中里麦外「かげろいて元陽炎の身をやつす」(『唵』)・・
中里麦外第8句集『唵』(言霊社)、解説は中内亮玄「『裸の男』ー中里麦外句集『唵』を読むー」。その中に、
(前略) 前作の句集、「半島」にも仏教色の強い作品は多かったが、今回は「仏教」という括りよりも意味をなさないほどに主観が強い。
しばらく頭を抱えながら読み進めたが、次の句を読んで、ぱっと視界に晴れ間が覗くような安心感が広がった。
翁忌や哲学の骨詩(うた)の骨
つまり、「私にとって俳句は、いかによく生きるかがその骨格であり、美しい言葉を肉として纏わせたものなのだ」と。麦外の俳句哲学はこうだ、と作品を通じて明示している。
大変に重い、人生を詠んだ俳句。しかし、これこそが作者が今、詠みたい本音の句であり、わかっていて詠んでいるのだ、ということが理解できてからは、心軽く、句を味わうことが出来た。
とあった。また、著者「あとがき」には、
本書は、私の第八句集である。題して「唵(おん)」という。
ことばが支配する世界は、壮大な〈まぼろし〉の中にある。そうだとすれば、ことばからの解放を目指すこと、それは、現在においても有効なのかもしれない。
なお、収載した怪しげな英文は、それぞれの原句を素材とした断想である。何かの足しとなればありがたい。
とある。集名に因む句は、巻頭の、
雲に鳥唵(おん)をばひとつずつのこし 麦外
であろう。ともあれ、以下に、愚生好みに偏するが、集中より、いくつかの句を挙げておきたい(左ページにある英文は掲げず)。
雄鯨も地球もすすり泣くという
底清水黄泉(よみ)には嘉(よみ)すことありや
目を借られたるまますこしさすらえり
木が枯るるまでは木枯し吹きやまず
折鶴はもとより真の鶴をう
夏の月すこし狂いてすこし老ゆ
死ぬことができない身こそ紅葉す
前生(ぜんしょう)はいつしか後生(ごしょう)寒卵
白鳥忌白鳥はまだわたらねど
手花火の手に果てたるも憎からず
沈思の木黙考の草みな枯るる
わが深き淵あり深く水澄めり
中里麦外(なかざと・ばくがい) 昭和18年、前橋市生まれ。
撮影・鈴木純一「永遠も刹那もここにねじのはな」↑

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