鎌田東二「天籟も裂け地籟も割れて人雷燃ゆ火も水も皆荒魂(あらたま)尽くし」(『言霊の短歌史』より)・・


  鎌田東二×笹公人『言霊の短歌史』(KADOKAWA)、笹公人「あとがき」には、


 私が鎌田東二先生と初めてお会いしたのは、十八年ほど前、敬愛する音楽家・細野晴臣さんのイベント会場でした。著者を何冊も拝読していたので、まさかその場でお会いできるとは思わず、驚きを隠せませんでした。

 それから五年後のニ〇一三年、私は出口王仁三郎の短歌を厳選した編著『王仁三郎歌集』を先生にお贈りしました。先生が出口王仁三郎の熱心な研究者、通称「オニサブラー」であることを知っていたからです。(中略)

 その直後、先生の大名著『言霊の思想』に出会い、短歌の言霊に特化した話を直接お聞きしたいという思いが募りました。(中略)

 対談連載「言霊の短歌史」の最終回が掲載された『短歌』の発売から僅か五日後の五月三十日、先生は静かに旅立たれました。(中略)

 いま振り返れば、この本が先生との約束を果たすぎりぎりのタイミングで完成したことに、奇跡のような巡り合わせを感じます。この本に収められた先生の言葉は、短歌の世界の永遠の財産になると信じます。


 ここでは、「俳句と言霊」のほんの少しの部分を、引用しておこう。


(前略)笹 俳句は、もともと連歌の五七五の発句のみを取り出したものですよね。

 鎌田 言葉を少なくすればするほど、その言葉のなかの宇宙は拡大するという方程式を俳諧は証明していると思います。言葉が短い分、スピード感や飛躍も出てきます。

 短歌がより人間的な側面を持つとするならば、俳諧はより大自然的な物の声を拾っているのです。私は、歌が生まれてくる以前の日本人の言語観、アニミズム的な自然感覚、生命感覚を呼び込んで再生し、完成させたのが芭蕉の業績だととらえています。そういう意味で芭蕉の仕事というのは大変重要です。

笹 俳句が五七五で、短歌が五七五という長さは関係があるのでしょうか。

鎌田 大いにありまあすね。下の句によって、短歌の言葉は人の心理に向かうベクトルを持ち、俳句は自然の理に向かうベクトルを持ったと思います。


 とあった。 ともあれ、本書に収録された「鎮魂列島」(鎌田東二)、「いろは四十七都道府県短歌」(笹公人)の短歌作品から、いくつかを挙げておこう。


 奥能登は島の髄なりむまれてしむで生まれて死んで珠洲は鈴鳴り    東二

 いのちはてて超えてゆくらむ奥山を照らせ今宵の不死の新月       〃

 ひのもとはあめつちかみひとやほろづいのちのうみにうかぶまほろば   

   「い」(滋賀県)

 色褪せし飛び出し坊やが神的な磁気帯びはじむ琵琶湖のほとり     公人

   「そ」(山口県)

 空に浮く雲が河豚にも見えてきてコバルトブルーの海で背泳ぎ     〃

   「す」(沖縄県)

 砂浜にさんさん散りし三線の音でうたた寝すれば夕焼け        


 鎌田東二(かまた・とうじ) 1951年3月20日~2025年5月30日、徳島県生まれ。

 笹 公人(ささ・きみひと) 1975年、東京都生まれ。


  
     撮影・中西ひろ美「つきすぎのようにも思う花と鐘」↑

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