谷口智行「異界とは医界のことよはたた神」(『俳句の深層』)・・


 谷口智行評論集『俳句の深層』(邑書林)、帯文に、


 俳人協会賞受賞記念出版/しみじみと、ひたすらに、

 光を発することのない海と山は夜空よりも黒い。それらが身ほとりに横たわっていれば、片闇を成していれば、その気配が体に馴染み、心が救われるのである。〈本文より〉


 とあり、背には、「俳句の奥処に潜むものを求めて」とあった。その「自序にかえて 覚悟」には、


 (前略)「運河」は昭和三十一年、右城暮石先生によって創刊された。師系は松瀬靑々・山口誓子。結社の理念は、

    季語の現場に立ち、外淡内滋、多作多捨を心がける

 である。外淡内滋とは、表現は平明に、内容は深くということ。「滋」には潤う・育つ・深めるという意味がある。

 暮石先生は創刊の言葉として、

    運河は至極自由な集まりである。作品は各者各態であってよい。

と記している。暮石先生は青々から「自然鑚仰」の心を学び、弟子たちに「自然の他に何がありますか」と問うた。人間も自然の一単位でしかないという謙虚な教えである。


また、「あとがき」には、


 (前略)そう、僕は悲しみと引き換えに書いている。畏れと魅惑、忘却と好奇心が綯い交ぜになった絶望的な悲しみと引き換えに。渾身に書き、喪い、損なわれ、途方に暮れる。

 何からも慰められることはない。

『俳句の深層』は、ここ五年間の「運河」、総合誌、医師会雑誌などに書いたものを分類し、改稿した上で、まとめたものである。

 俳句の地続きではない。俳句の深層である。

 深層には、広大無辺の空洞、あるいは組み尽くすことのいできない無量の地底湖がある。そんな気がする。


 とあった。ともあれ、本書中に引用された句を以下にいくつか挙げておこう。


  海昇り来し太陽が熊野灼く        右城暮石

  誓子忌に仰いでいたる山の星       茨木和生

  鰹来る暮石和生の見し沖に        谷口智行

  茶粥炊く丹波みやげの新米で       田中恵子

  鱧の笛食べて先生思ひけり        冨田美子

  骨軽く歯に当りたる鱧の膳        延永和枝

  病む人に少しふくませ西瓜汁       安田徳子

  砂浜に砂のとび来る盆踊         浅井陽子

  その中の白衣も遺品熊楠忌        小畑晴子

  土葬墓地ぬけ白魚を汲みにゆく     藤本安騎生

  つばくらや血豆に太き針を刺す      島田牙城

  化身なるべし熊野路の初鴉        黄土眠兎

  国うるはし雪美しく狂ふなり     平松小いとゞ


 谷口智行(たにぐち・ともゆき) 昭和32年、京都生まれ。


 
      撮影・芽夢野うのき「七月の朝は真っ白わたしの骨よ」↑

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