逍遥遊の人」、それには、
紅子さんは控えめな人である。
世間には実力通りに振舞う人ばかりでなく自分を実力以上に見せようとする人、逆に実力をあまり表に出そうとしない人がいる。三番目の人は傍から見ているともどかしく、勿体ないと感じる。紅子さんはこのタイプである。(中略)
紅子さんは宮城県名取市にお住まいである。名取には空港があり仙台のベッドタウンという位置付けのようだ。東日本大震災では津波により甚大な被害を受けた町であるが、この句集からその翳りを読み取ることはできない。
実は平成二十六年、つまり震災から三年後に上梓された第一句集『静電気』には次のように震災を詠んだ句があった。
春筍太く短し震災後
紫陽花のわが街にして被災の地
草いきれ仮設住宅貨車のごと
実際には知り合いが被災していたり、生活の上でも何かと震災による影響はあったろうが、右の句を読むと淡々としていて、そこがまた紅子さんらしい。(中略)
最後にどうしても挙げておきたい脱力系俳句を。
二本目のバナナを剥いてゐるところ
先に述べたように紅子さんは「逍遥遊」の人であるが、日常と異界とを往き来していると草臥れる時もある。そんな時はこうしてバナナを剥いて食べる。単なる報告の句ではないかと言うことなかれ。彼女はいま百年前の昭和初期頭の武蔵野から戻ってきたばかり。虚子の吟行の様子を見ていたらしい。この二本目のバナナ、一本目の皮は虚子が川へ落してしまった。皮と川、フフッ、とその駄洒落に彼女は短い笑いを漏らす。
とあった。集名に因む句は、
映されて鏡の桃の匂ひ立つ 紅子
であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。
大寒の何をするにも歌う母
向日葵にうしろ姿のなかりけり
はじまりも終はりもひとり水遊び
隠居てふ絶滅危惧種浮いて来い
一階の寒さと違ふ二階かな
大空にふところのあり凧を揚ぐ
バレンタインデー鳥籠に贋の鳥
空に星海に磯巾着踊る
行く雁に押し入れ広く開けておく
鮫がゐて秋思の雲を食ひ散らす
着膨れてきぶくれてゐること忘れ
黒豆を煮るしあわせにたどり着く
金星に見つけてほしい雪達磨
コンセント繋げば灯る蕗の薹
母かと思ふ春風に開くドア
蠅叩使はぬときは柄の長し
庄子紅子(しょうじ・こうこ) 1957年、岩手県花巻市生まれ。
★閑話休題・・西井松柏「しらしらと湯引きの鱧や花咲かせ」(ひかり・第799号「西山俳壇」)・・
「ひかり第799号/城貴代美選『西山俳壇』」(西山浄土宗総本山光明寺護持会)、その特選に、
◎夕凪や人間である贅沢さ 京都市 山床香織
【評】原句人間になるでしたがここは進めて人間である、としたい。宝くじを当てるより狭き門でこの世に出現する生きものの不思議さ。夕凪を肌で感じる贅沢なホモサピエンス。
とあった。以下にいくつかの句を挙げておこう。
鮨桶のガリ残りたる夏至の夜 和歌山県みなべ町 武田惠子
虫払ひ古書に潜みしラブレター 松戸市 大島省子
七夕や老ゆれば老いの願い事 東海市 大村すみ代
鉾曳きは近江の馬借気負い立ち 摂津市 山上鬼猿
バイオなる新種ばかりの夏の花 洲本市 柴田祥江
土用市音を売る人風買ふ人 福岡県みやこ町 宮下正夫
密室に男はおらず秋暑し (選者詠) 城貴代美
撮影・芽夢野うのき「絵日記や爺のこと蜻蛉のことさて」↑

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