成田三樹夫「痛みなく春の日ざしを臍でながめている」(『鯨の目』)・・
今から五、六年前からでしょうか、成田が俳句を書く様になったのは――。
どちらかと言うと筆不精な人でしたが、その罪滅ぼしの気持もあったのでしょう。賀状だけは毎年全部手書きで出しておりました。(中略)
最初の頃は単に年賀状用にその時期が来ると句作しておりましたが、もともと若い頃かなり詩の世界へのめり込んでいた人ですので少しすると句作がおもしろくなって来た様で、京都への行き帰りやロケ先などでも書いて来る様になりました。(中略)
そんな様子を成田の兄にも話し相談をしまして成田の気力を奮い立たせる為にも、来年米寿を迎へる母への贈物として句集をまとめるのはどうかと持ちかけてみました。すると、
「そうだねェ、出来るかどうか分からないが……、ま頑張ってみるか」
と言う返事でした。
その中には、もしもの時の覚悟も有ったでしょうし、母や二人の娘への想い等も有ったのではないかと思います。
非常にシャイな面のある人だけに娘達に何かを伝えるとか特別話し合うとかは、あまり無かったのです。(中略) それだけに句を通して娘達には父親としての又母や友人達には一人の男としての、言ってみれば、“生きた証“の様な事を伝えたかったのではないかと思っています。
とあった。集名に因む句は、
鯨の目人の目会うて巨星いず /病中 三樹夫
であろう。ともあれ、以下に、本書より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておきたい。
山芋をすする音わたしがすすっている
眼球をよぎっておちる火球かな
目が醒めて居どころがない
名もない星にぽとりとおちる
子等の足あとひいた線を蟻らが渡る
冬夜冴冴首のびてゆく
力が抜けて雲になっている
寒鳴るやいっぱいのいたさをだいて妻ねむる
風の音か息の音か
脚を抜かれしパンツね手がととどかない
鳥達のとんでいった石の上に腰をおろす
夕顔をたどれば見るなの蔓の貌
デスマスク疾くきたれ鉄鎚よ
おおきい意志にて氷柱まがるぞ
冬木立真白き病気ぶらさがっている
寝ぐせつきたる如き鴉もおり
六千万年海は清いか鯨ども
消燈すにわかに混沌あざやけり
目あくれば晒した顔(つら)をまだ見ている妻
身の痛みひと息づつの夜長かな
成田三樹夫(なりた・みきお) 1935年1月31日~1990年4月9日、享年55。山形県酒田市生まれ。
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