中田水光「鬼門より亀の鳴くなり捨て小舟」(『猛暑』)・・
中田水光第6句集『猛暑』(角川書店)、その「あとがき」に、
(前略)私は昭和四十六年、二十六歳の時に、県立不動岡高校に転勤した。同校には、年若いのにかかわらず全国的に知られていた俳人の落合水尾先生が勤務なさっており、俳句を時々作ったり、近くの田野に吟行したりしているうちに、俳誌「浮野」作りをはじめ、今日まで休まず、毎月発行し、間もなく「浮野」は五七三号を迎える(令和七年七月)。水尾先生の情熱もすごいが、私も先生に教えを乞いながら今日まで、俳句を詠み続けてきた。故にこの句集で、六冊目となり、五十弱がすぎようとしている。
落合水尾先生に指導していただいてているので「俳風の変化」や「新しい詠み方」ということはない。素直な抒情性の強い作品群である。(中略)私自身も四十歳で新設高校建設の一員に命じられたので、この期に「浮野」にならって俳誌「雅楽谷」を発行した。平成十七年の時であった。無論新しい高校を建設することが主たる任務であったので、ゆっくり歩むことにして現在会員も俳誌の内容も変わらず、おかげ様で年に四回発行し現在、六十四号とつづいている。
とあった。集名に因む句は、
猛暑また投げ込んでみる登り窯 水光
であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。
かまどうま話しかけたる湯殿婆
排他的国境越えし冬花火
死なざれば終はらぬあそび春灯
てぐすねを引いてとばしぬしやぼん玉
みぎひだり同じ間合ひに水を打つ
笠の緒も積もりし雪も「陸の奥」
狐みてよこしまごころ湧きしかな
おのづから責め苦を与へ毬の栗
なにごとも火付けが好きで火事となす
地に落つるまでに虚子らが桐一葉
生首を投げ合ふ遊び憂国忌
わだかまりとことん消えぬ開戦日
暗きより湧き出て蝟集阿波踊り
ただ伸びて届かぬあはれ思草
よこしまな火種かかへて隙間風
ひととせの始めや一度井華水
中田水光(なかだ・すいこう) 1945年、埼玉県生まれ。
★閑話休題・・中島進「たましいを凝視する真冬を乗りこえる」(各務麗至編『中島進遺稿句抄』より)・・
各務麗至編『中島進遺稿句抄』(詭激時代社・セㇾクション精選集72/限定非売品)、扉に、中島進奥方の百百代さんからの一信が掲げられている。それには、
どの夢も生き急ぐかに冬の星 恒行
大井様から/追悼句をいただきました
改めて 本人句集の巻頭に
「真実を語り犀の角のようにただ独り歩め」
ーースッタニバータ 中村元 訳
あの世でもただ独り歩むのでしょうか 百百代
とあり、各務麗至「悼 中島進 嗚呼……」には、
あざやかな道の黄葉へうもれたい 進
さみしくないか真直ぐに立つ穂麦
第171回「豈」句会 2025・11・29 (中略)
病棟を探検外は黄葉なし 麗至
茶碗蒸し二人で分けて雪しんしん
たましひの絶えざる声や冬木霊
中島進(なかしま・すすむ) 2026年1月16日、永逝、享年71。福岡県生まれ。
各務麗至(かがみ・れいじ) 1448年、香川県生まれ。
撮影・中西ひろ美「結ばれて春待つ心ここにあり」↑

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