凌「前頭葉 はるのキャベツは 脱ぎたがる」(「第173回「豈」東京句会)・・
3月26日(土)、隔月に一度の第173回「豈」東京句会(於:ありすいきいきプラザ)だった。以下に一人一句を挙げておこう。
閉め方のわからぬものを開け遅日 杉本青三郎
ホトケノザ戸惑っている発車ベル 小湊こぎく
またしても釈迦であろうとする 虻よ 凌
鶯鳴く議論舌打ちされている 羽村美和子
桜抱くわたしの骨も光りだす 早瀬恵子
うたてしや蛇穴を出てハグしたる 川崎果連
いのちある光しぐれて草の静けさ 大井恒行
次回は、5月30日(土)。
★閑話休題・・石田波郷「遠く病めば銀河は長し清瀬村」(「図書新聞」第3730号2026年4月4日・終刊号より)・・
「図書新聞」終刊号「書評紙の精神は死なない」は、「本紙終刊にあたり、現在在籍しているスタッフで座談会を行った。司会進行は本紙で連載『シネマの吐息』を長年持っていた睡蓮みどり氏にお願いした。(収録日・3月11日)」とあった。その中に、
米田 図書新聞は社会的な文化財だという話がありましたが、一九四九年の創刊後、本紙は対抗文化のなかで育ち、異議申し立ての場として継続してきています。(中略)
須藤 メディアは反権威、反権力、反戦、反差別である――こんなことは言うも愚かな当たり前のこと(なはず)ですが、しかしわざわざ言わないといけないような状況がありますy。いまは一人一人が一つずつ(あるいはそれ以上)、ポケットのなかにメディアを持っているような時代ですから、確かに新聞などのオールドメディアだけがメディアではないということはもちろんわかります。(中略)
アジールとしての図書新聞は、かつて井出さんが経営者として矢面に立ってくれていたから成り立っていました。だから編集は自由にできた、これに尽きると思います。(中略)
加藤 最後に私個人が「今年の年賀状」に書いた文章で編集部の皆さんに対する謝辞と致します。
「残念ながら創刊77年の図書新聞は終刊となります。ゼロメガグループ(武久出版)が関わったのはわずかな年数でした。ほとんどの活字媒体が苦戦する中、日本の出版界に書評という分野を確立した田所太郎、井出彰の意思を受け継ぎ、これまで上質な書評新聞を週刊で発行し続けた編集部スタッフに敬意と感謝を申し上げます。皆様の今後に幸あらんことを祈念いたします」。
とあった。
撮影・鈴木純一「無責任ト云フ戦争責任ハ無イ」↑
3月27日 植木等 没 (1926~2007)



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