加藤閑「冷たき舌花紺青に染まりたり」(『四季』)・・


  加藤閑第一句集『四季』(書肆魚住陽子の店)、序は鳥居真里子、その中に、


 (前略)口寄せのあひだぢゆう嚙んでゐる檸檬

    白鳥の王家の系譜おほかたは夜

  いずれの作品にも死の影が忍び寄る。が、不思議な明るさを伴う。死と再生の物語を詩人ならではの語彙感覚で表現している故であろう。表現者としての自負と希求がうかがえる。水彩画もまた然り。繊細で緻密、なによりため息が出るほど美しい。万物の生命の雫が鮮やかに描かれている。枯れや、死さえも生命として捉える才能は十七音の表現にも顕著である。〈繊細でなければしたたかになれない〉。ふと、そんな言葉が脳裏をかすめる。(中略)

 また本句集には、先に挙げた魚住陽子著『草の種族』と相通じる世界があるように思う。魚住陽子の「生きる」という営みは死の対極にあるものではなかった。それは、始めと終わりの境界が定まることのない、いわば円を描くようなものだったのではないか。そして、そんな陽子の命の鼓動が、加藤閑のこころの襞のどこかに深く刻まれているような気がしてならない。


 とあった。また、著者「あとがき」には、


(前略)その魚住がある時期から俳句に惹かれ、マンションの会議室で句会をやり始めた。当然わたしも誘われて参加したが、実のところあまり気が進まなかった。花鳥諷詠を十七音定型で写生するというイメージに馴染めなかったのが正直なところだ。だが彼女の個人誌『花眼』に発表した句には衝撃を受けた。

  冬の日の丸ごとありて腐りたる       陽子

わたしの俳句観を覆す句だった。こんなことも書けるのか。はじめて俳句をつくってみたいという気になった。そのときの気持はいまもわたしの俳句に向き合う精神の底に川のように流れている。

 わたしを俳句に導いた魚住陽子が他界して四年半が過ぎた。夢のように過ぎたその時間のなかでつくった句をあつめてこの本を編んだ。チョコレエトの箱のような本にしたかった。魚住陽子の名を冠した版元にしたのも彼女に対する感謝の気持をこめたつもりだ。


 ともあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておこう(*注は略した)。


  白魚は泳ぎわすれて盛られけり        閑

  シーレの眼シーレの色に冷えにけり

  誕生のまま炎天に立つてゐる

  静寂を蘭鋳にして浮かべたり

  聖人の嗚咽野に満ち藍刈る日

  きみ追うてここで雫にここ花野

  封蠟に真水の模様はつあらし

  萩ひとつ妻も来てゐる水の駅

  鰐抱くとわたしと鰐と檸檬の木

  秋蟬はからだの前を見せず啼く

  羽根の痕あるヒトに木枯の痕

  苦力は列なし凍土に墓を掘る

  雪落つる刹那を鳥と生きてゐたし

  冬薔薇散らしみづうみにレダ眠る


 加藤閑(かとう・かん) 1953年、三重県生まれ。


★閑話休題・・柳家一琴切り絵展『切って候Ⅲ』(於:国立 ギャラリービブリオ、5月5日(火・祝まで・11時~19時:最終日17時まで・入場無料)・・




 柳家一琴(やなぎや・いっきん) 1967年、京都生まれ、大阪へ。落語家。



   撮影・芽夢野うのき「メーデーの日やひと枝遅く葉はみどり」↑

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