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曵尾庵 璞「出発の発も発句の発や春」(『俳体新書 拾壱号/浅沼ゼミⅡ』)・・

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 『俳体新書 拾壱号/浅沼ゼミⅡ』(発行人 浅沼 璞/編集人 坂本佳樹)、巻末にエッセイ、曵尾庵 璞「『西鶴ざんまい』番外篇(抄)」があるので、その部分を少し紹介し、連句、俳句、短歌、詩(短いもの)をいくつか挙げておきたい。  14 《ニ〇二三年一二月二七日》  10項でもふれたように、本年は小津安二郎の「生誕一ニ〇年 没後六〇年」ということで、いろいろな催し物が各地で目白押しだったようです。 (中略)  しかし愚生にとって最も興味深かったのは、同じ映画監督の溝口健二との両吟を記した小津自筆の色紙でした。撮影禁止だったので、メモ蝶に写し取った内容を、以下に記します(改行や字アキなどは極力ママとします)。  小津安二郎 書画  溝口健二の句   白足袋のすこし   忘れて 菫ぐさ  そして僕の句   紫陽花にたつきの    白き足袋をはく     小津安二郎         (オフィス小津蔵/鎌倉文学館寄託)  両吟の下には足袋の白猫、小津の署名、そして二つの落款(姓名印と関防印か)があります。季重ねながら、両句とも映画のシーンを髣髴させるように感じるのは愚生の僻目でしょうか。  溝口といえば『西鶴一代女』(一九五二年)がまず思い浮かびます。学生時代、西鶴の好色物に興味を持ちながら、『好色一代女』(一六八六年)だけはなかなか読破できませんでした。なにか文体もストーリーも冗長な気がしてならなかったのです。それが溝口映画の一代女を観てからは、主演の田中絹代のイメージに助けられ、あっさり読了できたというだけではありません。 (中略)  溝口の白足袋の句を目にした際も、田中絹代ひいては一代女のイメージを打ち消せませんでした。連句の心得のあった小津もまた、田中絹代ひいては一代女の面影を詠んだのかもしれません。  とあった。    ’25ゼミⅡ連句 巻弐 脇起・オン座六句「混ぜる二歳児」の巻蕊 さゝがにとなるさゝがにをと思ふとき    山口誓子   蟹と蜘蛛とを混ぜる二歳児        浅沼 璞 メレンゲの菓子さまざまに作られて     坂本佳樹   さも自慢げにサボテンを愛づ       小倉海零 繊月の窓辺に揺るゝ赤カーテン          璞  隣を埋めていく鰯雲             佳樹  (以下略)     街ごとに違ふ門出や初桜        坂本佳樹...

佐藤鬼房「木枯の失明の海さらばさらば」(『佐藤鬼房俳句集成』第二巻/随想・評論より)・・

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 『佐藤鬼房俳句集成』第二巻/随想・評論Ⅰ(朔出版)、栞は、宮坂静生「しなやかな荒蝦夷(あらえみし)(ー荒の旧字出ず・失礼ー)」、坪内稔典「海が見ゆまた海が見ゆ」、中原道夫「喜太郎と鬼房」。帯には、   この稀なる作者の、頸くかつ潔い論説や、素樸で透明な随想の類は、面語以上の親しみを感じさせてくれる。ーー塚本邦雄  俳句を見渡す高台に、独り愚直を抱えて立つ鬼房は広い視野と鋭い眼力をもって、  戦後俳壇を牽引した。/俳句と人生を悲しくも熱く書き綴った鬼房の言葉がいま、蘇る!  【随想集『蕗の薹』『片葉の葦』他、単行本未収録の原稿を多数掲載】 とある。高野ムツオの「あとがき」には、  本書は『佐藤鬼房俳句集成』全三巻の第二巻である。「随想・評論Ⅰ」として1章に佐藤鬼房の初の随想集『蕗の薹』、Ⅱ章に『片葉の葦』を完全再録し、この二冊に未掲載の雑誌発表原稿を第Ⅲ章に「現代俳句逍遥」としてまとめた。 (中略)  鬼房は折にふれて、同時代の俳句と俳人について書き綴った。時にかなりの長文もあるが、批評というよりは、鬼房の詩想から発せられた俳句を追究する内なる声といった趣であった。Ⅲ章には、永田耕衣、阿部みどり女、加藤楸邨、金子兜太、平畑静塔らに関する文章を中心に収めた。「小熊座」に創刊以来連載した「泉洞雑記」や既刊未収録の文章類は第三巻を予定している。  とあった。思えば、若輩だった愚生に、同時刊行昭和56(1981)年2月に同時刊行された『蕗の薹』『片葉の葦』を恵まれて以来、改めて、本書を眺めるだけでも、遠望、敬愛し、同時進行の時代の多くの方々は鬼籍に入られた。先達俳人に眩暈を禁じ得ない。さまざまな作品に出会う僥倖、胸に迫るものがある。ともあれ、本書に留めらた懐かしい方々の、わずかではあるが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。    一月のみどり児に降る山埃 (やまぼこり)    飯島晴子    岩魚透く瀬に青絹の母流れ            中島林炎    蝸牛桜は雲の湧く木なり             廣瀬直人    いづくかに鹿の闇ある山を焼く          森山夕樹    我等鷹狩りはにわ固めの夜が燃える        川崎三郎    岩山の闇に眼が慣れ雪ふれり           清水径子    北空へ発つ鳥の血をおもふなり          三橋敏雄 ...

