星野佐紀「涅槃図の中天白き月か日か」(『不東』)・・


 星野佐紀第一句集『不東』(朔出版)、序は中西夕紀。その中に、


 佐紀さんの佐紀は奈良の佐保路、佐保路の佐紀から採られた俳号である。私が「都市」を立ち上げてまもなく、都市の仲間と吟行を計画したとき、佐紀さんから「奈良に昔住んでいた家があるから泊まりませんか」と誘って頂いたのが、コロナが起こるまで十年以上続いた年に一度の奈良吟行の始まりだった。(中略) 

  奥つ城の冴ゆる柳生家八十基

  朔風や高き窓より廬舎那仏

 佐紀さんはまっすぐ対象と向き合って、朗々と詠い上げる。だから成功すると、姿の良い風格のあるものが出来上がる。ここで掲げた句も切字が効果的に使われ堂々としている。


とあり、著者「あとがき」に、


 夫の海外駐在に伴い、タイのバンコクで長女を、旧西ドイツのハンブルグで長男を出産し、十数年に及ぶ海外生活を終えて昭和五十七年、奈良県生駒市に居を構えた。帰国子女だった子供達も何とか日本の生活に慣れ、家族全体が落ち着きを取り戻した頃、「紙と鉛筆があれば、あなたも作れます」というキャッチフレーズに惹かれ、近所のカルチャー教室で俳句を始めた。文芸とは凡そ縁のなかった私が、なぜか俳句を詠んでみようと思い立ったのだった。

 その後、夫は義父が開発した天然酵母パン種の事業を手伝うため退職し、家族で東京・町田市に居を移した。平成二十三年に夫は他界したが、生涯現役を貫きたいと、私は今も夫が義父から受け継いだ仕事に細々と関わっている。


とあった。集名に因む句は、


  玄奘の不東思へば指冴ゆる      佐紀


 であろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。


  耳成山(みみなし)も畝傍山(うねび)も浮きて初霞

  春寒し壁に影置く伎芸天

  灯涼し南燭(しゃしゃんぼ)の咲く佐紀神社

  自問自答して料峭の波音に

  新涼や机上に重ねたる白紙

  碧き海青き空のみ昼寝覚

  麗かや舗道の線は国境

  角伐りや白き枕の地に置かれ

  春寒や今朝の生駒山(いこま)の深縹(こきはなだ)

  水草生ふ水面をきざむ白き月

  履きしまま長靴洗ふ春の川

  業平忌浮葉は銀の玉を乗せ

  大役を果たしひとりの柚湯かな

  紅茸や八十路にもある恋心

  

 星野佐紀(ほしの・さき) 昭和16年 東京都生まれ。



     撮影・中西ひろ美「何を見てさざめくものら春愁い」↑

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