茨木和生「燃え尽きし星もあるべし春の空」(『さやか』)・・

 

茨木和生第18句集『さやか』(運河俳句会/発売・邑書林)、帯文は、谷口智行。それには、


  やりぬくといふこと大事雲の峰    和生

 これで誓子先生、暮石先生に顔向けができると、天空に心を解き放つ。俳句は言霊だと思い知らされる。

 唯一無二の詩的世界築き、俳句を究めた男の至福の物語がここにある。


 とあり、茨木曜「父との日々―-あとがきにかえて」には、


(前略)閑話休題。俳句について門外漢である私にも、ひとつだけ父の俳句に思うことがあります。それは父の息遣いです。父の句を見るとき、何とも言えぬ「親父」の匂いを感じるのです。そして幼い頃、父とともに歩いた大原野での情景を思い出すのです。突然、前を横切るヤマカガシに目を細める父、アケビをとって手渡してくれた父、遠くに聞こえる鳥の鳴き声び「あれは雉や」と教えてくれた父。山に生える草木の名を口ずさむ父。自然と共に生きようとした父の姿が思い出されます。(中略)

 母が亡くなった後、「ええ俳句できてもなぁ。褒めてくれる多佳子がおらんねん」とひとりごち、寂しそうにしていました。


とある。また、 茨木衛「父と句集『さやか』―-あとがきにかえて」には、


 第十八句集『さやか』は、第十四句集『潤』以降、孫全員の名を句集につけて残すという父の目標が達成できた句集です。「さやか」は私の三女で、現在中学一年生です。第十七句集『わかな』を発表して以降、四季の移ろいで生じる、ちょっとした変化を父が認めてきたものを、運河俳句会の谷口智行主宰のご協力を賜り、今回まとめることができました。(中略)

 おそらく父は、行動範囲が以前より狭くなったにもかかわらず、私が感じている以上に四季の変化を捉え、第十七句集『わかな』の帯文で宇多喜代子先生が掛かれたように「春夏秋冬に生じる大小さまざまのことやものに固有の詩心を募らせ」ることで今回の作品を作り上げたのだと思っております。


 とあった。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  妻もまたゐたる雛を飾りけり         和生

  誓子忌に仰いでゐたる山の星

  死ぬときは一日で来たり夏の蝶

  どくだみもまじりてゐたる草いきれ

  豊年や山々は雲湧き立たせ

  山高きところに花のくづれたる

  あの世への旅どのあたり秋の雲

  かがやかに夜の峰見え雪来たり

  埋火をしてゐたること忘れけり

  七草粥妻と分かちて食べにけり

  命まだあると思うて春の昼


 茨木和生(いばらき・かずお) 1939年1月31日~2025年~12月23日、享年86。


       撮影・中西ひろ美「大寒の腹ごしらえに辛味餅」↑

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