志賀康「鷹ひとつ全山鷹の雨となる」(「俳句界」2月号より)・・

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 「俳句界」2月号(文學の森)、特集は「50代俳人~新たなきづき」。その高山れおなの近作6句とミニエッセイ「俳句においての、50代になっての気づき」で、  綿飴は、溶融した砂糖を遠心力で飛ばし、空中で冷えて糸状になったところを割箸で巻き取るようにして作る。この割箸に相当する一単語(多くは名詞)の決定から私の句作りは始まる。その決定に際し、近年―-つまり五十代も半ば以降ーー頼りにしているのが「PictureThis」だ。道を歩いていて花や実をつけた植物に出会ったらとにかくこのアプリで撮影して名称を調べ、それを起点に句を作る。近作中の植物名に、比較的見慣れないものが目立つ所以である。   とあった。また、ブログタイトルにした志賀康の句「 鷹ひとつ全山鷹の雨となる 」 は「注目の句集」からのもの。論考に谷口愼也「『現象としての志賀康」、志賀康の一句鑑賞に「 埴輪そは声を目深に立つものを 」(森澤程)、「 しじまより空飛ぶいのち兆すらん 」(表健太郎)がある。ともあれ、本誌より、以下に、いくつかの句を挙げておきたい。    朴落葉累々父の如く伏し            高山れおな    束ねるに葱立たされて立ち通す          山田耕司    来し方や明教館の窓に月             櫛部天思    息止めてゐるか雨中の綿虫は           佐藤郁良    日の暮や風のミモザの波頭           津川絵理子    野に雲雀啼く和解せよ和解せよ          野崎海芋    熊の目は黒目のみ無善無悪          マブソン青眼    久女の忌戻り来し夜の髪の冷           和田華凛    知命のわれへ虚空から振るねこじやらし      関 悦史    団地から基地のあはひを木の葉の地        鴇田智哉    風花の吸ひこまれゆく不凍港           田中亜美    噴き上げて潮を火花とわが鯨           成田一子   生死即涅槃雪浮上せり              川越歌澄    初鏡いきものばかり映りこむ           瀬間陽子    白菜となまけて眠る寿命かな           田島健一    人知れず魚氷に上る野付牛            前田 弘    商ひのまことおつとり冬茜        ...

