岡田美幸「愛という供物記され絵馬揺れる」(『天使魚』)・・

 


 岡田美幸第一句集『天使魚』、歌エッセイ・評論集『光のパイプオルガン』(コールサック社)

句集の解説は鈴木光影「この世界をおかしがり、異質の豊かさを得る俳句」、それには、


 岡田美幸さんは既に二冊の歌集をもつ歌人であるが、その俳句作品にも、ポップで親しみやすい現代短歌の良さが感じられる。しかし、その俳句は単に短歌的であるだけではなく、美幸さんが表現者として備えている内的衝動が俳句形式の中でのびのびと生かされている。既存の「俳句らしさ」に囚われることがない作者の句には、清々しさすら覚える。(中略)

  タイトルの「天使魚(てんしうお)」が使われた句では、作者は、自身の記憶の水の底へとおかしみを求めて潜っていく。

  天使魚いた幼稚園私いた        Ⅲ 世界樹

  天使魚側面ばかり見せてくる        〃

 「てん」を起点として、幼稚園に通っていた頃の幼い自分と出遭う。園の水槽で飼われていた「天使魚」・別名エンゼルフィッシュは、俳句の神様つかわされた、文字通りの天使なのかもしれない。二句目の「側面ばかり見せてくる」は、子どもごころに感じたこの世界の「不思議」さだ。これは、水槽という狭い空間で一面的にしか生きられない宿命を抱く存在の哀しみを、子どもながらにして直観した記憶ではないだろうか。同時に、いくら正面を見せてとお願いしても思い通りにはいかない、自然の予測不可能性や不制御性に対するおかしみであり、その摂理に向けた寿ぎなのだろう。


とあり、 また、著者「あとがき」には、


私が俳句を作るようになったきっかけは、28歳の時に句会に誘われたことだった。元々私は短歌をずっと続けているが、その人脈の関係で句会に参加し、短歌との違いを楽しんだ。(中略) 

 この句集では主に、日常生活のちょっとしたおかしみや、旅先で出会った輝き、ユーモラスな動植物を大事に思いつつ俳句の選をした。俳句にしなければ忘れてしまうような物事ばかりで、写真に出来ないような、その時の気持が詠み込まれている句も多い。急に失業したり、世の中は良い事ばかりではないが、良いことがあったり、素敵な物事を見つけることができたら作品として残していきたいと思う。


 とあった。評論集の方の解説は、鈴木比佐雄「誰もが『光のパイプオルガン』を奏でるために/岡田美幸 詩歌エッセイ・評論集『光のパイプオルガン』に寄せて」。著者「あとがき」には、


(前略)また、この本は第1歌集『現代鳥獣戯画』と第2歌集『グロリオサの祈り』の製作秘話も掲載した。そう意味では、自分の刊行物の補遺とも言えそうだ。


 とあった。ともあれ、以下に、句集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。


  乗る予定ないバス停で花見かな          美幸

  きっと毒茸わさっと生えている

  猫の恋ヒトの恋より簡単か

  映画にはならない日々の五月尽

  大夕焼ファミリーマートで買えぬ空

  螳螂の威嚇のままに潰れおり

  龍淵に潜む なりたいその龍に

  ヒトとして生きていきたい神無月

  生きること向かず魚氷(うおひ)に上(のぼ)りけり

  花丸のかたちのままで落椿

  バーチャルの街は海市の距離にある

  小春日の未来はダウンロード待ち

  

 岡田美幸(おかだ・みゆき) 1991年、埼玉県生まれ。


★閑話休題・・「豈」同人の訃報続く。関根かな・中島進のご冥福を祈ります。・・


 「豈」同人の訃報が続いた。いずれも若すぎる訃だ。先に関根かな(1月1日・享年56)、中島進(1月16日、享年71)。はるかに、ご冥福を祈ります。昨年12月刊の「豈」68号より一句ずつを上げよう。


  反射性失神瞼に映る秋の空        関根かな

  たましいを凝視する真冬を乗りこえる   中島 進



       撮影・鈴木純一「五分粥の光やさしや日脚のぶ」↑

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