水岩瞳「旗振りし心は潜みいつかまたワッと出るかも草の根ファシズム」(『パーチェム』)・・


 水岩瞳第一歌集『パーチェム』(書肆侃侃房)、解説は吉川宏志「結句の飛躍と、平和(パーチェム)への祈り」。それには、


 水岩瞳の歌は、面白い発想が浮かぶと、そのまま勢いよく最後まで歌い切るところがある。

  定型も字足らずもあり字余りも時々切れもある虫の声

 結句まで来て、なるほどと思わせる歌である。(中略)

 水岩の歌は、とても正直なのだと思う。それで人間関係の歌は、無防備にさらされており、作者自身も気づいていないような傷が、読者によく見えてしまうところがある。それがこの歌集の明るいけれど痛々しさもあるという独特の味わいを生み出しているのではないか。

 表現が型にはまらず自由で、今という時代に向けて強く訴えかけている歌集である。多くの人に詠まれ、さまざまな批評を受けることを期待している。


 とある。また、著者「あとがき」の中には、


 (前略)私の父は、戦争末期に、フィリピンのルソン島に徴兵で送られ、ジャングルを逃げ間惑い、若い中尉として沢山の兵隊を死なせたことやフィリピンの人々や台湾兵を犠牲にしたことを心から悔やんでいました。戦後、母と結婚してからも、遺骨収集に参加したり、フィリピンに学校を建てたり、文房具を配布したりしていました。(中略)

 また、義父がシベリア収容所に送られたことも知り、仕事との関りからも、私は、日本が起こした戦争について調べてきました。

 俳句では、「古志」同人ですが、戦争の名句を詠んでいらっしゃる俳人池田澄子さんに私淑して、、私の第一句集『薔薇模様』(ふらんす堂)は、池田澄子さんのもとで刊行しています。


 『パーチェム』は、私の初めての歌集です。ニ〇一六年から二〇二四年までの句を収めました。私は、俳句をしていますが、十年前に五七五七七で、言葉が溢れてきたのを覚えています。

 実は、この歌集の題名については、私は「レモン石鹸」を考えていたのですが、吉川宏志主宰提案の「パーチェム」(平和)にしました。これは、ラテン語のdona nobis pacem (われらに平和を与えたたま)からきています。バッハの「ロ短調ミサ曲」のラストに出てくる言葉です。現在、ウクライナの人々、ガザの人々のこと想うと胸が痛みます。国際連合は、ロシアやイスラエルの侵略を止めることができません。また、アメリカのトランプ大統領の危い自国第一主義によって、世界の自由と民主主義は後退してきています。(中略)

 戦争には歓喜があるのです。そして、戦争は一時、景気が良くなって儲かるのです。その魔力が人を狂わせます。そのことを忘れてはいけないと思います。


 とあった。集名に因む歌は、


 パーチェムは平和のことなり 弥撒曲のフォルティシモに響くパーチェム  瞳


 であろう。ともあれ、本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの歌を挙げておきたい。


 「めんめんこ」かつて呼んでたお腹の子そのめんめんこがめんめんこ産む   

 春は張る墾(ほ)るか晴るかと広辞苑わたしはやはり春は張るなり

 事故なんかなかったように次々と再稼働するザクロの実たち

 ざわめけるポプラの下のヒロシマ忌 核廃絶はまた遠のけり

 聖書読むわたしを褒めし父親の右腕にある比島の弾痕

 ひとりでも多く救わん手のひらに一眼持てり千手観音

 愛するに能力がいると言う友に冷酒飲み飲み「愛は相性」

 牧水の歌口ずさみ歩く道 千本松原夕闇時雨

 〈かなしかり〉は〈かなしかりけり〉本当は でも啄木の〈かなしかり〉好き

 島ぐるみ闘争の中いち早く基地受け入れた町なり辺野古は

 虚子の字は花のごとくにまあるくて久女苛めた人の字かいな

 鳴かぬのに「亀鳴く」という季語のあり 今ぞ亀鳴け侵攻はあかん

 願わくば井原西鶴 憂き世から浮き世に変えてくれないだろうか

 終戦日父はルソンの山に居りきビラで知りたる日本降伏

 

 水岩瞳(みずいわ・ひとみ) 名古屋市生まれ。

  



      撮影・中西ひろ美「香箱とよばるる此処の淑気かな」↑

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