中島進「陽のうすき枯野ゆく喪失をゆく」(『中島進遺稿句抄』)・・

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 各務麗至編『中島進遺稿句抄』(詭激時代社・限定非売品)、その「あとがき」に相当する各務麗至「悼 中島進 嗚呼……」には、     あざやかな道の黄葉へうもれたい      進    さみしくないか真直ぐに立つ穂麦            第171回 豈 句会 2025.1.25  私が目にする「豈」への句会投稿作が最後の句になって、「豈」に「俳句新空間」へとその投稿発表順で編集することになった巻末の『今』にも通じそうで、 その頃、―-病棟を探検したり外を眺めたり、俳句のネタ探し楽しんでいます。そんな電話だった。どうしてもジッとしていられなかった。 扨―-中島さんとの始まりは、私が「豈」に入会してからのことで、知りあってまだ二年ほどでしかなかった。しかし、ご縁のありがたさはその比でない。 一人冊子だったからか、私のズレさ加減からこれまで殆ど無いことで、俳句や文芸一般について、重くあったり深くあったり深くあったりの面白い話が飛び交って……、身近(同郷県内)にそんな話相手ができて喜んでいたのに……。 昨年の夏の熱中症など何するものぞ、……だったのに。その後検査入院がつづき、黒ではないが灰色と医者に言われた、と、 それでも当人は、どこがぁ、と、本当に至って元気だったのに。早過ぎました。合掌。  とあった。ともぁれ、以下に、本遺稿句抄から、いくつかの句を挙げておこう。    熱帯夜うちなんちゅうの冷たい目   陽炎や死者の奢りの波の跡  (大江健三郎氏追悼)   炎天の一枚の鉄熱の鉄   凍つる夜や点滴引きし廊下の児   虹とふる黄とふる水の木の葉かな   防空壕寒気果てなき都市の地下  (東京・ソウル)   きざみこむ一切皆苦ねはんにし   尾のない蜥蜴・逃げよ  (香港民主党)   売るものの己しかない新社員   巻貝の時を知らざる遠干潟   ふちはない   枯野しかない目の前の枯野しか   時のなき原野の風のあげは蝶   かわきながら道の金魚がはねている  (攝津幸彦氏追悼)   かこむ霧きえぬ霧   あざやかな内臓ばかり見せにくる   たましいを凝視する真冬を乗りこえる   かぎりなく今のまぶしき雪やなぎ  中島進(なかしま・すすむ) 1954年~2026年1月16日 享年71。福岡県若松市(現・北九州市若松区)生まれ。句集に『探求1』、評論集『考察1』(文學...

行方克巳「図書館の地階のさむき灯によりて/ただにゐしのみ/ひとののしりて」(『歌の訣れ』)・・

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 行方克巳歌集『歌の訣れ』(東京四季出版)、栞は伊藤一彦、その中に、   短歌界は逸材を失っていたのだな、行方克巳さんの若き日の短歌作品を読んでの私の感慨である。 (中略)   人生は劇 (ドラマ) の連続である。ことに青春時は将来に影響を与える大きな劇が些細なことから生じる。村木道彦が行方克巳に自作を読ませたことで短歌界は一人の逸材を失い、俳句界は一人の逸材を得た。 (中略)    さくらがひいしだたみはたよめがかさ   つのがひふじつぼ   安房の海の夏  桜貝、石畳、嫁が笠、角貝、藤壺。すべてひらがな書きである。写生を徹すると、こういう歌になるのか。私はニヒリズムを感じる。村木道彦との出会いがなくても、歌の訣れは必然だったか。   さくら貝あとくされなき恋なんて  「俳句」二〇二五年六月号の行方克巳さんの近詠である。渚にうちあげられている桜貝が美しいのは「あとくされ」だからである。短歌では詠み得ない作品と感じ入った。  とあった。また、本集には行方克巳の「随筆」2篇が収められおり、一つは村木道彦の「儒ルナール律」の10首すべてを引用。なかでも、愚性も当時、 「 めをほそめみるものなべてあやうきか あやうし緋色の一脚の椅子 」にインスパイヤされたことを思い出した。二つめは愚生には初耳の関谷正孝についてのもの。それには、   関谷正孝という私にとって忘れることができない男がいる。私の十九歳までに作った歌の集を出そうと考えた理由の一つは、この関谷正孝の歌を何らかのかたちで世に残したいという思いがあったからに外ならない。  わずか十九首しか私の手元には残されていないのであるが、これが私の知る関谷正孝の作品のすべてである。その筆書きの歌稿には、「昭和四十三年六月三十日うつす」と私のメモがある。   暖房の職員室に佇みぬ女   教師にさからえぬまま     (以下略)  とあった。ともあれ、本集より、行方克巳の歌のいくつかを以下に挙げておきたい。    ためらはずわが頬打ちし   少年の 今住むといふ   鉄柵の家   教師にはなるなと言ひて   高笑ふ師の横顔の   とみに老いたり   楽しげに蜜柑食ひゐし女らよ   その皮をあまた車窓 (まど) に   すてにき   利根川にかかるつりばし   その橋の   なかほどにして会ひし少女よ   ゆくりなく煙草とり出...

