夏礼子「身の丈に合った長さが計れない」(「詭激時代つうしん」27*栞版より)・・
「詭激時代つうしん」27*栞版(詭激時代社)、夏礼子「柳句抄」16句、各務麗至「消えるとは」15句、「——附 海程香川へ」10句。掌小説「黒猫」。巻末の「覚書にかえて……」には、
巻頭は、夏礼子、の各誌紙への投稿入選川柳を中心に編集した。
そして私事だが俳句再開と言いながら、それこそ自治会会長を引き受けたり……、歴史的仮名遣いの古い小説を現代仮名遣いに直してみたり、
それこそそれこそ立て続けの忙しさに何だか逃げようとしているのだろうか。
いつまでも家内の「死」に振り回されて、一種「吾(あ)と無」とはこれ、体調を崩したりこっそり泣いてみたり、遣ること為すこと相変わらず私はどうしようもないようである。
とあった。 ともあれ、同誌より、幾つかの句を挙げておこう。
秘密めくマトリョーシカに騙される 礼子
トランプにジョーカー道に落とし穴 〃
一抜けてやがてだあれもいなくなる 〃
新しい戦前などと煽られる 〃
*しあわせ忘れてなるものか
核の塵やも知れず愛でる春風 麗至
日向ぼこ今は永遠でないかも 〃
*生きる不思議にそれこそ感謝
朧月死なれて死んでやろふと思ふ 〃
*どこへ行くのだろ どこへ行けばいいのだろ
青葉若葉そのいきほひや瀧こだま 〃
*個々それぞれ
久遠でも生きる気になり若葉かな 〃
――附 海程香川へ
放哉や百一回忌葱坊主 〃
以下は、「詭激時代つうしん」28の中の記事「拡がるネット・いま、同人誌(個人誌)」(「俳句空」第20号 1992年・平成四年6月刊)のの冒頭部分である。
個人誌「詭激時代」——その創刊は、昭和四十一年。十八歳の時であった。
個人誌を出すまでに、私は、「中央文學」といふ既成の同人誌に入会してゐた。作品掲載は小説など見向きもされず後にも先にも詩一編きりであつた。
自分の雑誌を……と、私が思ったのは、本棚に際限なく積まれた私の物語が悲しかつたからである。近隣ではとても受け入れて貰へず読んで貰へないまでも、私はどこか複数の場に作品を残してをきたつた。「詭激」——とは、本来尋常ならざるの謂であるが、個人的には喜劇に通じる戯画である。
「詭激時代」はあくまで個人誌として押し通して来て現在まである。
★閑話休題・・藤田三保子個展(於:ギャラリーGK)・・
撮影・芽夢野うのき「青蔦の呪縛をとく鳥の鳴く」↑





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