五十嵐秀彦「黒田杏子巡礼花人は発てり」(『暗渠の雪』より)・・
五十嵐秀彦第2句集『暗渠の雪』(書肆アルス)、序句は黒田杏子、
青嵐五十嵐秀彦屹立 杏子
著者「あとがき」に、
(前略)私の十年は、俳句集団【itak】とともに歩んだ歳月です。なかでも二〇一八年に札幌で開催した「藍生+itak合同 全国のつどい」がハイライトでした。本来は結社「藍生」の「全国のつどい」だったものを、黒田杏子先生がitakとの共催としてくださったのです。(中略)
二〇二三年一月から三月にかけて北海道文学館で「細谷源二と齋藤玄 北方詩としての俳句」を企画・監修しました。(中略)マブソンさんは講演の中で「北方詩としての俳句」という点について強い共感をもって語ってくれました。その時、私としては何気なくつけたサブタイトルと思っていたものが案外私の全思想であるのかもしれないと気づかされたのです。常に行き当たりばったりで歩んできたはずの歳月が、実にはっきりとした道でした。
そのひとすじの道を無数の点で繋いでくれた句が、この一冊に収められています。(中略)
『暗渠の雪』の準備中に黒田杏子先生が突然お亡くなりになりました。
ゲラを見ぬうちに序句を作ってくださって、「できました。言います。〈青嵐五十嵐秀彦屹立〉。全部漢字です。」と電話をいただいたときの、切れのよい張りのある声が忘れられません。先生の突然の不在を、まだ受け入れられずにいます。(中略)
ともかく、第二句集ができました。
深谷雄大先生(二〇二一年十二月二十日逝去)と黒田杏子先生の墓前に、このささやかな句集を捧げます。
私はもう、ひとりです。
黒田杏子巡礼花人は発てり
とあった。集名に因む句は、
五体貧しく雪の暗渠となりぬ 秀彦
であろう。ともあれ、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。
暗室に父の真夏のうごめける
けあらしや父なきことを知らぬ母
氷点下七度の春を仰ぎけり
石榴割る泣くべき夜を泣かぬまま
おうと言ふ男しまきの中を来る
吹かれゆく雪無名なり無明なり
北へ来し人らの墓標夏ポプラ
一統の罪北辛夷高く高く
冷蔵庫死者の家より運び出す
逃げてゆくものらのごとく雪が降る
マタイ伝二十七章きらら這ふ
闇を抱き火を抱き荢殻こぼれけり
ふらここの開放弦をまた揺らし
硝子戸を引き満月を逃がしけり
二〇二一年十二月二十日 深谷雄大先生逝く
発つ人の白炎追へり初山河
語り出す机上いぶせき雪の光
櫻咲くこの道にこの修羅に
忘却を装ふ蛇口広島忌
ゆるやかに雪と書きをり雪降れり
五十嵐秀彦(いがらし・ひでひこ) 1956年、北海道帯広市生まれ。
撮影・中西ひろ美「星の子だこんぺいとうだ明易し」↑
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