奥村和子「オスプレイ響かす空に悴めり」(第192回「吾亦紅句会」)・・

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  1月23日(金)は、第192回「吾亦紅j句会」(於:立川市高松学習館)+新年会だった。兼題は「悴む」。以下に一人一句を挙げておきたい。    終りなき戦続くも初日の出            佐藤幸子    悴む手開く朝刊また戦火             渡邉弘子    欲張りな地図を広げて去年今年          松谷栄喜    鳥羽伏見戦一月義仲忌              齋木和俊     閻魔の目かっと開きて寒に入る          佐藤幸子    吾もまた奔放に生く久女の忌           武田道代     鬼は外何が正気か鬼ばかり            村上さら    スキップをしたくなる日や蜜柑むく        奥村和子    柏手を打つ手悴む富士まいり          吉村自然坊    初商い地球を翔けるあばれ馬           須崎武尚    もう十五年傷あと残し風冴ゆる          髙橋 昭    古稀の早朝 (あさ) かじかむ両の手そっと抱く  三枝美枝子    女正月コーヒー淹れる昼下り           関根幸子    パーで勝つジャンケンポンの かじかむ手      西村文子   冬の月フォッサマグナの歪みをり        堀江ひで子   スーパーの素甘桃色年迎ふ           折原ミチ子   悴みて指が短くなつてをり            田村明通    悴んで見ればひたすら降れる星          大井恒行 次回は、2月27日(金)、兼題は「蕗の薹」。    ★閑話休題・・関根幸子「紅玉のタルトタタンの午後三時」(「図書館俳句ポスト」10月選句入選)・・  「図書館俳句ポスト10月選句結果」の選者は太田うさぎ・岡田由季・寺澤一雄。今回の立川市高松図書館から、吾亦紅句会の関根幸子が入選を果たしていた。 撮影・鈴木純一「薔薇族の組織はとても複雑で誰も神にはたどりつけない」↑

鳥居真里子「寒し赤し幾夜花嗅ぐ犀と鬼」(「門」1月・第463号・40周年記念号)・・

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 「門」1月・第463号・40周年記念号(門発行所)、巻頭に鳥居真里子「『門麗抄 門四十周年記念特別作品三十句」と合わせて「主宰あいさつ 門四十周年を迎えて」、その中に、 (前略) いま、手元に創刊0号と創刊号が置いてある。そこに置かれた鷹夫の言葉を紹介しておこう。「とにかく自分に忠実であったら、後は自分の作りたい俳句を精一杯自由にやって貰いたい。指導者には二通りの型があって、自分の物差に合わぬものは認めないという型とそれぞれの個性を発見してそれを伸ばすという型である。私はなるべく後者でありたいと思っている。(中略)そのためにも諸君は自分の個性に磨きをかけて、大いに研鑽してほしい」(昭和六十一年ハ月創刊0号より) (中略) こうして改めて眼を通してみると、私が平生より皆さんに口にしてる言葉と少しも変わらないということに驚いてしまう。ひとつ付け加えておくと「後者でありたい」と初代が残したその願いは、いみじくも私自身の指導の中心に据えられ、多くの個性が芽吹き開花している。 (中略)   そしていま、四十周年を迎えている。門の皆さまが命を燃やすように俳句と向き合う姿に、限りない勇気を頂いている。句会におけるその真剣な眼差しにふれるたび、選者、いや私なりの主宰としての自覚が芽生えてきたように思う。  俳句は詩だが、詩は俳句で俳句ではない。このダブルバインドという美しい鎖のなかで言葉との格闘を続けていきたい。誰のモノでもない、それぞれの個性が自ら育んだ俳句がこの「門」にはある。小さくても「門」俳句会は頼もしい作家集団の俳誌であり、「俳諧自由」の精神が横溢する発表の場である。  とあった。他の主要な記事に、桐野晃選「鳥居真里子三十句」、石山ヨシエ選「鈴木節子三十句」、三上隆太郎選「鈴木鷹夫三十句」、村木節子「『門』が開かれたあの頃」、佐々木歩「句集『鼬の姉妹』評 出会うもの」、垂水文弥「句集『月の茗荷』評 鶴といふ器」、加藤閑「『門麗抄』の鳥居真里子」など。また本号は、「今年の各賞」発表があり、同人賞に川森基次句集『あやまちに似て』、東門賞に中澤美佳『はらはらと白』、四十周年特別奨励賞に大熊峰子、兼題賞に中島悠美子の表彰が行われている。  ともあれ、本誌本号より、いくつかの挙げておこう。    雪踏みの音かすか夢殿・雪蛍       鳥居真里子    少年よ荒野のひかりは戦です...