望月士郎「福島県朧市朧町おぼろ」(『海市元町三ー一』)・・
望月士郎第一句集『海市元町三ー一』(文學の森)、句集は、装画ともに著者自装、多才の人なのかもしれない。跋文は宮崎斗士「『海市元町三ー一』に寄せて」、その中に、
(前略) ヒロシマ以後ひとりに一つずつ玉繭
ヒロシマ暦2400000000秒間、日本人一人一人の「玉繭」が蔵してきたものは何だったのだろうか――。
――とここまで書いてきた。だが、望月さんの俳句作家としての魅力、その異才ぶりはまだまだ語り尽くせていない。まだピースは十分に埋まっていない。つくづく私の力不足が惜しまれる。
あらためて、私なりにこの句集、作品群の読後感を一言で簡潔に表すならば、やはり「壮観」ということになるのだろう。「圧巻」と言い換えてもいい。まさに見渡す限りの絢爛かつ重厚たる作品世界。何度となく訪ねたくなる唯一無二の「となり町」ではある。
とある。そして、著者「略歴」のなかで「第2回攝津幸彦賞記念賞佳作受賞」とあったので、改めて当時の、「豈」55号(2013年10月)確認した。選考委員は愚生の他に、池田澄子、高山れおな、筑紫磐井。昨年発表した第7回までの攝津幸彦記念賞の歴史のなかでも、もっとも作品の質の高い激戦だったときであろう。正賞に花尻万博、準賞に小津夜景、鈴木瑞穂を選び、佳作に、佐藤成之、しなだしん、本句集名と同じ題で応募した望月士郎、そして山田露結、夏木久、山本敏倖を選び出している。その後も皆、俳壇で活躍している人ばかりだ。その時の選考評は、代表して池田澄子と高山れおなが執筆しているが、その評で、池田澄子は、「掬はれて金魚の暮す池袋」「午睡する妻の長さのありにけり」を記している。また、高山れおなは、
「海市元町三ー一」では、〈掬はれて金魚の暮す池袋〉〈甲虫ちひさき螺子を失へり〉などがよかった。ただ、サービス精神旺盛なのはいいが、やや浅いところで楽しみ過ぎかもしれない。
と苦言を呈している。当時の望月士郎の応募作品は旧仮名遣い。この批評は、本句集の作にも、当たらずとも遠からずの感なきにしもあらずで、ひたすら、今後の健吟に期待される一人ではあろう。著者「あとがき」の中に、
(前略)椅子に坐りながら椅子ごと身体を宙に持ち上げること。つまり、言葉をもって言葉を越えること。
俳句という小さな器に容れると、言葉はひとりでに捩れ、ずれ、滲み、そして毀れます。詠みながらその変形した姿を読みつつ、さらに進んでゆきます。
それは表現ではなく表出といったものです。(中略)
句集名の『海市元町三ー一』は〈母といた海市元町三ー一〉からとったものです。これが句集を覆うテーマのように思われ名付けました。この幻の中にありながら確かな住所を持った場所、どうもそんなところが好きなようです。
とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが幾つかの句を挙げておこう。
三月のひかり水切りりりりりり 士郎
キューピーのからだからっぽ風光る
三月十一日鉄腕アトムのネジ拾う
消印は 三月十一海市
うすくうすく静脈に針桜騒
花明り人みちあふれている無人
朧夜を歩く魚を踏まぬよう
地球儀は地球にいくつシャボン玉
炎天の蝶ランボーを万引きす
伝雪舟伝伝雪舟冬景色
駅頭に落ちている顔のないマスク
ヒロシマ暦2400000000秒経過
望月士郎(もちづき・しろう) 1951年、東京生まれ。
鈴木純一「地下茎(リゾーム)のこと思はるる竹の春」↑
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