佐々木六戈「鷹さかしまに五百重波五百重山」(「艸」第16號)・・


 「艸」第16號(編輯・発行人/佐々木六戈)、編集後記のような「跋」には、


 わたしにとって俳句は日常だが、短歌や詩は非日常である。俳句には句会があり、呼吸と同じで吸ったり吐いたりすればよい。短歌もそうすべるべきだが、根本のところでわたしは歌そのものをつかみ損ねている。そう思える。歌の始まりである。例えば片歌へ遡行して、そこから「別に一体」(子規)を模索しなければ二進も三進も行かなくなっている。詩も分からぬ。(中略)俳句と短歌と詩のトライアングルにこそ、「別に一体」はあるはずだが、皆目見当がつきかねる。俳句も短歌も詩も、日本語で書く以上、詰まる所これらは歌体の変奏ではあるまいか。


  とある。本文中には、連載の「手帖⑬」に「河東碧梧桐/書法=文体=俳句」、葭澤美絵子「文体の命脈」が読ませる。ともあれ、以下に、いくつか挙げておきたい。


 うたふべき何事あらむ禽の名を喚ばふ季(とき)来て ちとりましとゝ  佐々木六戈

 規(ぶんまはし)脚の限りのそぞろ寒         かとうさき子

 後ろから呼びかけられし神の留守             佐藤 春

 大病は二階百年日記果つ                 田分 从

 尽十万無碍光如来鎌鼬                  花房なお

 絶筆の冬薔薇空を突かむとす              日野万紀子

 梟や書けなくありし字の多き               藤原 明

 しがらみの何にたゆたふ冬銀河              前澤園子

 こゑなきこゑの涙ひとひらの雪              宮本園惠

 鶴渡る余生始めの日と定む               山内こころ

 朝な朝な富士見ゆること言はず冬             山下澄子

 山眠る五百木の杙を打たれたる             山田やよひ

 鏡花忌の小さき雪駄を失くしけり            愛原のぞみ

 看取りたる生き別れたる冬帽子             葭澤美絵子

 今朝の冬呼んでも出んよyouの酒             安達韻颯 

     (荻原井泉水)

 転がるほどみかん持つて来し方は             鳴奈 千

 落柿の落つるを惜しみ落ちにけり             板倉砂笏



★閑話休題・・久木綾子『見残しの塔—周防国五重塔縁起』・・


 久木綾子『見残しの塔―周防国五重塔縁起(すおうのくにごじゅうのとうえんぎ)』(新宿書房)、その「あとがきにかえて」の冒頭に、


 平成二年初夏、山口で仰いだ瑠璃光寺(るりこうじ)の五重塔は、この世とあの世の境に立つ、結界(けっかい)に見えました。


 とある。愚生は、山口市の生まれだ(と言っても、当時は吉敷郡大内町、現在の山口市大内に住んでいた)。この齢になると、故郷ナショナリズムのようなものが強くなり、故郷のことを書いた書や、TVなどは、どんなものものでも読んだり見たりしたくなる。18歳で出奔する前は、高校の授業が終わると、自転車通学だった愚生は、途中にある亀山公園のザビエルの教会を経て、そのまま、山口県庁の前を過ぎて瑠璃光寺の五重の塔までよく行った。当時はそれほど整備されて居らず、そのたたずまいだけを哀惜していた。大人になって子供でもできたら、娘なら瑠璃(るり)、男なら光二(こうじ)?くらいにしようと思っていたくらいだ。うろ覚えながら、その五重の塔は、釘一本使うことなく、揺れると重心が下がって聞いていた。ある人に言わせると、日本で一番美しい五重塔だということであった。

 故郷は遠きにありて思うもの、よしやうらぶれて・・ではないが、一度帰郷を果たしたい、と思うこの頃である。


 久木綾子(ひさぎ・あやこ) 1919年~2020年7月13日、享年100。東京生まれ。終戦の年、山口県人の池田正と結婚。



       撮影・中西ひろ美「立春を待つ深紅あり奥の方」↑

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