攝津幸彦「国家(こっか)よりワタクシ大事(だいじ)さくらんぼ」(『近現代俳句』より)・・
小澤實選『近現代俳句』(河出文庫)、解説に小島ゆかり「春の日、そして秋の風」、それには、
(前略)本書は、各句をわかりやすい口語訳で伝えて作品への扉を開き、ていねいでゆたかな、ときに鋭く深い鑑賞によって作品の奥へと導いてくれる。明治・大正・昭和・平成に活躍した俳人五十人を選び、それぞれの五句を紹介する。どの俳人を選ぶのか、どの作品を選ぶのか、どう鑑賞するのか。それはどんなにか厳しく、そしてどんなにかときめく仕事であったことだろう。
まずは、人選の妙。本書は正岡子規でなく、江戸と明治をつなぐ俳人・井月(せいげつ)から始まる。
春の日やどの児の顔も墨だらけ (愚生:漢字のルビは省略)
落栗の座を定めるや窪溜り
稲妻や藻の下闇に魚の影
初雪や小半酒(こなからざけ)も花ごゝろ
何処やらに鶴(たず)の声聞く霞かな (中略)
思い出してほしい。本書の始まりは、江戸と明治をつなぐ俳人・井月の、楽しい春の句であった。そして本書の終りは、早世の現代俳人・田中裕明に、寂しい秋の句。どこを開いてもどこから読んでも、さまざまな味わいがあるが、全体を見渡すとさらに、独自の視点と季節への深い心配りがあることに気づかされる。近・現代俳句の作品群と同様、読むほどに芳潤で奥深い、見事な一冊と思う。
とある。また小澤實の「文庫版あとがき」には、
元版を刊行してから、いつの間にか九年の月日が経過していることに驚く。ただ、あらためて読みかえしても、ぼくの中でこの人選と俳句の選は古びていなかった。(中略)
元版には、詩、短歌とともに俳句が掲載されていたが、今回は俳句だけを独立させてもらった。俳句という詩形はしっかりと独立して立っている。しかし、詩、短歌とともにあることで、俳句という詩形の特性はより明らかに際立つという点もあると思う。(中略)
『近現代俳句』と並べて、いずれ『近現代詩』『近現代短歌』も読んでほしい、ということである。
今年、ぼくの主宰する俳句結社「澤」が創刊二十五周年を迎えた。本書をその記念出版としたい。
とあった。ともあれ、本書中より、いくつかの句を挙げておこう。
葉桜や人に知られぬ昼あそび 永井荷風
うしろすがたのしぐれてゆくか 種田山頭火
祖母山(そぼさん)も傾山(かたむくさん)も夕立かな
山口青邨
約束の寒の土筆を煮て下さい 川端茅舎
いなびかり北よりすれば北を見る 橋本多佳子
モジリアニ女の顔の案山子かな 阿波野青畝
少年や六十年後の春の如し 永田耕衣
秋の暮大魚(たいぎょ)の骨を海が引く 西東三鬼
見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く 日野草城
浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」 中村草田男
銀河系とある酒場のヒヤシンス 橋 閒石
天の川わたるお多福豆一列 加藤楸邨
雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと 松本たかし
わが知れる阿鼻叫喚や震災忌 京極杞陽
夏の海水平ひとり紛失す 渡辺白泉
雪たのしわれにたてがみあればなほ 桂 信子
火を投げし如くに雲や朴の花 野見山朱鳥
父母の亡き裏口開いて枯木山 飯田龍太
昭和衰へ馬の音する夕かな 三橋敏雄
おーいおーい命惜しめといふ山彦 山川蟬夫(高柳重信)
南国に死して御恩のみなみかぜ 攝津幸彦
みづうみのみなとのなつのみじかけれ 田中裕明
小澤實(おざわ・みのる) 1956年、長野県生まれ。
撮影・鈴木純一「びょうきとの取引き終えて螢狩り」↑
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