池田瑠那「爽秋や釿(ちょうな)目しるく心柱」(『心柱』)・・


 池田瑠那第二句集『心柱』(文學の森)、著者「林中の塔―-あとがきにかえて」には、


 (前略)第一句集『金輪際』のあとがきに、伴侶を交通事故で喪ったこと、その後句会を行っている夢を見て「俳句は私に、生きよと言っている」と感じたことを書いた。翌年の山形への二度の旅は、図らずも「では、その俳句とはどういう文芸なのか」を問い直すものとなった。(中略)草木塔を前にして、しばし人間中心、人間本意の思想を脱し得た。五重塔の心柱を拝観し、常に何かに急き立てられるような時間観から解放された。おそらく、句を詠もう、素直な気持ちで対象に向き合おうとする姿勢が私にそれを可能にしたのだ―ー。(中略)

 これからも悲嘆に暮れる日、何かに躓き、思い悩む日もあるだろう。だが、林中に立つ草木塔の面影が、そして俳句が、きっと私に力を分け与えてくれる。


 とあった。    同時刊行の評論集『境目に立つ、異界に坐す―ー犀星・楸邨・泰の世界―-』(文學の森)の方は、ここでは、紹介しきれないので、直接、手にとってご覧いただきたい。目次を以下に挙げておくと、「Ⅰ 犀星の章」「Ⅱ 楸邨の章」「Ⅲ 泰の章」「Ⅳ 秀句逍遥の章」となっている。令和3年に「虫愛ずるひと、犀星」で、第8回俳人協会新鋭評論賞正賞受賞、「闇を視る、端に居る―ー上野泰が詠む閾と縁側―ー」で第24回山本健吉評論賞を受賞している。

 ともあれ、句集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。


  「行ってきます」君が遺愛のマフラ巻き     瑠那

  蟬しぐれ真昼の月は髑髏めき

  被爆図の緋よ漆黒よ秋の風

  鳥ごゑのちゆるるちゆるると桜ちる

  梅雨茸つつかば侏儒にされてしまふ

  退学事由「感染不安」柿落葉

  つちふるや茶筒に飼うて管狐

  欅散る関東平野かつて海

  うららかや辞書の小口のあかさたな

  オルガンに和す子守娘よ冬青草

  天心の青に呑まるる雲雀かな

  那由多不可思議無量大数木犀降る

  

 池田瑠那(いけだ・るな) 1976年生まれ。



★閑話休題‥山川桂子「月蝕の赤銅の光ガザをつつみけり」(第45回「きすげ句会」)・・


 9月25日(木)は、第45回「きすげ句会」(於:府中市生涯学センター)だった。兼題は「新蕎麦」。以下に一人一句を挙げておこう。


  身土不二胡桃にも握る手にも皺       井谷泰彦

  道の辺のカヤツリグサに風の影       山川桂子

  鰯雲揺るる思いを千切るかに        中田統子

  新蕎麦を待つ戸隠は雨の中         井上芳子

  学び舎のさやかな風や鯉の池        寺地千穂

  カナカナや本坪鈴の響きあり        杦森松一

  スイッチョ鳴く妻の寝息に同期して     濱 筆治

  みて見てとあふるるひかり新秋刀魚     高野芳一

  新蕎麦に塩ひとふりや白ワイン       新宅秀則

  やじろべえ心身ゆらし秋に入る      久保田和代

  新蕎麦の香りも旨しおらが里        清水正之

  骨笛のかなしみならず男郎花        大井恒行



    撮影・鈴木純一「タンポポや世界を敵にまはすとも」↑

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