木村内子「でで虫の白杖めける角二本」(『金平糖』)・・
木村内子第一句集『金平糖』(ふらんす堂)、津久井紀代の跋には、
初夢や俳句の神様舞ひ降りる
初夢が正夢になったのが木村内子さんの第一句集『金平糖』である。『金平糖』は眼科医から「詩」を究められた一人の女性の物語である。神様が舞い降りるのだという空想的童話的発想は内子さんの屈託のないお人柄によるものである。
とあり、宮原榮子の跋には、
私はあとがきある笹倉淑子さんが、高校、大学を通しての親友という関係で、木村眼科を紹介され、内子先生とのおつきあいが始まりました。患者としての第一印象として、先生はさっぱりとした気質で、応答が的確で速く、すっかり親近感を覚えたのを思い出します。(中略)
亦、諧謔味のある句にも内子さんのさばさばした気質があらわれています。例えば
啓蟄やわれ吟行か徘徊か
鰯引く雑魚は持つてけ子の駄賃
戯言のひとつやふたつ衣被
熱燗や嘘のひとつも上手くなり
そして突然の病にかかられても
ふと触れし乳のしこりや青嵐
と冷静に詠まれ、驚きつつも強く生きる姿が見えます。
とあった。著者「あとがき」には、
(前略)京都に住む友人の女医が亭主をつとめる茶会で、京都緑寿庵清水の金平糖が良く出る。ここの金平糖はエアコンの無い工房で、人間より大きな窯で手仕事で砂糖を溶かした窯に付きっきりでかき混ぜ、二十日間かけて出来上がるという。寺田寅彦が金平糖のツノを不思議に思い数々の実験をしたという話も面白い。〈春を呼ぶ金平糖とお薄かな〉から、句集名を「金平糖」とした。
とある。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。」
送り火の消えて小さき闇生るる 内子
袋入りの七草にして粥香る
ひたすらに医の道を来て冬支度
枯れてなほ借景となす葦の原
おおらかにうたた寝めける寝釈迦かな
来し方行く末よろづおぼろの柚子湯かな
柿ならば熟柿が好きと言ひし妣
重陽の日の菊坂を上がりけり
そよごの実揺れて小鳥の耳飾り
大津絵の鬼も仏も日向ぼこ
鰯雲大門火消し「め組」の碑
角が立つ智は衰へて漱石忌
悲しみは悲しみのまま浮いてこい
戦下なる少女に遠き聖樹の灯
白紫陽花島津別邸岩襖
朝顔や明日咲くことを疑はず
木村内子(きむら・ちかこ) 1942年9月、広島県尾道市生まれ。
★閑話休題・・中田統子「ヒロシマ」は永遠にカタカナ原爆忌」(第44回「きすげ句会」)・・
8月28日(木)は、第44回「きすげ句会」(於:府中市生涯学習センター)だった。兼題は「昭和」。以下に一人一句を挙げておこう。
引潮の石の一つに秋の蝶 中田統子
戦争を父は語らず彼岸花 井上芳子
はさまれし昭和の百円(おさつ)秋の蝉 寺地千穂
奪衣婆の薄き胸板夏の月 山川桂子
百五歳汗ばむ拍手老人ホーム 久保田和代
木洩れ日の骸を喰むや千の蟻 新宅秀則
地蔵盆孫に手渡すお盆玉 井谷泰彦
スーダラ節昭和弾けり月の暈(かさ) 濱 筆治
俳句王にあやかる宴笑顔じわ 大庭久美子
飢餓残酷子らの眼澄むや夏の月 高野芳一
昭和ヒクせんそうイコールへいわなり 杦森松一
雲の峰溶けはせぬかと氷食う 清水正之
昭和百年春夏秋冬しぐれつつ 大井恒行
次回は、9月25日(木)、兼題は「新蕎麦」。
撮影・芽夢野うのき「ページひらくと秋の海が匂うよ」↑
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