衣川次郎「片蔭を出るやわが影取り戻す」(『葱の青』)・・


 衣川次郎第5句集『葱の青』(東京四季出版)、その「あとがき」に、


(前略)加えて書き残すならば、「青岬」創刊直前に妻を亡くし、コロナ禍の中で一人息子を失った。それらのことが、私を一層、生死に触れさせている。二人の足跡を「生きてきた証」として残し、記憶していくことが、生者としての責務とも考えるようになった。

 句の底にいのち(・・・)や死(・)が、流れているのは、そのためである。「生死」を根底に置く句集というのも、一つのカタチであろうかと思う。

 「生きている証」を詠む「俳句は庶民詩」が「青岬」の指針である。


 とある。集名に因む句は、


  こころもち余白埋めたり葱の青       次郎


であろう。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておこう。


  どの辞書も過去を詰め込み秋灯し

  じやんけんのグーだけ出す子春夕焼

  流されし分を逆らふあめんぼう

  累々と波の手が出て魂迎えへ

  屈みたる母しか知らず草の花

  重ね着をするたび旅に老いゆけり

  水らしく水固まりて寒四郎

  われに指紋牛に鼻紋草青む

  花の夢蝶なり蝶の夢は花

  かたつむり睦むデブリのどろどろに

  ががんぼの去りたるあともゐるやうな

  妻のゐる天くすぐりて遠花火

  レノン忌といふより開戦日が来るぞ

  ふるさとを妻にもらひし星月夜


 衣川次郎(ころもがわ・じろう) 1946年、東京生まれ



          撮影・中西ひろ美「夏野菜嵐の中を到来す」↑

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