皆川燈「カール人形お腹の傷も十三夜/あの頃は友多かりきスピッツのメリーもアヒルのガー子もゐたり」(「前書のある句の句会」)・・


 本日、12月12日(木)は 「前書のある句の句会」(於:夕㒵亭)だった。とてもフツーとは思えない掌小説のような前書を付けた方もいた。ともあれ、以下にできるだけ引用しておきたい。


   はじめ、夜には何もなかった。ンノプは「何もないってのもみっともないな」と考え、土と藁と水とをまぜ、枠の中に流し込み、表面をコテで平らにして「静の海」を作った。「これでよし、乾くまで待とう」とンノプは行ってしまった。そこへフラミンゴが来て、「こんな平らなところは見たことがないぞ、むこうまで歩いて行けるかな」と渡った。むこう側に着いたフラミンゴはすっかり嬉しくなって「歩けた」と叫んで飛んでいった。次にジャッカルが来て、「おや、フラミンゴの足跡がある。ひとつ踏んでやれ」と言って、残された足跡の上をわざと踏んで渡った。が、フラミンゴが長い2本の脚でつけた跡を、ジャッカルの短い4本の脚で踏むのは難しい。2÷4=0.5で整数にはならないので、割り切れず、うまく踏めなかった。「ちぇっ」と舌打ちしてジャッカルは行ってしまった。次に杖を突いたお婆さんが来て、「おや、フラミンゴとジャッカルは仲がいいね」と笑い、「あいつらの足を足すと4+2=6、わしの足と杖をたすと2+1=3。割り切れるな」と静の海の上を渡った。でも途中で足がずぶっと嵌って、お婆さんは転げてしまった。ンノプが戻って来てお婆さんを助けあげ、水で洗ってあげた。お婆さんは帰っていった。だが静の海は、フラミンゴとジャッカルとお婆さんの跡が付いたまま固まってしまった。だからいまでも、そのへんてこなカタチを残したまま、月は空に出て来るのさ。

 十六夜左官も肘の高さにて          鈴木純一


   なぜなぜなぜ

 片隅に灯消壺おく虫の闇          ますだかも  


   鵞鳥。―—たくさんいつしよにゐるので、自分を見失わないために啼いてゐます。          (三好達治)  

 秋遍路そろそろそんな風も吹き       中西ひろ美  

  

 ファーブルや牧野富太郎ほどの熾烈な熱意や探求心はもてない。

 でも昆虫や動物・植物・樹木など生きとし生けるものに多大な恩恵を受けているといつも感じている。

 わたしの幸福感のほとんどは彼らから頂いている。

  翅乾く間に濃く々と生 羽化の蝶     瀬間文乃

 

   スカイツリーが見えるという竹筒

  もみぢやま倍率ゼロの望遠鏡       新井秋沙


   少女クラブが週刊少女フレンドになれば春なり転校したり

  川のをはりの偽アカシアの花が好き    皆川 燈 


   ストイックな足裏

 かさこそと音する昼や冬隣         佛淵雀羅


  万太郎の句には、前書多し。「今日(けふ)のこと今日(けふ)すぐわする桐の花」あれば

  明日(あす)の風 明日(あした)に吹くよ彼岸花   大井恒行



        撮影・中西ひろ美「善光寺平に釣瓶落しかな」↑

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