平敷武蕉「アジビラ踏まれて街はアコークロー」(「南溟」第20号)・・


 「南溟」第20号(「南溟」同人会)、その安美沙子「あとがき」に、

 

(前略)今日は沖縄の施政権返還から54年。現職のころ、平和行進への参加は欠かすことはなかった。退職後の十数年、つい最近まで、普天間コースの列を短い距離だけだが若者の後に続いた。だが、寄る年波には抗えず4年前から歩くのを諦めた。ただ、行進後の県民集会には出ることにしている。(中略)

 国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の憲法が破壊寸前だ。一市民の参加で何か変わるものではない。しかし、集まれば決して無力ではない。

 平和行進は明日だ。


 とあった。思えば、愚生も50歳頃、一度だけだが、沖縄平和行進に参加し、3日間の内の一日を歩き、一日は地元の方に戦跡を案内され、短時間だが辺野古に座り込んだ。県民集会にも参加した。あきらかに、本土とは違う雰囲気が、戦後の革新勢力の元気だったころが満ち満ちていた。今や、愚生も、国会前の反高市へのペンライト集会にも行けない体力となってしまった。 また、本号には、林桂「沖縄の視界——平敷武蕉の『花鳥諷詠』批評」(『俳句此岸 2004~2008』2009年4月刊・風の冠文庫)の転載がある。その中に、


(前略)平敷は「特別な分身」の正体を「天皇の住む王権の地の季節感と伝統的な美意識」であるとして、「季語崇拝が今日では虚構であり、ないのをあるかのように思う感覚は、実は、万世一系の神話を前提として象徴天皇を支える秩序感覚と根っこのところでつながっている」「つまり、幻想的な共同性を求める意識においてつながっている」「従って、季語幻想の呪縛を断ち切るには、国家論を視野に入れなけばかなわないことであり、季語信仰はそれだけ国家意思に根深くからみ取られている」と述べる。


 とあった。ともあれ、本誌より、いくつかの作品を挙げておこう。


  叫ばねば叫ばぬ民いて六十年     平敷武蕉

  鍬先のかえる草間に紛れ入りぬめった肌の目に焼き付きぬ  真壁朝廣


     逃げた言葉          与那覇けい子

  掴みそこねてしまった言葉が

  戻ってこない

  キラリと 光ったはずが

  隠れてしまった


  どこに いってしまったのか

  溜まってしまった言葉の山を崩しても


  見つからない

  

  確かに そこにあった

  はずなのに

  目の前を 横切った

  はずなのに


  もやつく頭のなかを 手探りで探す

  するりと 逃げた言葉は

  確かに 光っていた

  はずだ


 

     撮影・芽夢野うのき「しとしと痛い雨降る忘れるに花」↑

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