各務麗至「ふゆのよはなみだまつすぐまつすぐに」(「詭激時代つうしん」17)・・
各務麗至の個人誌「詭激時代つうしん」17*栞版(令和八年一月九日・詭激時代社)、「詭激時代つうしん」18(*詭激時代つうし発刊開始資料として その6・栞版 令和八年一月十九日)の「あとがき」には、
新しく始まった、栞版「詭激時代つうしん」冊子だが、/この『あとがき』は戞戞百六十五号からで、/これがその後の一連の発端であり、その資料2は先行俳句で、もう一冊を思っているその発行日時も重要で改めて記憶に留めるべく「つうしん」で後日資料編集する。
ーー私にとって、それぞれがそれぞれにとんでもなく特別な一連になる。それというのも、五十数年一諸に歩いてきた、いくら甘いと言われてもいい、最愛といってよい妻が亡くなってしまった。人のいのちというのは一つの表現で……、
生きるという生活に、人間としてのありように、精神的高揚に、……、互いを尊重し合い、許し許され合い、支え支えられ合い救い救われ合い、それこそ互いの存在に今あることへの感謝し合って…‥‥、単なる夫婦にそんな言葉はおかしいかも知れないが、一種、信頼の盟友・同志でもあったのでないかと思っている。
とあり、また、同栞版「記録ノート」によると、「令和七年一月九日、午後八時三十八分、逝去永眠。/死亡診断書から、/直接死因は多発性脳梗塞、発症から死亡までの期間21日。直接死因には関係しないが傷病経過に影響を及ぼした傷病名名等、末期腎不全、約33年。病死及び自然死」とあった。ともあれ、以下に、句作品のいくつかを挙げておこう。
龍天に登るゆるりと爪を切る 夏 礼子
折鶴の匂う八十八夜かな
手鏡を磨く憲法記念の日
蛍火の闇が余白となりにけり
真夜中の通路が延びる敗戦日
目覚めれば忘れる夢や寒四郎
水仙の一輪は声あげにけり
春爛漫いらつしやいませジャングルジム 各務麗至
死なばこそいのちよいのちふぶきけり
死ぬ安心いのちよ妻よ花ふぶき
ここも今も一歩うごけば春の夢
生きて夏まういいかいまういいよ
擦れ違ひふれあふわたし年の暮
令和も七年ニッポンチャチャチャ夏の雲
私てふ日一人は遥か冬夕焼
撮影・中西ひろ美「極寒のマナーモードが鳴りやまぬ」↑

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