酒井弘司「水は詩神十月の水透きとおり」(『朱夏俳句選集Ⅲ』より)・・
「朱夏」主宰・酒井弘司↑
10月11日(金)午後、「朱夏 創刊30周年祝賀会」(於:ホテル町田ヴィラ)に出かけた。旧知の方々にも会えた。来賓のスピーチは、赤塚一犀・筑紫磐井・八木幹夫・土肥あき子・中上哲夫・内野修・工藤正秀各氏。午前中には酒井弘司主宰講演「人間探求派の系譜ー金子兜太、森澄雄さん」があったらしい。聞きたかったなぁ。祝賀会の土産に酒井弘司著『蜩谷山房雑記 春のことぶれ」(高遠書房)と『朱夏俳句選集Ⅲ』(草土社)をいただいた。
『蜩谷山房記 春のことぶれ』は、「朱夏」誌に『蜩谷山房記」として連載されたものと俳句総合誌「俳句あるふぁ」に連載したものを一本にまとめたもの。「1 谷戸の四季/Ⅱ 俳人・詩人想望/Ⅲ 旅の楽しみー佇みながら」の3章からなる。その中に、
(前略)蜩が、早朝の薄明にも鳴くことを知った。
まだ、褥の中で、うとうととしていると、谷のほうから、
「カナカナカナ カナ」
と、繰り返し鳴いてくる。その声は、彼岸のほうから,聴こえてくる声のようである。
雨戸を開けると、やや大きく耳に入る。枕時計をみると、四時三十五分頃、この薄明の時間と、夕暮れの同じ薄暮に、蜩は鳴くのである。
かなかなを聴き薄明に手をのばす 弘司
こんな俳句をつくったのも、早朝の蜩に気づいた頃、手を伸ばして、蜩のひびきを受けとめた。その仕草である。
茅屋を「蜩谷(ちょうこく)山房」と呼ぶようになったのは、その頃からのことである。
「朱夏」74号(平成19年8月)
とあった。にもかかわらず、愚生は、なぜか「蜩谷(ひぐらしたに)山房」と口遊み続けていたのである。
『朱夏俳句選集Ⅲ』には、酒井弘司の序がある。それには、
俳誌「朱夏」は、平成六年八月に創刊。今年で三十周年を迎えます。
創刊時から、「伝統を現代に生かし、俳句に『深さ』と『新しさ』を求める」という理念を掲げて、今日に至りました。
その間、現代俳句の今日を見据え、個性を尊重した作品活動を展開してきましたが、それは、言葉の表現者として、自己の俳句を見つめることを最優先にしたものでした。
この三十年、時代に向き合い、新風を目指してきたことを、忘れるわけにはいきません。
とあった。全員の作を以下に挙げたいが、その余裕がない。ともあれ、「朱夏」の今後を担われるであろう戦後生れの作者に限って(主宰を除く)、いくつかの句を挙げておきたい。
どこまでも途上仰ぎつつゆく冬銀河 酒井弘司
てぶくろを買いに子ぎつね星の数 内山まち子
三月十日 ピカソゲルニカ ウクライナ 川井順子
存在を愛と気づかず十三夜 重野美津子
アンドロメダ地球の秋を光らせる 佐々木登
青い空は青いままでと初詣 村上宣子
水無月くる満月はわたしをめざし 飯田香乃
悼 大江健三郎
花ミモザ深く重たき定義集 山田夢子
呼ばれ来て月下美人と猫二匹 鶴田静枝
炎天下吾子の重さのテディベア 野澤代施美
生きて逢はむ此の世で逢はむ冬銀河 桜井まゆみ
ぬくもりは手袋よりもつないだ手 紀平千寿子
みずうみに木霊の刺さる花の冷 内藤ちよみ
年の夜の湯あみ一人の人ごこち 大坪一枝
手をあわせ冬至ジューシー(雑炊)火の神に 仲西雅江
狐火や電脳界にけもの道 柴土一廣
手あそびのでんでん虫の得意な子 鈴木澄子
明月院土鈴おもたき夏の雨 猫塚のり子
お月さまお空でぴかり休んでる 大宮紗菜
散る桜湖面に描く涅槃の図 樫村弘子
古書店の人まばらなる獺祭忌 手塚千恵子
大銀河やまの雫を大海へ 川村康昭
防弾の衣まとうや兜虫 和田一雄
守りたるひいな飾るや子は母に 松山正子
撮影・芽夢野うのき「にんげんはまこと小さく雲と石」↑

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