虚子「不思議やな汝が踊れば吾が泣く」(「夏潮」別冊/「虚子研究号」Vol.第15輯 2025より)・・
「夏潮」別冊「虚子研究号」Vol.ⅩⅤ2025(夏潮会)、 表紙裏(表Ⅱ)には本井英の「夏潮 虚子研究号 第十五輯」発刊に際してがある。その中に、
(前略)私事に亘りますが、昨年の「十四号」には折からの大動脈置換手術のため執筆出来ず、洵に申し訳なく、多大なご迷惑をおかけしたことお詫び申し上げます。(中略)
これまた私事ながら、この夏とうとう八十歳を迎えました。俳誌「夏潮」の運営、さらには「夏潮研究号」のあり方についても、ゆっくり考えても良い時期かもしれません。
今号も、小生の編集業務怠慢から、三箇所の「虚子記念館」の情報を掲載することを得ませんでした。三館並びに読者諸兄姉に深くお詫び申し上げます。
とあった。愚生としては、お身体大切にお過ごしください、としてしか申し上げることしか出来ない。ご自愛祈念!
さて本誌本号の目次は、井上泰至「虚子書芸論序説」、岸本尚毅「芥川と俳句―-『ホトトギス』との関係その他」、小林祐代「『椿子物語』『絵巻物』考」、筑紫磐井「虚子の客観的写生論とは」、中本真人「虚子作『髪を結ふ一茶』と初代中村吉右衛門」、本井英「虚子句の『自他半』」。ここでは、本井英の論考から、「虹もの」の項の部分を紹介しておきたい。
(前略) 不思議やな汝が踊れば吾が泣く 虚子
『六百句』所載。詞書に「(昭和十八年)十一月十八日山中、吉野家に一泊。愛子の母われを慰めんと踊り愛子も亦踊る」とある。小説『虹』のクライマックスをなす場面である。「汝」と「吾」の対比がけざやかで、「自他半」の形態がまことにすっきりと効果を挙あげている。ささやかな「宴会」がそれなりにクライマックスを迎えて、昔、三国の港で艶名を轟かせた老妓と病弱のその娘が踊るのである。実はその折り、愛子のパートナーであった伊藤泊翆も「踊った」のであるが、小説の筆からは省略され「自他半」の俳句からも抹消された。虚子の美学である。
とあった。ともあれ、本井英より「自他半」とされた句をいくつか挙げておこう。
鮠釣る子障子洗ふは姉ならめ 秋櫻子
吾妹子を乗せて漕ぎ出て浪すずみ 青畝
はたはたや妹が唇すふ山の径 誓子
人仰ぐ我家のの椿仰ぎけり 素十
松虫に恋しき人の書斎かな 虚子
薔薇呉れて聖書かしたる女かな 〃
君と我うそにほればや秋の暮 〃
後家がうつ艶な砧に惚れて過ぐ 〃
山国の蝶を荒しと思はずや 〃
たとふれば独楽のはぢける如くなり 〃
★閑話休題・・佐藤友美パロミタ「苦しみを丸め/天に放って/撃ってみたら/けして/返って来なかった」(『光のほうへ』)・・
9月7日(日)午後遅く、「うつつのゆめ/はらみつ展」(於:ギャラリービブリオ)~9月9日(火)まで、に出かけた。パロミタ友美の画と木彫と刺繍の作品展だが、そこで、少し以前の本だが、佐藤友美パロミタ著『はらみつ録2018/詩画集/五行歌 光のほうへ』をもとめた。五行歌にみになるが、二、三挙げておこう。
狂って/しまったら/その形の方が/生き物の/本来の形かも
他人の声を/通して天は/私にエールを/送れども/私の肌は硬いまま
私をこわして/つくり直したい/という欲求/私はまさしく/シヴァである
佐藤友美パロミタ(さとう・ともみ・ぱろみた) 1986年、埼玉県生まれ。
撮影・鈴木純一「こちらからは残る暑さを動かない」↑
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