安斎未紀「信頼と依存の違ひ知らぬまま生きて(それは本当の生?)(「Sister On a Water」より)・・


  「Sister on a Water (シスター・オン・ア・ウォーター )」(シスオン)、特集は「安斎未紀」。主な内容は安斎未紀「希死念慮」、安斎未紀エッセイ「猫、と言われても…」、喜多昭夫選「安斎未紀 100首」、資料『掌上動物園』『2024年2月刊)として、藤原龍一郎「解説 短歌に選ばれた人」。批評『短歌人』2024年9月号「安斎未紀歌集『掌上動物園』より、森島章人「自らの祭司」、高島裕「イリュージョンを超えて」、池田裕美子「宿命を織る――散華図絵」、そして、喜多昭夫「死への接近/生への活路」、笠木拓「色彩がふちどる水母」、小関祐子「美しきサバイバー」。エッセイに岡田悠束「安斎ちゃん」、一首鑑賞に大森静佳、平岡直子、小田鮎子、髙田暁啓。喜多昭夫と安斎未紀対談「短歌表現は『救抜』となりうるか?」。ここでは、藤原龍一郎の解説「短歌に選ばれた人」の一部を引用しておこう。


 (前略)あとがきに「精神障害との闘病に明け暮れつつとうとう短歌を離れることが無かった」とあるとおり、安斎未紀は過酷な病に心身を苛まれつつも、短歌を唯一の自己表現の方法として、離れることがなかった。これは、逆に言えば短歌自身が安斎未紀という歌人を手放さなかったということだろう。(中略)

 最後に「拒眠の棘」という一連から何首かを提示する。

 眠る気がしない、眼(まなこ)もつ、恐らく幼少期にそを知りき +

 枕に血潮 耳から脳が垂れてくることもありなべてだらしないから

 眠れぬを日常として暗がりに水色の蛾のひ狂ふなり

 読んでいて胸が押し詰まるような一連である。音読してみるとさらに切迫感が増加して、息苦しくさえなる。

 繰り返すが、自ら体験した心身の苦しい状況を短歌で表現するということは、その苦悶を追体験することにほかならない。それは生半可な精神ではできない。これを表現せずにはいられないという強靭な表現意志が必要なのだ。その表現意志に短歌型式もまた、応えている。その意味で安斎未紀は、」まぎれもなく短歌に選ばれた人である。短歌に選ばれた人の命がけの表現を受けとめてほしい。


 とある。 ともあれ、本誌より、いくつかの作品を以下に挙げておきたい。


 死を願ひ髪を洗ふをやめし朝雨は黄蝶を濡らしてゐたり      安斎未紀

 わずかずつ平癒してゆく痣を持ちみじかい夢をかさねて眠る    小俵鱚太

 ミラーボールみたくなってる君だから回るか光るかどちらかにして 喜多昭夫

  草笛のザ・ブルーハーツの曲が変      摂氏華氏


★・・杉森多佳子「朝顔の咲きだす頃に目覚めても生きる速度はそれぞれでいい」(「つばさ」第21号より)・・


「シスター・オン・ア・ウオーター」とともに惠送された「つばさ」第21号(つばさ短歌会)の特集は、「杉森多佳子の世界」、喜多昭夫「編集後記」には、


(前略)杉森多佳子さんの特集を組んだ。杉森さんは創刊メンバーのおひとりである。長年にわたって「つばさ」を支えてくださっている。春日井建先生に師事した童門ということもあり、短歌の御縁をありがたく感じている。杉森さんの世界を楽しんでいただければ幸いである。


 とあった。ともあれ、本誌より、いくつかの作品を挙げておこう。


 スコーンにバラの花ジャムことさらにたっぷりとのせてわれは香れり  杉森多佳子

 残像になりがたくして影ありぬ寒露を過ぎて鳴く法師蟬        森尾みづな

 その肩に吾のすべてを背負ひたりただ愛おしき野辺に咲く花      木倉由美子

 顔知らぬ伯父祀られし社にて夏の祭りに花を生けたり          島田彰子

 永遠の命に還り「で あなたは」一日の重さ問ひ給ふなり       浜本すみれ

 死に近きひとの魂鎮めむとホスピスに響くバッハのシャコンヌ      宮城由利

 朝市は更地になつた 眼裏にひと夏だけのひまはり咲かす        山下良美

    マルセル・デュシャン「泉」

 小便器逆さに吊るすアートあり仰げば尊し用が足せない         喜多昭夫



        撮影・中西ひろ美「繕うたところが母の冬帽子」↑

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