安里琉太「父謹製殺鼠団子や芝青む」(「滸」6号)・・


 「滸」6号(編集 安里琉太・高良真実)、特集は「滸に望むこと」、執筆陣は名嘉真恵美子「『滸』を読んで」、岩田奎「滸に望むこと」、柳元佑太「北海道からの私信として」、高良勉「称讃と疑問」、新城郁夫「『滸』についての雑感」、「滸」編集部(安里・高良)「同人より」。その中で高良勉は、


(前略)私は、若い安里や高良が、まさか旧かな遣い混じりの表現をするとは、予想できませでした。(中略・以下、人名のカッコ内は愚生が補足)

 私は、玉城(洋子)、名嘉真(恵美子)はこれからの琉球短歌界のリーダーとして期待しています。ただし、私は、玉城、名嘉真の短歌にある旧かな遣いによる表現に抵抗を感じ、評価できません。作品の中に、旧かな遣いの表現の混入に出会うと嫌で、読み進めなくなります。玉城、名嘉真には、止めて欲しいと願っています。

 ところで、玉城や名嘉真よりもさらに若い琉太や真実が、旧かな遣い混じりの作品を書いているのです。何故でしょうか。それが「滸」を読んでの最大の疑問でした。そこで、私は自分がなぜ旧かな遣いに抵抗を感じ、低く評価するのか、自問自答してみました。

 まず、第一に、旧かな遣いは文語体を連想させるからです。そして、私は文語体が生理的に嫌いです。文語体は、平安朝文化・文学から続く日本の伝統的感性や天皇制文化の影響下にある文学を連想させます。山之口貘さんも詩「天から降りてきた言葉」で、「なりにけりとか/たりとかを/日常語にまでその文語体らを」、文語体への距離感を表現しています。また、貘の親友・金子光晴も「文語とはまったく縁のない新しい日本語の語感は、貘さんの詩あたりからと、僕は考える」(『山之口貘詩集』解説 彌生書房)と高く評価しています。


 とあった。興味を持たれた方は、直接、本誌にあたられたい。ともあれ、本誌本号より、いくつかの作品を挙げておこう(詩篇は除く)。


  春風の階段うらは水あかり         安里琉太

  鈴蘭が揺れる視力になつていた      酢橘とおる

  すずらんが咲かば天使に持たせたし。天使に会はず花は花壇に    高良真実

  ぬばたまの珈琲に垂らすフレッシュの渦が朝に、われに、まつわる 屋良健一郎

  


        撮影・芽夢野うのき「冬薔薇はすべてが雫溺れそう」↑

コメント

このブログの人気の投稿

高篤三「Voa Voaと冬暖のメトロ出る河童」(『新興俳人 高篤三資料集』より)・・ 

田中裕明「雪舟は多く残らず秋蛍」(『田中裕明の百句』より)・・

渡辺信子「ランウェイのごとく歩けば春の土手」(第47回・切手×郵便切手「ことごと句会」)・・