堤きこ「その時のいつか来るらし花卯木」(『魔法のことば』)・・
堤きこ第一句集『魔法のことば』(俳句アトラス)、序文は林誠司、その中に、
(前略)きこさんの本名は紀子(のりこ)。俳句を始め、いくつかの句会に参加した時、「のりこ」という同名の人がかなりの確率でいたので「きこ」とした、と聞いた。奇しくも秋篠宮妃と同名であるが、そこに深い意味はないと思う(笑)。(中略)
次に「等身大」について。個人的経験だが、私は俳句を始め「河」に入会し、角川春樹先生の指導を受けたのだが、春樹先生から「お前の俳句はどれも等身大なのがいい」と誉めていただいたことがある。等身大とは「ありのまま」ということ。自分の暮らしや想いを背伸びせずに率直に詠っている、ということだろう。以来、私は「等身大の表現」を強く意識して作句してきた。なので、等身大は私にとっても重要で、きこさんの俳句に憧憬さえ感じる(中略)
句会で点数を取りたい、人から高い評価を得たい、という思いから、われわれは過度な装飾や背伸びを俳句でしてしまうことが多い。自分の心を過度に装飾することは「等身大」から離れてゆく行為。きこさんの句を高く評価するのは、そういった他人の評価から超然とし、自分の心や俳句に嘘をつかず、過度な装飾表現を加えないことである。言うのはたやすいことだがなかなか出来ることではない。
とあり、著者「あとがき」には、
俳句にはかねがね興味を持っていたが、結婚後は主婦業に専念し、なかなか機会を得られなかった。
ようやく心にも生活にも余裕が出来、子供たちも自立して、十五年前の七十歳の古稀の時、杉並区の角川庭園にて「はじめての俳句」講座を受講した。(中略)
俳句は十七文字と季語で成立し、心のおもむくままに表現せず、季語との取り合わせで表現することに魅力を感じている。その後、日常の生活から詩を見出していく楽しさも知った。
とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。
雲の峰心配ごとはつくられる きこ
風花や母は楽しく徘徊す
交番に宅配ピザや冬隣
老一人子雀一羽梅一輪
エレベータースーツ二人の秋思かな
きりぎりす「まあそう言わず生きてろよ」
秋深しチラシの裏の五七五
母の手を離さぬやうに冬に入る
献杯のことば途切れし蟬時雨
父も母も友も生きてる昼寝覚
初恋はアルバムに無し沈丁花
寒梅や忘れゆくこと忘れたり
能天気きらひじやないさ実千両
いい加減は良い加減なり七変化
堤きこ(つつみ・きこ) 昭和15年、東京都中野区生まれ。

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