鳥居真里子「寒し赤し幾夜花嗅ぐ犀と鬼」(「門」1月・第463号・40周年記念号)・・


 「門」1月・第463号・40周年記念号(門発行所)、巻頭に鳥居真里子「『門麗抄 門四十周年記念特別作品三十句」と合わせて「主宰あいさつ 門四十周年を迎えて」、その中に、


(前略)いま、手元に創刊0号と創刊号が置いてある。そこに置かれた鷹夫の言葉を紹介しておこう。「とにかく自分に忠実であったら、後は自分の作りたい俳句を精一杯自由にやって貰いたい。指導者には二通りの型があって、自分の物差に合わぬものは認めないという型とそれぞれの個性を発見してそれを伸ばすという型である。私はなるべく後者でありたいと思っている。(中略)そのためにも諸君は自分の個性に磨きをかけて、大いに研鑽してほしい」(昭和六十一年ハ月創刊0号より)(中略)こうして改めて眼を通してみると、私が平生より皆さんに口にしてる言葉と少しも変わらないということに驚いてしまう。ひとつ付け加えておくと「後者でありたい」と初代が残したその願いは、いみじくも私自身の指導の中心に据えられ、多くの個性が芽吹き開花している。(中略)

 そしていま、四十周年を迎えている。門の皆さまが命を燃やすように俳句と向き合う姿に、限りない勇気を頂いている。句会におけるその真剣な眼差しにふれるたび、選者、いや私なりの主宰としての自覚が芽生えてきたように思う。

 俳句は詩だが、詩は俳句で俳句ではない。このダブルバインドという美しい鎖のなかで言葉との格闘を続けていきたい。誰のモノでもない、それぞれの個性が自ら育んだ俳句がこの「門」にはある。小さくても「門」俳句会は頼もしい作家集団の俳誌であり、「俳諧自由」の精神が横溢する発表の場である。


 とあった。他の主要な記事に、桐野晃選「鳥居真里子三十句」、石山ヨシエ選「鈴木節子三十句」、三上隆太郎選「鈴木鷹夫三十句」、村木節子「『門』が開かれたあの頃」、佐々木歩「句集『鼬の姉妹』評 出会うもの」、垂水文弥「句集『月の茗荷』評 鶴といふ器」、加藤閑「『門麗抄』の鳥居真里子」など。また本号は、「今年の各賞」発表があり、同人賞に川森基次句集『あやまちに似て』、東門賞に中澤美佳『はらはらと白』、四十周年特別奨励賞に大熊峰子、兼題賞に中島悠美子の表彰が行われている。

 ともあれ、本誌本号より、いくつかの挙げておこう。


  雪踏みの音かすか夢殿・雪蛍      鳥居真里子

  少年よ荒野のひかりは戦です      野村東央留

  脱魂のわれわなわなと鶴来る       成田清子

  風音を聞きゐるえごの実の真下     石山ヨシエ

  骨だけの傘を離さず厄日かな      梶本きくよ

  樺の骨磨く遠慮なき西日         村木節子

  九月がつがつ噓つきの驢馬が餓死     島 雅子

  渾身の浮力いちまい薄原        中島悠美子

  七人の死出の順番虫集く        小湊はるか

  息溜まるまでは秋思の塔でゐる      上野龍子

  ダチュラを鳴らす妖怪らの夜明け     大熊峰子

  洪水は牛を浮かべてをさまりぬ      加藤 閑

  人たりし記憶はなくて赤のまま      佐々木歩

  蛇穴に入るために地へ吾を埋む      中澤美佳

  虫なれば虫のカフカをくりかえす    三上隆太郎

  「おことば」に「継承」八月十五日    桐野 晃

  とはに座す南瓜の蔓のらせんらせん    岡本紗矢

  母の名はさはやかのさは富士額      丸山一耕

  母死後の長き余生や忍草         上田三味

  虫よ父の白粉つかふ指のふるへも     垂水文弥

  揺れてゐることの確かさ中也の忌     川森基次

  曼珠沙華くるくるショートする世界    林 真理

  


   撮影・芽夢野うのき「喰うてみたし白さざんかを日のなかに」↑

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