杉美春「処理水の無限ループや春の闇」(『蝶ゆらぐ』)・・


 杉美春第二句集『蝶ゆらぐ』(ふらんす堂)、帯文は高野ムツオ。


 杉美春は感覚の触手をどこまでも伸ばす。

 洋の東西を越え、時間と空間を跨ぎ、貪欲に言葉を探る。

 その先に展開される洗練濾過されたしなやかな抒情こそ彼女の俳句の魅力の源泉だ。


 とある。また、栞は栗林浩「強い芸術指向ーーごく私的な鑑賞ーー。跋は佐怒賀正美、それには、


 本句集『蝶揺らぐ』は、ニ〇一八年(平成三十年)から二〇二五年(令和七年)の約七年間の作を収めた第二句集。新型コロナ禍(二〇二九年~二〇二三年)の時期をはさむ。その間に、作者は乳がんの手術をしたり、恩師・有馬朗人の長逝に遭ったりするが、それらの個人的苦難を強調せず、日常生活の「いま」から独自の発想を探求する。けっして奇譚ではないが、発想の飛躍を含めて明晰な文体で描く。独自の発想や感覚にふさわしいことばを最短距離で引き出すのは、先師・有馬朗人に学んで身についたものであろう。作者はわかりやすい文体で、自分の主張を端的に表明するのである。

  バイオリンの転調初蝶の揺らぎ

  夏蝶が揺らぐ永久凍土溶け

  秋の蝶地祇のまばたきかもしれず


 とあった。また、著者「あとがき」には、


 第一句集『櫂の音』から七年半が経ちました。この間に世界では新型コロナウイルスによるパンデミックやウクライナでの戦争、ガザ侵攻、震災など様々な出来事がありました。個人的には乳癌による入院、恩師有馬朗人の逝去、母の急逝など、悲しい出来事があった一方、ひとり娘の結婚や孫の誕生など、嬉しいこともいろいろありました。その間も俳句はつねに側にあり、心の支えとなり、喜び悲しみの表現手段となってくれました。俳句を通じて、以前には思いもよらなかった人たちと知り合い、句座を共にし、親交を深めることができたのは、大きな喜びです。


 とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、、以下にいくつかの句を挙げておこう。


  麻酔から覚めてこの世に大嚏      美春

    追悼 師有馬朗人

  冬の虹母国へ架けて逝かれけり

  てのひらの薄き詩集や初蝶来

  湖水浴ふいに足裏恐ろしき

  アバターの何度も生くる冬銀河

  ゆで卵のやうなロボット春の月

  とんぼとんばう風の迷路を抜けにけり

  聖域の水より青き蜻蛉かな

  さくらひとひら返信として手のひらに

  透視図の消失点へ鳥渡る

  月天心砂漠に花のやうな骨

  空低き日や綿虫の青く飛ぶ


 杉美春(すぎ・みはる) 1956年、東京生まれ。



★閑話休題・・高山れおな句集『百題稽古』(現代短歌社)第77回読売文学賞受賞・・

「豈」同人でもある高山れおなが、読売文学賞を受賞した。「豈」では、かつての「豈」同人・仁平勝『俳句が文学になるとき』以来だ。以下、讀売新聞オンラインより引用・・・

詩歌俳句賞 高山れおな 句集「百題稽古」…歌人のコンペ 俳句で挑戦

たかやま・れおな 1968年、茨城県日立市生まれ。俳人。「芸術新潮」の編集者を経て、現在は編集長を務め、美術のみならず、三島由紀夫ら文学者の特集も手掛ける。句集『ウルトラ』でスウェーデン賞、『荒東雑詩』で加美俳句大賞を受賞している

 句集と銘打ってあるが日常属目句を並べただけの尋常な句集ではない。百題とは平安時代中期から鎌倉時代前期にかけて宮廷周辺で、有力歌人たちの作を集めておこなわれたコンペティション。いわゆる百首歌のうち後期の 尤作ゆうさく として名高い「堀河百首」「永久百首」「六百番歌合」の歌題各百題併せて三百題に俳句で挑んだ果敢な試みだ。

 挑戦態度を高山自身の言葉でいえば、儒教の五徳の仁・義・礼・智・信を もじ った甚( こってり を旨とし味付けは濃いめに)・擬(古詩に なぞら え本歌取りとアナクロニズム)・麗(麗しきを慕い姿は美しく)・痴( おろ かに遊び中身は狂っていて)・深(心は深く生きている感じがほしい)。出来映えの程はとりわけ「六百番」恋五十句が白眉であること、和歌のキモが恋、俳句のキモの季がじつは恋の変型であることに思い いた れば自明だろう。私断三絶は、 怨恋うらむるこひ 「セーターの焦穴は魂抜けし痕」、 近恋ちかきこひ 「茉莉花を嗅いで死ぬまで人の妻」、 寄遊女恋あそびめによするこひ 「露深う泡姫待つや文化の日」。

 なお「六百番歌合」秋の枯野は判者藤原俊成の名言「源氏見ざる歌人遺恨の事」で知られるが、ここの高山の句は「枯野とも 恥毛ヘア ともつかず夢に駆く」。源氏物語批評を通して芭蕉絶句批評まで届けている。(高橋睦郎)



   撮影・芽夢野うのき「魂も黒髪も白髪にならん泉湧くところ」↑

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